武と魔をもって、切り開け!
フェイントで触手と戦うフリをし、魔法を繰り出しながら、叩きつけを誘う。
触手は、一本一本が強力で巨大で、なおかつその本数も多いため、広範囲を薙ぎ払う様な攻撃は、地面ふきんでは出来ない様だった。その分、それぞれの間隔は狭いため、間に入れば押し潰される危険もあるが、圧死を避け、飛び上がる動きを封じるためか、その状態では、降り下ろしからの叩きつけに意識が向くらしい。
そんな過程を体感すると、巨大な神にも思考があるのかと不思議な感覚になる。
まもなく、振り上げられた触手が大気を震わせながら、おりて来て、その致死の一撃を、これまで通りの防御陣形で耐え、凌ぐ。
そして、間髪入れずに、火の破壊魔法を撃ちだした。
「フロアッ!」
離れた位置で燃焼からの大爆発が始まり、それを障壁を張ったジジが、相殺していく。そして、二度目の爆発を終えた時、呻き、忌々し気にこちらを呪う神の声を聞きながら、空へと飛び上がった。
眼下の触手と、遠く神の本体の火傷の程度を、交互に眺めて確かめて行く。程なくして、予想は確信へと変わる。
「見つけたッ! あの神の弱点――いや、まだそこまでは言えないかもしれないけど、とにかく見つけた! 本体、それも閉じたあの巨大な眼球に近くなる程に、再生の速度が遅くなってる!」
ジジが、感嘆の声を上げた。
「成程のう。彼奴め、己の力に溺れて、致命的な欠点の克服を怠っておったか! しかし、それを容易く見つけ出すとは、おんしは侮れぬな! やはり、儂の見初めたおのこよ」
まだそうとも言い切れない。本体に弱点が残っているのは、それを補って余りある程の何かが、隠されているからかもしれないからだ。
「特に、あの一つ目の付近から上は、再生が極端に遅いな。目をずっと閉じているのは、そこが心臓や脳の様な、急所だからって線も出てきた」
確認が出来たところで、また先ほど二度くりかえした。危険な工程へと戻る。波打ち、お互いにぶつかり合う触手の間をくぐり、戦うフリをしながら、振り下ろしを誘う。そろそろフェイント込みでも、こちらの意図が読まれ始めている頃合いだろうか? 設置した精霊銀の鉱床は、四つ。直線上に、本体へ向かって並べ、威力の増幅を図るための工夫だが、あと一つで十分な破壊力を持てるだろうか? 相手があまりにも規格外であるが故に、どれだけ入念に準備をしても、全てが不足している気がしてくる。
不味い、不味い。疑心暗鬼に陥る所だ。
巧遅拙速とは言うが、一度しか機会がない以上は、失敗の可能性を最大限まで下げる必要がある。それが、言いしれない不安の元となる。もし、失敗してしまったなら、神はこちらの意図を完全に察知し、全力で妨害を始めるだろうから、その状態では、ジジにももう対処できないだろう。そうなれば、せっかく本体へ与えたダメージも、時間をかけて回復され、全てが水泡に帰す。
「なあ、ひとつ気になったんだけど、魔法の増幅を図る時に、魔法陣みたいな、特定の配置で威力が上がるみたいな仕掛けってないのか?」
ジジは、悩む様子も見せず、すぐに答えが返る。
「あるぞ! 様々な配置があるが、おんしの置いた縦に一列の、この紋様……。偶然かも知れぬが、剣の陣に酷似しておる、俗に、剣神増幅陣と呼ばれる物じゃな」
剣の陣? それが、完成すれば大幅に威力が上がるのか?
「あと二つ、柄と鍔を形成するため、後部の両側へ、配置すれば、短剣の形を成し、その先端へ向けて、増幅された魔法を撃てよう」
成程な! もっと早く思いつくべきだった!
