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鹵獲

10歳のミチヒコはいつもの訓練着や施設外活動着ではなく、貴族の子弟のような格好をさせられて浜辺に来ていた。

毒性の強い潮風と、先程当たった波飛沫のせいでリボンタイの根元が解れ、風に飛んだ。

ミチヒコなら飛んだ瞬間に掴むことも可能だったが、そういった気分に、ならなかった。


「オズマ博士、タイが飛んでしまいました」


「いいさ、それよりこの海をよく見ておきなさい」


ミチヒコの隣にいるオズマ博士は環境スーツを来ていた。音声はスーツのスピーカー越しに聴こえる。

普通の人間が、生身でこの重汚染エリアの紫色の海辺に立つことは難しい。海にも、生命の気配は無かった。

プラス(ワン)であるミチヒコでさえ、ラボに戻ったらメンテナンスが必要であった。

ミチヒコは、オズマ博士が自分に損傷を与える理由は無いように思えた。


「200年に及ぶ戦争で、この惑星は荒廃するばかり・・。切っ掛けが、大きな、気付きへの流れが起こる切っ掛けが、必要なんだよ」


視覚で、ミチヒコは通常不可視のジャマーコロイドが散布されたのとに気付いた。周囲を見回す。

後方の陸側の上空に、音も無く滑空飛行で近付く光学迷彩機の機影を視認できた。


「博士。迷彩機です、ワルシャンですね。爆撃された場合、私の能力でも博士を生存させることは不可能です。通信で交渉することを推奨します。私がいるので、こちらから見えていても特に齟齬はないかと」


「ミチヒコ」


オズマ博士は有毒の砂浜に膝を突き、ミチヒコをしっかりと抱き寄せた。


「博士? 恐れているのですか? 問題ありません。博士の功績と、プラス1開発技術は他の研究者の追随を許す物ではないです。私を提供してはどうでしょうか? 政府と交渉の余地はあるように思われます」


「プラス1を完成させてしまった罪は償う。だが、忘れないでくれ。他の子供達にも伝えておくれ」


オズマ博士は身体を離し、右手でミチヒコの頬に触れた。


「君達が、本当の幸いに至ることを願っている」


オズマ博士は環境スーツの中で泣いていた。


「オズマ博士? 私では上手く理解できません。他の、私より知性の高いプラス1に解釈を尋ねてよいですか?」


「是非、そうしなさい。来た者達には逆らわずに投降しなさい」


「っ!」


間近で見て、いたミチヒコは、オズマ博士の次の行動を予見したが、


「よしなさい。止めることを」


「っ?! 解釈できませんっ。オズマ博士!」


「ミチヒコ。君はスペシャルで、私の最高傑作だった」


オズマ博士は微笑んでから、奥歯に仕込んだスィッチを押し、環境スーツ内に有機物分解ガスを充満させ、身体を跡形も無く融解させ、環境スーツが脱ぎ捨てられたようにして、有毒の砂浜に倒れていった。

ミチヒコには為す術が無かった。


「Dr.シオモリっ! Dr.オズマが自決したようですっ」


降下しつつ接近していた、迷彩型ワルシャンの比較的広いコクピットルームに動揺が走っていた。


「動じるな、想定内だ。No.9の回収を行う。光学迷彩はもう解け、あの子相手に滑稽だ」


右腕が電動義手のシオモリ博士は光学迷彩等無視して画面越しに真っ直ぐこちらを見ているミチヒコを見てほくそ笑んでいた。



・・それからの8年余りが、自分にとってどのような意味があったのか? ミチヒコには上手く解釈ができない。

ただ今は作戦行動中で、ヘルメットを被っていないミチヒコは合衆国の機甲アーマー『ユンノス改』のコクピットの中で、ミントフレーバーの経口補水液を何とはなしにに口にしていた。

