3.
「フン、変わらず冴えない面をしている、こんな奴が弟とは恥ずかしくてならない。しかし喜べ、わが愚弟。俺への当て付けでお前をたぶらかしたこの女を、慈悲深いこの俺が断罪してやろう!どうせろくな扱いは受けてなかっただろう?今すぐ俺に感謝してーーー」
「……つまり何を言ってるんだ?」
「あっ木苺のパイ!キッシュもある。ふふ、この前のリクエスト、覚えててくれたんですね」
彼の持つバスケットをのぞき込んで、今紅茶を淹れますね、と向かいの椅子を引く。
今週はカイリの手料理食べたい週間なので、ランチはカイリが作ってくれるのだ。勿論来週は私の手料理週間で、再来週はお互いに食べてみて欲しいものを持ち寄ろう週間だ。
半年くらい前に木苺のパイを食べたいと彼に言って、木苺の季節になったらと約束した。やっと涼しくなる入学したての頃だったから慌ただしい新生活ですっかり頭から離れていたけれど、カイリはずっと覚えてくれていたらしい。
婚約者のこういう律儀さと真面目さが大好きで、頬が緩んでしまう。
「味に自信はないからそこは許してくれ。あとちょっと量が多いかも。まぁ残ったのは俺が食べればいいか」
「あーんなら喜んでしますよ?」
「人前」
軽く怒られて、唇をとがらせる。人前でないなら良いのか、覚えていよう。
「人の話を聞かんか!!!!!」
せっかく婚約者と楽しい時間を過ごそうとしているのに、金髪の他人が叫んだ。まだ立ち去っていなかったのかと思いながら、カイリが金髪野郎に視線を向けて、口を開くのを眺める。
「まだ居たんですか、ハロルド殿。あいにくここには貴方を愛して当て付けで俺を婚約者にした令嬢も、虐げられた弟もいませんが」
「ふん、お前がそう思いたいだけだろう、哀れな奴だ。しかし安心しろ、俺がハミントン当主になったあかつきにはお前に新しい縁談を用意してやる。ジェファー商会の商会主なんてどうだ?七十すぎた好色ババアだが、お前のような地味な男にはお似合いだろう!」
何言ってるんだこいつ、とカイリの空色の瞳が困惑にみちた。私もきっと同じような顔をしている。
最初に私とレイクリッヒの婚約を破棄すると宣言したくせにハロルドがハミントン当主になる理由も、六年前から殆ど関わっていないハロルドを私が好きだと思い込んでいる理由も、全く分からない。
周囲にいた観衆達も怪訝な顔をしたり、首をかしげている。微妙な空気が流れる。
上手くいかない風向きに焦れたように、ハロルドが連れていた少女のうちの一人が私に叫んだ。
「黙ってないで何か言ったらどうなの?!あんたをお飾りの本妻にして、私たちは侯爵家でハロルド様とずっと幸せに暮らすの。ハロルド様の役に立てるんだから喜びなさいって言ってるじゃない!」
言ってないが?と、カイリと顔を見合わせる。タイの色から同級なのは分かるけれど、そもそも彼女達は誰だろう。考えていると、会話に答えを含ませてカイリが教えてくれた。
「あー……レイチェル・リーア子爵令嬢、あ、左からな。ユーリ・ミーニー男爵令嬢、リリィ・ジヌレ男爵令嬢、一番右のムルテ嬢はカリュ商会の息女。あなた達は全員、ハロルドの恋人かなにかって事でいいか?」
どうしてそんなに女の子の名前に詳しいの??と疑問をこめて彼を見れば、浮気じゃない冤罪だ、と視線だけで答えられた。あとで詰めよう。
そうよ!と元気よく答えたのは男爵家の……誰だっけ。みんな聞かない家名だから、田舎にたくさんある小さな貴族家か商家なのだろう。ティーカップのハンドルを指で遊ばせてから、四人の少女に問いかける。
彼女達の高揚に冷水をぶち撒ける為に、軽く首を傾げて、口元だけで笑みを作って。無関心と少しの嘲笑を込めて、正しさはこちらにあると周りに知らしめるように。
