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【電子コミカライズ刊行記念短編】一般通過生徒は見た


12/26の電子コミカライズ刊行開始の記念短編になります。

よろしくお願いします!



 アデラ・リオレークはしがない男爵家の長女である。

 しがない、という言い方は良くないかもしれない。リオレーク男爵領は家と畑といくつかの市場くらいしかないけれど長閑で良い土地だし、領民も穏やかで心優しい人が多い。父も母も次期領主の兄もほのぼのしているけれど、立派に自分の領を治め、より良いものにしようと努力している。

 アデラ・リオレークは、小さいけれど平和な男爵家の長女である。


 アデラが彼らに初めて出会ったのは、12歳の時だった。身分の近い貴族の子女が集まるお茶会で、一番男の子の視線を集めていた、ぱっちりと目の大きい、かわいい銀髪の女の子。それがユリシアだった。


 ハミントン侯爵家だ、とさっきまで出された紅茶について話していた隣の席の子もアデラから視線を外して、その子に視線を向ける。


 アデラが人の顔を覚えるのが苦手なのは仕方ないけれど、せめてお茶会に招待してくれた家と、有力な貴族の名前くらいは覚えてから参加しなさい。お茶会の前、そう両親に言われていたからすぐに分かった。ユリシア・ハミントン―――それが、あの女の子の名前だ。たしかお兄さんが公爵家に婿入りして、このお茶会に来た子の中でも、一番権力があると言えるハミントン家の子。


 実際、ユリシアの人気は凄かった。お茶会の主催の家に挨拶した後すぐに彼女は人に囲まれて、なにか質問されたり、話しかけられたりしていた。囲んでいる子は男の子が多い。

 ―――ユリシアさんはハミントン侯爵家を継ぐからよ、と同じテーブルの誰かが言った。


「ワーヴェルト家のリックにキルック家のルシガー……ユリシアさんに話しかけてるの、長男じゃない子息ばっかり。ここでユリシアさんに気に入られて、婚約者になれればハミントン家が手に入るって考えているんだわ」


 そう続けたのはこのテーブルで最年長の、大人びた女の子だった。

 ユリシアさんもユリシアさんよ。彼女、もう婚約者がいるのに。気に入らない、という気持ちを隠さないその声に、思わずユリシアさんの後ろを見る。そういえば彼女が会場を訪れた時、隣には男の子がいた。


 確かに彼は、そこにいた。

 穏やかそうな茶髪の、ユリシアさんと同じくらいの年の少年。遠くからではよく分からないけれど、青系の瞳をしている気がする。彼はユリシアさんを中心にした人の塊に追いやられて、ぽつんと一人で立っていた。


 囲まれてうれしそうにしちゃって、と刺々しく最年長の子は言う。本当だろうか、と思った。ユリシアさんは囲む少年たちに丁寧に笑顔で返事をしているけれど、ちらちらと何度も茶髪の少年を見て、足を向けては人に阻まれていたから。


 楽しんできなさい、と両親は言ってくれたけれど、こういうお茶会は、立派な家の子と仲良くなるのも大事なこと、なのだそうだ。ユリシアさんと話してみたいな、と思ったけれど、凄くたくさん人はいるし、テーブルを離れるのもどうかなあ、と考えるうちに、時間は過ぎていった。




 ∮




「カイリ、やっと見つけた……!いままでどこにいたんですか」


「ユリシア、一緒にいた人たちは?」


「撒きました!なんなんですかあの人たち!!!」


 薔薇が趣味という主催者の家の庭園には薔薇園があって、午後は自由に散策しよう、ということになった。

 もとから仲のいい、あるいは仲良くなった子たちはそれぞれ集まって迷路のように入り組んだ生垣を歩き、私はなんとなく一人を選んだ。ユリシアさんったらちやほやされてやーね、という空気が私のテーブルで流れていたから、なんとなく一緒に居づらかった、というのもある。

 そうして薔薇を楽しんだり蝶を追いかけて迷子になったりしていたところ、生垣の向こうから声が聞こえたのだ。


 すぐにユリシアさんと、たぶんその婚約者の男の子だと分かった。ユリシアさんはいろんな男の子に囲まれながら薔薇園に入って、たったいまカイリと呼ばれた婚約者の男の子は一人だったはずなのに。盗み聞きはよくないから離れた方がいいのかな、というマナーと、すこしの好奇心に揺れ動く間も、声は続く。


「ユリシアが囲まれていたから、邪魔しないようにと思って。楽しそうだったのに、いいのか?」


「楽しくないですよ。ハミントンの鉱脈がーとかラフィンツェがーとかずうっとうすっぺらく褒められるか、家かお兄様の話ばっかりで……しかも、あんなこと言うなんて」


「なにがあったんだ?」


 なんでもないです、とユリシアさんは答えたけれど、私にすらその言葉は嘘だと分かった。案の定カイリ君は、本当に?と質問を重ねた。


「……ひとり、あなたのことを馬鹿にする人がいたんです。自分の方が頭も良いからハミントン侯爵家の跡取りに相応しいって。そんなわけないのにあの馬面のゲジ眉が」


 馬面のゲジ眉。可愛らしい少女の口から出たとは思えない言葉に、ぽかんと口が空いてしまう。けれどカイリ君にとっては驚くようなことでもないのか、こら、と一言諫めただけだった。