ドッグにはミチヒコ機を含む機甲アーマー3機とデコイを兼ねた小型ドローン機7機が格納されている。

ゾリオーデン級強行強襲艦の中にいた。艦と言っても小型艦であったが、光学迷彩性能とレーダー耐性は高い。


「ミッチっ! ミチヒコっ!!」


同じユンノス改の2号機から通信が入った。


「なんだ? 特に話すことはないぞ」


すぐにモニターに2号機パイロット、東洋系ハーフのヴェック・リーの画像が映った。やはりヘルメットを被らず合成肉ホットドッグを齧っていた。


「直に出撃だ。ヴェック、そんな脂っぽい固形物を食べるのは感心しないが?」


「気乗りしねぇんだよっ! 俺達ゃいつから殺し屋になったんだ?」


「・・指示通り艦を墜とす。それだけだ」


「いやでもよっ、なんつーか、姫、乗ってるし・・」


「貴賤を問わず、戦運(せんうん)だ」


「ミッチ! 冷てぇぞっ? プラス1でもハートに血を通わせろよっ?」


「血液くらいは循環してるっ!」


ミチヒコは通信を切った。ヴェックとは3年程前から幾度か転属先で顔を合わせつつの付き合いだが、近しくなり過ぎるのも閉口だった。

程無く艦は戦闘空域に侵入した。

合衆国の、脚の無い軽量簡易アーマー機ベルー群が既に光学迷彩を解かれた共和国の大型艦オミシキ級とそれに付き従う中型艦メザ級数隻を襲っていた。

共和国側はやはり脚の無い簡易アーマー機ドト系機群と、汎用機のゼップ、ショルダーキャノン装備のゼップガナーで襲撃に対抗していた。

合衆国艦は中型艦のトンチャ級のみであったが、艦数は倍はあり、物量で押している。

カーガワ州の遥か南の沖合いの係争公海上の上空であった。

比較的近い海域は中立のパターヤ諸島公国の未汚染の領海だが、中立国の主権が配慮されたのは旧世紀までであった。

両軍のジャマーコロイドの多重散布で完全に原始的な有視界空中戦の応酬になっていた。


「こんなもんか・・」


「待ってくれっ、脱出、おっ?!」


老若の兵達が散って行っていた。

ミチヒコ達の機体を格納したゾリオーデン級は戦闘空域のかなり端で、スモーク散布と同時に光学迷彩を解除し、まずデコイのドローン機を全機放出さてからミチヒコ達ユンノス改隊を出撃させた。

ドローン機が次々撃墜される中、ゾリオーデンは不意討ち気味に共和国軍のメザ級1隻に掃射して沈め、命中を確認したかどうかも怪しい素早さで戦闘空域から離脱していった。

小型艦である為、姿を表して先制攻撃が済めば有視界戦の距離ではほぼ的にしかならない。


「ハートに血を通わせる、か」


もはや無線通信は利かないコクピットの中で呟き、視覚、を解放する。

モニター越しに、全てがゆっくりと見える。やり過ぎると脳と心臓に負荷が掛かる。程好い時間速度にチューニングする。


改良型再造人間(プラスワン)相手に手厳しいな、ヴェックっ!)


