7 引きこもりのおじい
「おさのいえ?」
集落の長ってこと?
そんな人、いたんだ。
「長っていうのは……そうだな……。集落の皆をまとめる……まあ、代表者ってことだな」
「だいひょうしゃ」
あ~。住人たちをまとめる人は必要だよね。
いくらのんびりしている集落とはいえ、各種問題はあるはずだしね。ただ、現在集落唯一の子供のわたしには、たとえ問題があったとしても知らされる事はないのだけれど。
抱っこしたわたしを左腕に座らせた鍛治のおじいは長の家の玄関扉を開けて、そのままズカズカと中に入って行く。
ええっ?
ノッカーとか鈴とか無いの!?
「お、おじい! ひとのうち、かってに入っちゃだめだよっ」
長が住んでいる家って言ってたよね!?
わたしが焦っておじいの肩をバシバシ叩いたのに、がっしりとした筋肉はびくともしない。バシバシ叩いたつもりなのにぺちぺちしてるだけだよ~っ。
「あ~、大丈夫大丈夫」
何が!?
「しっかししっかりしてんなミシェルは。他人の家に勝手に入っちゃ駄目~、なんて誰も教えてくれんだろうに。この集落の連中は」
「じょうしきでしょー!」
むう……。大笑いされた……。
当たり前の事を言ったはずなのに変に感心されているし。
たしかにパパにもママにも他人の家に勝手に入っちゃだめなんて言われたことないよ。入ったこと無いけど、誰かの家に勝手に入ってもどのおじいとおばあも何も言わなさそう。というか、集落でノックしている人もそういえば見たことない……? まさかノックの習慣が無いなんてことないよね?
なんて思っていたら、2階までズカズカと入っていったおじいがひとつの扉をノックした。……ちょっと殴っているみたいなノックだったけど、普通にノックはするみたいで安心した。
でも中から返事がないのに開けちゃうってどうなの?
「ほら。あれが長だ」
おじいがその扉を開けたとたん、建物に入った時から感じていた匂いが濃くなった。これは……薬の匂いっぽい?
そこは書斎だった。
学校の教室ほどの広さの部屋。扉や窓周辺を除く壁すべてが書架になっていて、図書室とでも呼びたくなるような部屋。それぞれの棚はちゃんと本で埋まっている。どれも装丁のしっかりした大きな本だ。
「きゃあああああーーっ!!」
「みゃっ!?」
「うおっ!?」
本だああああ!
「おじいっ! おじいっ! いっぱい! 本いっぱいいーっ!」
おじいをぺっちんぺっちんしちゃうよ! 大 興 奮!
「ど、どうした急に。本が沢山あってびっくりしたのか?」
「やかましいぞ」
「みゃー。みゃあー」
「あああっ。ごめんねこしひかり~。びっくりしたね~。ほら見て本だよ~っ。いっっぱいあるねえ~っ」
抱っこしたしろねこさんのまだ細い尻尾が、わたしの腕の上でぎこちなくモゾモゾしている。もしかして尻尾タシタシしたいのかな? かわゆいっ。驚かせてごめんね。
だってすっごい嬉しいんだもん! 本大好き!
家に本なんて無かったから、web小説の異世界物でよくある、本は高価で庶民は持ってないし滅多にお目にかかれない物、とかかなって思っていたの。紙はたくさんあるのよ。集落で紙漉きしてるし皮紙も作っているしね。でもパパやママがメモしたり落書きしたりと、なんていうか、気軽に使える玩具のひとつってかんじ。文書的な書類はお目にかかったことがない。
「ミシェル、本が好きなのか? 読めんだろ?」
「ママに読んでもらうの!」
帰ったらママに文字を教えてもらって、そうしたらここの本を制覇したい!
