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合衆国首都のあるハイエンゼル州の国立自然公園の最奥に、今上王の王宮があった。ウルサン王子暗殺の影響で警備態勢は物々しく、何かの手違いで文化遺産地を軍の駐屯地に選んでしまったかのような有り様となっていた。
「死因は心不全、個人資産の6割は下級信者の移住と脱会者及び他団体へ売り飛ばされた者達支援。2割は議会とメディア対策。残2割で王子の取り巻きと関連組織等の後処理。これでよろしいですね?」
存外若い侍従長は几帳面に今上王に確認した。
「政府の調査部と工作部の顔は立ててやりなさい、中央警察もね。ワーダキシ基地関連も穏便に。ウルサンの葬儀は産まれのサザンクロス半島の州葬で、遺灰は海に撒いてやるといい」
「墓所はどのようにされれば?」
「あれの母の墓碑に名を刻んで」
「畏まりました。・・あの」
やや気まずそうな侍従長。
「タリッタ姫は?」
「切羽詰まったとはいえ口が軽い。自重と、政府の指図通り立ち回ると遠回しに身の破滅となります。工夫せよ、と伝えておきなさい」
「御意」
侍従長は深く一礼して今上王のそう広くもない、全てが骨董のような執務室から退室していった。
「これでよいかな? No.7」
「十分です」
今上王の傍らの空気の色合いが揺らめき、長髪の細目の青年が現れた。
「回りくどいことをせずに私や政府首脳を洗脳すれば簡単ではないかね」
酷く気だるげな口調に変わっている今上王。
「それは大変な作業になりますし、状況の維持も困難です。何より、我々は、人形。人の真似事をしているに過ぎません。分を弁えております」
「はっきり言ってはどうかね?」
「・・・」
細目をさらに細めるNo.7。
「人どもの社会等ばかばかしくて付き合いきれん、と」
「いえ、そのようなことは。・・王、我々は合衆国の勝利を選択しました。その為の協力は惜しみません。王もどうぞ我らに力添えを」
「タリッタ・・いや、帯同しているNo.3とNo.9はそこまで有用かね?」
「必須です」
細目を開いてNo.7は断言した。
「あいわかった。お前の言う通りにしよう。私には承認することくらいしか能が無いからね」
「何よりの力です。それでは」
No.7は再び揺らめく光の中に消えていった。
「・・悪魔と契約した気分だな」
今上王は骨董の執務机に頬杖を突くのだった。
ヴァル・サバトのヘビィレイの閃光がマイタン島上空の機甲アーマー、ゼップ6機と簡易アーマー、ドト10数機を吹き飛ばし、引っ掻けるように当たったメザ級通常艦も誘爆させた。
「危なっ、コーヒー農園に船墜とすところでした。・・ま、こっちは片付きましたね」
マイタン島を実効支配していた共和国軍の空戦残存勢力は他の機体に任せて問題無さそうであった。
もう癖になっていたが、余計な戦闘に巻き込まれるのを嫌って、ニシューは機体を上昇させ、ヘルメットのシールドを上げて経口補水液を飲みだした。
一方、ミチヒコは・・
「しつこいな」
マイタン島沖で、共和国の大型水陸両用機甲アーマー、イソラ改と交戦していた。
空中にいるミチヒコのヴァル・ユンノスに対し、水中から収束熱弾を連発して威嚇しつつ、時折海面に顔を出して『尾』からレーザーナイフを撃って機体の部位破損や武装の破壊を狙ってくる。
顔を出す際、一部に瞬間的に器用に電磁バリアを張ってくるので始末に負えなかった。
相手がヒートクラスター弾を撃ち切れば撤退を誘えるが、この島に長く留まれるワケでもなく、ここで仕止めておきたかった。
ヴァル・ユンノスの武装は持続性の高い汎用空戦パック。特に相性はよくない、というより通常ならば海上で発見しても無視すべき武装であった。針状水中弾も予備装備としてカートリッジ1つ分に過ぎない。
「一度、試すかっ!」
ミチヒコはありったけのプラズマクラッカー弾を放ち撹乱すると、視覚予知を解放し、最大加速で自機の放ったプラズマクラッカーを越えて海中に突入した。
「入ってきたっ?!」
