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神獣王国第1王子ジンジャーの妻、酒呑み技術者ダイシーが視た、ゆっくり御令嬢ビアンカの婚約破棄事件
語り手は、主人公ではなく、「観察者」です。
隣国のパーティーで、珍しい酒を試していると、俄に騒がしくなった一角がある。
「ビアンカ・フィオナ・フィオーレ!」
ばかデカイ声だね。派手な金髪碧眼の目に立つ男。隣国王子ネロだな。この国の霊獣に祝福を受け、幼い時から、戦場で敗け無しなんだそうだ。
ふん、ちっちゃい頃から人殺しかい。ちったあ見られる姿してるから、たいそうおモテになるんだと。アタシのダーリンとは、比べるのも憚られるような、駄目男のくせに。
「貴様とのっ!!」
すらりとした美女が、屈強な若者に腕を捕まれて、観衆から引摺り出された。何やってんだい。乱暴者め。
美女は、緩く波打つ絹糸のような金髪、瞳の色は空を映す澄んだ蒼。獅子王子ネロの婚約者ビアンカ嬢だね。
事態が理解出来ずに、為されるがままに、ネロの前まで引摺られてく。
「婚約をっ!!!」
段々と声が大きくなるよ。かなり広いホールなのに、窓ガラスが全部ビリビリ震えてますよ。霊獣の祝福があるからなのかね。
「破棄するっ!!!」
何故に今言う?
森の領有権を巡る話し合いを、体面上和やかに見せるためのパーティーだろ?アタシら親善使節団の歓迎会じゃなかったのかい。
「なんだい、酒が不味くなるよ」
アタシは、グラスを交換し、黄色く濁った新顔の酒に口をつける。材料となる果実を皮ごと搾って、濾さずに残してる。
こりゃあ、なかなか好みだね。
「貴様の罪は明らかであるぅぅ!」
ネロは何やら、長広舌を振るいだしたけど、興味無いね。ビアンカ嬢は、相変わらず腕を掴まれたまま、呆然としている。
「貴様は!英雄王子である!」
いちいち区切って叫ぶんじゃあないよ。
そんなとこ区切ると、ビアンカが英雄王子かと思うよ。
「この俺の!」
この俺、かい。はんっ。思い上がりやがって。アタシのジンジャーは、あんたなんか一捻りだっての。
「婚約者と!言う!立場を!笠に着て!」
まったく、早く静かにして欲しいよ。
「あ、それ下さい」
たまには、カクテルも良いもんだ。ジンジャーの髪の毛みたいな、古い樹皮の色した層が上にある。その下は、アタシの髪色に似た、くすんだ金だ。最後の緑は森の苔色。愛する夫の素敵な瞳さ。
一口含めば、甘酸っぱい。出会った頃を思い出す。あの頃は、奴がことあるごとに抱きついてきたもんだ。今でも仲良しなんだけどさ。若い頃とは違うよね。
初恋同士だった2人の楽しかった日々が、胸の中を暖める。照れちゃうね。なんだか、いたたまれなくなってきた。アタシは、自分を誤魔化すみたいに、2人の色のカクテルに目を落とす。