「ふぅん?……まず、どうして私がハロルドを好きだと誤解しているんですか?私が好きなのはずっと婚約者であるカイリだけで、碌な関わりもないそこの兄君には欠片も興味はありません」
「嘘を吐くな!お前は俺にずっと執着しているだろう、駆け引きのつもりか?俺とおなじ学園に入ったのがその証拠だ。素直に俺の慈悲を乞うなら可愛がってやるものを、反抗的な女に価値はないぞ!」
興味がないと言い切ったのに被せて、頭の悪い言葉とともに、整っているはずのハロルドの顔が醜く歪む。気色悪いなこの国の貴族ならだいたいこの学園に入学するのになにを寝ぼけているんだ勘違い野郎、と思いながらティーカップをソーサーに置いた。
瞬間、隣でぶっ殺してやろうかクソ勘違い野郎、と聞き慣れた声が聞こえた。私にしか届かない大きさのそれは思わず零れたものらしく、カイリの方を見ると、機嫌悪そうに眉をしかめている。
やだ……以心伝心……。ときゅんとして、下がりつつあった機嫌が一気に直った。絶対に私には向けない顔だ格好いい、絵画の題材にして永久保存したい。
カイリのありとあらゆる表情が見たいし、美味しい食事でも綺麗な風景でも、彼と共有できるものは一つでも多いほうがいい。ガン無視していたハロルドの対応も出来るほど元気が出て、さっさと追い払って二人でいちゃいちゃしたいな、と考えながら口を開く。
「ふふ、なら素直になりましょうか。ハロルド伯爵子息、あなたの何人もの女性をはべらす放埓さも、公衆の面前でさわぐ愚かさも、私の愛する婚約者との時間を邪魔する頭の悪さも、たった今心底大嫌いになりました。絶対にあなたと結婚したくありませんし、これ以上一言でも発するならハミントン侯爵家として、レイクリッヒ伯爵家に対応します。……義姉を愛して家を継がなかった兄は、虫が大嫌いなんですよ」
暗にハロルドを寄生虫と例えながら、私に作れる最高の笑みを浮かべる。笑顔は武器なので。
兄が国有数の公爵家に婿入りしてから、ハミントンは社交における地位を大きく上げた。公爵家と縁をつなぎたい貴族がたくさん押しかけて、兄や私達に擦りよったのだ。
愛のために公爵家に入ったのだから妻以外視界に入れたくない、しかしこの程度捌けなければ公爵家の婿として認められない。兄は青筋を立てながら全員片付けて、悲しき家に害をなすやつ絶対滅ぼすマンになってしまった。
邪神や魔王と比喩される兄にかかれば、ハミントン当主を狙う頭の悪いハロルドなど瞬殺だろう。
さすがに黙って消えうせ
「生意気な!しかし調子に乗れるのも今だけだ。お前達の命運は、この俺が握っているのだからな!」
なかったし黙りもしないかぁとカイリと顔を見合わせる。どうしようね、これ。
きゃあ、ハロルド様格好いいと四人の少女が騒ぐ。冷めきった周りの視線を気にもせず、ハロルドは不遜に続きを言い放った。
「俺を誰だと思っている?俺こそがレイクリッヒの後継、つまりは最高権力者!レイクリッヒの人間の扱いは全て、俺の匙加減一つだ。ユリシア・ハミントン! 貴様とレイクリッヒ家次男の、カイリ・レイクリッヒの婚約を破棄してやる!そうしてカイリは勘当、国外追放を命じる。どこかで野垂れ死ぬのが嫌なら、二人とも一生俺に従う事だな!」
吐き出された傲慢で衝撃的な言葉に、「いや最高権力者はお前の父では……?」「そもそもレイクリッヒ程度の当主やその後継が最高権力者を名乗るのは烏滸がましいのでは……?」と周囲はざわついた。
冷静な意見に全面的に同意しつつ、成程なぁとハロルドのこれまでの余りに愚かな振舞いを多少は納得する。
彼は馬鹿だけれど、まったく何も考えずここに来た訳ではないらしい。
貴族の家に属する者は、その家の当主の許しがないと結婚や離縁が出来ない。勘当するかを決めるのも当主だ。
現在レイクリッヒの当主はハロルドの父だけれど、ハロルドを溺愛してカイリを邪険に扱った彼等の両親の片割れは、間違いなくハロルドの思い通りにするだろう。
