煙に包まれた戦い
千郷は未だに苛立っている。客引きを殴っても、警官を気絶させても、二人の大男を爆破してもなお、彼女の心は満たされなかったようだ。
「ああ、つまらない。やはり、ウィザードと踊るしかなさそうだな」
そう考えた千郷が足を運んだ先は、テクノマギア社の社屋だった。彼女は右手に爆弾を作り出し、それをエントランスに向かって投げつけた。
爆弾は勢いよく爆発し、辺りにはガラスの破片が飛び散った。
社屋内でブザー音が鳴り響き、照明は赤く点滅し始めた。おそらくこれは、侵入者の存在を知らせる仕組みだろう。そこで社長室を飛び出したのは、日向だ。彼は廊下で紅愛とすれ違い、すぐに指示を出す。
「紅愛、すぐに侵入者の相手を!」
「了解しました」
言うならば、これは緊急事態だ。紅愛はすぐにエントランスの前へと駆け付け、変身した。彼女の目の前に立っていたのは、マゼンタ色の髪をした目つきの悪い女――千郷である。
「よぉ、紅愛。アタイは千郷……ヴィランだ」
「そんだけ魔力を垂れ流していたら、嫌でもヴィランだとわかる!」
紅愛は光線銃を構え、それから間髪入れずに光線を発射した。千郷は白虎型のヴィランに変身するが、前方から飛んできた光線を浴びてしまう。その風穴は右胸に空けられたが、彼女がそれを気にする様子はない。
「ああ、テメェならアタイを……楽しませてくれるんだろうなァ!」
そんな怒号を上げた千郷は、周囲に爆弾を振りまいた。無論、彼女は煙の中に身を隠しているが、紅愛はその状況に対処することが出来る。
「良いだろう……たっぷりもてなしてやるよ!」
紅愛の放つ光線の数々は、的確に標的の急所を撃ち貫いていく。そう――相手の動きを読める彼女にとって、煙幕に隠れた敵を狙撃することなど容易なのだ。そればかりか、煙に視界を遮られて相手を見失ってしまうのは、千郷の方であろう。それでもなお、千郷は爆弾を投げ続ける。投げ込まれる爆弾をかわしつつ、紅愛は光線を撃ち続ける。周囲は炎と煙に覆われ、両者の視界は塞がれていく。一見、この戦いは紅愛にとって有利なものに見えるだろう。
しかし彼女は、何かがおかしいことに気づく。
「アイツ……ずっとオレの方に爆弾を投げてやがる!」
もし相手がこちらを認識していなければ、彼女が爆弾を避け続ける必要はないはずだ。そして眼前のヴィランの力は、あくまでも爆弾を作り出す力である。千郷は狂ったように笑い、衝撃的な一言を口にする。
「ハハハハハ! わかるんだよ、匂いで! アタイはなァ、一度目をつけた獲物の匂いはよぉく覚えてるんだよ!」
どうやらこの女は、人間離れしているようだ。その強さと嗅覚は、まさしく野生動物のそれであった。彼女は依然として爆弾を投げ、紅愛を追い詰めていく。そのたびに紅愛は体力を消耗し、時に目眩を感じてしまう。そしてこの状況は、千郷の計算通りである。
「煙で息が出来ないよなぁ? 頭に酸素が回らない中で動き回るのは苦しいよなぁ?」
「これが……アンタの狙いだったのか!」
「ああ、そうだ! 爆弾には、こういう使い方もあるんだよ!」
彼女は爆弾を作り続け、それを次々と投げつけていった。体力を酷く消耗している紅愛には、もう爆弾をかわしていく余裕などない。
「クソッ……動きは読めるのに、体が動かねぇ……」
一発、また一発と、彼女は爆発に巻き込まれていく。その身は勢いよく傷つけられていき、その節々にノイズが走り始める。
「今、変身が解けたら……まずい……」
そんな確信のもと、紅愛は必死に我が身を奮い立たせた。そんな彼女の目の前で、千郷は大きな爆弾を両手で掲げている。
「テメェはもう用済みだ! 紅愛ァ!」
大声を張り上げた千郷は、すぐに爆弾を投げた。
辺りは一瞬にして、大きな爆発に包まれた。