⑤
「転移室は許可が無いと、扉が魔法ロックされるんだよ」
『黒影の森』に行くのは解ってる。でも、森の何処だか解んない。ジンジャーは、抜かりなく『追跡マーカー』をつけただろうけど。早くしないと、魔の者に連れていかれちゃうよ。
「任せなさいな」
ひゅう~と生暖かい風が吹く。
「イーヴォー?!」
ジンジャーがぎょっとする。ジンジャーのニコニコを消せるのって、アタシとイーヴォーくらいじゃないかな。イーヴォーは、アタシの呑み友達で、若い頃一緒に冒険した親友さ。
「ふふっ、面白そうな事してるわね」
「面白くない」
「イーヴォー、国もひとっ飛びなら、時計屋にツナギとってよ」
時計屋は、神獣王国で代々魔の者と闘ってきたという、『歯車卿』を継ぐ者だ。
咥え煙草で安酒を喰らう、怪しげなからくり技師だが、腕は確かだ。若い頃、共に『王者の歯車』を求めて、黒影の森を抜けた。魔の者にも詳しい。
「ビアンカちゃんに憑いてこうと思ったのに~」
イーヴォーは酒呑みだ。酒呑みに取り憑いて、酒を呑む幽霊だ。
「あんた、魔の国の酒、狙ってるでしょ」
「そうよ。森に捨てられた気の毒な御令嬢が、魔の国でどうなるのかも見たいしね」
イーヴォーは、気の良い幽霊だった。こんな邪悪な覗き趣味はない筈なのに。
「お前、何度も魔の国へ渡ったね?」
ジンジャーが怖いニコニコ顔になった。幽霊でも、黒い霧に汚染されるのかも。
「ええっ、イーヴォー」
アタシは、ちっとも気付かなかった。親友失格じゃないか。悔しさに唇を噛み締めて、『魔石蒸気銃』を取り出す。
「幽霊にも効くの?新作?」
ジンジャーが、ワクワクと聞いてくる。
「さてね。物は試しだ」
イーヴォーは酔っ払い幽霊だから、足止め目的の『酔蒸気』は効かないだろう。
だから、アタシは泣く泣く、神獣王国の秘酒、『深淵覗』を、秘術で取り寄せる。
「乾杯だよ!イーヴォー」
極上の銘酒が、蒸気となってイーヴォーを包む。
「何これ、美味しいわ!」
イーヴォーの表情から、悪質な野次馬根性が消えた。
美酒を濃厚に含む蒸気の中を、嬉々として泳ぎ飛び回る。くそう。封切りだったのに。ほんの一口しか残ってないじゃあないか。
「呑んだらさっさと、時計屋に行きな」
「ご馳走様~じゃあね」
イーヴォーは、晴れやかな顔をして消えた。本当に時計屋へ行くのか解らないが。魔の国の酒を呑む為に、ビアンカに取り憑くのは止めたらしい。ジンジャーは、嫌な顔を一瞬だけ見せた。
「森に急ごう」
「そうだね」
ツナギとって――連絡を着けて。白浪(盗賊)物や時代劇の用語。主に悪党同士が連絡を着ける時に使う。