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月光の如き魔性

 少女の変身の様子を見守っていたらアイシャが悔しそうに震えながら声を上げた。


「ず、ずるいよ! そんな可愛い耳に――! 綺麗な飾りまで付けて! わ――」


 「私にも」と続くのだろうか? そこで言葉は切られた。少女はアイシャをライバル視している様だが、アイシャ側にも思うところがあるのかもしれない。これ以上、この少女の前で醜態を晒すのは得策ではないと思ったのか。


「何じゃ、何じゃ、その様な涙目で顔を紅潮させよって、くふふっ。言葉がなくともそなたの心は手に取る様に分かるぞ。……素直なのは良い事じゃがな、のう? カイトよ?」


 少女は顔を動かし俺の表情を窺う様に見た。


「な、何だよ。俺はお前の耳に何も感じてなんかいないぞっ!」


 少女はクスクスと笑い、言葉を続ける。


「先ほどから握った手が落ち着きなく動いておる様じゃが、これは何に感じておるのじゃ? 素直でないのは感心せぬのう」


 くそぉ! こ、こいつ、完全に見透かしてやがる……! うぐぐぐ、俺の両手よ、鎮まれ! こいつにこれ以上の追及材料を与えないでくれ……!


 とはいうものの、抑えがたいモノは抑えがたい。美しい少女に可愛らしくも何処か気品を感じさせる耳……。耳に触れる所か、その場で抱きしめたい衝動が湧き起こって来る。


 だが、その時、髪の隙間から見えたあるモノに強烈な違和感を抱いた。

 先ほどまでの欲望など忘れて、両手を動かしていた。


 そう――少女の頭の側面には――。


「お前! ここに人の耳がある! 四つ耳になってるぞ!」


 突然みみに触られた少女は「ひゃん」と可愛らしい声を上げた。


「ななな、何をするのじゃ! 無礼者! 儂の高貴なる耳にぶしつけに触れるとは……!」


 んん、やっぱり触られるのは苦手なんだな……。くくく、これは良い交渉材料が手に入ったぜ……。ま、今はそれどころじゃないんだが。


「いいから、頭に狐耳を生やすのなら、ここにある人間の耳は消さないとダメだぞ!」


 少女は紅くなりながらも、不思議そうな面持ちで尋ねる。アイシャも同じ様な疑問符を浮かべた表情でこちらを見ていた。

 ふむ、この文化は彼女たちには早かったか……。


 だがぁ――!


 獣耳の宿命として、この事実だけは伝えておかなければな!


「狐耳が耳の役割を持つんだから、こっちの人の耳は必要ないだろ? 四つも耳があったら不自然なんだよ」


 少女はしばらく沈黙していたが、アイシャが代わりに口を挟む。


「どうしてなの? 別に四つあってもいいでしょ? この辺りの動物たちにもたくさん耳がある子がいるよ? 多い方が感覚が鋭敏になって得じゃないの……?」


 くくく、分かってない。分かってないなぁ。


「違うんだ……。これは損か得かとか、そんな次元の問題じゃないんだ――!」


 そう――それは――!


 二人は生唾を飲み込みながら俺の言葉を待った。


「美意識! び・い・し・きの問題なんだぁ!」


 二人はきょとんとした表情でこちらを見た。そんな様子に構わず鼻息荒くまくしたてる。


「獣耳は確かに美しく、愛らしい! だがぁ、その良さを十全に引き出すには不自然な人の耳は排する必要があるんだぁ! 分かるか!? 美とは、足せばいいってモノじゃないんだよ!? 分かっただろ!? さあ――」


 アイシャがまくしたてる俺の言葉を遮った。その声音からはこちらの剣幕に引いているのが分かった。だが、その様子がすぐにこちらをからかう雰囲気を帯びて行く。


「もう! また変な所で興奮して――! カイトの事だから、美しさとか言ってるけど、ホントはえっちな事を考えてるんでしょ! お姉さんは全部お見通しなんだからぁ!」


 うぐぅ!? お、俺の至極全うな美意識にそんな言葉をぶつけちゃう!?


「ふむぅ。何が何やらまだ飲み込めぬが……。おんしが、そちらの方が美しいと言うのならば、それに従ってやるか……」


 アイシャの反応とは打って変わって、少女は素直に俺の言葉を聞き入れてくれた様だ。触っていたはずの人の耳は、いつの間にか消え失せて、柔らかい髪の触感だけが残っていた。

