逢魔の願い
逢魔は語る。
「俺はヴィランとしての本能を取り戻しつつある。このままでは、俺はまた多くの命を奪ってしまうだろう。だけど俺は、もうヴィランとして生きることに疲れた。だから俺は、ここで死ぬべきなんだと思う」
それはヒロたちにとって、あまりにも信じたくない話であった。一方で、彼らは皆、ヴィランが有する本能を嫌というほど理解している。それでも彼らは、逢魔を失うことを是とは思っていない。
鈴菜は声を張り上げる。
「逢魔! 死ぬべき命なんかねぇッスよ! これから逢魔が誰かを殺しそうになったら、ウチらが全力で止めてやるッスよ! だから……だから! だから、アンタにも、生きて欲しいッスよ!」
無論、それで逢魔が本能を克服できるわけではない。そこでヒロは少し考え、それからハジメの方へと目を遣った。
「ハジメ。君の魔術で、逢魔を普通の人間にしてやれないか?」
「残念だけど、それは出来ない。僕の魔術にも、出来ないことはある」
「そうか……」
残酷な真実を突きつけられ、ヒロは肩を落とした。重い空気が立ち込める中、逢魔は彼に要求する。
「ヒロ。最後に、一つだけ頼んでも良いか?」
「なんだ? 逢魔」
「最後に、本気のお前と戦いたい。その願いさえ叶えば、俺も心置きなくこの世を去れる。お前はウィザードとして、俺はヴィランとして、俺たちの戦いに決着をつけよう」
どのみち、ヒロがその要求を呑まなくとも、逢魔は自らの命を絶つだろう。しかしヒロはまだ、眼前のヴィランの命を諦めきれずにいる。
「ダメだ! 俺はなんとしても、君を救ってみせる! 君を、ヴィランの本能から解放してみせる!」
そう言い放った彼は、その目に確固たる信念を宿していた。
その直後である。
「それは無理だ」
紅愛の口から、更に冷たい現実が突きつけられた。アカシック・ラプラスの力により全てを把握している彼女でさえ、逢魔を救う方法を見いだせない。つまるところ、そもそも逢魔を救う手段など存在していないのだ。
「そんな……」
目の前の現実を受け止めきれず、ヒロは落胆した。そんな彼に対し、紅愛は言う。
「戦ってやれ。このままじゃ、逢魔は報われねぇ」
結局、彼が逢魔に出来ることはそれだけだ。ヒロは剣の刀身に黒いエネルギーをまとわせ、それから逢魔を睨みつける。
「手加減は無し……で、良いんだな?」
「ああ、本気で来い。それが俺の望みだ」
「良いだろう」
いよいよ、二人が決着をつける時だ。ヒロが悲哀を帯びた顔をしている一方で、逢魔は強気に笑っている。こんな時でさえ、このヴィランは好敵手と一戦を交えることに喜びを見いだしているようだ。
ヒロは無数の黒い円弧を連射し、逢魔は瞬間移動を繰り返す。
剣術と体術がぶつかり合い、その場には衝撃波が走っていく。両者ともに、常人の目では追えない速さで動き回っている。それでも周囲の者たちは、必死に目を凝らした。観戦者たちが応援しているのは、どちらか片方だけではない。
鈴菜は叫ぶ。
「頑張れ! どっちも頑張れ!」
それに続き、紅愛と天真も声を張り上げる、
「ヒロ! 逢魔! オレたちは見届けるぞ! アンタらの戦いを!」
「後腐れのないよう、全力を出し切るんだ!」
そんな声援を噛みしめ、ヒロと逢魔は戦い続ける。心なしか、ヒロの顔も生き生きとし始めている。おそらく彼は、眼前のヴィランが満たされていることに気づいたのだろう。一方は剣、一方は爪を用い、互いの体に切り傷を刻み込んでいった。周囲には衝撃波が走り、観戦者たちの体に爆風を直撃させる。そんな激しい攻防を続けていった末に、ほんの一瞬の沈黙が生まれた。ヒロは剣の刀身に、逢魔は鋭い爪に己の魔力を籠める。
直後、両者は瞬時に間合いを詰め、全身全霊を籠めた攻撃を放った。




