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コメディ系短編小説

立て籠もり犯屈伏プログラム

作者: 有嶋俊成

【登場人物】

・室谷刑事…立て籠もり犯の説得にあたるベテラン刑事。(※彼が有能かどうかは…お楽しみ!)

・ヨウスケ…立て籠もり犯。(※いろんな意味でイタイやつ)

・ヨウスケの母…犯人説得のため室谷刑事に呼ばれる。

・ヨウスケの元カノ…犯人説得のため室谷刑事に呼ばれる。

  ーーとある立て籠もり事件の話…なのだが…



「犯人に告ぐ、この建物は完全に包囲されている。無駄な抵抗をやめて大人しく投降しなさい。」

「うるせぇ! 要求を飲むまで俺はここを動かん。それと、早くお前ら警察の包囲を解け。人質ぶっ殺されたくなければ早く要求を全部飲め!」

 かれこれ一時間、立て籠もり犯と警官隊による膠着状態が続いている。建物の周りにはこの騒動を一目見ようとする野次馬もたくさん集まっている。

「くっそぉ…まあ、犯人が警察の言う事を聞かないことくらい当然だ。」

 犯人の説得にあたっていた室谷(むろや)刑事は、進展しない事件に苛立ちながらも胸中にはまだ十分余裕を残している。彼はこれまでいくつもの立て籠もり事件を扱ってきた。その経験を生かしてあらゆる犯人制圧の方法を温めてきたのだ。

「そろそろあれを発動するか。」

 室谷刑事による犯人制圧プログラムが始まる。


 室谷刑事は《立入禁止》と書かれた黄色い規制線を掴み上げて一人の白髪頭の女性を現場の中へと入れる。そして女性に拡声器を渡した。

「ヨウスケー! 聞こえるー!」

 女性の口から犯人の名前が出る。すると建物から犯人が唖然として表情で顔を出す。

「なにやってんだよ!」

 犯人は叫ぶ高齢の女性に見覚えがある。というか見覚えが無いわけがない。自分の母親だからだ。

「あんたバカじゃないの? なんでこんなことになったのよ! え? 本当にバカじゃないの?」

 女性は立て籠もり犯を続ける自分の息子に向かって叫び続ける。

「バカバカバカバカうるせぇな! だいたいババァには関係ねぇだろ引っ込め引っ込め!」

「“ババァ”じゃないでしょ! このゴミ以下!」

「は?」

 母親からのとてつもない暴言に固まる犯人。

「だいたい、元が弱っちいあんたがこんな屈強な警察相手に出来ると思ってんの? 頭弱いの?」

「んだこらー! 人を卑下して気持ちいのか!」

「ああ、気持ちいさ! 小学生の時好きな子から『ダサい』と言われて教室で号泣。中学生の時はヤンキーから好きな子を奪おうとして病院送り。そして遂に高校生の時は好きな子を連日家まで尾行して警察沙汰。あ! あんたこれで二回目の警察沙汰よー!」

「いうなコラァー!」

 今までで一番大きい声を出した犯人。

「投降する気になったかー!」

 室谷刑事が叫ぶ。

「逆にこれで表に出れると思うか⁉」

 犯人は羞恥心と過去のストーカーを野次馬の前で大々的に公表された焦燥感で足がすくむ。

「なによせっかく母親が来てやってるのに! このチキンストーカー!」

「チキンとはなんだ! ストーカーは…間違ってはないけどぉ!言いたくないのにぃ!」

「しかも見なさいよこれ!」犯人の母親は用紙を何枚か掲げる。「あんた布団の綿の中に隠してるものあったでしょ。」

「おい待てー!」

 犯人がさらに焦りだす。

「私見たわよ。あんたのポエム。好きな子との妄想ポエム。気持ちの悪いポエムー!」

「“ポエム”という言葉を出すなー!」

 犯人が頭を抱える。

「お前本格的に気持ち悪いなぁ。」

 室谷刑事が言う。

「ほらみなさんも見てくださいよ。」

 犯人の母親はなぜかポエムのコピーを野次馬たちに見せる。

「おい!おい!おい!何やってんだ!」

 犯人は今すぐにでもこの建物を出て自分の恥ずかしいポエムが大衆に広まっていくのを阻止したい。しかし、そんなことをしたら自分がどうなるかなんて百も承知だ。進むも地獄、退くも地獄とはまさにこのことだ。