3人いたイソラ改の乗員のメインパイロットが驚愕していると、ミチヒコはヴァル・ユンノスを強引にイソラ改に接近させだした。
魚雷を連射するイソラ改。水中ではロクな精度の無い右腕固定型のマシンガンで自在に魚雷を迎撃し、激しい水流の変化にも対応して距離を詰めるヴァル・ユンノス。
全て視覚で見切っていた。
「そんなはずがないっ!!」
深海へと逃げずに応戦を選択したことが致命的であった。
性能からすれば海中では回避不能であるはずの4本の蟹の鋏を全て避けられ、零距離で左手の高出力展開のライトキャリバーをコクピット越しに機関部に打ち込まれ、イソラ改は撃沈し、爆散した。
ヴァル・ユンノスが海面から飛び出した直ぐ後に、噴出する水柱と爆風。
「こりゃ、整備が大変だ」
ミチヒコは射出したシグナルトーチで『イソラ改撃破、帰投する』と自軍に伝えた。
マイタン島を制圧し、即日のっそり現れた合衆国中央大海軍の一派に島を引き渡すと、今回は会見等は行わず、グラングリフォン級は早々にマイタン島を後にした。
ミチヒコは通常軍務用の汎用軍服に、ニシューは件のグローブ付きのメイド服に着替え、タリッタ姫の私室に着ていた。
タリッタ姫は旧ナールト市解放後の混乱とバッシングとウルサン王子の暗殺とみられる死の報には少し酒量が増えるくらいの反応であったが、今上王から御叱りと忠告の電文が届くと、コテンっと寝込んでしまい、それきり私室に引き籠っていた。
「姫ぇ、マイタン島も解放しましたよ? これで好感度アップですっ!」
「ううっ・・」
「今回はシンプルに実効支配された島を共和国から解放したんで特に後腐れはないですよ? 解釈の余地もありません」
ミチヒコも内心、柔いヤツ、と思いながらもフォローに回ってみる。
「ううっ・・」
うなされているそこそこ酒臭いタリッタ姫。
「ナールト関連のバッシングはしょうがないですよ姫ぇ?」
背を向けた姫の上を向けた腕をさすりだすニシュー。隙有らば触ろうとする、とある意味感心するミチヒコ。
「最初の最初だったので、貧乏くじ引かされたんです。ウルサン王子の人望にも難がありましたし、政府も整理したかったんでしょうね」
口には出さないが、一番酷い目にあったのは市占拠前の非信徒の元住人達だが、生存者が少な過ぎて死人に口無しになっているのがミチヒコには一番不快であった。
「王子殺っちゃったのはたぶん、No.4ですっ。アイツは過剰な所があるんで! 姫は気にしなくていいですよぉ?」
腕では飽き足らず腰まで撫でだすニシュー。
「ううっ・・父上に、初めて怒られました。ショックです・・」
唖然とするミチヒコとニシュー。
「そっち、ですか・・」
「そういうドメスティックな所も、好きっ!」
うなされるタリッタ姫に抱き付くニシュー。ミチヒコは付き合い切れない、と了解した。
「では、私はブリッジに呼ばれていますので」
立ち去ろうとすると、
「ミチヒコ」
「はい?」
「わたくしは、合衆国に戻ってきてよかったのでしょうか?」
正直、今のところ戻らなければ戻らないで大きな流れが変わることはなかった印象があった。ナールト市解放も、マイタン島解放もカーガワ基地の範囲でも、しばしば話に出ていた案件だった。
ニシューの参戦とハイエンド機2機の戦力も、まともなパイロットを確保できれば通常機30機程度で代替え可能である。大掛かりな部隊編成にはなるが。
「姫、貴女は1度、無理に追い出されました。それなら帰りたい所に帰ればいいんじゃないですか? それで辻褄が合うんで、私としては解釈が容易です」
「私も賛成っ!」
「・・ありがとう、2人とも。それからニシュー、お尻を触るのはやめなさい」
「デヘヘへっ」
「失礼します」
ミチヒコは言うべきことは言ったと、とっとと退室した。
グラングリフォン級は広い、ミチヒコが艦内移動用の低速三輪バイクで通路をノロノロ走っていると、前方に電動台車を押すヴェックが見えた。箱を2つ運んでいた。
「ヴェック! なんだソレ? コーヒーの匂いがする」
