表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/116

心の防壁

 社長室での話を終えた後、ヒロは廊下に立ち尽くしていた。窓から街の景色を眺めつつ、彼は哀愁を帯びた顔つきをした。

「魔術を使えない俺って、一体……」

 そんな独り言を呟いたヒロは、自嘲的な微笑みを浮かべながらため息をついた。それからしばらくして、一人の少女が彼の側を通りかかる。

「おっす! ヒロさん、なんか元気ねぇッスね!」

――鈴菜(すずな)だ。ヒロの寂しそうな背中を目の前にして、彼女は声をかけずにはいられなかったようだ。彼女の方へと振り返り、ヒロは囁く。

「何も気にするな」

 相変わらず、彼は多くを一人で背負い込む性分らしい。そんな彼の態度は、鈴菜の心を余計に刺激してしまう。

「気になるッスよ! ヒロさんは……いつもいつも、一体何を抱えて生きてるんスか!」

「さあ。俺が知りたいくらいだよ」

「それって、どういう……」

 彼の言葉の真意は、鈴菜にはわからない。ただ、彼女からしてみれば、ヒロの愛想笑いは仮面のようなものに見えた。一方で、ヒロは探りを入れられることを嫌っている。

「詮索するな。俺のことを知っても、君が得るものは何もない」

「ウ……ウチはただ、ヒロさんのことが心配で……」

「それはどうも。少しの間、放っておいてくれないか?」

 そう言い残した彼は、すぐにその場を後にした。そんな彼の背中を見守りつつ、鈴菜は肩を落とす。

「ウチは、何もしてあげられねぇんスか……?」

 彼女には、ヒロの支えになりたいという想いがある。しかしいずれにせよ、今のヒロが他者に心を開くことはないだろう。そこに紅愛(くれあ)が通りかかり、鈴菜に声をかける。

「アイツが事情を話したがらないのも、わからねぇことはねぇな」

 その声に、鈴菜はすぐに反応する。

「紅愛さん。どうしてあの人はいつも……多くを語ってはくれないんスか?」

「ヒロには、己を信じる勇気が足りねぇんだ。だからアイツは、いつも心に防壁を張っている。そして一度でも他者の侵入を許せば、アイツの心を偽っている防壁は崩れ落ちてしまうだろう。きっと、アイツはそれを恐れているんだろうな」

 それが紅愛の抱いているヒロへの印象だ。

「つまり、ヒロさんは自分に自信がない……ってことッスかね……」

 鈴菜は訊ねた。紅愛は小さく頷き、補足する。

「まあ、端的に言えばそんなところだ。だがアイツには、並々ならぬ事情があるはずだ。一口に自信が無いと言えばシンプルだが、その根っこはもっと複雑に絡み合っている……そんな気がするんだ」

 無論、二人はヒロについて多くを知っているわけではない。しかし彼の普段の言動を鑑みるに、紅愛の見解には妙な説得力があった。鈴菜は真っすぐな眼差しで彼女を見つめ、想いを語る。

「ウチ、ヒロさんには元気でいて欲しいッス。たくさん笑って、たくさん食べて、自分に胸を張って生きていて欲しいッス!」

 そんな鈴菜の発言に対し、紅愛は同意を示す。

「ああ、同感だ」

 三人のウィザードたちの心の距離は、着実に縮まり始めていた。



 その頃、ヒロは相変わらず街中をうろついていた。彼は何かを思い詰めているのか、半ば上の空になっている。そんな彼の側を通りかかったのは、一組の親子だ。

「ママ! あのおにいさん! ましろを、ようちえんまでつれてってくれたの!」

 そう叫んだのは、以前ヒロが幼稚園まで案内した女児――真白だった。

「娘を助けていただき、ありがとうございます! あの時、銀行でヴィランに人質にされていたもので、娘を迎えに行けなかったのです!」

 母親は深々と頭を下げ、喜びに満ちた笑みを浮かべていた。彼女だけではなく、その娘である真白も嬉々とした笑みを浮かべている。そんな二人につられ、ヒロも安堵をこめて微笑んだ。


 魔法石がなくとも、自分には誰かの笑顔を守ることが出来る――この時、彼はそう感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