攻略の道筋は見えた。

ミチヒコは自分のユンノス改で先導して敵陣に突貫する。

距離が迫るまでは熱弾長銃(ヒートライフル)で、迫れば機体右肩部のバルカン砲主体で、さらに肉薄すれば左手に装備した光刃剣(ライトキャリバー)で迎撃する。

的が大きくなり熱源探知もされ易い電磁バリアはほぼ使わず、回避し、先制し、有視界認識から外れてゆく。

ミチヒコは共和国機を圧倒しながら、血路を開いていった。

ヴェック機と3号機もそれに続く。


「危ねぇ危ねぇっ! ミッチに引っ張られちまうぜっ」


同じ動きはできない。プラス1とは認識力もG負荷耐性も違う。機体の調整も別物である。単純に一呼吸前のミチヒコ機を追従しても既に遅いというのもあった。

だが、3号機はミチヒコの軌道についてゆくことに必死になり過ぎて、対応が甘くなった。


「うおおっ?!」


ドト2機に軌道上に置くように収束手榴弾(クラスターグレネード)を投げ付けられ、慌てて電磁バリアを張るがそれを的に周囲の敵機に一斉に砲撃を受ける3号機。


「畜生っ! だからプラス1なんざと組みたくなかっ」


バリアを破られ、蜂の巣にされて3号機は爆散した。


「言わんこっちゃねぇっ! 凡人には凡人のぉっっ、やりようってのがあんだっ!!」


ヴェックはミチヒコが切り込んだ軌道を程々に追い、結果、邪魔になった機体は地道にヒートライフルとバルカン砲で撃退していった。

ただ脚が止まりがちなライトキャリバーと、リスキーな電磁バリアの使用は基本的に避けていた。

ヴェックが後追いすることで、ミチヒコ機の追跡負担も減る。3号機の自滅さえ、3号機を構った多数の機体を引き離すことに役立っていた。

オミシキ級に接近すると、ミチヒコ達の介入に、勝ち筋、があると判定し、合衆国軍機は積極的に支援攻撃を始めた。

オミシキ級は高出力電磁バリアの部位展開をしつつ、強力な熱弾砲(ヒートキャノン)の連射を始めた。

迎撃に当たる敵機は簡易機のドト系ではなく、脚のあるゼップ系が主体に切り替わった。パイロットの練度も当然違った。


「・・固いな。奇襲でないならメゼ級がもう1隻落ちるのを待ちたいところだが」


ミチヒコは明滅信号灯(シグナルトーチ)用の録音操作をした。


「突破口を求める。ヴェックは変更無し!」


録音後、シグナルトーチを撃ってトーチの明滅で自軍とヴェックにメッセージを伝えた。

了解し、ヴェック機と合衆国軍機はミチヒコ機に援護射撃をしつつ、手近なトンチャ級の射線上から離れた。


「撃てぇいっ!」


手近なトンチャ級艦長の号令と共に、オミシキ級へ向けて一斉砲撃が放たれた。射線上の敵機を巻き込みつつ、通常弾に織り混ぜて、有毒でもある粒子撹乱幕(アンチレイガス)弾を撃ち込んだ。

電磁バリア接触前に炸裂したそれらはマスタード色の僅かに煌めく気体を発生させ、電磁バリアを四散させた。

オミシキ級は空中を航行しているので一撃で長く持つ物ではないが、敵艦はバリアを失い、実弾以外の迎撃手段も失った。

トンチャ級は掃射を継続させた。


「やけに素直に当たったな」


信号弾は見ただろうに、とミチヒコ不審に思いつつ、ヒートライフルとライトキャリバーを捨て、機体腰背部に装備した焼却弾(ナパーム)装填の携帯無反動砲(ショートランチャー)を取り、背のラックからマシンガンを抜いた。

ユンノス改を最大加速でオミシキ級に突入させる。

大まかな熱源誘導ミサイル掃射と機銃掃射を軽々と躱しつつ、進路上のバリア展開器をバルカンとマシンガンで破壊してゆくミチヒコ。

艦の外装とはいえ、接地面があり、主に止まった相手ならミチヒコには余裕があった。


(妙だ、対応が甘い。姫や艦長が離脱済みじゃないだろうな?)


そうなると、後から奇襲を掛けたパイロットではお手上げだったが、どちらちせよ敵艦に取り付いた以上墜とすしかない。

回避迎撃しながら、艦後部のメインバーニアを目指す。が、


ドォンッッ!!!!


「っ?!」


艦後方底面の右舷サブドッグの外装が弾け飛び、黒い機体が飛び出してきた。未登録の共和国機だった。

やや大型ではあったが、機甲アーマーでありながら小型艦並みのエネルギー反応があった。


「話、違うなっ!」


ミチヒコは迫ったゼップのコクピットを蹴り付けて中のパイロットを昏倒させながら、機体の体勢を切り替えた。

あれだけの高出力機、アンチレイガスが利く環境でなければ手が付けられない。

だが、


「・・最悪ですね」


黒い機体の女のパイロットはコクピットで呟き、入力済みのシグナルトーチを2発放った。『本機で姫を保護』『本機を合衆国に届ける』と開示する。

コクピット後部に出した複座に固定された大きな耐Gスーツを着せられた二十歳程度の女は気を失っていた。

当然、共和国機が殺到したが、


「アーマーに乗るのは3年ぶりですよっ?!」


黒い機体は自在に回避しながら、先端に振動熱刃の付いた触手のような武装を全展開した。


ガガガガガッッ!!!!


