第一印象と今
強敵との戦闘に敗れ、鈴菜と紅愛は満身創痍だ。彼女たちは肩を組みつつ、互いの体を支え合っている。よろける足取りで歩みを続けつつ、二人は息を荒げている。そんな中、鈴菜には一つ気になることがある。
「妹さんが紅愛さんの全てじゃねぇって、どういうことッスか?」
あの戦いの前、確かに紅愛はそんな話をしていた。そしてその真意を確認する前に、二人はハジメからの襲撃を受けた。幸い、両者ともに意識はある。あの言葉の意味していたところを知る機会は、今この瞬間しかないだろう。
紅愛は本心を打ち明ける。
「アンタも、ヒロも、天真も、逢魔も、皆……オレが生きていて欲しいと願う人間だ。花凛だけを守るには、オレはあまりにも多くのものを築き上げちまったみてぇだな」
「紅愛さん……」
「一人で戦ってきた頃、オレはずっと張り詰めるような想いを抱えてきた。だけどアンタらに心を開いた時からかな……気づけば、オレはあの緊張感から解放されていた。誰かに背中を預けられるってのは、幸せなことだ」
かつては無愛想だった彼女も、今では仲間を大切に想っていた。そんな彼女と初対面だった頃のことを思い出し、鈴菜は少し笑う。
「ウチが初めてウィザードになって、紅愛さんに挨拶した時、ウチ無視されたんスよ。紅愛さんが覚えているかどうかは知らねぇッスけど、あの時は『感じ悪いなぁ』って思ったんスよね」
「あ、ああ……その節はすまなかった。オレはあまり器用じゃなくてな……人との関わり方をいまいちよくわかっちゃいねぇんだ。何しろオレは長年の間、世相というものを何も学んでこなかったからな」
「学んで……こなかった……?」
不穏な発言を見逃さず、鈴菜は神妙な顔つきをした。紅愛は愛想笑いを浮かべ、その発言について説明する。
「オレと花凛の実家に、テレビなんか無かった。オレと花凛がスマホを持ち始めたのも、オレがウィザードとして働き始めてからだ。流行りのエンタメを追えねぇと学校のクラスの輪にも入れねぇし、コミュニケーションを学ぶ機会なんか無かったんだ」
あの時の彼女の無愛想な態度は、長年の家庭環境によってもたらされたようだ。そんな彼女を心配し、鈴菜の表情が曇る。
「それは、さぞつらかったッスよね?」
その質問に対し、紅愛は漢気に溢れた返答をする。
「平気だったよ。オレには花凛がいたからな。だけどオレは、花凛にはもっと世間を知って欲しいと思っている。アイツには、もっと器用に生きて欲しいからな」
「それが良いッスよ。花凛も、いいお姉さんに恵まれて本当に幸せだと思うッス!」
「ありがとう。そう言ってもらえると、幾分か自信が湧いてくる」
そう呟いた彼女は、嬉々とした微笑みを浮かべていた。
そんな彼女たちの前に、一人の少年が現れる。
「よぉ、二人とも。妙にボロボロじゃないか」
――逢魔だ。彼の身も、すでに重傷を負っている有り様だ。
「アンタも大概ッスよ、逢魔」
「鈴菜の言う通りだ。アンタも相当な無茶をしているんじゃねぇのか?」
案の定、二人は彼の状態を指摘せざるを得なかった。逢魔は歯を見せて笑い、彼女たちに一つ提案する。
「俺のアジトだった場所に連れて行ってやるよ。その傷を放っておくわけにもいかないだろ?」
テクノマギア社の社屋が倒壊した今、三人が体を休められる場所はあの倉庫くらいしかないだろう。しかし鈴菜たちは、彼の誘いを断る。
「歩いて行くッス。ウチ、紅愛さんともっと話してぇことがあるッス。紅愛さんと、もっと歩きてぇッス」
「同感だ。オレも、今は歩きてぇな」
何やら二人の間では、いつの間にか深い友情が育まれていたようだ。逢魔は深いため息をついたが、その顔は綻んでいる。
「仲が良いのは、結構なことだ」
そう言い残した彼は、瞬間移動によってその場を去った。