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気が付けば、異世界サバイバル

 自分の置かれた状況を把握したので、思考を整理していたが、急激に沸き起こる「ある感覚」にとらわれた。

 これは――。


 腹部が不満げな呻き声を上げる。


 空腹だ。


 無理もないか、前回からどれだけの時間、食事をとっていないのか、それも明確ではなかった。先ほどまでは、空腹感を覚える余裕もなかったと言うことか。


 一度、感じてしまえば止まる訳もなく、空腹感は膨張する風船のように強くなっていった。今、食べておかないと、この見知らぬ場所で大きな不利を被るのではないか? そんな思いが心の容量を圧迫し、溢れ出しそうになる。

 是が非でも食べなければならない。強迫観念の様なものが芽生えてくる。


「ダメだ! もう耐えられなくなってきた」


 とは言うものの、この周辺に食べられそうな物はあるのだろうか? 


「森の中で食べ物が見つかるとしたら、木の実くらいか?」


 現実で遭難した時にどうするか? そんなシミュレーションは一度もしたことがないが、無人島でのサバイバルゲームの類なら、木の実の採集、動物や魚の捕獲から食糧を得るのが、通例ではあった。その中で現実に置き換えた場合にも通用すると思われる、最も初歩的で簡単なのが、木の実の採集だろう。


「とりあえず、この空き地の周囲にそういう木がないか、くまなく調べてみるしかないか……」


 視界を塞ぐ様に張り出した木の枝をかきわけ、あまり奥に踏み込まない程度に、空き地の外を覗いて調べていく――。

 丹念に、見落としがないように、時間をかけて周辺を調べた。

 腹が減って精神の調和を失っていたはずだが、状況を理解しているのか、今は暴れる様子はない。


 十数分は経過したのだろうか――? ある一帯に伸びる一本の木に、幾つもの小さなまばゆい光を見つけた。空き地の内側に迫り出した部分は、日の光を受けて、宝石の輝きと見紛うほどだ。


「赤い――、木の実?」


 何だ、わりと一般的な色だな。『異世界』と言うからには、虹色の実とかそんなのが普通に生っててもおかしくないと思っていたが。

 小さな宝石のような赤い実は、美味しそうで、警戒心を抱かせるには、程遠い見た目だった。思わず一つ手に取ってみたくなる。


「これは――、木苺とかそういう類かな? 食べても大丈夫そうだな……」


 腕を組み、顎に手を当てて、考えてみる。

 いや、しかし――、もしも毒があったらどうする? その時は、潔く死を覚悟すればいいさ、なんて単純な話ではなかった。何も、全ての毒物が、すぐに死に至る様な劇毒を有しているとは限らない。


 徐々に生命を蝕む様な、遅効性の毒の可能性もあるのだ。

 そんなものを口にした時には――、悲惨だな。

 直ぐに死ぬ事も出来ず、地獄の苦痛を味わいながら、意識が途絶える時を待望することになる。人生の終わり方としては、最悪の部類と言えた。


「でも、食べない事には、これ以上の探索は無理だな」


 毒があったと仮定しよう。その場合は、味覚が毒を感知してくれるのだろうか?

 人間には、五感がある。最初から味覚と限定したのには訳があった。

 他にも毒の有無を調べられそうな感覚……。視覚や嗅覚に頼るのは、まっとうなやり方とは思えなかったのだ。何故なら、どちらも食欲を刺激するだけで、この木の実を一切、警戒していなかったからだ。


「苦さ、酸っぱさ、辛さ、えぐみ。そういう味がしたり、何か違和感があったら直ぐに吐き出して、飲み込まなければ大丈夫なんだろうか?」


 他には、舌の痺れとかでも判断できるかも知れない。どちらにせよ、リスクを伴う行為だった。今すぐに食べなければ、命の危険があり、間をおかず死に至る、それほどの飢餓感がある訳ではない。とても空腹ではあったが、それを満たすためだけに、危険を冒す価値が、この木の実にはあるのだろうか。

 いくら考えてみても、現実は変わらないし、思考もまとまらなかった。


「うだうだ考えていないで、口に入れてみるしかないんじゃないか」


 そうに違いない!

