迷子
その日の夕方、ヒロは街を練り歩いていた。その道中、彼は歩道の隅にしゃがみこんでいる女児を見つけた。何やら彼女は、泣いている様子だ。
「ママ! どこなの! ママァ!」
どうやらこの女児は、親とはぐれてしまったらしい。そんな彼女の前にしゃがみ、ヒロは訊ねる。
「君、迷子かい? 家の住所はわかる?」
「おぼえてない……」
「住所を覚えては……ないのか」
自宅の住所を記憶していない幼児は、そうそう珍しいものでもない。この程度ならヒロの想定内である。
「ましろは、おかあさんにあえないの?」
そう訊ねた女児は、絶望感を覚えていた。無論、ここで諦めるヒロではない。目の前の迷子に飴を手渡し、彼は言う。
「幼稚園には通ってる? 幼稚園の名前は?」
「はとばようちえん……」
「はとば幼稚園ね。今、調べるよ」
さっそく、彼は地図アプリを起動した。ここから少し離れたところに、確かに名前の一致した幼稚園が一軒あるようだ。
「……ついておいで」
「しらないひとに、ついていっちゃダメだって、ママもせんせいもいってた……」
「大丈夫。お兄さんはウィザードだからね。ほら」
自分が信用に値する証として、彼は自分が首から下げている魔法石を女児に見せた。ヒロは「ましろ」を連れ、はとば幼稚園へと向かった。
それから数十分後、二人ははとば幼稚園に到着した。保育士と思しき女は、すぐに女児の姿に気づく。
「真白ちゃん!」
女がそう叫んだのも束の間、真白は彼女の方へと駆け寄っていった。ヒロは安堵の微笑みを浮かべ、その場を去ろうとする。しかし彼は、保育士に引き留められる。
「待ってください!」
「どうしました?」
「貴方ですよね、真白ちゃんをここまで連れてきてくれたのは」
別段、ヒロは見返りを求めていたわけではない。しかし園児を失うことは保育士にとって死活問題であり、その悲劇を防いだ彼は彼女にとっての恩人だ。
「ああ、そうですが……」
「ありがとうございます! ほら、真白ちゃんも!」
保育士は真白の方に目を遣り、彼女に礼を言うように促した。
「ありがとうございます、おにいさん。ちょっと、まっててください」
保育士に促されたまま、真白は礼を言った。更に、彼女はこれから何かを準備するようだ。彼女は小さな鞄から正方形のフィルムを取り出し、その中から一枚の折り紙を探し出す。そして色とりどりの折り紙が何枚も詰まったフィルムの中から、彼女は赤い色を選んだ。怪訝な顔をするヒロの前で、真白は手慣れた手つきで折り紙を折っていく。そして彼女が完成させたのは、一輪の薔薇であった。
「おお、上手いな……」
これはお世辞ではない。ヒロは心の底から、折り紙の薔薇の出来に感心していた。そんな彼の目の前に薔薇を差し出し、真白は笑う。
「おにいさんに、これあげる!」
「ああ、ありがとう。大切にするよ。ところで、君はどうして迷子になっていたんだ?」
折り紙の薔薇を受け取りつつ、ヒロは事情を訊ねた。真白に代わり、保育士が事情を説明する。
「真白ちゃんのお母さん、いつもならもう迎えに来ているはずなのに、遅れる連絡すら来なくて……」
「それは妙ですね」
「それで私たちが目を話している隙に、真白ちゃんが出ていってしまったんです」
――何やら不穏な話だ。特に、近頃この街では様々な事件が多発している。ヒロは息を呑んだ。彼に電話が来たのは、まさにそんな時である。着信音の鳴り響く携帯電話をポケットから取り出し、ヒロは電話に出る。
「はい、ヒロです」
「日向だ。君に出動命令がある」
「は……はい!」
悪い予感がおおよそ的中しそうだ。それから彼は手短に通話を済ませ、日向から送られた地図に目を通す。
「それでは、これで失礼します」
そう言い残したヒロは、脱兎の如くその場から走り去っていった。