一瞬で十数機の共和国軍機が殲滅させられた。


「うっ・・気持ち悪い」


ヘルメットの中で顔をしかめる黒い機体のパイロット。

ミチヒコ機は『接触を試みる』とシグナルを撃って味方機のスモーク弾を含めた支援を受けながら、武装は手離さないが機体の両腕を開いて減速した状態で、黒い機体に接近した。

スモークとアンチレイガスが混ざり視界は悪い。

通信ワイヤーを撃って接触回線を繋いだ。


「合衆国カーガワ基地所属、ミチヒコ・シオモリ4位兵曹長だ。状況がわからない。タリッタ・エル・イヨ姫が」


「ミチヒコっ?!」


相手も画像と音声を繋いできた。


「は?」


知人のような口振り。ヘルメットの暗いシールド越しで、通常なら判別も難しいが、ミチヒコの視覚は尋常ではない。


「・・っ! No.3っ!! ニシューかっ?!」


オズマ博士のラボで同時期製造された9人のプラス1の1人だった。


「生きていたのかっ?」


「こっちの台詞ですっ! が、とにかく今は姫をっ。貴方達は殺しに来たんでしょうがっ」


「いや、まず艦を」


「それは問題無いです」


ニシューが言った側から、ドォンっ!! オミシキ級の機関部が爆破し始めた。


「オミシキ級を墜とし、敵軍の新型ハイエンド機1機を鹵獲。オズマシリーズのプラス1を1人確保。これだけ戦果あれば交渉できるでしょう?」


ミチヒコは機体のレコーダーを一旦切った。


「・・お前はパイロット型プラス1じゃない。気に入らなけりゃ基地で暴れるつもりだろ?」


ニシューは入力済みのシグナルトーチを撃ち『交渉成立』と勝手に伝えた。


「オイっ!」


「直に増援も来るからとっとと逃げましょうっ! 上からっ」


ニシューは通信ワイヤーから離れると、真上に加速してガス帯を抜けていった。


「軍属に向いていないヤツと思ってたよっ!」


後に続くミチヒコ。すぐに、退路確保を担当していたヴェック機が追い付いてきた。シグナルトーチではなく、頭部のアイカメラのライトを明滅させて『どーなってる?』『なぜ上? 退路は?』『殺さないのか?』『なんだあの機体?』と矢継ぎ早に伝えてくる。

ミチヒコは苛立ちを覚えつつ、アイカメラライトメッセージの入力操作をした。


「退路は予定通り、よろしく!」


ライトの明滅で伝え、ヴェック機から離れ、爆発炎上しながら墜ちてゆくオミシキ級とは逆にニシュー機を追って上昇してゆく。

敵機も追い縋ってきたが、ミチヒコは低速指定でナパームを撃ち、撃ったナパームをマシンガンで撃ち抜いて広域に炎の弾幕を張った。

耐性の低い簡易機体の多くは脱落し、ゼップ系の多くも手持ち武器を破損させられた。

更に高度が上がり、空の色が変わり、機体から『制御に難あり』と警告される高度までくると、もはや簡易機体は追ってこれなくなり、ゼップ系も破損のある機体は全て脱落した。