「は?なにこれ?」「きんもー」「こりゃ相手の女にはみせられねぇな。」「ネット乗せようぜ!」「おお!絶対バズるぞ!」「『アイツは自分にとっての大空』とか…うーわ共感性羞恥きた。」「『俺はアイツの下僕なんだから』って…あいつどMやん。」「隠してても俺はこんなのかけねぇわ。」

 野次馬たちは犯人のイタイポエムを見てそれぞれの感想を口にした。おもしろがって拡散しようとする輩もいる。

「息子さんもこういう時代があったんですね。」

 室谷刑事が犯人の母親に声をかける。

「いやぁ母親として恥ずかしい限り。妄想もほどほどにしてほしいですね。」

 犯人の母親もため息をつく。

「おぉぉぉぉぉぃ‼」犯人の断末魔のような叫びが響く。「そのポエム回収しろぉ! 人質一人殺すぞぉ! 本気だぞぉ!」

 犯人は立て籠もって警察を相手にしている時以上に興奮している。

「わかったわかった! みなさん一度そちらの紙をすべて返してもらいます。ご協力お願いしまーす。」

 室谷刑事は犯人の母親と共にポエムがコピーされた紙を回収する。

「既にネットに拡散されているかもしれんがそれはご理解してくれ。」

「ざっけんなよ! 俺の尊厳はどうなるんだよ!」

 犯人が叫ぶ中、室谷刑事は次の段階へ移ろうとしていた。

「お母様、こうなったら第二段階へ移ります。」

「わかりました。ではこちらでよろしいですね。」

 犯人の母親は室谷刑事に一冊の冊子を渡した。


 建物内で憔悴している犯人。自分のトップシークレットたる激イタポエムが大衆に公開されてしまったのだ。

「みなさーん。こちらにご注目ー」

 窓の外からさっきの刑事の声が聞こえてくる。犯人は恐る恐る外の景色を覗き見る。

「野次馬のみなさん、“こちら”なんだと思いますかー?」

 お立ち台の上に立っている刑事が拡声器越しに声を発しながら何か大きめの本のようなものを野次馬に向かって掲げている。

「“こちら”は、あの立て籠もり犯の小学校の卒業アルバムでーす。」

 犯人は思わず窓から身を乗り出す。間違いない。あの色、大きさ…間違いなく自分の小学校時代の卒アルだ。

「おぉ~~~い! 今度はなんだよ!なんでそれ持ってるんだよ!」

 犯人が叫ぶ。

「おふくろさんに持ってきてもらったんだ。お前にこれ以上罪を犯させないために。」

 拡声器で犯人に説明する刑事。

「何する気だ!」

「それではいきまーす。立て籠もり犯の卒業文集大公開!」

 刑事が野次馬の方に向き直って叫ぶと野次馬からは歓喜の声が上がる。あの集団はこの事件をなんだと思っているのだ?

