金色の決意
上下に空が映り、無限の地平線が続く、不可思議な空間に浮遊していた。いや、地面側は水が鏡の様に、張られているのか。反転した水面に映る空を、呆然と眺めていると、そこへ金色の何かが見えた。
思わず、視線を水平に戻すと――そこには。
「あれは、もう一人の――俺?」
まるで鏡を見ているかの様に、自分と瓜二つだが、その身体は内から溢れだす輝きを纏っていた。
金色に輝くもう一人の自分は、徐々に近づいて来て、その唇がおもむろに動き出す。
「やあ、もう一人の僕。君に――聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
無言で肯定の頷きを返した。
「どうして――力を求めるんだい? あの二人……。彼女たちに守ってもらえば、君じしんが強くなる必要なんてないんじゃないのかい?」
その言葉に強い違和感を覚えたが、彼女との約束を思い出しながら、ゆっくりと答えた。
「何故、そんな事を聞くんだ? 約束しただろ? 強くなるって――、相応しい男になるって! 約束……果たせなきゃカッコ悪いじゃねぇか」
もう一人の自分はその答えには納得しなかった様だ。さらに問いかけて来る。
「確かに約束はしたさ。……でも、その約束。本当に果たせなきゃいけないのかな? ……想像してごらんよ。君だって、力の恐ろしさは十分に分かっているんだろう? 身につけた力が、君の大切な人たちを、傷つけるとは思わないのかい?」
あの力の幻影が脳裏を過り、もたらした破壊の跡と、自らを追い詰めた、強烈な反動が甦って来る。微かに両手が震え出していたが、思い描いた彼女の姿を追ううちに、心の中は安寧に満たされていく。
「ははっ。彼女なら大丈夫さ。俺の力なんかで傷ついたりはしない。確信できるぜ?」
もう一人の自分は不満そうに、語気を強める。
「それは――相手に依存した答えじゃないかな? 相手の強さと、優しさに甘えている……。考えてみなよ。これから先、君がさらに強くなって、いつか、大切な人たちを凌ぐような力を手に入れたとする……。それでも君は、傷つける事はないと、断言できるのかい? もし、傷つけて、取り返しのつかない事になったなら……、君は――どうする? どうなる?」
彼女が傷つき、血に塗れて助けを求める姿が見えた。その想像に、全身に震えが走り、心は絶望に蝕まれていく。
「分かるぜ、想像もしたくない光景だな……。恐ろしくて、身体の内側から絶望に呑まれていく様な――」
暗い想像を振り払えないまま、自らの心の内を探って行く。
「分かってるんだ……。今だって、心の奥底の、閉じられた部分には、まだ転がってるんだ。……元の世界に、帰りたいって、どうして俺だけが、こんな目に遭うんだって、この世界そのものを憎む様な感情が――! いつもは蓋をしているけど、もし何かの拍子に解き放たれて、その時の俺が、お前の言う様な力を手にしていたなら、自分の運命を捻じ曲げた全てを破壊する、そんな暗い衝動を覚えるだろう……。それは、耐え難い程おそろしい事だと思うよ」
だが――。
「でも――、でも――!」
暗い闇の中に彼女の姿が鮮烈に浮かび上がる。それは自らを覆う全ての暗雲を振り払って行く、清浄な光の様だった。
「絶望の淵で目覚めた時――不安で動けなくなった時――苦痛にまみれ、何もかもを投げ出したくなった時――」
思い描いた彼女の顔には、満面の笑みが湛えられていた。
「いつも――彼女の笑顔がそばにあった! だから――何があっても進むぜ、俺」
決意を確かめる様に、先ほど自分を救いだしたイメージを反芻する。
「彼女を襲う、あらゆる危難、暗雲を打ち払う力を手にするために――」
もう、迷いはなかった。
「進み続ける!!」
もう一人の自分は、少し悩んでいた様だが、やがて顔を上げ、満足そうに頷いた。その瞳と視線が交差する。
「もう、迷いはないんだね――決意は固く、揺らぐことはない。……ならば、共に行こう。光あふれる世界へ――」
そして、もう一人の自分は指先を伸ばし、ゆっくりと、こちらへ近づけて来る。
その指先へ向かって、思い切り手を伸ばした――!
※ ※ ※
目を覚ますと、こちらを心配そうに覗き込むジジの姿が見えた。
ゆっくりと身体を起こし、確認すると、内側から金色の輝きが溢れだしていた。
血管の様に、全身を隅々まで覆う、その光が、掌から中空へ放たれ、迸る。
青白くなかったんだ……。俺の、霊体、彼女の瞳と同じ、金色――!