その後のカイリの処遇についても、流石に何の罪も犯していない彼を追放は無理があるけれど、勘当して貴族籍から抜けば、平民になった彼をどうにでも出来る。それが嫌なら私も彼も言うことを聞け、と言う訳だ。
困ったなぁと思う。ハロルドの言いなりになるのは嫌だし、カイリが平民になったら、私達が結婚するのに手続きが面倒になってしまう。
何より大切な、空色の瞳を見る。
困った困った。彼がまだレイクリッヒのままだったら、本当に困っていた。
一瞬視線が重なって、カイリが、私の愛する婚約者が、軽く息を吐く。
「勘当するならご自由に。ユリシアとの婚約については、レイクリッヒ伯爵家に決める権利はないのでお断りします。俺はもう、レイクリッヒの人間ではないので」
「ーーーな、なんだと?!まさかお前、既にハミントンに婿入り……いや、そんな筈は無い!お前達はまだ結婚していないと、父上も母上も言っていた!まさかハミントンの養子にでもなったのか?!」
「まさか。そんな事をしたら、ユリシアと結婚するのに手間取って仕方がない。……お久しぶりです、ハロルド・レイクリッヒ殿。フェンデル侯爵家の養子、カイリ・フェンデルと申します」
貴族のお手本のような微笑を浮かべながら、彼は言葉を吐いた。
伸びた背筋、綺麗な仕草。
音もなく、カイリが椅子から立って軽く一礼する。丁寧で無駄がなくて、婚約者の贔屓目がなくたって十人中百人が美しいと感嘆するだろう所作。
ハロルドの顔が、驚愕に染まった。
余りにも格好良いカイリに見惚れながら、頭の片隅で考える。
ハロルドの衝撃は当然だろう、今カイリが名乗ったフェンデル家は、かつてハロルドとカイリの祖父が当主だった、レイクリッヒの本家と言える家なのだから。
どういうこと? と焦る少女達の声を聞きながら、少し冷めた紅茶を飲む。全く私の兄は、本当に優秀だった。
フェンデル侯爵家の前当主、つまりカイリ達の祖父にしてレイクリッヒ当主の父は雰囲気がカイリに似た好好爺で、数十年前、次男が節操なしの遊び人なことに頭を痛めていた。
懸命な教育むなしく次男はさんざん遊び歩いたあとに女性を妊娠させて、子供と孫可愛さに、前当主はフェンデル侯爵家の土地の一部と、幾つかある爵位のうちの一つを次男に与えた。
そこは職人達の活気に溢れる領地で、領主が指揮を執らずとも職人の組合によって十分成り立つ土地だった。基本的に長男が全てを受け継ぐこの国の貴族家としては、破格の待遇といえるだろう。
そうして次男はレイクリッヒ当主になり、生まれた美しい赤子はハロルドと名付けられた。
ハロルドは驚く程美しい少年になり、両親はその類稀な愛らしさを溺愛した。二年後生まれた茶髪の子供は、おざなりに扱う程に。
多分虐待では無かったよ、とカイリは言う。
カイリが引き取られて、二年位経った頃だった。彼の部屋でいつものように雑談をしていて、家族の話になった時、不意に彼は言った。
「ハロルドに夢中で、俺はどうでも良かっただけ。次男より長男の方がずっと大切だったからそう扱っただけで、俺の不出来さを貶せば、ハロルドがより引き立つと考えていただけ。両親がそうだったから使用人達もそれに倣っただけで、食事もたまにしか忘れられなかったし、ずっと痕が残るような暴力もなかったよ」
怒りも悲しみもせずに語る彼が哀しくて、悔しかった。こらえ切れなくて、ベッドに座る彼を抱きしめた。
「……レイクリッヒが憎い?」
彼が復讐を望むなら、罪に問われたとしても絶対に手伝おう。一緒に地獄に落ちたって良い。そう、心から思った。
「憎くないよ、俺の為に怒ってくれるユリシアがいるから」
カイリはそう微笑んで、私を抱きしめ返してくれた。