「ふざけるな! 文集なんか今関係ないだろ! さっきのポエムで十分だろ!」

 そんな犯人の叫びも空しく、刑事は文集を読み上げ始めた。

「『僕の将来の夢は“バッタライダー”になることです。』」

 刑事がそう言うと野次馬からヤジや笑い声が溢れかえる。

「『“バッタライダー”になって、どこかにいる悪の秘密結社・鷲の牙団を自分の手で倒して見せます。』」

 野次馬から止まらない嘲笑と苦笑。なにがなんだかわからず窓枠にうなだれる立て籠もり犯。

「みなさん、これ、あの犯人が書いたんですよ~小学六年生の時ですよ~。」

 刑事が言うと野次馬の声が更に盛り上がる。

「夢見すぎだろ~」「低学年ならわかるけどさぁ…」「自分の息子だったらもう嫌だ。」「小六の卒業文集でそれ書くか?」「犯人終わっただろw」

 野次馬たちの声は犯人にまでは届いていないが、何かバカにするような類の声であることは雰囲気でわかった。

「おい犯人! これ以上恥さらしをしたくなければ大人しく投降するんだな。」

 刑事がほくそ笑みながら建物に向かって呼びかけてくる。

「そんなくだらねぇことするくらいならさっさと要求飲め!」

 犯人は、恥じらいに負けて警察の言う事を大人しく聞くなどという女々しいことはしたくない。そう思った。

「というわけで中学の卒業文集も公開しま~す。」

 刑事が拡声器でそう叫ぶと野次馬からは再び歓声が上がった。

 絶句して固まる犯人。

「『××(女子の名前)は僕が絶対に幸せにしてみせる。それが僕の最大の使命だと感じている。』いきなり~⁉」

 刑事が観客を煽ると野次馬からもからかいの声が上がる。

「『僕が××と出会ったのは入学式の時。その時、自分の心に電流が走った。僕の視界に××が入った途端』…あ~ムリムリムリ!」刑事が卒アルを閉じる。「もう読むのキツイわ~。自分のことに感じちゃう!」

 野次馬から笑いが起きる。

「そりゃ高校になってストーカーになるのも無理ないわ~」

 野次馬からさらに笑いと冷やかしが飛ぶ。

「おい犯人! 出てくる気になったか!」

「余計出てこれねぇだろぉ! 一生出てこれねぇよこれ!」

 これだけの恥さらしをされては最早人前に出てこれるわけがない。あの刑事は犯人である自分をより投降しにくくしていることに気づいていないのか?


「なかなか手ごわいやつだな…」

 室谷刑事は頭を抱えた。しかしまだ手は残っている。

「それではお願いします。」

 規制線を掴み上げると一人の若い女性を現場の中へと入れた。

「ヨウスケく~ん、覚えてる~?」

 お立ち台の上に立った若い女性が拡声器で建物内の犯人に呼びかける。中にいた犯人がハッとした様子で窓から顔を出す。

「嘘だろ…」

 犯人はその若い女性に見覚えがある。大学時代に付き合っていた元カノだ。

「ヨウスケく~ん、なにやってるの~、なにがあったの~?」

 犯人の元カノは建物に向かって叫び続ける。

「お前…関係ないだろ! なんで知らねぇ刑事について来てんだよ!」

「は? 私ヨウスケくんのために来たのよ⁉」

「もう帰れ…お前とはもう終わったから…」

「終わってない! 付き合ってた時、何回か私のアパートに勝手に入ったでしょ!」

 その言葉に野次馬から驚嘆の声が上がる。中には罵詈雑言を放つ者までいる。

「は⁉ それは!」

「それとアパートの入口に居座ってもいたでしょ~。それも含めて謝って~。」

 野次馬からの批判はさらに激しいものとなっていく。

「あぁっ⁉ なんだよ! 恋人同士ならそれくらい良いだろ!」

「恋人の家でも人の家でしょ! それ以前になんで勝手に合鍵作ったのよ!」

「それも俺とお前の仲だからだろ!」

「もういい! ヨウスケくんのことなんて知らない! あんたの秘密全部言うから! 私全部知ってるからー!」

 犯人はゾワッとする。先程のポエムと卒業文集の件が頭をよぎる。

「ヨウスケくんは、自分の家に私が来るとずっとネコの真似して甘えてきてたよね~?」

 野次馬から笑いが起きる。室谷刑事もニヤニヤしている。

「おい…やめろ…」

「私がヨウスケくんの家に泊まりに行った時、私がお風呂入ってる時に、私の服勝手に着てたでしょ~! 破れたらどうするのよ~! あれすりガラス越しにわかるからね~!」

 野次馬の男性陣からは冷やかしの声、女性陣からはドン引きの表情が上がる。室谷刑事は舌を噛んで大笑いするのを耐える。

「お前も元カノとして恥ずかしくないのかー!」

 犯人が叫ぶ。

 室谷刑事は犯人の元カノから拡声器を受け取ると犯人に向かって呼びかけた。

「ストーカーと自惚れに溺れていたお前にも、そういう時代があったんだな。気持ち悪いけど。」

 室谷刑事が言うと野次馬からもトゲトゲしい声が上がる。一番多かったのは「変態」という言葉だった。


(なんなんだ…なんなんだよこの状況…)