「いやコーヒーだぜ? くず豆だが、天然物だ。本営の軍が来る前に補給部が持ち込んだヤツを2箱っ! ガメてきてやったっ。俺のポーカー貯金が火を吹いたぜっ! ミッチ、パイロットチームで山分けしようぜ?」
「ふーん。運ぶの手伝ってやるから、ちょっとヴェックもブリッジまで付き合えよ?」
「えーっ? なんでだよっ、行きたくねーよっ」
「呼ばれてるんだ。俺、あの艦長苦手なんだよ」
「俺ぁ、まともに話したこともねーよっ!」
「いいからいいから」
ミチヒコはくず豆の箱を低速バイクの荷台に詰みだした。
パイロットチームのレストルームにくず豆を運び終えた後、嫌がるヴェックを連れてミチヒコはブリッジに向かった。
安定飛行に入ったグラングリフォン級のブリッジでは手の開いたオペレーター達等がフルーツのマンゴーを食べていた。
「よく来たミチヒコ4位、いや3位兵曹長っ! ヴェック君もっ。まずは君達も天然メェンゴォーを食したまえっ。実に美味だ!」
独特の発音の艦長。
「はっ、頂きますっ!」
「自分も頂きますっ!」
ミチヒコとヴェックは立ったままその場で皿に盛られたマンゴーを食べるハメになった。
「メェンゴォーは美味かね?」
「美味でありますっ!」
「同じくっ!」
満足気に頷く艦長。
「そのまま聞きたまえミチヒコ3位兵曹長。何、ただの業務連絡のような物だ。聞いたことをそのまま姫に伝えてくれればいい」
「タリッタ姫に?」
「うん、何しろ引き籠ってしまわれているのも、取り巻き連中も妙に頑なになってしまっていてな。話が通し難い」
コダマのサポートもあったろうが、ニシューが念入りに『調整』した為、確かにニシューに認められていない者は早々近寄れなくなっていた。
「ニシュー君も取り付く島がない。君に伝言係になってもらいたくてね」
「構いませんが・・」
お世話係だな、と思わないでもない。
「うんっ! では早速っ。今回のマイタン島の奪還はストレートに国民に歓迎されているようだ。今のところ他の王族が急死したりもしていない」
「はぁ」
苦笑するしかないミチヒコ。
「私はツテがあってねっ! 本営の軍が来る前に島の権利関係等をある程度整理しておいた。基本的に金目の物は本国の上流層に譲渡した。これでタリッタ姫の立場も少しはマシになるだろう」
「それはまた・・」
この艦長にどんなツテがあるのか? と困惑するミチヒコ。
「島の基本的な権利は生き残りの元島民の亡命団体が回復する。島のリゾート方面で回収したハードなアレは姫の手前、処分したが、天然オーガニックなソフトなアレの方は例の教団に譲渡することになった。共和国で売る分には知ったことではないからね?」
「教団に?」
「まだゴネているんだ。さっさと片付けた方がいいだろう? あとは、捕虜にした逃げ遅れた間抜けな共和国の富裕層は本営軍に引渡した。連中には現地銀行の資金を多少回しておいたし、文句は無いはずだ。後はマイタン島の天然コーヒーが合衆国市場に出回ることになれば、尚、国民から支持を得られるはず。島の後処理としてはそんなところだ。どうかな?」
「非常に解釈し易く、合理的であると思われますっ!」
「自分も同感ですっ!」
艦長は上機嫌で艦長付きの兵に手で合図をした。
「そうだろう。私もなんとはなしにこの艦に飛ばされワケじゃないからね」
「・・・」
「飛ばされのでありますか?」
口を滑らせるヴェック。ブリッジに不穏な空気が立ち込めた。
「ちょっと横領しちゃってねぇっ! アハハハっ。笑いたまえ」
「っ! ハハハ・・」
「へ、へへへっ・・」
笑うしかない2人。程無くマンゴーのお代わりも2人の元に出された。
サトウ州から内海を挟んだ西の対岸にある州マカワヤのとある貧民街のアパートの3階の一室に、No.2コダマはいた。保母のような格好で一人の赤子に哺乳瓶でミルクをやっている。
部屋には乳児保育用品が散乱していたが、埃や汚れの類いは綺麗に掃除されており、清潔ではあった。
「はぁ~、ばぶばぶっ、ムツネちゃん。特別配合ミルクっ! おいちぃでちゅねぇ!! コダマさんママがちゃんと飲ませてあげまちゅからねぇ」
至福の顔でムツネ、と呼んだ赤子にミルクをやるコダマ。と、
カツンっ。