巧みに触手を躱し、目星をつけた位置へ動き、叩きつけを待つ。まだ気付かれていない事を祈るばかりだ。
幸い神は、まだこちらの意図を読めていないのか、巨大な触手が、振動と共に、振り下ろされた。それを防御陣形を整え、防ぐ――その時!
「むう!? 不味いぞ、カイト! 更に左右から先端が迫って来ておる!」
何だと!? あの神の触手は、長さも綺麗に揃っていた。こんな位置では、先端が入りこむスペースはないはずだ!
左右の視界を覆いつつあった、巨大な触手に目を疑うモノが見えた。
「まさか! 自分の身体を傷つけたのか!」
触手は、中ほどが傷つき裂けて、その位置から折れ曲がり、結び目を作るようにして、短く絞られていた。いつでも再生が可能だからこそとれる戦術だろうが、自らの身体を傷つけてまで相手を殺そうとする執念に、寒気がする。
「いや、アムダイも同じだったな! 全く、使徒と揃って厄介きわまりない!」
上方と、左右、同時に迫りくる三本の触手を防ぐのは不可能だ。
触手の動きは、示し合わせた様に、合っていて、タイミングをずらすには、ひとつしか方法がなかった。だが、実行すれば、足元が不安定な状態で、致死の一撃を受け止める事になる。それを、どう埋めるか――。
「考えてる場合じゃねえ! 危険な連続魔法になるが、これしか方法はないッ!」
防御陣形ごと、空中へ飛びあがり、精霊銀の鉱床を設置しつつ、不安定な状態で、触手を受け止める。だが、思った通り、浮いた状態では、十分な防御が出来ず、弾かれそうになる。
「すまねぇジジッ! 今回は、お前の負担が多くなるッ!」
どうか耐えきってくれ!
祈りながら、その場でフロアを発動し、すぐさま瞬間移動の魔法で、触手の上部へ移動する。触手の陰で起こす事で、大爆発の影響が少しでも軽くなればいいが。後は、ジジを信じるしかなかった。
「むう! 無茶を言いよって!」
半ば悲鳴の様なジジの叫びと共に、周囲が爆炎に呑まれて行く。
爆発の中で、額に汗をきらめかせながら、障壁を張るジジを見て、必死に足を持ち上げ、触手へ叩きつけた。
「うおおおッ!」
この衝撃が、少しでも力になればいい。そう願いながら、何度も、何度も踏みつける。
「はあ、はあ、まっこと、洒落にならぬ貧乏くじじゃ! これでは、今宵、初夜を迎えようとも釣り合いが取れぬぞ! まだ婚儀も執り行っておらぬというに!!」
極限の状況に、疲弊したジジが、おかしな事を喚き出す。
「そういう過程、すっ飛ばしても平気なのかと思ってた!」
障壁が徐々に、小さくなり、逆に外からのプレッシャーが膨れ上がって行く。
「儂の人間性について、ひとつ大きな誤解がある様じゃな! 後で正させてもらうぞっ!」
お前、人間じゃないけどなっ! いや――!
「この世で一番、信じられる精霊だッ! だから――頼むッ!」
障壁が縮み、今にも消えかかって見えたが、直後、外圧が霧散し、爆発が終わった事が分かった。額から噴き出した汗を拭いながら、ジジは艶っぽい声を出す。
「はあ、はあ、此度の事。貸しにしておくぞ。くふふっ! 何で返してくれるのか、実に楽しみで心が躍るわ!」
く、くそっ! やっべえ、借りが出来た気がするっ!