 犯人は壁際で縮こまっていた。ドラマで見る立て籠もり事件でこんなことが起きているのは見たことがない。本物の立て籠もり事件ではあることなのか? そんなわけがない。何度かニュースの中継で立て籠もり事件の様子を見たことがあるが、どれも物静かな雰囲気だった。なぜ自分だけこんな地獄のような恥さらしをされなければならないのだ? この際もう強行突破でもしてきてほしい。人質を殺す気なんて最初からないのだから。

「おい犯人~」

 外からはあの鬼畜刑事が呼ぶ声がする。

「犯人、俺はもうこれ以上お前を追い詰めたくない。だから大人しく投降してくれ。本当に本当に何もしないから。手荒な真似しないから。」

 何を今さら…犯人は死んだ目で刑事を見つめた。あれだけ手の込んだいじめみたいなことをして何が何もしないから、だ。

「出てこないなら、もう一つネタを披露する。」

 何が“ネタ”だ。

「このカセットテープ見覚えないか?」

 刑事が一本のカセットテープを掲げている。

「《平成23年12月25日「僕と君と雪と」》と書かれている。」

 犯人の顔がみるみるうちに青ざめていく、そして今度はみるみるうちに赤くなっていく。

 あれは中学三年のクリスマス。当時好きだった女子の××に向けて歌ったオリジナルラブソングだ。

「あと三分以内に出てきたら、流さないでやる。これが最後のチャンスだ。」

 そう言うと刑事は腕時計に目を落とした。

(あ、あの歌は…)

 犯人は刑事の手にあるカセットテープを見つめながら、歌を録音した日のことを思い出した。

 あの時の自分は××のことで頭がいっぱいだった。入学式で出会ってからというもの、ずっと彼女のことを追い続けた。同じクラスになることはなかったが、それでも通りがかるフリをして彼女がいるクラスの前を歩いたり、友人に会いに行くフリをして彼女のいるクラスに行ったりと、とにかく彼女に近づこうと必死だった。そんな日々が続きついに三年生。受験期に突入する。恋愛なんてまともにやってられる暇はない。卒業も間近の十二月のクリスマス。その切ない気持ちをクリスマスと冬の寒さになぞらえて歌った。自分にとっては甘酸っぱい青春の歌。

「あと三十秒!」

 刑事が残り時間を叫ぶ。

(俺の…純朴だった俺の…)

 犯人は窓の外に顔を出すと、これまでにない勢いで刑事のいる方に向かって叫んだ。

「おい刑事! その歌を流せー!」

「10、9、8…え?」

 思わぬ懇願にカウントダウンを忘れる室谷刑事。

「これが! これが俺の最終回だ!」

 野次馬も呆然と犯人を眺める。

「ヨウスケくん…」

 その時、刑事の傍らにいた犯人の元カノが刑事からカセットテープを入れた再生機器を取り上げた。

〈おの寒空の下に歩く二人の男女~〉

 カセットテープから中学時代の犯人の歌声が流れ始めた。拡声器を近づけているので大音量で流れている。

「ヨウスケくんの最後の願い、聞いてあげる。」

 犯人の元カノのまさかの行動に唖然とする室谷刑事。

〈クリスマスと共に雪のように君も消えていくのか~〉

 窓から空を見上げる犯人。

 事件現場には墓地のような静寂が広がり、ただそよ風が吹くだけだった。

 この地獄のような空気があとどれくらい続くのか、それはカセットテープのみが知る。



  ーー終わり

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