暴力
その日の翌日、ごみの散らばった街でのことである。コンクリートの壁は落書きされており、路上には客引きがうろついている。そんな街を練り歩きつつ、千郷はテキーラを飲んでいた。彼女は妙に苛立っている様子だ。そんな彼女に、一人の男が声をかける。
「お嬢さん、お疲れのようですね。うちで飲んでいきませんか?」
その声に、千郷はすぐに振り向いた。その眼光は敵意に満ちており、彼女の抱える怒りを物語っていた。
「ちょうどいい……アタイは今、イライラしているんだ」
「でしたら、うちでごゆっくり……」
「いや、ここで良い」
突如、千郷は男の胸倉を掴み、その全身を軽々と持ち上げた。不意を突かれた男は、そのまま背後の質屋のショーウィンドウへと叩きつけられてしまう。無論、千郷はまだ変身していない。ガラスの破片が散り、空気が凍り付く中、彼女は依然として苛立った表情をしていた。その凶行に、客引きの男も憤る。
「何しやがる! 警察を呼ぶぞ!」
先ほどまで敬語で話していた彼も、すっかり豹変した。そんな彼の頬を殴り飛ばし、千郷は携帯電話を取り出す。そして歯の折れた男の前で、彼女は予期せぬ行動に出る。
「おいポリ公。アタイが暴れている。束になってかかってこい」
宣戦布告を終えた千郷は、すぐに携帯電話を仕舞った。その狂気を前にして、男は怖気づかざるを得なかった。
「ひっ……ひぃぃ! どうか、私めをお許しください!」
「叫べ。もっと叫べ。ポリ公どもをこの場に呼び寄せろ!」
「ま、まだ私めを逃がしてはいただけないのですか!」
彼からしてみれば、それは紛れもなく悲劇だった。千郷は彼を突き飛ばし、仰向けに転倒させる。それから彼女の拳は、幾度となく男の顔面を殴り続ける。
警官が到着したのは、その数分後だ。
「そこを動くな!」
三人の警官は皆、銃を構えている。流石の千郷も、変身していない状態で被弾したらひとたまりもないだろう。
それでも彼女は怯えなかった。
直後、千郷は警官たちの懐に潜り込み、彼らから銃を奪った。その全てを投げ捨て、彼女は叫ぶ。
「待ってたぞ! ポリ公ども!」
丸腰の警官三人が束になった程度では、彼女は止まらない。千郷は俊敏かつ洗練された体術を披露し、警官たちを次々と気絶させていった。三人を始末した千郷は、得意げな表情で己の首を鳴らす。その場にサイレンの音が響き渡ったのは、まさにそんな時である。
「おっと、派手に暴れすぎたか」
彼女は眼前に倒れている警官たちに背を向け、その場から駆け出した。
それから千郷は路地裏に飛び込んだ。そこで彼女は二人の大男の間を通り抜けようとしたが、彼らの胸板に己の肩をぶつけてしまう。一人はパンチパーマの男で、高そうな腕時計を身につけた筋肉質な男だった。そしてもう一人は、スキンヘッドに刺青をあしらった小太りの男である。
「テメェ! どこ見てんだゴルァ!」
「気をつけろクソアマ!」
反射的に怒号を上げた男たちはまだ、眼前の女の強さを知らない。
「そうか。今度は、テメェらがアタイと遊んでくれるのか」
そう返した千郷は、己の拳に生暖かい吐息をかけた。そして一瞬のうちに、彼女はパンチパーマの男を勢いよく殴り飛ばした。もう一方の男は驚き、仲間の方へと振り向こうとする。そんな彼の目の前には、すでに千郷の拳が迫っていた。
「まずい……!」
男がそう叫んだのも束の間、彼の顔面には鋭い右ストレートが叩き込まれた。薄れゆく意識の中で、彼は自分の仲間が気絶しているのを目の当たりにする。そして仲間の後を追うように、スキンヘッドの男も気を失ったのだった。一方で、千郷はまだ満足していない様子だ。
「ああ、満たされない」
そんな独り言を呟いた彼女は、自らの手元に爆弾を生み出した。彼女がそれを投げ捨てるや否や、路地裏は激しい爆発に包まれた。