 その様子にアイシャが不満げな声を上げる。


「もう! ダメだよ! カイトはえっちな事ばっかり考えてるんだから、そんなに簡単に従ったら次はどんな要求をしてくるか分からないよっ!」


 それに対して、少女は頬を紅く染めながら、こちらを一瞥し、すぐに逸らし伏し目になる。だが、その横顔は何処か幸せそうだった。


「良いのじゃ。カイトが、儂の姿を美しいと言った。……それ以上の褒美はない。だから、これで良いのじゃ……」


 ぽつりと呟かれた言葉が反響する。

 胸を締め付けられるような、いや、心の内から熱い何かが溶けだしていく様な、不可思議な感覚が渦巻いた。

 や、やべぇ。今、俺、こいつの様子に心を奪われて――。


 無意識に、後ろから抱きしめそうになるが、その動きを察したアイシャがすかさず右腕を掴んだ。


「あててて!」


 アイシャは俺の目を見据え、侮蔑の表情を浮かべる。


「ふふぅん。今、この子にえっちな事しようとしたでしょ? 絶対! させないんだから!」


 そう言って、アイシャは俺の右腕を捻る。


「いだだだだ! も、もう、降参する! な、何もしないから離してくれ!」


 アイシャはぶつくさと文句を言いながらも、腕を離してくれた。その後も小さく不満そうに呟き続ける「もう! すぐえっちな事をしようとするんだから! 私にだけ興奮してればいいのに――!」そこで自分の言葉を振り返って、問題点に気付いたのか、赤面しながら慌てて否定した。


「な、なんでもないからね! 私は何も言ってないんだからぁ!」


 俯いていた少女は顔を上げ、溌剌とした表情でこちらを見た。その美しいオッドアイには膨れ上がる喜びが輝きとして宿っていた。


「さて、耳の話はこれで終わりじゃ、次は後ろ髪じゃ、これをどう変えたいかおんしの心が再び試される時じゃぞ!」


 え!? 女性の髪型ってあんまり意識した事ないっていうか……。好みとか……。え!?

 俺の心の戸惑いも素知らぬふりで少女は再び先ほどの体勢を取り、集中している様だった。


「え、髪型も自由に変えられるの――!? じゃ、じゃあ、私の好みを言っていいかなっ?」


 嬉しそうにアイシャが話すが、少女はその言葉を制止し、切り捨てた。


「ならぬ! これは、カイトのためにしておるのじゃ! そなたの好みなぞ初めから眼中にないわ!」


 「むううう!」アイシャは不満そうに膨れながら、両腕を震わせる。


 くっ! しくじったぜ、お、女の子の身体を胸ばっかり見てて、他に注意を払わない人生だったとか口が裂けても言えねぇ! そんな俺にこんな日が来るとは……!

 そ、それも全て幼き日のあの体験が強烈すぎて――! そう、あれが全部悪いんだ!


 過去の体験を想起し、現実逃避している間も、少女の儀式は続く。

 思えばアイシャが初めてだったんだな、全身に興味を持ったのは。


「ふむ? ふむ、ふむぅ。……何じゃ? 先ほどまでは、直ぐに何らかの図像に行き当たったが、これは中々みつからぬのう……」


 うおおお! 俺の心よ頑張ってくれぇ! 何か、何か記憶の片隅でもいい! 良い案を、こいつを喜ばせる様な……!


 目の前の少女の後頭部を見つめながら自分の気持ちの変化に気付く。

 あれ……? 俺、いつの間にかこいつが喜ぶ姿を求めてる……? い、いやいや! 俺の心にはアイシャがいるんだ! 雑念は振りきれ……!


 頭の中でそんなやり取りをしていると少女が小さく感嘆の声を上げた。


「ほう! これは――、これは中々に良いぞ!」


 何だ? 何か見つけたのか……? 俺の心に女性の髪型に関するデータなんてそんなにないはずだが……?


 少女は小さく、だが、嬉しそうな声を上げながら自身の髪型を変えていく。全自動で変化する目の前の光景に、唖然としながらその成り行きを見守った。


 え? こ、これって――。


 編み込まれた毛束が首筋で収束し、後頭部に円を描いていく、そして上部でつながった箇所から更にポニーテールの様に髪が垂れ下がっていく。ヘアピンの様な物は見当たらないが、髪の毛はほどける気配はない。これも秘術なのだろうか。


「ふむ、ふむ。編み込みの輪の美観を損なわぬ様に、後ろでまとめた髪は薄くすいて毛束を数本に分けて流す。良いぞ、これならどちらの美しさも楽しめる。……それに、何とも華やいだ雰囲気ではないか……!」


 少女は嬉しそうな声を上げるが、アイシャは不満そうだ。頬を膨らまして、今にも噛みつきそうな勢いでまくしたてた。


「ずるいよ! そ、そんな髪型! 普通の髪の毛だったら毛量が足りなくなって出来ないよ! 髪の長さも自由に伸ばせるなんてずるすぎるんだからっ!」


 もはや涙目だな。それを勝ち誇った表情で見据える少女の横顔は輝いていた。


「くふふっ。いい加減に負けを認めるのじゃな。さすれば、儂の侍従として甘い汁を吸わせてやらんでもないぞ」


 アイシャはその言葉に更に噛みつく。


「絶対! 認めたりしないもん! 私だって側頭部の編み込みを頑張って作ってるもん! カ、カイトは髪型を褒めてくれなかったけど――、じ、時間のない時は、そのままでいたりするけど――!」


