義母に家を追い出されましたが、プリンがあるので幸せです~助けたモフモフは幸運の聖獣でした~
「さっさと出て行きな!」
今朝まで普通に生活していた我が家。そこから追い出され、周囲に散らばる私の荷物。少ないけど通りにばら撒かれたら恥ずかしい。
慌ててかき集めていると頭の上でバン! と玄関のドアが閉まる音が響いた。
「……そんな」
代々続く薬師の家系。
私の母は幼い頃に亡くなり、父は私が寂しい思いをしないように乳母を雇った。父は仕事のため相手にしてもらえず、人恋しかった私が乳母に懐くのに時間はかからなかった。
しばらくして父は乳母と再婚。乳母は私の義母となった。
すると、義母は徐々に私への態度が冷たくなり、父がいないところで疎外するようになった。そして、仕事で多忙のため不在なことが多い父に代わって義母が家を仕切るように。私を使用人と同等……いや、それ以下の扱いをするようになった。
それが決定的になったのは、義妹の誕生。
私の部屋は義妹に奪われ、屋根裏へ。朝は掃除、洗濯から始まり、午後からは薬師として薬の調合。元々は私が家を継ぐ予定だったから薬師としての知識と技術は父から教わっていた。でも、義母は義妹に継がそうと画策。
その結果、私は濡れ衣を着せられ、後継者としての権利を剥奪された。それでも調合の知識と腕はあるので、薬を作る毎日。しかも、家を継ぐはずの義妹が調合しなければならない薬まで作らされる始末。
それでも、父が帰宅した時は義母と義妹と仲が良いフリとした。そうしなければ、あとで何をされるか分からなかったから。
こうして、その日を生き延びるだけで精一杯の生活をしていた。
「きゅ?」
胸から聞こえた可愛らしい声に視線をさげる。私の胸から、ピョコと顔を出したフワフワな生き物。
銀色にも見える白い毛。三角形の大きな耳に、真っ青な瞳。額には小さな青い宝石が付いている。両手にすっぽりと収まる小さな体。しかも、爽やかなジャスミンの香り付き。
心配そうに見上げてくるモフモフに声をかける。
「大丈夫よ、モフ」
「ぎゅ」
モフが微妙な顔になる。どうも、この名前が気に入らないらしく、名前を呼ぶと顔をしかめる。でも、私としてはそれ以外の呼び名が浮かばないので許してほしい。
「ごめん、ごめん」
頭を撫でようと手を伸ばすと、耳をペタリと伏せる。そのまま触れれば、柔らかく滑らかな毛が指の間を抜ける。気持ちよさそうに目を細めるモフの姿はやっぱり可愛らしい。
数日前。過労で亡くなった父の葬式のあと、裏庭で泣いているとモフが空から落ちてきた。どうやら猛禽類に捕まって運ばれていたらしく、背中には鋭い爪痕があった。
驚きで涙が止まった私は必死に治療をした。モフはしばらく生死の境をさまよっていたけど、薬が効いたのか数日で回復。
元気になった今では私の側から離れなくなっていた。
「……うん、大丈夫」
(私が不安になっていたら、モフも不安になっちゃう)
無理やり元気を出して散らばった荷物を鞄に押し込む。
「じゃあ、行こうか」
行く当てなんてない。でも、ここにいても始まらない。
とりあえず私は歩き出した。
※
ガラガラガラ……
馬車の車輪の大きな音と酷い揺れ。そんな中でも眠れるほど疲れていた私はいつの間にか熟睡していた。
ペチペチペチペチ……
頬を柔らかいものが触れる。次に滑らかな毛がくすぐる。そして、香るジャスミンの匂い。
「うぅ……なに?」
目を開けると眩しい光が飛び込んできた。光に負けじと目を凝らす。すると、キラキラと輝く大きな川が広がっていた。対岸が見えず、大きな船が集まっている。
「すっごぉい! モフ、すごいね!」
私は顔を叩いていたモフを抱き上げた。
「お、目が覚めたかい? お嬢ちゃん」
前からしゃがれ声がする。顔をあげると、髭を蓄えた老人が振り返っていた。
「寝てしまって、ごめんなさい!」
謝る私に老人が豪快に笑う。
「気にすることはないよ。もう少しで港町だよ」
「え? あれ、川じゃないんですか?」
「あれが川なら壮大だが、海だよ」
「初めて見ました!」
つい興奮してしまう。そういえば、微かに塩っぽい匂いがする。
(これが海の匂い!)
