細胞組織
同じ頃、天真は広い河原にいた。彼は今、三体の魔物に囲まれている。
「……変身」
即座にウィザードの衣装に身を包んだ彼は、さっそく三方向に糸を放った。三本の糸はそれぞれ一体ずつ標的を捕らえ、そしてその身に巻き付いていく。しかし魔物たちは、全身に糸をまとったまま天真の身に襲い掛かる。
「コイツら……なんて力だ!」
敵の攻撃を見切った彼は、すぐに己の身を繭に包み込んだ。直後、三体の魔物たちの剛腕は一斉に繭の壁をへこませ、そのまま天真の身に凄まじい衝撃を与えた。この魔物たちの怪力を前にすれば、彼の操る糸など敵ではない。どんな粘着力を持つ糸も、それを上回る力で抗えばどうということはないらしい。
つまるところ、天真にすべきことはただ一つだ。
今度は、彼の掌から無数の糸を束ねた柱が放たれる。
「良いだろう。キミたちが怪力を誇るというのなら、それを上回る力で対抗するまでだ」
そう呟いた彼は糸の束を自在に操り、標的たちをその中に取り込んだ。彼がその束を圧縮させるや否や、その敵対者たちは一瞬にして血飛沫と化した。そして彼らは、瞬時に再生する。
「再生能力……? 脳ごと潰したはずだが……」
天真が驚いたのも束の間、魔物たちは一斉に彼の身に殴りかかった。三体の持つ鋭い爪は、凄まじい勢いで彼の身を抉っていく。この状況を脱することが出来なければ、天真の息の根が止まるのも時間の問題だろう。無論、彼はここで諦めるような男ではない。
「やれやれ……生温い戦いには、ならなそうだね!」
半ば呆れたような笑みを浮かべつつ、天真は三束の糸の塊を放った。束は再び三体を呑み込み、そして一ヶ所に圧縮される。血飛沫を飛ばす繭の中からは、何か硬いものが砕けていくような音がする。もっとも、卓越した再生能力を誇る魔物たちからすれば、その身を圧し潰される程度のことは脅威ではない。天真はそれを理解していたが、根気よく標的たちを粉砕し続けた。魔物たちが何度復活しようと、彼はその両手から新たな糸の束を放出していく。糸の束に呑まれて圧し潰された三体は、その節度再生していく。一見、天真の行動は無意味に見える。
しかし彼は、決して悪足掻きをしているわけではない。
次第に、魔物たちが自己再生に要する時間は長くなっていった。何らかの力が作用し、彼らの細胞組織は再生を阻害されているようだ。それは紛れもなく、天真が思い描いていたビジョンそのものである。
「ふふ……計算通りだね。粘着力の強い物質には、様々な繊維を硬化させる力がある。つまり細胞組織を硬化させてしまえば、キミたちの細胞分裂を阻害することが出来るということさ」
生物の外傷が修復される際、その体内では様々な動きが発生している。つまるところ、細胞組織を硬化および結合された状況下において、肉体を修復する働きは著しく阻害されることとなる。更に言えば、魔物たちは何度も肉体を粉砕されたため、体内の奥深くの細胞組織まで硬化されている現状だ。要するに、彼らは今、全身の血流を止められているに等しいのだ。
血が止まった肉体は酸素を運べない。三体は酸欠に苦しみ、もがき苦しみ始めた。もはや彼らに、勝ち目はないだろう。魔物たちは次々と爆発し、辺りは炎と煙に包まれた。
これで天真の勝利である。
「勝負あり――ってところだね」
安堵に満ちた微笑みを浮かべつつ、彼は変身を解いた。それから彼は、ポケットから錠剤のシートを取り出し、その中身を数錠ほど飲み込む。幾分か体調を回復させていた天真も、まだ薬に頼らなければ生きていけないのだろう。
「難儀なものだね。せっかく体を休められると思ったのに、まだ戦わないといけないんなんて」
そんな独り言を呟いた彼は、煙の立ち込める河原を後にした。