 言いたいこともまとまらないままにアイシャは口ごもってしまった。

 その様子を見て、少女は追い打ちをかける。


「くふふっ。儂ならどんな難しい髪型も、ほれ、この通り、一瞬で作れてしまうのじゃ! そなたには初めから勝ち目などないぞ……!」


 後頭部に手をやりながら自慢げにそれを揺らして見せた。

 銀色に輝くそれが眼前で揺らめくが、俺の目は露わになった首筋に吸い寄せられていた。

 ふ、ふぐぐ。指先でなぞりたい衝動が……。だ、ダメだぁ。耐えるんだ、触ったら負けだ……。そうやって耐える間も美しい銀の髪は少女の動きに合わせて揺らめき続けた。


 何だこの拷問は……。


 しかし、この髪型って……。アレだよな……。そう――、俺が落として来た数多のゲームのヒロインの中で唯一、胸の小さかったあのキャラの――なんて、なんて因果の廻りなんだ……! 忘れていた、俺は髪に恋をした過去もあった事を――。


 今、その髪型をした少女はアイシャをも越える双丘を宿して俺に迫りくる……。まさに完璧な存在だ。

 現実はゲームも越えるんだなぁ……。


 眼前で繰り広げられる喧騒にもとらわれず、心は思索にふけっていた。


 そういえば、こいつの胸には名前を与えていなかったな……! お、お、お――とか、口に出せないし、頭の中でも再生できない禁句だ!

 それに代わる何かいい名前を――。


 ふむ。何も胸の大きさや形にだけ拘る必要はない。その人物の他の特徴を備えた名称でもいいはずだ。

 そう――例えば。

 銀色の美しい髪はアイシャの金の輝きとは違って、月の閃光の様な厳かで神聖な雰囲気を醸し出している。……それになぞらえて、銀――。


 『銀閃の双丘』!


 おお! いいじゃないか! どこか男心をくすぐる闇を裂く月光の様な鮮烈な響き――!

 それでいて、双丘じしんは正に心を鷲掴みにするパワーがある。


 これはいいぞ!? 百年に一度の妙案と言えるな! いや! 千年か!


 く、くくく。俺の名は四畝波海兎――。『豊かな実り』と『銀閃の双丘』の二人を従え漆黒の鎧を身に纏った聖騎士! 俺の剣はひとたび振るえば、空を裂き、大地は震え、巨岩すらも紙の様に断ち、海は割れ――。


 むにっ。


 情景に相応しくないおかしな擬音と共に、妄想の世界から引きずり出された。それと共に、右頬に痛みが走る。


「あってぇ!」


 良く見ると、アイシャが俺の右頬をつねっていた。不満そうな瞳からは侮蔑の色が見える。ああ、やめて――そんな目で俺を見ないでぇ。


「もう! カイトったら! さっきから何回よんでも上の空なんだから! また一人でえっちな事を考えてたんでしょ!?」


 そんな事してないもん!


「もう貴方も、早く膝から降りた方がいいよっ! こういう時のカイトに乗ってたりしたらそこが大変な事に――」


 この家で起きた過去の悲しい事故を思い出していたのだろうか。そこまで言いかけてアイシャは我に返った様に、目を丸くし、俯いて黙り込んでしまった。

 それを少女はおかしそうに笑いながら尋ねる。


「くふふっ。何処がどう大変な事になるのか、一から丁寧に教えてくれぬかのう? どうにも儂は不勉強でな。そなたの言わんとする事が分からぬ」


 俯いて震えるアイシャは「そ、そんなの言えないもん……」と小さく呟いた。


「くふふっ。全くうぶな小娘じゃな! 口に出来ぬのでは伝わらぬぞ?」


 少女は嬉しそうに俺を見やり、一言。


「くふふっ。のう、カイト。儂ならいつなんどき大変な事になっても準備は出来ておるからな!」


 そうして下腹部を一瞥する。

 あ、何か。このセクハラを受けてると、さっきこいつにときめいていた自分が馬鹿に見えて来た……!


 少女は口元に人差し指を添え、ねだる様な表情でこちらを見る。


「のう。それよりもカイトよ。此度は美しいとは言ってくれぬのか? 儂は先ほどから期待の眼差しをおんしに送り続けておったのじゃが……?」


 うおおお!? やめろぉぉぉ。ヘンタイから純真な乙女に早変わりしてるんじゃねぇぇぇ!


 少女の期待の眼差しに晒されながらも、心はまた複雑な空模様の如く、揺れ動いていた。二人の美少女に挟まれる形になってしまった心に、安息は訪れるのだろうか――。

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