 口に出してみて、無理やり覚悟を決める。


 またもや腹部が低く情けない呻き声を上げた、主張の激しさは主とは似ても似つかない。


 おそらく胃は、早くそれを口にしろと言っているのだろう。両手で腹部を押さえてみたが、そんなことで空腹感がおさまる訳はなかった。

 我が胃ながら、警戒心が薄いやつだな。そんなことでは、早死にするぞ?

 胃に言い聞かせる。


 答えるように、低い唸りを上げる。反抗心は上々な様だ。


 堪えきれずに吹きだしてしまった。自分の身体とは言え、呆れるな。『異世界』にあっても全く緊張感がない。いや、続いていた緊張が緩んだからこそ、こうなのだろうか。


 両手の拳に力を入れ、気合を表してみる。


「よし、食べよう。決めた」


 目標を見据えながら、手を伸ばし、木の実をつまみ力を入れる――。

 想像よりも、しっかりと枝につながっている様だ、このくらいの力では取れそうもない。

 だが、指に返ってくる感触からして、それ以上に力を込めれば、潰してしまいそうだ。それでは徒労になる。経験は得られるだろうが、初手でも成功させるほうが得なのは間違いない。木の実をつまんだまま、少しだけ考える。

 捻りを加えてみるか。


 捻ると案外、簡単に木の実は取れた。

 それを、細部を確かめながら、口元に運ぶ――。


 生唾を飲み込み、一呼吸おいて口に入れた――。

 まずはひと噛みだけ、続きは味を確かめてからだ。


 これは――! 美味い!


 木の実は想像以上に美味しかった。糖度が高そうで、それでいて上品な甘味、嫌な雑味もしない。少しだけ酸味があるのが気になったが、これは、甘酸っぱいと表現されるものだろう。間違っても毒の味ではなかった。

 まあ、『苦い薬に甘い毒』、という可能性もあるのだろうが。既にそんな考えも浮かばなくなっていた。一言で表すなら、その木の実の虜だった。

 もう警戒心はお留守だ。


「これはいけるなっ、見えている分を全部たべてしまうか?」


 見境なく木の実に手を伸ばし、さっきの要領で捻り取っていき、それを次々に口へと運んだ。一粒ずつでも格別に美味いが、口の中で待機させつつ、複数個を、同時に噛んだ時の味は極上だった。

 そうこうするうちに――、手の届く範囲の木の実を全て取り終えてしまった。

 口の周りは木の実の赤い汁で汚れ放題だ、それを上着の袖口で乱暴に拭った。


「腹いっぱいとはいかないが、大分、空腹感は紛れたな。それに美味かった!」


 空腹を満たすことばかりを考えていたが、水分も不足していたはずだ。瑞々しい木の実は幾らかの水分も補給してくれただろう。消化には時間がいるだろうが、少しは動ける状態になったかも知れない。


「さて、探索を続行しないといけないな」


 そうつぶやいた所で、ある可能性に気付いた。

 この周辺で折れた木の枝でも発見できれば、手の届かない所の木の実も取れるかも知れない。いい考えだ。食糧の供給に不安があるのなら、発見した場所からは出来うる限り取って携行するべきだ。


 木に登るという選択肢もあるが、それは落下や、幹や枝、棘などを掴んだ時の手の怪我の可能性、重い体を持ち上げる際の筋肉への負担を考慮すると次善策にもならない。体調はできるだけ良い状態に保ちたい。

 木登りの達人ならば、真っ先に選ぶのかも知れないが、残念ながら素人だった。


「枝が落ちてないか探すか、なければその辺の枝をへし折ってもいいかもな」


 木の気持ちなどお構いなしである。


 再び、空き地の外を覗き、枝さがしを始めた。だが、これは思った以上に簡単なクエストだった様だ。少し調べたら、木々の間に丁度いい太さ、長さの枝が落ちているのを見つけた。


