忠告
翌日、ヒロは白いベッドの上で目を覚ました。彼の全身は、包帯に包まれている。何やら天真の糸により、彼は全身に火傷を負ったようだ。
ヒロは上体を起こし、先ずは周囲を見渡した。
「医務室か……」
ここはテクノマギア社の社屋にある医務室だ。彼はすぐにベッドを降り、部屋を後にした。早足で廊下を突き進んでいく彼の向かう先は、社長室だ。彼は扉を三回ノックし、日向からの応答を待つ。
「入りなさい」
どうやら社長からの許可が降りたようだ。ヒロはゆっくりと扉を開き、社長室に入室する。それから扉を閉め、ヒロは頭を下げる。そんな彼の容態を、日向は心配している様子だ。
「酷い火傷だったぞ。もう少しの間、安静にしていなさい」
彼はそう言ったが、ヒロには報告しなければならないことがある。
「社長……前回の仕事について、俺は重大な失敗をしました」
「ほう……どうしたのだね?」
「幽神天真と名乗るウィザードに、クロス・セイバーを奪われました」
魔法石が無ければ、ウィザードは戦うことが出来ない。これは極めて由々しき事態である。日向は深いため息をつき、窓の外に目を遣った。
「幽神天真……か。アイツがまだ、私に歯向かうつもりだったとは……」
「ご存知なのですか?」
「ああ。奴が動き出したのは、私としても好ましくない事態だ。ヒロ、そこで待っていろ。今すぐ、他の二人も招集する」
これは鈴菜や紅愛にとっても、決して他人事ではない。日向は携帯電話を操作し、二人を呼び寄せた。
それから数分後、鈴菜と紅愛も社長室に到着した。
「話って、なんスか?」
「オレたち全員が呼ばれたってことは、何か重大な話でしょうか」
二人は訊ねた。日向はさっそく、彼女たちに天真の写真を見せた。
「この男は幽神天真――かつて、我が社のウィザードとして働いていた者だ。力を得て慢心したアイツは以前、私の首を狙ったことがあった。テクノマギア社の社長になる……そのためにな」
何やら幽神天真という男は、相当な野心家らしい。そしてヒロたちの敵は、ヴィランだけではないようだ。
「そいつは今、何を企んでいるんスか?」
そう訊ねた鈴菜は、不安を帯びた表情をしていた。しかし今のところ、日向は天真の目的を把握していない様子だ。
「さあ。もしかしたら、奴は私にクビを切られたことを怨んでいるのだろうな。それで私の邪魔をするために、ヒロから魔法石を奪ったのだろう」
それが彼の推測である。一方で、ヒロは何か違う動機の存在を疑っていた。彼は昨日の出来事を思い出し、天真の言動について共有する。
「昨日、天真とやらはこう言いました。ウィザードは、自分一人で十分だと。単なる復讐ではなく、彼には何か他の目的があるのでは……?」
確かにあの時、天真はそのようなことを言っていた。その言葉が意味するところは、今のヒロたちにはわからない。そこで日向は考える。
「元より、あの男は野心家だった。おそらく奴は今、単独でウィザードとして活動しつつ、競合相手である我々を潰そうとしているのではないか?」
仮に彼の予想が正しければ、全ての辻褄が合う。鈴菜は握り拳を震わせ、怒りに燃えるばかりだ。
「許せねぇッス! 天真とかいう奴を、絶対に野放しには出来ねぇッス!」
彼女に続き、紅愛も義憤を露わにする。
「同感です。社長……オレがもしアイツに会っても、オレは逃げません。忠告のつもりでオレを呼んでいただいたのは重々承知していますが、それでもオレは天真と戦います」
そう宣言した彼女の目には、確固たる覚悟が宿っていた。そんな彼女たちに対し、日向は苦言を呈する。
「君たちの目的は、ヴィランから市民を守ることだ。奴と争うことに税金を使ってはならんよ」
その言い分に反論することが出来ず、鈴菜たちは黙って頷いた。