「ははっ! これが――! これが、俺の導管かッ!!」
ジジは俺の様子を見て安心したのか、笑顔でこちらへ手を伸ばした。
その手を取り、立ち上がる。
「ふぅむ。どうやら自らの霊体を認識するに至った様じゃの。そこへ倒れておるのを見つけた時は、何事かと思ったが……」
迸る光は少しずつ集束していき、身体の中心へと隠れて行く。その、輝きを忘れないように、脳裏に焼き付ける。
そして、右手を地面にかざし、マナを放った。
その瞬間、掌から光が溢れ、小さな竜巻を起こし、地面に積もっていた落ち葉や土を払いのけ、風はその場を覆う様に、渦巻いた。
「これって――魔法、なのか?」
隣にいたジジに問いかけると、頷きながら答えが返された。
「そうじゃ! 今、大気に満ちる、精霊素に働きかけ、風の精霊の力を励起したのじゃ! ……ふむ。面白くなってきたの! 今のおんしなら大地の力も取り出せるはずじゃぞ?」
魔法――って。誰かに教わらなくても使える物なのか……?
ジジは俺の疑問を察したのか、すぐに答えてくれた。
「うむ。誰でも魔力を放てば、その場にあった精霊素が、何らかの反応を示すモノじゃ。しかし、それを思った形で発現させるには、修練を要するのじゃ。ほれ、大地の力を吸い上げてみよ」
ジジに促されるままに、再び地面に向かってマナを放ったが、今度も小さな竜巻が生まれただけで、デルライラムがやって見せた様な、現象は起きなかった。
ジジはこちらをみやり再び助言する。
「まずは、掌を土につけてやってみよ。急いても得はないぞ?」
その言葉に頷き、しゃがみ込んで、掌を地面につける。そして、再びマナを放つ。
だが――。
「うお!? 何だ……僅かに地面が盛り上がって、掌を押し返して来る」
気が付くと、掌の形に沿うように、土が盛り上がり、押し当てていた部分は、深くへこんでいた。
ジジはその様子を見守りながら、また助言する。
「ふむ。今の現象は、大地に向けて、魔力を放ち、表面に内在した精霊素に働きかけたのじゃな。吸い上げてその手に集めたくば、まずは大地の表層へと魔力を浸透させねばならぬ」
ジジは自分もしゃがんで見せて「液体の様に、流し込む状態を想像するのじゃ」と言って、掌を地面につけた。
すると――。
にわかに地面が泡立ち始め、小さなぬかるみが出来上がる。ジジはすぐに立ち上がり、地面へと指先を伸ばすと、そこへ向かって、泥が吸い込まれていき、彼女の美しい指を黒く覆って行く。
「ふぅむ。やはり即席では、あの老翁の様には、行かぬのう……。ほれ、呆けておる場合ではないぞ。おんしもやってみよ」
見よう見まねで、掌を地面に押し当てて、あの迸る光が、今度は液状に水の様に、染み込んで行くさまを思い描く。
すると、地面が僅かな輝きを放った様に見えた。
緊張で手が微かに震える中、立ち上がり、その地面へ指先を向ける。
「此度は吸い上げる。つまり、先ほど放った魔力を、再び己が掌中へと戻す姿を描いてみよ」
いや、放つのはイメージ出来るけど、戻すってのは、どうやるんだ? 目を瞑り、自身の内部へと集中し、再び霊体の輝く姿を思い描く。
すると、輝く地面から、細い金色の糸が伸びるのが見えた。心を落ち着かせる様に、大きく深呼吸し、それを手繰り寄せた。
大地は、瞬く間にその様相を変じ、盛り上がり、微かな輝きを放つ粒子が手に纏わりついて来た。
「お! これって! 砂粒みたいに小さくて希薄だけど、もしかして成功したのか!?」
隣のジジを見ると、嬉しそうな顔で大きく頷いた。
「そうじゃ! 良くやったぞ。まだ、か細く頼りない糸の様な物じゃが、基本はその形態のはずじゃ! 時を重ね、繰り返すうちに、より確かな痕跡を残すじゃろう!」
その言葉に深く頷きを返す。何度も繰り返し、地面に向かって、先ほどと同じ動作を行っていたら、ジジが楽しそうに手招きしているのが見えたので、中断し、そちらへ向かう。
「何だよ? またセクハラじゃないだろうな? 俺は、修行中なんだぞ?」
ジジはデルライラムの家の側面へと回っていた。
そこには、小さな木の柵が設けられた菜園と、屋根付きの井戸があった。
「へぇ。師匠も菜園で野菜を育ててたのかぁ。あれ? でも」
キャベツと大根、それにもう一つ緑色の葉が覗いているけど、これは何か分からないな……。でも、しぼんだみたいに小さいのとか、明らかに枯れてるやつ、しまいには動物に齧られたっぽいのもそのままだぞ!?