カイリは前の家でのことは私にしか話したことはない、話しもしないと言っていたから、どうやって兄がカイリの処遇をすぐに知ったのか、どんな風にフェンデル前当主に伝えたのかは分からない。
六年前、つまりレイクリッヒとカイリを引き取る契約をしてすぐ、彼の祖父はうちに来て、本当にすまなかった、と自分よりずっと若い孫に頭を下げた。
「気付いてやれなくてすまない、辛かったな、ごめんな」
そう謝って、カイリをレイクリッヒの籍から抜きたい、という兄の申し出に迷わず頷いた。カイリの伯父にあたるフェンデル当主の助けも借りて、彼はフェンデル家の養子になった。
一応な、と兄は言った。
「レイクリッヒとの契約ではカイリにもう関わらないって入れといたけど、だからこそもうカイリに手出し出来ないと分かったら、何してくるか分からない。青い血とか嘯いても、貴族なんざ結局国を廻す機構の一つだからな。壊れそうな機械の歯車を気に入ったなら、機械全体が動くように調整するより違う機械に取り付けた方が早い」
「頭が良いっぽい事を言いますね……さっきまでユミネッタ様から頂いた恋文の香りを嗅いでた癖に……」
「最高だった」
「怖……」
嫌な事まで思い出したな……と思いながら、驚愕冷めやらぬハロルドと、未だよく分かってなさそうな少女達に視線を戻す。
「ハミントンより、カイリの伯父様が当主を務めているフェンデル侯爵家と彼が養子縁組した方が、手続きが簡単でしたから。血が繋がった家どうしの養子縁組は時々ある事ですし、国王陛下の認可などもずっと下りやすいんです。それに関する書類も、六年前にちゃんとあなたの父君にサインを頂いていましたよ?我が家とフェンデル家と、王家と教会に控えがあります」
「そ、そんな事が許されてたまるか!カイリ、お前家を捨てるつもりか?!レイクリッヒ家として訴えてやる、国に抗議してやる!」
「三年前までなら出来ましたね。養子を出す側の養子縁組に対する不満申し立ての猶予は三年、何があっても伸びる事はありません。……本当に、今まで何も気付いていなかったんですね」
どんな手を使ったのだろうな、と当時十六の学生だった兄を恐ろしく思う。婚約とか借金返済の書類に紛れ込ませて欲しいサインを掠め取って、孫を助けたからとフェンデル前当主に恩を売った。
どうせ結婚したらカイリ・ハミントンになる、名前を二回も変えるのは紛らわしいから昔ので通せ、と学園などでカイリの姓がレイクリッヒになるよう手続きしたのも兄だ。そうしてレイクリッヒの次男のカイリを通じて、本来の目的だった優れた職人達との伝手も、フェンデル侯爵家との縁も手に入れた。
やっと現実を理解し始めたハロルドの顔が、真っ赤に染まる。対してカイリの声は、どこまでも冷静だった。
「な、なら、フェンデル家に圧力をかけてお前を勘当してやる!父上はフェンデル家当主と兄弟だったんだ、たかが養子の貴様くらい、父上の一言で簡単に追放出来るはずだ!」
「本気で言っていますか?伯父上は散々迷惑を掛けたあなたの父を、嫌悪しているのに。ハミントンを裏切ってまであなた方に付くと?有り得ませんよ」
「ふざけるな……ふざけるな!!カイリ、お前家を捨てる気か?!両親を、兄を馬鹿にしているのか!」
怒り、焦り、憎悪。全てを込めて、ハロルドはカイリに叫んだ。その矛先、かつての弟の目にはーーー何の感情も、浮かんでいなかった。
「俺の兄は、ユリシアによく似た銀髪と金の目をした、六歳上の義兄だけです。両親もユリシアの義両親だけで、あと家族と呼べるのは祖父と、養子にして下さったフェンデル家の方々だけでしょうか。……もう貴方達には、馬鹿にする程の関心もありません」
「…………ふっざけるなぁぁぁぁ!!!」
ハロルドの、かつて美しいと褒め称えられていた容貌が、悪魔の形相に変わる。カイリに掴み掛かろうとした瞬間、あと一歩のところで、彼は組み伏せられた。