現状を忘れて、ついウキウキしてしまう。
私は宝石のように輝く海を眺めながら、こうなった経緯を思い出した。
家を追い出されて当てもなく街を歩いていると、馬車の荷台に手をついて佇んでいる老人がいた。
「どうしたのですか?」
「いや、ちょっと腰がな。もともと痛みがあるんだが、今日は特に酷くて家に帰るまで馬車に座っていられるか、どうか……」
「それなら、ちょうどいい薬があります」
私は数少ない荷物の中から塗り薬と飲み薬を出した。半信半疑だった老人だが腰に薬を塗ったら驚いた表情になった。
「スーとして気持ちいい。痛みも軽くなったよ。すごいな」
「この薬を飲むと、効き目が長持ちしますよ」
「じゃあ、飲んでみよう」
こうして薬を飲んだ老人と他愛のない話をした。動けるようになった老人が私に訊ねる。
「これからどこかに行くのかい? 送っていくよ」
「あの、実は……」
すべては話したくない私は帰る家がないことだけを伝えると、老人が提案をした。
「なら、わしの家に来るかい? 家といっても離れだけどな。ばあさんと二人暮らしなんだが、人手が欲しい時に手伝ってくれたら助かる」
「いいんですか!?」
「いいよ。わしの名前はコボルトだ。お嬢ちゃんは?」
「クロエです!」
こうして私はコボルトさんの家に行くことになった。
※
「おや、まぁ。おじいさんを助けてくれて、ありがとうね。私はマリーだよ」
家に招かれた私はコボルトさんの妻のマリーさんに迎えられた。
「助けていただいたのは私の方です。あのままだったら、今晩寝る場所もありませんでしたから」
「まぁ、まぁ。たいしたものはないけど、屋根とベッドはあるからね。埃をかぶっているから掃除をしないといけないけど」
その言葉の通り、離れの家はだいぶん埃を被っていた。
でも、テーブルや椅子、棚など必要な家具は揃っている。私は掃除道具を借りて部屋を掃除した。
数時間後。
離れを訪れたマリーさんが驚いた顔になる。
「おや、まぁ。この短時間でえらい綺麗になったね」
「そ、そうですか?」
久しぶりに褒められた私は嬉しくも恥ずかしくなって目を伏せた。
義母から毎日、家の掃除をさせられていた。しかも、少しでも埃が残っていたら叱咤叱責の嵐。ここの離れは隅々まで綺麗になったとは言えない。それなのに褒められてしまった。
くすぐったい気持ちに戸惑っていると、肩にのっているモフが私の頬に顔をこすりつけてきた。
「もう、モフったら」
じゃれるモフをマリーさんが覗き込む。
「おや、珍しい。幸運のモフじゃないか」
「幸運のモフ?」
「そうだよ。額についた宝石がその証さ。懐いた人に幸運をもたらす動物って言われているんだ」
「へぇ。知らずにモフって名前を付けたけど、合ってたんだ」
喜ぶ私をモフが睨む。私はワザと気づいていないフリをしていると、マリーさんが言った。
「でも、あまり他の人には見られないようにした方がいいよ。モフを奪おうとする悪いヤツもいるからね」
「え?」
思わずモフを抱きしめる。キュェと苦しそうな声があがった。
「あ、ごめん! ごめん!」
腕を緩めるとペシペシと叩かれた。痛くないけど。
私たちの様子をマリーさんが苦笑いとともに見つめる。
「モフは懐いた人には幸運をもたらすけど、無理やり手に入れようとした人には不幸をもたらすって言われているから、手を出す人はそうそういないとは思うけどね。気を付けることに越したこたことはないよ。特にここは港町だから、いろんな人が出入りするし」
「……気を付けます」
ちゃんと気を付けているつもりだったのに――――
コボルトさんから離れを借り、港町で仕入れられる薬草を使って簡単な薬を作って売るようになった。よく効く薬と噂になり徐々に客が増え、私はそこそこ忙しい生活をしていた。
そんな、ある日。
「砂糖と牛乳と卵は買ったし……あと星屑の実を買うだけね。これがないと、あのデザートは作れないから」
「きゅ!」
私の胸でモフが手をあげて返事をする。
ここは港町だけあって、様々な文化が行き交う。その中には私が知らなかった美味しい料理も。特に最近、ハマったのはマリーさんに作り方を教えてもらったデザートで。
「モフも好きだもんね。帰ったらマリーさんの家にある保冷庫を借りて作ろうね」
「きゅぅ!」
話しをしながら裏通りに入り、顔なじみになった店に入ろうとした瞬間。
「んぅ!?」
背後から布で口を覆われ、甘い香りとともに意識を失った。
※
「ちょっと、起きなさいよ」
癇癪混りの高い、久しく聞いていなかった義妹の声だ。
促されて目を開けると後ろ手に縛られて固い床に転がされていた。レンガ造りの倉庫のような場所。港の近くに多くある。
木箱をバックに義妹が仁王立ちのまま私を見下ろし、屈強な男たちが私たちを囲んでいた。
「……なにか用?」
義妹が忌々しそうに私を睨む。
「薬の調合レシピ。どこにあるのか言いなさい」
「調合室の本棚に全部あるわ」
「嘘おっしゃい!」
義妹が手を振る。男の一人が私を乱暴に持ち上げた。
「レシピ通りに作っても薬の効き目が薄いのよ。レシピの一部を盗んだんでしょ!?」
薬はレシピ通りに作ればできる。ただ、口頭で伝わっているレシピもあり、それと合わせなければ本来の効力は発揮されない。私は父から教わり、義妹も同じように教わっていた。
ただ義妹は真面目に聞いているようで聞いていなかったため覚えていないのだろう。
「……」
無言でいる私に義妹が近づく。
「言わないなら、言いたくなるようにするまでよ」
パシッ!