アパートの金属の階段を踏む足音が聴こえた。聴覚を強化されたコダマにはそれで全てがわかった。
最大加速で最低限度、赤子の育児に必要な荷物を纏めて背負い、おしゃぶりを咥えさせたムツネを前向き抱っこ紐で固定して双手に熱線銃と対人ライトキャリバーを構えるコダマだったが、バリィンっ! 窓が放電と共に破られ、背後にNo.4、モノシダが土足で立った。
「No.2ぅ、コダマぁ。お前は旧ナールトで教団が安く買い叩いたお前の劣化クローンを全て始末する。それが任務だったよなぁ?」
「いやぁ、ど~~っだったかなぁ? この・・ほら、そこのドブ河にさっ。大きな桃がどんぶらこ、って流れてきてぇ、で、コダマさんがエイっ! ってライトキャリバーで割ってみたらアラ不思議っ! なんて可愛いムツネちゃんが」
「そんなワケあるかよぉーーっ??!!! 俺の優しさでも庇いきれねぇっ!!!!」
怒髪天の勢いで放電するモノシダ。
「わーっ?! ちょっ、待っ。No.4っ、モノシダ! 産まれた時からの付き合いじゃんか、ここは1つ」
「ああ?」
「お金で解決っ。このマネースティック、暗証番号コダマさんのシリアルナンバーだから」
そこそこのランクのマネースティックを無理矢理モノシダに渡そうとするコダマ。
「いらねぇっ! 俺の優しさはプライスレスだぁっ!!」
全身を放電させてコダマの眼前に迫るモノシダ。
「一応言っとくが、俺は俺の意志の味を覚えているっ! 音声改竄は効かねぇっ」
「いやぁっ、はははっ、ちょっとモノシダ、コダマさんに近くなぁい? こわーいっ」
「お前が殺れねぇなら、俺が、んべべっ??」
近付き過ぎたモノシダは、長過ぎる舌をムツネに掴まれてしまった。
「だー、うー」
「・・っっっ!!」
モノシダの顔がが『かつて見たこともないストレス顔』に変わってゆく。
「よ、よ~しっ! コダマさん、出頭しまーす。処分はちょっと待ってねぇ? は~い、ムツネちゃん、ソレは離そうねぇ? そこはこのお兄ちゃんのデリケートゾーンだからねぇ」
脂汗をかいて、どうにかムツネにモノシダの舌から手を離させるコダマ。
恐る恐るモノシダの顔を見上げると、
「??!っ?!!???っ」
未知の味覚の衝撃に混乱状態であった。
「え? 何? どーゆう感情??」
このまま逃げられるんじゃないか? と、コダマの方も大いに戸惑わされていた。
南極のシオモリラボではドッグで試作型ユンノスbisのコクピットにプラス2の納められたパイロットカプセルの取り付け試験が行われていた。
「キャハハっ。ママー、ボクの、うーでっ!」
パイロットカプセルには脳波の音声変換機構があり、プラス2の1体は陽気に言って、試作型ユンノスbisの右腕を振り下ろして、作業員を1人叩き潰した。
「キャハっ、壊れたよっ? ママっ。汚い汚いっ、キャッハーっ!」
「ダメよ。敵を以外を壊しちゃ」
ドッグ側面の管理ルームでペンシル型のマイクで笑顔で言って通信を切ると、すぐに真顔になるシオモリ博士。
「なぜ腕を動かせる? 接続していない」
技官に冷たく聞くシオモリ。
「制御系をハッキングされたようですっ」
「鎮静剤を、四肢その他、物理的に遮断。あのプラス2は眠り次第、サンプルを取って廃棄しろっ!」
「鎮静剤投与っ!」
「ママー、ボク、眠い・・」
シオモリ博士は再びマイクのスイッチを入れ、笑った。
「おやすみ、坊や」
パイロットカプセルのプラス2は眠りに就いた。
「・・大丈夫なのですか? これで3体目ですよ? 調整槽から出すのが速過ぎるのでは?」
軍人マツダがシラけた顔でいうと、シオモリ博士は爪を噛んだ。
「オズマシリーズの動きが活性化している。オズマ博士のプラス1より、私のプラス2の方が優れているっ! 証明しなくては・・」
「・・ま、個々の情感はあるでしょうな」
マツダは(脱落した狂人と居座ったの狂人が幻想の中で張り合っている)と、うんざりしながら言った。
「ママ、ママ・・」
プラス2は眠りながら、パイロットカプセルの中で呟く。
「耳障りだっ! 音声を切れっ」
シオモリ博士の怒号が管理ルームに響いた。