眠り妨げし者
不気味な地下への入り口は、今もなお、冷たく、木漏れ日を吸い込んでこちらを見据えていた。
何だ? まさかここに入るつもりなのか?
ジジは好奇心いっぱいの瞳でこちらを一瞥し、すぐさま階段へと歩み出る。
「ま、待てよ! 本当にこんな所に入るつもりなのか!?」
「お、俺は反対だぞ……」と小さく呟くが、ジジは気にも留めていない。振り向きながら俺の手を取り、無理やりに引っ張り込む。
「意気地がないのう。自ら先んじて進み、男を上げようとは思わぬのかの?」
「ま、なくとも儂の想いに変わりはないが」ジジはそう呟いて、俺を不気味な暗闇へ引きずり込む。必死に抵抗するが、少しずつ暗中へ全身が呑まれていく。頭だけで振り向くと、木漏れ日に照らされた埃が白く舞う様子が見えた。
「ほれ、ただ一人で大精霊域へと乗り込んだ、あの時の無謀さは何処へ失せた? 蛮勇を示すなら今じゃぞ!」
ば、蛮勇は示しちゃダメだろ! くそ、こいつ。見た目にそぐわない凄い力だ。
階段をしばらく進んだ所で、何か冷たいモノが身体を通り抜けて行った気がした。その不気味さに身震いするが、ジジは慣れきった様子で平然と答えた。
「ただの霊気じゃ、恐れる必要はない」
ええ!? 霊気って何だよ! なんなんだよぉ!?
やがて、地上の光も届かない暗がりへと到達する。判別のつかない闇が恐怖心を喚起し、慌ててアイシャから渡された光る石を取り出した。辺りは仄かな光に照らされるが、家の地下と違って青く映った。
床は人口の堅い石で出来ているのか、自然のそれとは違い、滑らかでひっかかりがなく、足音は空間にこだまする様に明瞭に響いたが、並ぶ足音いがいは全くの無音だった。堅い床が押し返して来る感触は、暗い地下にあっても、自分の存在を明確に知覚させ、より一層、不気味さを助長する。そして、特徴的な雨上がりの大地の如き不可思議な匂いが嗅覚を刺激する。
不気味さに身震いしながら暗く肌寒い空間をゆっくりと見回した。
何だ……? 壁に挟まれた通路……? それに、壁際には何かが置かれてる?
そこは、幅は五メートル程の狭い通路となっていた。壁には何かをかける格子状の出っ張りがあり、そこに短い棒が置かれていた。ジジはそれを無造作に手に取る。
「ふぅむ。松明の燃え尽きた跡じゃな。もう再び火が灯ることはないか……。ふむ? 入り口の文言のわりには、昔は他者の訪問を許しておったのか……? それとも、管理者の仕業かの」
その時、薄暗く明かりも届かない奥で、何かが揺らめいた気がした。
「な、何だ!?」
背筋の震えが止まらない。ホ、ホラーゲームってのはさ。怖い目に遭ってるのは、作中の登場人物だからいいんだよっ! 自分がそのキャラになりたい訳ないだろぉ!?
揺らめく何かが徐々に近づいて来るが、ジジは全く恐れている様子はなかった。足音も立てずににじり寄って来る正体不明の揺らめきを悠々と睥睨する。
「ほっ。どうやら歓迎に出向いて来た様じゃな。儂は貴賓じゃぞ、丁重にもてなせよ」
青白く光る何者かの姿が闇に浮かび上がる。
それは――。
「く、首のない死体!?」
暗闇にうっすらと見えるそれは、確かに首から上がなく、右手には剣、身体は古く錆びついた鎧に覆われていた。
その何者かが恐ろし気な声を上げる。
「我が、墓所を、生温かい生で汚すとは……! 覚悟は出来ているのだろうな? そっ首たたき落とし、につかわしい姿にしてくれよう……!」
激しい動悸と共に、口は渇き、手汗が滲み始める。あの戦士たちと交戦した時ほどではないが、身体は目前に迫る危機に打ち震えていた。
ど、どうするんだ!? こいつ、俺を守るとか言ってたくせに、こんな危険な場所へ連れ込んで……!
