鈴菜と紅愛
その日の翌日、紅愛は鈴菜を呼んだ。無論、彼女の行動には大いに意味がある。
「鈴菜。しばらくは行動を共にするぞ。一人でいるところを幽神天真に狙われたら、魔法石を奪われるかも知れねぇからな」
少なくともあの男は、ヒロから魔法石を奪った人間だ。そんな男と一対一で戦うことになれば、魔法石を奪われる危険性があるだろう。鈴菜は手を差し出し、微笑みかける。
「よろしくッス! 紅愛さん!」
目の前に差し出された手を見て、紅愛は少しだけ目を泳がせる。それから己の後頭部を掻き、彼女は恐る恐る鈴菜の手を握る。こうして二人は握手を交わし、当面の間は行動を共にすることにした。
そんな中、鈴菜の携帯電話が鳴り響いた。
「出動命令ッスね……」
すぐに携帯電話を開き、着信に出た。通話越しに、日向の声がする。
「日向だ。ヴィランの目撃情報が出た。君にはすぐに、今から送る場所に向かって欲しい」
「了解ッス! 今回は紅愛さんも一緒ッスから、魔法石も守り抜けるはずッス!」
「そうか……それは頼もしいな。だが、油断はするな。天真は……強いぞ」
かつてあの男を部下にしていただけのことはあり、彼はその強さをよく理解していた。
「わかったッス! 細心の注意を払うッス!」
「頼んだぞ、鈴菜、紅愛」
「おっす!」
鈴菜はすぐに通話を切り、ショートメールを確認した。二人はそれを共有し、すぐに現場へと駆け付けた。
二人が到着したのは、街の一角にある公園だ。彼女たちが目にしたのは、泣き叫ぶ真白と逃げ惑う人々、そしてタコ型のヴィランの存在である。
「ママ! ママ! 元に戻ってよ! 優しいママになってよ!」
真白は叫んだ。彼女の反応からして、あのヴィランが彼女の母親であることは火を見るよりも明らかだ。それでもウィザードである鈴菜たちは、戦うことをためらってはいけない。
「変身!」
「変身!」
さっそく、二人はウィザードの衣装に身を包んだ。鈴菜は星型の光、紅愛は光線を放ち、眼前のヴィランへの攻撃を試みていく。しかしどういうわけか、彼女たちの攻撃は通用していない。タコ型のヴィランは自らの肉体を液状化させ、あらゆる衝撃を和らげているのだ。
「面倒な力を使ってくるッスね……」
「こいつは厳しい戦いになりそうだな。だが、ヴィランにも人間と同じように、知能がある。脳を一発でブチ抜けば、アイツを倒せるだろう」
「やるしかねぇッスね……」
二人は息を呑み、攻撃を再開する。無数の光が飛び交い、タコ型のヴィランを攻撃していく。
その様を前に、真白は声を張り上げる。
「ママを殺さないで!」
その声に驚き、一瞬だけ鈴菜たちの動きが止まる。直後、二本の触手が勢いよく伸び、二人の身を力強く締め付けた。
「くっ……すげぇ力ッスね……」
「このままじゃ……まずい!」
これは由々しき事態だ。二人は必死に抵抗を試みたが、二本の触手は彼女たちを容赦なく引き寄せていく。それから鈴菜たちは液状化した体内に取り込まれ、何度も咀嚼される。直後、二人は凄まじい勢いで吐き出され、はす向かいのビルに叩きつけられた。二人のウィザードは爆発に呑みこまれ、変身の解けた状態で地面に崩れ落ちる。今回のヴィランは、今までとは桁外れの強さだ。そんな状況下においても、紅愛はまだ立ち上がろうとする。
「鈴菜、アンタだけでも先に逃げろ。コイツとのケリは、オレがつける!」
「そんなこと、出来ねぇッスよ! それにこの仕事は、元々ウチに来たものッス!」
「先輩の言うことが聞けねぇのか! 早く行け!」
この期に及んで、彼女は他者の命を優先していた。しかし彼女にも、戦死するわけにはいかない理由がある。鈴菜はそれを理解している。
「それで紅愛さんが死んだりなんかしたら、妹さんはどうするんスか!」
その言葉により、紅愛は我に返った。