頬に鈍い痛みが走った。義妹が手の中で鞭をポンポンと軽く遊ばせる。
ここで声を出せば五月蠅いとますます叩かれる。
私は黙ったまま視線を床にむけた。
「強情なのは変わらずのようね。でも、これならどうかしら?」
少しだけ視線をあげると、男が気絶したモフの首根っこを持ってぶら下げていた。
「やめて!」
義妹が楽しそうに口の端を緩め、鞭をモフに近づける。
「わかった! 全部、教えるから! 父から教わったレシピを全部、教えるからモフには手を出さないで!」
私の叫びに義妹が満足そうに目を細める。
「最初っからそう言えばいいのよ。余計な手間をかけさせないでちょうだい」
ここで義妹の動きが止まる。
「あら。この獣、高そうな宝石なんて付けてるじゃない。生意気ね」
ゆっくりと手がモフの額に伸びる。宝石はモフに引っ付いていて簡単に取れるものではない。無理に取ろうとすればモフが傷つく。
「ダメ! 取らないで!」
「なに言っているの。こんな獣にあるより私が身に着けたほうが宝石も輝くわよ」
長い爪がモフの額の宝石に触れた瞬間――――
「なに!?」
白い閃光が世界を消す。強すぎる光に視界を奪われ、何も見えなくなった。次に聞こえたのは小さなうめき声。でも、何が起きているか分からない。
そこに縛っていた縄が解かれた。
「え……?」
自由になった手を前にもってくる。やっと視界に色が戻ってきた。
囲んでいた男たちと義妹が苦悶の表情とともに足元に転がっている。
「なにが起きたの?」
驚く私を柔らかな毛が包み込んだ。この触り心地は……
「モフ!?」
振り返ると見たことがないほど端正な顔立ちの青年がいた。
ふわふわとした白銀の長髪。真っ青な瞳の涼やかな目。高すぎない鼻に薄い唇。美麗ながらも、しっかりとした肩幅に厚い胸板。逞しい腕が私を包み込むように抱きしめる。
「クロエ……よかった」
爽やかなジャスミンの香り。
「……モフ、なの?」
私の問いに端正な顔がとろけるように笑う。
「そうだよ」
「え? えぇ!? でも、なんっ!? 人!?」
慌てる私の耳にモフが囁く。
「まだ、魔力が足りなくて人の姿を維持するのが難しいんだ。でも、もう少しすれば……だから、それまで待ってて」
「待つ? 何を待つの?」
顔をあげた私にモフがふわりと微笑む。
ポンッ!
軽い音とともにモフがいつものモフになった。
「……モフ?」
「きゅ!」
モフが元気よく片手をあげて応えた。
※
あれから義妹はどうなったか分からない。ただ、風の噂で私の実家は不運が続き、薬師としての営業ができなくなったとか。
「そう言えば、マリーさんが幸運のモフを無理やり手に入れようとしたら不運になるって言ってたけど…………何かしたの?」
「きゅぅ~?」
ワザとらしく小首を傾げるモフ。待ってて、という言葉の意味も気になるけど、今は自分の生活が一番!
私は最近の楽しみであるデザートタイムを堪能するために保冷庫を開けた。
「保冷庫を買うために頑張って仕事したもんね。これでいつでも作って食べられるよ」
「きゅ!」
皿の上にのった黄色のプルプルふるえる楕円形のデザート。上には茶色のカラメルソース。
「いっただっきま~す!」
「きゅきゅ~」
テーブルに座った私たちは揃って冷たく柔らかいデザートを口に入れた。
「ん~! 幸せ!」