隣のジジをみやると、涼し気な表情で首なし霊の言葉を受け流していた。その唇がにわかに動き出す。
「ほう? そのほう、この儂の姿を見てもその様な態度を崩さぬとは……。とんだうつけじゃな?」
首なし霊は激しく揺らめき、怒りを露わにする。
「貴様……! 我を誰だと心得る! その無礼な口、二度と開けぬよう塞いでくれるわ!」
よ、余計に怒らせてどうすんだ!? くそ! こうなったら反転して逃げるしか……!
ジジは余裕の態度を崩さず、さらに首なし霊を煽る。
「霊になり果てても、他者を外見で判断するのかの? ヒトであった時の習慣は、どれだけ時を経ても捨てられぬか?」
再び首なし霊は、青白い光を散乱させながら、声を荒げた。
「貴様……! 再三に及ぶ侮辱! 我らのはらからとなる用意は出来て――」
おかしな事にそこで言葉は途切れた。様子が変わったのを見て、成り行きを見守る事にする。
「は? へ? き、貴様!? き――い、いや、貴方様は……! もしや……!」
ジジは勝ち誇りふんぞりかえった。
「ようやっと気付きおったか。本質を望むなら、魂の気を捉えよ。いくら儂の見目が秀麗じゃからと言って、それに惑わされるとは、己が未熟を恥じるが良いぞ……?」
「は、ははぁ」首なし霊は跪き平伏した。頭ないけど。そして続ける「先ほどの非礼、何卒ご寛恕くださいますよう……! 生ある時であれば、この命をもって償う所存ですが、今はそれすら叶わぬ身でありますゆえ……!」心なしか声も震えている様だ。
ジジは面白そうに頷きながら返す「ほほう? では、今のそのほうなら何を差し出せると言うのじゃ? 面白いぞ、聞かせてみせよ」その答えに首なし霊はますます縮こまっている様子だった。あ、突然の事で思考が追いつかなかったけど、大体の力関係が掴めて来た。この首なし霊、何か可哀想になって来たぞ……。身体は落ち着きを取り戻し始め、動悸もおさまっていた。
「答えられぬのか……?」
平伏し、さらに頭を擦り付けているつもりなのか、首なし霊は落ち着きなく揺らめき、許しを請う。
「平に、平にご容赦を――!」
ジジは思案顔で首なし霊を見つめ、そして周囲を見回し何かに気付いた様だ。
「ほう? あれは――。ならば儂から一つ良いか?」
ジジの問いに、首なし霊は頭を上げてこちらを仰ぎ見ているのか、丸まっていた背中がわずかに伸びる。ああ、何か頭がないからややこしいな。てか、この声ってどこから出てんの?
「はっ。わたくしめに叶えられる事ならば何なりと――」
先に釘を刺して置いて、首なし霊は再び平伏する。
ふっへ。このおっさん、すっげぇ小物に見えて来たぜ。身体はすっかり平常時に戻っていた。自分の順応性にも驚きを隠せない。
「あの壁際の、棺じゃな? あれは誰の物じゃ?」
首なし霊は身体を動かし、そちらを確認し「はっ。あれなるはわたくしめの棺にございます」と言い、それを聞いたジジは楽しそうに提案しながらこちらを見た。
「うむ。面白い余興を閃いた。カイト。おんし、あの石棺の蓋を開けて見せよ!」
首なし霊は慌てた様子だが、何かを言おうとして口ごもった。成り行きを見守っていたが、突然こちらに話題を振られてしどろもどろになる。
「な、何で俺がそんな事を……!」
ジジは破顔し、俺の身体をぺたぺたと触ってみせた。
「な、な、な! またセクハラかぁ!?」
ジジは俺の言葉を不思議そうに復唱する。
「せくはら……? とは、何じゃ? まあよい。カイト、おんしの身体はおのこにしては貧弱すぎる。これも修行の一環と思え、見事、あの石棺を開いて見せよ! そして、儂の伴侶に相応しい威容を手にするのじゃ!」
首なし霊は俺を見ているのか、楽しそうに笑った。
「ふ、ふははは。真にございますな……! その様な脆弱な肉体で男であるとは、我らが生前にあれば、良い笑いものですぞ!」
く、くそ! こいつ! 小物のくせして……!
