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4 お風呂の日

「待ってたわ、ミシェルちゃん」


「そろそろ来るかしら~って言っていたのよね~」


 集落の外れにある天然温泉は集落の皆が使うからなのか、けっこう立派な施設だ。

 といっても浴場に限らず集落の建物は概ねしっかりした作りのように見える。わたしが知る限りでは今にも倒れそうな掘っ建て小屋やあばら家は無く、平屋ながら礎石を据えた立派なお家が点在している。


 そういえば一軒だけ二階建ての石造りの大きな建物があるけど、誰かのお家だと思っていた。でもこのお風呂場みたいに公共施設なのかも?


 膝上丈のキャミワンピなお風呂着に着替えて洗い場でママにジャブジャブ洗われていると、お湯に浸かったり浴槽に腰掛けて涼んでいるおばあたちが声をかけてくる。それどころじゃないよー。丸洗いされ中だから! ママ、もうちょっとやさしく洗ってほしいな…。


 この、洗うのに使っている小袋に詰めた実。今までアワアワの実って呼んでいたけど、これってムクロジじゃない? 羽根突きの羽根に付いてるアレ。お風呂場の周囲にいっぱい植わってるのをいつも帰りに持って帰るんだよね。洗濯に使っているんだと思うけど、こしひかりに使っても大丈夫かな?

 あ、そうだ鑑定! って思い出したのに、ママが「お目々ぎゅっとしてね」って言うから慌てて目を閉じた。


「はい。終わりー。ミシェルはお湯に入ってね」


 お湯を頭からざぱーっとかけて洗い終わるとお風呂に入りなさいって浴槽に追いやられちゃう。ええー、わたしもママをごしごししたい。


「ミシェルもママ洗うー!」


「えええー?」


 そんな迷惑そうにしなくても……。


「ママ自分で洗うからミシェルは冷めない内にお湯に入ってほしいなー。おばあちゃーん」


「はいはい」


「ミシェルちゃん、おばあとお風呂に入りましょうね~」


 ちぇー。

 おばあたちに素早く捕獲されて一緒にお風呂に入る。

 今までならここで駄々こねてぐすっていたけど、新生ミシェルはがまん出来るもん。こしひかりのお姉ちゃんだし! でも浴槽の縁に手をかけて足をばたばたさせちゃう。ママまだー?


 今このお風呂場にいるおばあは5人。おじいはなし。

 これは浴場が奇数日男湯、偶数日女湯と、厳格に決められているから。

 いつからそんな決まりになっているのか知らないけど、この集落ではそういうところ、きっちりしているんだよね。たとえ幼児であっても女児は奇数日のお風呂場には入れない。小さな集落だからそういうの弛そうなのにって思うのはわたしだけ?


「ミシェル~? ばたばたしないのよー」


「はーい」


 注意されちゃった……。

 せっかくのお風呂の日。ママだってゆっくり髪とか洗いたいよね。美人なママをよりきれいにしたいけど、残念ながら今の幼児なわたしじゃあお背中流すお手伝いしても逆に迷惑だってわかってる。しょんぼりしちゃうけど大人しくおばあに抱えられておくよ。


「あれ?」


 大人しくしてたら肌に泡がたくさんついていることに気が付いた。


「どうしたの? ママもうすぐきれいになるわよ」


「アワアワいっぱい……」


 抱っこしてお膝にわたしを捕獲しているおばあの腕を撫でると、しゅわっと泡が上がって消える。

 ムクロジの泡じゃなくってこれって……。


「うふふ~。このアワアワはね、きれいになるアワアワなのよ~」


「アワアワの実といっしょ?」


「アワアワの実は体の汚れを落としてくれるけど、このアワアワのお湯は体の中をきれいにしてくれるのよ~」


 やっぱり! これって炭酸泉だよね。もしかしたら探せばお湯じゃなくって炭酸の涌き水があったりするのかな?


「きれいになるの? 飲んでいいの?」


 一応、聞いてみる。


「あらだめよ~」


「お腹壊しちゃうわ」


 おばあたちが慌ててお風呂の湯は飲むなって言うけど、わたしだっておばあの出汁はいらない……。そうじゃなくて洗い場で流しっぱなしの湯とか、この浴槽だって岩場からジャブジャブ注いでるきれいなお湯とかあるでしょ!


「ミシェルちゃん。アワアワのお水の井戸があるから、そのお水なら飲んでいいわよ」


 炭酸の井戸があった!


「なあに? そんなのあるの」


 ママが浴槽に入って来た!


「ママ抱っこ!」


「あらあら甘えんぼうさんね」


 えへへ~。


「一昨日からパパがお留守だから寂しいのよね?」


 そうなのだ。ご飯とかにちょいちょい帰っては来るんだけど、ぱっと食べてすぐに出ていっちゃう。いつもはこんなにべたべた甘えたりしてないのよ?


「お留守?」


「ああ、炭焼きね」


 今炭焼き小屋に詰めているパパは、明日の男湯の日にお風呂に入ってから帰って来るんだって。明日まではわたしがママを独り占めするんだ。


 それにしても、生まれたときからこの集落にいるはずのママが知らない井戸ってどういうこと?


「おばあー。ミシェル、アワアワのお水のみたい!」


「すぐそばだから、後で行きましょうねえ」


「すぐそば? って、あの痛い水!? だめよあんな水飲んじゃ!」


 やっぱりママも知ってるみたい。炭酸の刺激が合わなかったんだね。それともそんなに強い炭酸なのかな?


「ママぁ~」


「いいじゃない。悪いものじゃないんだし」


 わたしも前世は炭酸飲めるようになったのが大人になってからだからわかるよ。でも逆に、大人になったママなら炭酸もおいしく飲めるかもよ? お風呂上りだし。


 ちょっとだけ~とか、ためしに~とか言って、なんとか炭酸の井戸水を飲めることになった。やったー!


 そしてもうひとつ。


「おばあ、お怪我したの?」


 さっきまでわたしを抱えていたおばあのお腹。濡れたキャミワンピなお風呂着に透けて、お腹にひび割れみたいな痣が見える。これってあれだよね?


「これはねー、お怪我じゃないから大丈夫よ~」


 ママは……。もう薄くなってお風呂着の上からは見えないね。


「これはね、赤ちゃんを産んだってしるしよ」


「赤ちゃん? どこ?」


 やっぱり妊娠線だ。でもってわたしの他にも子供いるんじゃない!


「もうずうーっと前よ? おばあがアンジュくらいの時。赤ちゃんって言ったって今はもうおじさんになってるわ」


「おじちゃん? どこにいるの?」


「ここにはいないのよ。そのうち戻って来るでしょうけど……今はどこか町で暮らしているんじゃないかしら?」


 ああ……。やっぱり若い人たちは町とかに出て行っちゃうんだ……。



 ところで、アンジュって誰?

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