「何をしている、ハロルド・レイクリッヒ!次に問題を起こしたら退学と言ったのを忘れたのか?!来い、そこのお前達もだ!」
丁度良くハロルドを引き倒したのは教師達で、四人の少女達にも険しい目を向ける。暴れ、叫び、汚い言葉を吐きながら、彼等はどこかの部屋に連れて行かれた。
気がつくと数人の生徒がいなくなっていて、彼等が教師を呼びに行ったのだと理解する。残った教師の一人が、私達に声を掛ける。
「悪いがお前達にも後で詳しく説明をしてもらうぞ、フェンデ……レイクリッヒ、ハミントン」
「勿論です。ずっと見ていた生徒達も、証人になってくれると思います」
止めるタイミングの良さからすると、きっと教師達は途中から見ていたのだろう。ハロルドに比べて険しさのない口調で言われて、カイリも穏やかに返す。
ーーー騒がしい学園のガーデンで起きた白昼の婚約破棄騒動は、退学者一名、停学処分四名をもって、収束を迎えた。
∮
「ほらカイリ、あーんして下さい。ふふ、明るい庭も素敵ですが、誰にも邪魔されない空き教室も良いですね。ほらあーん」
「待てユリシア、膝に乗ろうとするな」
ハロルドが退学になった次の日の昼食時、まばらに机と椅子が並ぶだけの二人っきりの空き教室にて。適当な椅子に座ったカイリの膝を執拗に狙いながら、お互いに食べて欲しいものを持ち寄って、ランチを楽しんでいた。
「誰もいないから良いでしょう?ちょっと抱きつくだけですから、ちょっと抱きついて満喫するだけですから」
「何をだ?!」
勿論カイリの体温や匂いを。
あと二年あと二年あと二年、とお決まりの呪文を唱えながら、彼は私の脇の下あたりを掴んで、猫にするように吊り上げる。座ったままなのに私よりずっと力の強い彼には近づく事すら出来ず、せめてあーん、せめてあーんは!と必死にお願いする。しばしの懇願の後仕方ないと諦めて、カイリは私を隣の椅子に下ろした。
最初に大きな要求をして、断られた所で本命のおねだりを通す。計画通りである。
机に並べたオードブルから、串にさされた一つをつまむ。ほらあーん、と言いつつ口元に運ぶと、カイリは水色の瞳に複雑な色を浮かべながら、抵抗せずに口を開けた。
「……楽しいか?」
「とっても」
カイリの目が私を映すのも、唇の動きを見るのも、喉仏の上下が分かるのも、楽しくて仕方ない。もう一口、と次を取った所で、彼に手首を掴まれた。丁寧な手つきで、指先が絡められる。
「次は俺。あと、相談したい事があるんだ。……俺達の結婚式について」
「結婚式」
「そう。あと二年と少しだからな」
「あと二年」
「オウムか?ほらあーん」
「あーん」
彼の長い指に摘まれた果実の砂糖漬けが、私の口に運ばれる。今日はサービスが良いなと思いつつ、甘さとアプリコットの酸味を楽しむ。面白くもない私の顔を眺めながら、カイリは口を開いた。
「普通に卒業してから結婚だと、式とかの準備に半年から一年位掛かるだろ?学生の間に準備をしておいて、卒業した次の週には挙式したいと思ってて。良いか?」
「はい」
「良かった。まずは誰を呼ぶかだけど、勿論身内と縁ある相手は前提だろ?一応義父さん達とも相談して、今の所のリストは此処に作ってある。後は日程が多分ーーー」
そう言いながら、カイリは手元に数枚の紙を置いた。言いたい事は用意してあるらしく、流暢に話を続ける彼の言葉に相槌をうつ。
なるほど、普通に卒業してから結婚だと、式とかの準備に半年から一年位掛かるから、学生の間に準備しておいて、卒業した次の週には挙式したいのか。
つまりそれは、普通に卒業してから結婚だと式とかの準備に半年から一年位掛かるから、学生の間に準備をしておいて、卒業した次の週には挙式したい、という事だ。
ならばーーー二年後に結婚?!?!