「分かったよ! やってやるよ!」
壁際に置かれていた。石の棺の隣へと移動する。
照らしてみると、長い年月を経て来たであろう、石棺は驚くほど保存状態が良く、まるで当時のままの様で、施された精緻な装飾もほとんど欠けることなく残されていた。描かれた紋様は死者の復活の物語か、或いは死後の世界でもあるのか、漫画の様に、一方向へ続いて見る様に出来ていた。
石棺の端の最後の部分には、光背を纏った神らしき者がヒトと向き合い、何らかの儀式を行っている図像があった。その手には光り輝く神器とおぼしき剣が握られている。
こういうの、考古学者とかトレジャーハンターなら大喜びしてそうだな。あ、盗掘者もか。
だが、残念ながら俺はどれとも違う。遠慮なく乱暴にこじ開けてやるぜぇ!
隣で相変わらず跪いていた、首なし霊を一瞥する。ふひひっ。見てろよこのおっさん! お前の棺を辱めてやる!
おもむろに棺の蓋に両手をかけ、渾身の力を振り絞る。
「ふ、ふんぐぐぐぐ!」
おもっ!? ぜ、全然びくともしねぇ!? 隣からはジジと首なし霊の笑い声が聞こえて来る。く、くそぉ!
「うおおおお!」
首なし霊は心底、面白そうに笑った「ふははは! 掛け声だけは一人前ですな……!」それにジジは呆れた様子で続く「はぁ、カイトよ。この体たらくでは、儂らの婚儀の日取りも遠のくぞ……」お、俺は、お前と、そんな約束した覚えは、ねぇぇぇ!
額から汗が噴き出し初め、腕と脚からは力が抜けてふらついて来たが、石棺は全く動く気配がなかった。やがて力尽き、その場に崩れ落ち、へたりこむ。
「くそっ! 何で俺がこんな目に……!」
その時、この場での騒ぎを聞きつけたのか、にわかに周囲が騒然とし始める。複数の声が同時に重なり、奥から青白い姿の霊たちが、揺らめきながら近づいて来た。
「何の騒ぎですかな? 何やら面白そうな事をやっておりますな。珍しいお客人もおいでの様だ」
「ここにずっと囚われて、何百年たったのか、いや、何千年? 退屈していた所だ」
「あら? 生者がこんな所へ何の用かしら?」
集まって来た霊たちがジジの姿を見つけ、次々に挨拶していく。それに尊大に返していたジジが一人の霊に注目する。
「ほほう? そのほう、ドワーフの身でありながら、このエルフの地へ埋葬されておったのか。そこへ至るには如何なる物語があったのか、実に興味深いぞ」
他の霊たちの背丈の半分ほどのその霊は骨や筋の浮き出た身体に、深い皺の刻まれた顔には目を覆い隠す様な眉毛が伸び、たくわえた顎髭は長く、複雑に編み込まれていた。
その老ドワーフ霊がジジに親し気に話す。
「ほっほっほっ。ぜひともお聞かせしたいものですが、生憎、生前の記憶はおぼろげでしてな。それも叶わぬのです。ご容赦ください」
ジジは「良い、許す。そのほうの記憶が確かであったなら、実に面白い話が聞けたのじゃろうが」と答えた。二人がそんなやり取りを交わしていると、突然、頓狂な声を上げた霊が俺に近づいて来た。
「あらぁ? 良く見るとイイ男じゃなぁい。ちょっと幼すぎる気もするけどぉ、あと数年もしたら食べ頃になりそうね!」
不気味な声だが、確かにその霊は生前は女だった様だ。その顔がさらに近づいて来る。
うえっ!?