「なんだ。そんなことか」


「そんなこと、じゃないですよ!」


 怒るユリシアさんに対して、悪口を言われたらしいカイリくんは、ほんとうになんてことないような、穏やかな声だった。そうしていいよ、と笑う。


「ユリシアが好かれているならそれでいいよ」


「…………ちっとも、ほんの少しも良くないですよ。そんなことをいうなら、私にも考えがありますからね!」


 もう!とまた、ユリシアさんの怒る声がする。

 それから足音がしたので、鉢合わせるかもしれない、そうしたら盗み聞きしたことがばれてしまうかも、と慌ててその場を立ち去った。遠目から見たユリシアさんはにこやかで社交的で、お嬢様らしいお嬢様に見えたから、こんなにはっきりと怒ったり、感情を表に出すような子だったのか、と考えながら。




 どうにかこうにか薔薇園からお茶会の会場に戻って、また驚く。

 とっくのとうに会場に戻っていたらしいユリシアさんとカイリ君。ユリシアさんはまた人に囲まれていたけれど、その手はがっしりとカイリ君の手をつかんでいたから。


「こ、この屋敷の薔薇は素晴らしかったが僕の家の薔薇も見ごろでね。もしよければ、ユリシアさんも見に来ないかい」


「ふふ、とっても素敵ですね!カイリも花は好きですし……とても素敵な時間が過ごせそうです。ね、カイリ!」


「あ、いや、よければユリシアさんだけで……」


「なんて言いましたか?すみません良く聞こえなかったです」


 1人で集団の相手をしていた時よりずっとまぶしい笑顔に根負けしたのか、なんでもないよ、と屋敷に誘った少年はすごすごと引き下がる。


 ユリシアさんの考えーーーそれはカイリ君と仲良しなことを、周囲にしっかりと見せつける作戦らしい。

 掴んだ手を決して離さず、その理由を聞かれれば婚約者なので、と堂々と答え、ぎゅうと腕に抱き着きなおす。

 午前中ちやほやされている、とユリシアさんに厳しい目を向けていた女の子も、な、仲がいいのね……。と困惑したようにつぶやいた。

 どこか困ったような、それでもユリシアさんの手を決して振りほどかないカイリ君と、話しかけられるたびにカイリ君にも話題を振るユリシアさん。2人はお茶会の間、ずっとそうやって、手をつないでいた。




 ユリシア・ハミントンとその婚約者は仲がいい。その事実は1年もたつ頃には、ハミントンを知る貴族の子女の中で、常識になっていた。ユリシアさんはいつでもカイリ君にくっついて、カイリ君は照れてはいても、ユリシアさんを嫌がったり遠ざけることは、一度も見たことがない。

 最初は我こそユリシアさんの婚約者に、そうしてゆくゆくはハミントンの当主に、とユリシアさんにアタックしてた少年たちも、いっさい見向きもしない彼女に諦めたらしい。人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られてなんとやら、というやつだ。

 カイリ君しか興味がない、とあれだけ見せつけておいてちょっかいを出す人間なんて、よほどの世間知らずかうぬぼれ屋か、とにかくそんな感じだろう。みんないい結婚相手を見つけることに必死なのだ。勝てない相手に勝負をしてはいけない。



 私とユリシアさん、カイリ君とは同い年だったから、私が学園に入学するときには、入学式で真新しい制服に身を包む彼らの姿を見た。公爵家に婿入りしたあのアーネスト・ハミントンの妹、とユリシアさんは上級生の間でも少しだけ話題に上ったらしいけれど、すぐに彼女の評価は、ハミントンのバカップルの片割れ、あるいはハミントンの婚約者に引っ付いている方、に代わった。もちろんカイリ君は引っ付かれている方、である。

 休み時間も放課後も彼らはずっと隣にいて、特にユリシアさんはカイリ君に抱き着こうとして宥められたり抑えられたり、とにかくとても仲の良い様子を見せつけていた。


 あそこはとても仲が良いけれどユリシアさんの方がカイリ君を好きよね、と周りの子達は言っていたし、私もそう思っていた。あんな風に四六時中くっついていたいとは思わないけれど、慣れないことばかりの学校生活で、あそこまで気心知れた相手がいるのは羨ましい、と、婚約者のいない身分としては思うのだ。



 そんな、ありふれた、夕暮れの事だった。

 学園の玄関で靴入れに手を伸ばした時、十数歩先で、丁度階段を下りきるところの2人を見かけた。最後の2段でカイリ君はユリシアさんに手を差し出して、彼女は当然のようにその手を取る。

 ユリシアさんが階段を降り切って3歩進むのを、後ろからカイリ君は見ていた。


 その、目が。




 ――――――――――あ。




「カイリ?どうしましたか」


「なんでもないよ。それよりさっきの話だけど」


 立ち尽くす私に気が付くこともなく、そのまま彼らは廊下を曲がって、視界から消える。けれど夕焼けによって橙のような琥珀色に色付いた、カイリ君の瞳が、頭から離れない。

 あの一瞬。ユリシアさんの後姿をみる、少し細まった目が。



「……………すごい」



 ユリシアさんの方がカイリ君を好きなんだと、ずっと思ってたけれど。

 彼の表情だけで。重なった手が、揺れる銀髪が。世界で1番大切なのだと、愛おしいのだ、と。

 眼差し1つで、それが分かった。


 ばくばくと、自分の心臓が鳴っている。私がカイリ君を好きになった、とかではない。そんな不毛なことはしない。

 けれど、貴族の人間であれば個人の恋よりも政治とか利権とか、そういうもののほうが優先されるこの国で。あんなどうしようもないほどに愛おしい、と言わんばかりの視線を向けられることが、そんな相手がいることが。




 とても羨ましくて、素敵なことだな、と思った。





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