「卒業がこの日だから、式を挙げる場所にもよるけど一番早いここら辺が良いかなって。会場はとりあえずハミントン侯爵家で考えてるけど、もちろん何処が良いとか有れば……どうしたユリシア、目が凄い泳いでるぞ」
「なななななんでもないですよ……?!」
本当に?と首を傾げるカイリに、平静を装う事も出来ず結婚?結婚?!と荒れ狂う心の内を押し殺す。いや勿論嫌な訳がないしいつかは結婚するだろうしカイリが私以外と結婚するなら咽び泣きながら彼と泥棒猫の結婚式に乱入するだろうけれど、二年後に結婚?!季節がたった二巡りしたら挙式?!
入学前、学生って一瞬だから楽しみなさいと両親が言ったのを思い出す。カイリとの学生生活は楽しくて仕方なくて、秋からの九ヶ月は、本当にあっという間だった。この日々を繰り返して二年と三ヶ月後、六年間大好きな婚約者と結ばれる。
頬が染まる。実感が全然なくて、心臓が早鐘を打つ。
「なんでもない顔してないな。……嫌なら言ってくれ、無理強いしたくない。時間が必要なら、いくらでも待つよ」
挙動不審な私に彼は言葉を掛けて、砂糖が付いていない方の手で、頬に垂れた私の銀髪を耳に掛ける。真面目で優しそうな目元、穏やかな声。愛おしいものを見るように。水色と目が合う。
彼の空の中に私が映っていて、瞳を一つ、瞬いた。
ーーー大丈夫だ。
彼の顔を見て、言葉を聞いて。もう大丈夫だと思った。
だって私はこれからもずっと、何があってもカイリが好きだ。
あの絢爛な庭での出会いから、カイリも私もずっと成長したけれど、お互いへの感情は変わらない。
これから先何があっても、婚約者という関係が変わっても、私達を取り巻く環境が変わっても、いつか、私達のどちらかが命を失ったとしても。
私が死んだって、カイリが死んだって、私は貴方が、ずっと大好きだ。
「……大丈夫。カイリと結婚出来る事が、本当に嬉しい。何があっても、ずっと大好きです」
私の言葉に、彼は本当に嬉しそうに笑った。
「そっか、良かった。俺もユリシアと結婚出来る日をずっと待ってる。心の底から待ち遠しいよ」
「ふふ、知っています。私もカイリのタキシードを見たいし選びたいです。それに、結婚したらもっとずっといちゃいちゃ出来ますからね!」
「ずっとか……」
すこし目をそらして、カイリは苦笑する。彼のどんな顔も、六年間ずっと大好きだ。
幸福だと思いながら席を立つ。カイリの片手が砂糖塗れで抵抗できないのを良い事に、思いっきり、彼を抱きしめた。
次話から婚約者視点になります(二話予定)