ジジは菜園を覗きながら、つぶやいた。
「ふぅむ。あの老翁、野菜を植えるのは良いが、育つにまかせ、あまり手入れは行き届いておらぬ様じゃのう」
そこで、ジジは何かを見つけた様で、素早く動き、ある一点を指さした。
「カイトよ。そこにネズミがおるぞ! 大根を齧っておる!」
ええ!? 俺も、そこを覗き込み、菜園に踏み込まない様に、地面の石を拾ってネズミの近くを狙って投げた。
驚いたネズミは、食べるのを止めて逃げだして行く。
「はあ、師匠……。良く見ると、この柵、壊れた部分が修理されてないし、……これじゃ侵入されても仕方ないよ……」
アイシャの家の、精霊による全自動の管理システムと比べると、不備ばかりの粗末な菜園に思えた。デルライラムは自給自足の生活をしている様だが、陶芸家としての仕事が忙しく。世話をする余裕はないのかもしれない。
「ふぅむ。カイトよ。儂は面白い余興を閃いたぞ!」
はあ? またかよ。今度は何をさせるつもりだ?
ジジは井戸の方をさし、そこの地面のぬかるみをなぞる様に、指先を動かした。
「ほれっ。あそこの地面には泥が溜まっておる。あれを使って、この不出来な柵を修繕して見せるのじゃ!」
はぁ!? どうやって!? って。
「そうか! ハキスで、あそこの泥を吸い上げて、この柵の隙間を埋めればいいのか!」
ジジは楽しそうにこちらを見て頷いた。
「此度は察しが良いのう。その通りじゃ。修行にもなり、師にも貢献できる! まさに一石二鳥ではないかの?」
こいつにしては、悪くない提案だな。
早速、井戸まわりのぬかるみに近づいて、そこへマナを浸透させ、泥の塊を吸い上げた。
「お! さっきよりかは、大分うまく塊で取れたぞ!」
それを柵の壊れた部分へ向けて放とうとした所で、考える。
「おい? これ、このままそこへぶちまけても、堅固な柵にはならないよな? 堅くするにはどうすればいいんだ?」
ジジに尋ねるとすぐに答えが返ってきた。
「泥の内部に含まれる、水に親和性の高い精霊素を励起してやり、水の精霊の力で水分を抽出すれば良いのじゃ。さすれば、乾いた土の壁を築けるはずじゃぞ」
いや、いきなりそんな事を言われてもなぁ。まあ、物は試しだ。
再び両目を閉じ、集中し、自らの霊体の姿を思い描く。
そして、目を開き、柵の間に詰めた泥に人差し指を突き出し、鋭く一点にマナを放出する。
そこから漏れ出した、輝く糸を掴み取り、引っ張り出す。
だが――。
水の精霊素を励起できなかった様で、泥の塊は、音を立てて崩れ落ちてしまった。
「あ! ダメだ! 失敗した!」
ジジはその様子を覗き込み、俺を焚きつける。
「ほれほれ。ただ一度の失敗で落ち込んでおる場合ではないぞ。すぐに次を用意し、試みるのじゃ!」
でも、どの属性に親和性が高い精霊素かって、どうやって見分けるんだ? そういえば、師匠は、鉱物の組成を分析って言ってたけど、何か方法があるのか……?
遠慮せず、ジジに質問する。
「精霊素の親和性については、分かるぞ。色や匂い、手触りで知覚するのじゃ。ほれ、己にとってどの判別方が、最も適しておるか。試さねば分からぬ。まずは色からじゃ。視覚に頼らず、両目を閉じ、精霊素の励起された姿そのものを掴み取るのじゃ」
もう一度、ぬかるみから泥の塊を吸い上げ、柵の隙間を埋める。そして、今度は目を閉じて、掌から全体を覆う様に、マナを放射する。
すると、泥の塊の中で励起された精霊素が、それぞれ異なる色に輝いているのが感じ取れた。
「凄い……! 目を閉じているのに、光で感じ取れる……!」
その輝きの僅かな色の違いに注目する。
何だ? 色は混じり合って見えるが、少しずつ違っているみたいだ。全体的に黄色く見えるけど、少しだけ暗い緑が点々と混在しているな……。
先ほど失敗した時は確か、黄色く見えた。なら、この暗い緑の部分にマナを照射して――。
輝く緑の糸が風に揺れる様に、宙を泳ぐ。幾つも点在して顔を覗かせるそれを、ゆっくりと引き出して行く。しばらくして、隣からジジの歓声が聞こえたので、目を開けた――。
「おお! ドロドロだった部分が乾いた土壁になってる! これで、成功か!」
上手く水の精霊素を励起し、その力で泥の中にあった水分を取りだせた様だ。手を見ると、しっとりと濡れて、指先から地面に向かって雫が垂れていた。
「上手く行ったな! ……よし! 何度も試して感覚を――」
あれ? 今、世界が回って――。
酷い眩暈を感じ、同時に身体から力がぬけて行く。支えを失くし、そのまま背中から倒れ込む。その瞬間、何か柔らかい物に触れたが、意識はゆっくりと闇に呑まれていくのだった――。
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