ジャマーコロイドが薄くなり、通信が通る。敵機の射撃精度が上がったがこちらの回避認識精度も上がった上、互いに高度の上げ過ぎによって機体の航行制御精度は落ちていた。


「ニシューっ! 宇宙まで行く気かっ?! いい加減にしろっ!!」


「追っ手を集めてるだけですっ! 退いてっ」


「っ!」


規模は不明だったが、おおよその感覚で射線から退くミチヒコ機。

ニシューの黒い機体は高高度環境でゆっくりと慎重に体勢を変え、下方に胸部を向け、装甲を開き、照射口を露出させた。


「デタラメだ」


ミチヒコが呆れ、反応の速い共和国兵は電磁バリアを展開したが、無駄であった。黒い機体の胸部から、小型艦級の動力と直結した重粒子砲(ヘビィレイ)が放出された。

バリアを展開した機体も間に合わなかった機体も全て熱線に貫かれ爆散していった。

2機は上昇をやめた。地平が丸み掛かって見える高度まで来ていた。


「はぁ~、コレは気持ちいいですね」


うっとりするニシュー。


「ニシュー」


ミチヒコはユンノス改にマシンガンを黒い機体に向けて構えさせた。


「その機体なら更に高度を上げれば俺からでも問題無く逃げられる。どうするつもりだ?」


「暗に逃げろ、言ってます? ミチヒコはそういうとこありますね」


ミチヒコは頭が痛くなりそうだった。ここ数年のミチヒコは単に、精神の安定したプラス1パイロット、として合衆国に従ってきた。

プラス1であること自体、異常なことではあるが、生活は軍属その物であり、もはや特別な出自も、あの日見た有毒の浜辺の景色も、夢の中の出来事のようであった。


「・・まず、事情が」


「私はタリッタ・エル・イヨ姫を愛しています」


「は?」


「私は成り行きでタリッタ姫のお世話係になったのですが、すぐ好きになりました。私の、好き、は最優先事項っ! タリッタ姫の生存と復権を優先しますっ」


「・・・」


なぜ? コイツは子供の頃と全く同じような思考なのか? むしろ作り物であるプラス1とはそういう物で、自分の方が欠陥品なのではないか? ミチヒコは大いに困惑した。


「ハッキリ言うが、合衆国はタリッタ姫を既に見棄てている。今回の作戦も、その機体は想定外だったが、最初から姫の救出は考慮されていない。トンチャ級から別動で確実に殺すつもりの連中も来てるだろう」


遥か下方を見ると共和国機だけでなく、合衆国機も争いながら昇ってきている。自軍機が全機が救援目的か? 甚だ怪しい。


「バッテリーを消耗していて、この機体だけで逃げるのは無理です。最悪、どこかの艦か基地に潜り込めば私の、接触洗脳、とミチヒコの、視覚予知、で制圧できるでしょう」


「なんで俺がお前の一味みたいになってんだよっ?」


「俺、だって! 擦れっ枯らしになりましたね、ミチヒコ!! モルモットにされたんでしょう? 合衆国に。いや人間社会のシステムなんてどうだっていいじゃないですか? もうオズマ博士はいないんだし、私達はやりたいようにやればいいんですよ」


好き放題言うものだ、と感心してしまうミチヒコ。ため息を吐いた。


「この高度から一気に降りて、ヴェック以外のこの空域の自軍機との接触を避けて離脱する。取り敢えず、ピックアップ艦までは送るが、後は知らないぞ? 俺を巻き込むなよっ」


「薄情ですねっ? No.7達はもっとサポートしてくれましたよ?」


「っ? 他のNo.と会っているのですか?」


「あ、昔の喋り方に戻りましたね」


「・・チッ」


「舌打ち~」


2機は星の丸みを感じて見下ろせる高さの空から、争う合衆国と共和国、両軍機を避けて、降下を始めた。


「ふふ」


ニシューは柔らかく笑って、ヘルメットを取った。巻き毛の、ふんわりした顔付きの娘だった。

一度、後ろの複座で眠り続ける耐Gスーツを着せられた女、タリッタ姫を愛おしげに振り返るニシュー。


「やっと見付けた、私の、好き」


ミチヒコは混乱していた。過去が不意に実体化して現在を侵食された気分だった。

だが、確率的にやがては必ず来る戦死や、或いは戦果を上げ過ぎた結果の暗殺を待つばかりの日々が今、終わった気もした。

そう、気付いた時、ミチヒコは衝撃を受けた。


「俺は、死ぬつもりだけで生きていたのか?」


知らずに苦笑してしまう。

ミチヒコは向かってきた共和国のゼップ2機とゼップガナーをマシンガンで墜とし、またニシューの黒い機体を墜とそうとした合衆国のユンノス2機の手足を破壊して無力化した。

マシンガンを右腕に持ち変え、空弾倉を排出して弾倉を補充する。ニシュー機は積極的に合衆国機に攻撃する素振りが無いようだったが、コース取りをより慎重に選び直す。

ヴェックではないから手加減する必要は無い。昏倒しているらしい姫も画面で見る限りは耐Gスーツを着て複座に固定されていた。


「・・オズマ博士。私は、スペシャルなんかじゃなかったですよ」


ミチヒコは呟き、姫が眠るニシューの黒い機体を先導し、ヴェックが通常信号弾で合図するルートで戦闘空域を後にした。

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