「グオオオオッ! あり得ぬ! あり得ぬぞォォォッ! 我が肉体は不滅。斯様な窮地へ追い込まれるなぞ、あり得ぬ!」
三度の大爆発に巻き込まれた神は、自らの肉体の損傷を否定する様に、狂った叫びをまき散らしていた。触手の上から飛び立ち、その姿を確認する。
「効いてるなッ! 生々しい火傷の痕が、消えないくらいに残り始めてる。大分ダメージを与えられたはずだッ!」
ここまで来たら、後は本体へ近づいて追撃を加えるしかない。ジジの疲弊が激しいのは、一目見るだけで分かった。少しでも休んで回復してくれるといいが、そんな時間はないか。
「後ひとつの設置は、どうするのじゃ? 条件が揃わねば、儂には爆発を相殺する程の力は残っておらんぞ」
神はこちらの意図に気付かないフリをして、騙し討ちで潰そうとしてきた。これ以上いまの戦術は取れないが、後ひとつを設置して魔法陣を完成させるには、もう爆発は必要ない。
「最後の地点へ一気に移動する! 身体に隠れてくれッ!」
目星をつけた地面を目視し、瞬間移動の魔法を発動して、降り立つ。動きを察知した触手が動き出すが、まだ十分に猶予があった。その場へ精霊銀の鉱床を埋め込み。短剣型に並んだポイントへマナを注ぎ込んで行く。
やがて、光り輝く短剣の紋様が浮かび上がり、大地が鳴動し始める。
「上がって来るッ! 地の底から、巨大な力が――!」
地面が浮き上がり、飛び出す様な異常な気配を感じながら、念じ、右腕に、上半身ぜんたいへ力を込めて行く。
「行くぞ、お前の触手の防壁を、一気に突破してやるッ!」
岩盤が次々と隆起し、海が割れた姿を想起させる道を生み出していく。そこへ、最後の一押しを加え、破壊を完成させる。
「輝け剣神増幅陣ッ!」
「破壊の神力――アンド――エレスティアル・マナバースト・アーグロアッ!」
「天地開闢ッ!」
追加で送り込んだマナと、叩きつけた右拳が生み出した衝撃波が、うねりを生み、せり上がった大地の壁が、本体へと向けて、長い長い道を作り出していく。
複数の巨大な岩盤に妨害された触手は、絡めとられ、その動きを止めていた。そこへ、形成される波を追いかける様に、大地を蹴り、高速で移動する。
「成程のう。あの触手が如何に強大でも、大地の力を一瞬で打ち砕く程ではない。こうすれば、本体への道が出来ると言う訳じゃな」
腹から顔を出したジジが、感心した様子で呟く。
身体中に猛烈な風を受けながら、本体を覆うバリアの下を通り抜けると、また声が聞こえた。
「馬鹿なァッ! 小虫ごときが、我の結界を抜けただとッ!?」
そのまま飛び上がり、本体へと近づいて行くが、驚愕の様子だった神の声音が、急激に変わる。
「ケヒヒヒッ! 愚かよのう。我が身は、誘蛾灯。小虫の羽をもぐのは、さぞかし堪らぬ愉悦となろうッ!」
罠だったのかッ!?
直後、潰れていたはずの無数の眼が、一気に再生し、そこへ混じる、鼻や口の形に見える場所から、何かの塊が噴出する。こちら目がけて襲い来るそれをジジが咄嗟に相殺する。
「危ないっ!」
半分に裂かれ、飛び散ったそれからは、強烈な腐敗臭がした。
「今の何だッ!?」
地面へと降って行くそれを呆然と見つめる。
「呆けておる場合ではないぞ、腐敗の力を込めた、体液じゃ! 酸の様じゃが、触れれば骨まで溶かすじゃろう!」
骨までッ!?
神は愉快そうに、笑い、こちらを見下す。
「ケヒヒヒッ! 近づけば、勝ち目があるとでも思うたか。実に浅慮よな。その浅はかさが、破滅を招く」
そして、次は、固体に見える何かが吐き出される。
空中でスローに映るそれの正体を探る。
これは――骨?