「これは使えるかな? とりあえず試してみるか」


 発見した果実の木へ駆け出したくなる気持ちを抑えて、できるだけ平静を装いながら戻る。気持ちが高揚しているのが感じ取れたが、無駄な体力の消耗は禁物だ。


「さてと、まずはこの枝を装備する訳だが」


 枝を持ちあげ、顔の前にかざす。目を細め、枝を隅々まで調べた。持ち手になりそうな部分を見つけたが、力を入れてこれを振り回せば、手の平や指に怪我をしてしまうかも知れない。


「うん、特にささくれた部分とかがある訳じゃないけど、樹皮の堅さや、枝の重さから考えて、素手で振るのは良くないだろうな」


 そうなると当然、問題が生じる。この世界に来た時に、衣服いがいの持ち物は全て失われてしまった。使えそうなものは服しかない。


「上着を脱いで、持ち手の部分に巻き付けて覆ってみるか、それで擦り剥いたり、裂けたりする危険も少なくなるはずだ、下にはシャツを着てるから裸になる訳じゃないし、日光の当たるここでなら脱いでも問題ないだろ?」


 有限実行あるのみ。直ぐに試してみた、上手く結び目を作れなくて、少々、苦労はしたが、即席の「振り回せそうな棒」が完成した。

 「振り回せそうな棒」を両手で握りしめ、頭の上に持ちあげて構えを取る。

 高い場所の、なるべく細目の枝に狙いを定めて振り下ろした。


 軽い音とともに枝が少し揺れたが、この程度の衝撃では枝を折るどころか、木の実を落とすことも出来ないようだ。

 もう一度、さっきより力を込めて叩いてみた!


 弱々しい打撃音が虚しく響いた。びくともしない。枝のしなやかな弾力と生命力を見くびっていたようだ。


「くそ! 全然ダメだ! こうなりゃ、木の実を直接はたき落とすか」


 それは危うい選択でもあった。もし木の実を潰してしまったら、元も子もない。主客転倒というやつだ。


 今度は、両手で握った枝を右肩にできるだけ近づけた。最小限の遠心力を加えるためだ。

 狩人の目つきで狙いを定め、木の実に枝を近づけて、かすめるようにはたく!

 小気味よい音と共に、木の実は独楽の様に回転しながら、放物線を描き地面に落下した。目を凝らしてよく見てみたが、表面に少し傷が付いたくらいで、食べるには問題なさそうだ。


「土を払わないと、結局のところ食べられない訳だが。いや、無理して食えなくもないか? 腹こわすかな?」


 再び、枝を構える。今の感覚を覚えているうちに、次の木の実を狙った!

 間髪入れずに次々と木の実を落としていく。

 しばらくすると、地面には十数個の木の実が散乱して赤い輝きを放っていた。幾つかダメにしてしまったが、ほとんどの実は少しの傷で済んでいた。


「上着の左胸のポケット、ズボンの両側のポケット、持ち運ぶならそこに入る分だけだな、このくらいにしとくか」


 上着を枝から取り外し、再び着用した。そして木の実を拾い上げ、慎重にポケットに詰めていった。

 枝は無暗に使えなくなるが、食糧の方が重要だよな。

 堅い枝を握りしめ、軽く振ってみる、長さ、重さからして携行するには邪魔かも知れない。何が起きるか分からないからこそ、武器になりそうな物も持っておきたいが、常に手に持っているのでは、不便なのは間違いなかった。


「どうする? ここに捨てていくか?」


 持ち物の取捨選択はサバイバルでもローグライクでも基本だ。持てる量に限りがあるからこそ工夫し、その時々の判断で最も有効な一手を選び出すのだ。


「もったいない気もするけど、捨てるか。じゃあな! お前のおかげでたくさん食糧を入手できたぜ、ありがとよ」


 感謝の念を込めつつ、その場に枝を落とした。


「準備も出来てきたし、森に踏み込むことを考えないと」


 正直に言って、恐ろしかった。鬱蒼とした森は、日光が入りにくく、体感温度も下がるだろうし、何よりも薄暗い。何かが暗がりに潜んでいても気付かないかも知れない。それに、どうみても目印の様なものはないため、木の幹に傷を付けて、自分の通った道筋を記録する必要があった。それを怠れば、進むべき方角を見失い、瞬く間に迷子になってしまうだろう。