「アンジュにか? アンジュにはここの本は半分も読めんだろう」
「…………だれ?」
窓辺で一人掛けの安楽椅子で本を読んでいるおじいが顔も上げずに言った。
誰っていうか、長だね。
見たことないおじいだよ。集落の住人の例に漏れず金髪……少し濃いめの長いストレートをひとつに弛く束ねて左肩に流している。
「こいつが長だ。ミシェルは会ったことないだろう。引きこもりだからな」
コモラーかあ。でもおじい、長にこいつって。
「何年か前に会ったことがある。ミハエルとアンジュの娘」
「ミシェルが覚えている訳ないだろ。ミシェル、たしか5つになったんだよな?」
「うん。ミシェル、5さいです」
鍛治のおじいの言う通りなんだけど、この建物には来たことある気がする。長の事はぜんぜん覚えてないけど、はじめましてじゃあないのね。
そうだ。
鑑定したら“長”って出るのかな?
ママに鑑定はしたけど名前くらいしか出なかったし、なんとなく人に鑑定するのは避けてたんだよね……。なんだか黙って名札見るかんじで。でも逆に名前くらいしかわからないなら見るくらい別にいいのかな?
鑑定!
フェクト・エフリエル・ガブルネクシブ(75)
人間
男
長!? 名前長っ。名字、ママにもわたしにも無かった。長だから? そういう家の人ってこと?
「フェ、フェクト? エフ……?」
「「!?」」
長いよ。長でいいよね。
「長? あのね、ここのご本、ミシェルも読んでいいですか?」
だめかな? 持ち出し禁止ならここで読ませてもらうとか……。
「ミシェル、長の名前知っていたのか? ……いや、しかし」
「いや……。何か、したのか?」
名前? 鑑定のこと? 空間収納みたいに珍しい魔法になるのかな? でも名前くらいしかわからないんだし、別に隠すことでもないよね?
「かんてい! って、したのよ。おなまえがわかるまほうなの!」
えっへん! って教えてあげたのに鍛治のおじいはなんで吹き出すのかなあ!?
「ぶ……くくっ。ミシェル、父ちゃんや母ちゃんの名前、知らなかったんだって? ふっ……」
おばあたちーーっ!
なんで言っちゃうの!? え? これって、きのうのことが集落中に知れわたっちゃってるってこと!?
「そういえば他にも何か……収納? って魔法を作ったんだって?」
「収納……」
いつの間にか長が目の前に来ていた。
「空間収納、たくさん入るのよ」
「……そういうカバンがある」
空間収納のカバン、やっぱりあるんだ!
「時々おじいたちが町に余った野菜なんか売りに行くだろ? その時使ってるやつだな」
「ここの本も昔、そのカバンで運んで来た。集落に代々伝わる秘宝だ」
「ひほう!?」
お宝扱い! 貴重品じゃない! そのわりに気軽に行商に使ってるの? まあ、有効活用した方が仕舞い込んで宝の持ち腐れになるよりかはいいのかな?
「すごいじゃないかミシェル。秘宝のカバンと同じ魔法が使えるんだな。なあ、収納が使えるのならここの本を貸してやってもいいんじゃないか?」
鍛治のおじいが長に言ってくれた!
「駄目だ」
「何でだよ。他に読む奴なんていないだろ?」
即座に駄目だって言われてしょぼーんってしちゃうけど、仕方ないとも思う。鍛治のおじいは気にしてないみたいだけど、やっぱり本って貴重なんだよ。日本の文庫本や雑誌を借りるのとは違って。だったら……。
「本が読みたいならここに来ればいい。この部屋からの持ち出しは禁止だ」
「うんっ! 長っ、ありがとーーっ!」
やったーーーっ!! 本が読める!! 毎日でも通っちゃうよっ!
「で?」
「?」
「その生き物は何だ? 兎……ではないな。狸とも違う。見たことがない生き物だ」
長も猫さん見たことないのか。この集落の人たち、誰も猫さんを知らないんだよね……。
「ねこの赤ちゃん。こしひかりです! かわいいでしょ~」
「にゃあ」
「何日か前にミシェルが拾って来て育ててる。やっぱりこんな生き物見たことないよな? どっから来たんだか」
あっちの世界からかな。
「誰も知らないのにミシェルが“ねこ”だって言い張っているのが不思議だったんだが……そうか、鑑定の魔法か」
そっか。誰も見たことがない生き物なのにこんな幼児が猫だって知っていたらたしかに不思議だよね。鑑定魔法で納得してもらえてよかった……のかな?