「我が体内で、練り上げた供物どもの末路よ。うぬの羽をもぎ取るに、これほど相応しい玩具もなかろう」
飛び出して来る無数の骨を、振り払おうと、掌を広げて突き出し、風魔法を発動しようとしたが、それよりも先に肩にひとつの骨が当たっていて、動きを中断させられる。
「うあああ!」
激痛が右肩に走る。
「大事ないか! 後は、儂が――」
だが、その時、信じられない光景が眼前に展開される。突き出された右手から衝撃波が起き、飛び散っていた骨を全て打ち払って行く。
「なん、だ……今の?」
必死だったため、力を全開にしたまま魔法を撃とうとしたからだろうか? いや、それは見当違いだった。もう一度、腕を全力で突き出しても、そんな現象は起きない。
ならば、何が引き金となったのか。その答えを指し示す様に、右肩が痛みで疼いた。
「行動の中断――外力による強制的な――内側にあったエネルギーが――ぶつかって弾けた――!?」
全力で突き出した右腕に、強制的にブレーキをかけられた。それが、衝突に似た力を生んだのか?
また吐き出される骨と、酸の波状攻撃、それに向かって、力を込め、全力で拳を突き出し、そして、それが、限界まで伸びきる寸前で、引く筋肉を使って、思い切りブレーキをかける。すると、空を切った拳から衝撃波が生まれ、目の前の飛来物を全て払って行く。
「出来たッ! ただ思い切り突くだけじゃ足りないんだッ! 体内で力を衝突させて、それを一気に解き放つッ!」
そこで、雷光の様な閃きが脳裏を過る。
「ジジッ! 俺に憑依してくれッ!」
困惑した声が返って来る。
「何を言っておるのじゃ? 今は、力を使っても反動がないのじゃろう? ならば、儂が憑依する必要はなかろ?」
思いつきが、消えてしまわない内に、早口でまくしたてる。
「違うんだ。お前、大精霊域で言ってたろ、俺の力は、肉体と霊体を相互に干渉させるって! 俺が腕を突き出して、お前が引くんだッ! それを全力で限界まで伸びきるまで何度も繰り返すッ! 体内で爆発的な力のうねりを生み出すんだッ!」
困惑したジジが疑問をぶつけて来る。
「その様な事が可能なのか?」
答えは、分からなかった。だが、確信はあった。
「俺とお前なら絶対に出来るッ! 頼む、憑依して、霊体側を動かしてくれッ!」
まだ疑問を感じている様だが、ジジが身体に重なり、消えて行く。
頭の中で声が聞こえる。
(ふむ。霊体のみを操るとは初の試みじゃ、上手く行かずとも、恨んでくれるなよ?)
大丈夫だ。絶対に出来る。肉体側の動きに反応して、霊体に信号が送られるはずだ、それを捉えて、腕を全力で引いてくれ!
(はあ、難儀じゃのう。じゃが、先ほどの言葉は、嬉しかった)
それ以降、ジジは何も言わなかった。狙うのは、あの閉じた巨大な眼球だ、思い切り瞼の下を殴りつけて、開かせてやる!
「行くぞッ!」
急速に飛び上がり、神の攻撃を上空の一点へ絞って投射させ、反転して急降下し、縦に躱す。
そして、巨大な一つ目の下を狙って突っ込み、右腕を突き出した。
その瞬間、体内で強烈な反動を感じ、動きが止まりそうになる。痛い、腕が裂けそうだッ!
「だけど――ここで止まったらダメだッ!」
起きた反動に耐え、ひたすら腕を突き出して行く。幾度もの連続した反動の後に、遂に右拳は、神の本体へ達し、その内に溜めた爆発的な力が解放される。
「くらえッ!」
巻き起こった凄まじい衝撃波と共に、轟音が天を衝き、空が裂ける。そして、頑なに閉じられていた瞳が、大気に晒される。
「今だッ!」
あの瞳には、弱点があるはず! アムダイの言葉を思い出せ! こいつを――!
だが、開かれた神の瞳へ動こうとした身体は、身じろぎひとつ取れず、体内へと取りこまれて行く。
「な、何が――起きて」
憑依していたジジとも引き離され、お互いに伸ばした手は空を切る。ただ一人で、得体の知れない体内へと飲みこまれて行った――。
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