 この空き地に留まっても、ここで衰弱するのを待つだけだろう。進める場所は周囲の森しかなかった。


「また新たな問題か。幹に傷をつけられそうな適当な石でも探さないとな」


 空腹が紛れたからか、気力は食前よりは向上している様だった。決断も早くなっている。やはり、空腹は精神面に悪影響を及ぼすのだ。


 間をおかず、石探しに入った。地面をくまなく調べていく――。


 しばらくして、数個の使えそうな石が見つかったのだが、やはり問題があった。鋭く尖った石じゃないと役に立たないのだが、尖っている箇所が多すぎた。


「これをそのまま握って使うと、手は血まみれだろうな……」


 考えるだけで、痛そうである。


「どうする? このままじゃ使えない、かと言って目印なしにあの森に入る気はしない」


 先ほどの枝の加工を石にも施してみるか、だが、森に入るからには、保温を考えた上着は欠かせない。脱いで使う訳にはいかなかった。不格好でとても名案とは言えないだろうが、この尖った石を使って、上着の一部を引き裂いてみるか。


 さっそく加工に入る、細目で出来るだけまっすぐな枝を拾って来て、それを定規替わりに右の袖口に当てた。

 手を怪我しない様に、慎重に石を扱い、少しずつ擦り取る様に、切れ目を入れていく。ある程度の筋が出来上がった時点で、小動物を撫でるような絶妙な力加減で引き裂いた。


 上着の袖を容赦なく破りとった。

 この服は結構お気に入りだったんだが、背に腹は代えられないよな。


「よし、加工、完了。後は、こいつをさっきの石に巻き付けて――。あ、そっか。何か縛るものがないと完成しないぞこれ」


 縛るものといえば、紐だろうが、履いている靴から取るのは論外だ。何が落ちているのか分からない場所を裸足や、足元に不安がある状態で歩く訳にはいかない。かと言ってこれ以上、衣服を引き裂くわけにもいかなかった。それに、紐状に加工するのは、今の工程の数倍は難しそうだ。


 だとすると、使えそうなのは、木や草の弦か……。


「ほらほら、四の五の考えずに、ちゃっちゃと探す!」


 両手で頬を軽く叩いて、気合を入れた。森の中で何も分からないまま夜になるのは最悪の展開だ。太陽の位置からして、まだ正午あたりだろうが、無駄にできる時間はなかった。太陽が地球より早く沈む可能性もあるが、余計なことは考えないでおこう。


 幸い、使えそうな弦も直ぐに見つかった。着生植物というのだろうか?その辺の木に垂れ下がっていたそれをちぎり取り、より上げ、複数を束ねた。切れるリスクがゼロではないだろうが、それなりの強度はありそうだった。


「これをさっきの当て布をした石に巻き付けて、結んで、っと。よし! これで完成だ!」


 その辺の木に適当に傷をつけ、印を彫ってみた。多少ぎこちなくはあるが、傷をつける用途としては問題なさそうだ。かすかに刺すような感触はあるが、怪我をする程ではない。複数の突起の問題も解決した様だ。


 もう一度、周囲を見渡してみる。


「全方位が森だから、どこから入るか決めないといけないよな」


 決めるための判断材料は持ち合わせていない。何か使えそうなものは――。


「そうだ! あの倒木の先端が指している方角から進んでみよう!」


 判断基準がない以上は、どう選んでも同じかも知れないが、適当に指した方角にするよりは、良い決定方法だと思いたかった。


 心を落ち着かせるために大きく息を吸いこみ、深呼吸をする。


「これで、準備は出来ただろうか? 森へ入るぞ、どうなるか分からない、道しるべを残してもここには帰ってこれないかも知れない。――でも、行かないと! 前に進まなければ、ここで朽ち果てるだけだ!」


 決意を胸に森へと踏み出す。願わくばその道程が安寧であるように……。


 牛歩ではあるが、提示される問題をひとつずつ解決していき、『異世界』サバイバル生活、初日は順調な滑り出しに思えた――。

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