余りにも酷いその容貌に寒気が走る。頭は割れて、骨が剥き出しで、流れた血は顔面を覆い、こびりつき、右目は半分とびだし、唇は頬にいたるまで裂け、歯が覗いている。生前はエルフだったのだろう、その象徴の長い耳は片方がちぎれて半分になっていた。
お、おげぇ!? 霊とは言え、ひどすぎる! ち、ちかよんじゃねぇ! どんな死に方したんだこいつ!? いや、良く見ると結構いい身体をしてるな……。古めかしい衣服に覆われた、豊満な胸や腰つきを眺めながら必死に顔から目を逸らした。
ジジは不満そうな態度を隠さず、その女霊と俺の間に立った。
「待て、この者は儂の連れ合いじゃ、気安く近づくでない。くふふっ。それに、そのほう。その容貌では、生者は恐れて誰も近づかぬじゃろうて?」
ジジはずけずけと歯に衣着せぬ物言いで、女霊をこきおろす。女霊はジジの言葉に「キイィィィ!」とマンドラゴラの様な奇声を上げ、悔しさに震えた。
その奇声に耐えられず両耳を押さえ縮こまる。聞いていると、命が削られる気がした。
やがて奇声がやむとジジはまた何事かを思いついた様で、楽しそうにこちらを見た。
「カイト、こやつらを相手に仕合ってみぬか? 良い鍛錬になると思うぞ? 此度は、あの力を使っても良い」
はあ!? 何いってんだ! あの危険な力をゲーム感覚で使わせる気か……!
「だ、ダメだ! 危険すぎる。下手すれば身体が壊れて動けなくなるんだぞ! 俺は、今日から修行だってのに、何かんがえてんだ!」
ジジは怪しげな視線をこちらに送る。
「これもその修行の一環よ。あの力、使いこなしてみたいじゃろう? 何、こやつらは霊じゃ。物理的におんしを傷つける事はない。身構えず、気楽にやるが良いぞ」
話を聞けぇぇぇ!
「そのほうら、このカイトと一つ仕合ってみぬか? カイトは身をかわし防御に専念させる、わずかにでも身体に触れたらそこで終いじゃ。見事、勝利した者には褒美を取らせよう!」
そう言ってジジはいつの間にか腰にぶら下がっていた巾着から何かを取り出した。
何だ? 光る……宝石? いや、確か、前にアイシャが似た物を見せてくれた。
そうだ! 精霊銀! エレスティアル!
霊たちは、その精霊銀を目にし、にわかに色めき立つ「おお、おお! 精霊銀ですな。その輝き、死したこの身にも眩しく映りますぞ!」とドワーフ霊「あらぁ、あたしに似合いそうな石じゃなぁい? いいわぁ、乗ってあげる」次々と言葉が続く「そんな物には興味はないが、仕合は面白そうだ。退屈しのぎにはなるだろう」霊たちは完全に乗り気になっていた。
「ふふ、ふははは! このわたくしめが、必ずご満足いただける結果をお見せしましょう!」
小物のおっさんもやる気だ。くそ! こいつには、絶対まけたくねぇ!
俄然やる気でてきたぁ!
周囲を見渡すと、霊たちが集まってきたせいか、青白い光で照らされ、幾らか判別の付く空間となっていた。この状態なら、仕合をするのにも問題はないだろう。
まんまとジジの思惑に乗せられてしまった気もするが、本心ではあの力を使いこなしてみたいと感じているのか、何処か得体の知れない高揚感に満たされながら、その時を待った――。




