日向の言葉
翌日、ついにマリス団の幹部たちは動き出した。街角に赴いた逢魔は竜型のヴィランに変身し、道行く人々に次々と剛腕を叩きつけていく。
「ヒャヒャヒャ! ウィザードはまだか? 俺に刺激をくれよ! ウィザード!」
今の彼の目的は、ウィザードをおびき寄せることだ。そして彼の思惑通り、その場には一人のウィザードが駆け付けた。
「変身!」
――ヒロだ。彼はすぐにウィザードの衣装に身を包み、己の右手に剣を生成した。
「俺の相手はヒロか……俺を退屈させてくれるなよ?」
そう呟いた逢魔は、瞬間移動によって間合いを詰めた。彼の拳は、炎を帯びた剣によって受け止められる。それからヒロは剣を振り直し、眼前の標的に斬りかかった。しかし逢魔はその場から消え、ヒロの背後に姿を現す。
「ちっ……厄介だな」
「さあどうする、ヒロォ!」
逢魔の剛腕が、ヒロを殴り飛ばす。ヒロは宙で体勢を整え、次の一手を考える。そんな彼の飛ばされた先では、すでに瞬間移動した逢魔が待ち構えている。
「させるものか!」
ヒロが剣を振ると同時に、その刀身からは円弧型の炎が放たれる。炎は逢魔との距離を詰めるたびに、その火力を増していく。
「はっ……無駄なことを!」
どこにでも瞬時に移動できる逢魔にとって、遠距離からの攻撃はほとんど意味を成さない。彼はヒロのすぐ目の前に現れ、その強靭な爪を勢いよく振るった。
「……!」
体に深い切り傷を刻まれ、ヒロは一瞬だけよろけた。
「今だ!」
この一瞬の隙を見逃さなかった逢魔は、彼の鳩尾に強烈なアッパーパンチをお見舞いした。
「うっ……かはぁっ……」
思わず吐血したヒロは、揺らぐ視界を懸命に正そうとする。無論、今の彼にそんな隙は許されていない。
「どうしたヒロォ! お前の力は、そんなものかァ!」
一発、また一発と、逢魔は強烈な打撃を繰り返していく。彼の両手に備わった鋭い爪は、ヒロの身にいくつもの刺し傷を負わせていく。一方で、ヒロは薄れゆく意識に抗うように、確固たる信念で己を奮い立たせるばかりだ。
「負けるわけには……いかない。俺は、君を止めなければならない!」
「だったら、俺を殺してみろよ。俺が生きている限り、お前は全てを否定されるんだ。お前の正義は人を傷つける。お前の正義は無力だ。お前が迷い続けているのは、世間から存在を許されている実感が欲しいからだ。違うか? ヒロ!」
「黙れ! 君に、俺の何がわかるというんだ!」
この時、彼の脳裏を過ったのは、彼自身がヴィランを殺してきた光景だ。彼がヴィランを殺せば、誰かが傷つくことになる――彼はそんな現実を何度も突きつけられてきた。そんな中、ヒロはふと、日向の言葉を思い出した。
「迷いがあるということは、己の正しさを過信していないということだ。己を信じる勇気と同様、己を疑う勇気もまた人間の要だよ」
「ヒロ……君は、君自身を許すべきだ。誰かが手を汚さなければならない現実から、君は一度たりとも逃げたことがない。無論、私は君の『己を疑う勇気』を買っている。しかし君は、もう少し己を信じた方が良いだろう」
「迷わなくても良いが、迷うことを無理にやめる必要もない。それが君の感情であれば、偽る必要はないのだ」
そんな言葉の数々を噛みしめ、ヒロは炎の剣を振り上げた。しかし逢魔は、当然のようにその一撃をかわしてしまう。
「社長。俺は、俺は迷わなくても……良いのですね……」
そう呟いたヒロは、酷く疲弊している様子だった。彼の全身には、ノイズが走っている。
「俺は……ウィザードだから……だから……」
――ヒロは何かを言い終える前に、変身が解けた。彼は膝から崩れ落ち、そのまま気絶する。その光景を前に、逢魔も変身を解いた。
「なんだよ、つまらないな」
そう吐き捨てた逢魔は、瞬時にその場から消えた。