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幸運をもたらす金色の宝石

 しばらく花畑の光景に見入っていたが、先ほど見かけた『ある物』が頭をよぎったために、興味の対象が少しずつ遷移していく。


「なあ。次はあっちの菜園に行ってみないか?」


 そう言葉にした俺にアイシャが目を向けた瞬間に、彼女の表情は一変し、目を丸くした驚愕の様相を取る。それだけではなく突き刺さる様な視線を感じた。

 その熱い視線はどうやら俺の右手の指あたりに注がれているらしい。ここに何かあるのか? ……そういえば、さっきから何か指に違和感があった様な……?


「そ、その虫! カイトっ! 動かないで! 捕まえるからっ!」


 その言葉の強さに途端に不安になる。もしかして酷い毒虫が取りついてるのを見つけたとかか!? 自分の想像の恐ろしさから指が震え出し、中々その正体に目をやる事が出来ないでいた。


「も、もう! 動いちゃダメだってば! 逃げちゃうでしょ!?」


 んん? 逃げられると困る? って事は、指にくっついていても問題ない? むしろそのままの方がいい? ……何だ。毒虫って訳じゃないのか。不安が晴れたために思い切ってその姿をとらえる。

 見た瞬間、輝くサファイアの様な姿が日光を反射し、網膜を焼いた。


「うおっ! まぶしっ!」


 眩しさに耐えられず思わず身じろぎしてしまう。それにアイシャは不満気な声で抗議した。


「もう! 幸運を呼ぶ『青いテントウムシ』だよっ! この森じゃそんな噂話があるくらい希少な虫なんだからっ! 逃げちゃったらカイトのせいだからねっ!」


 そんな事を言われても、眩しいものは眩しいのだ! そんなに大声出したらそっちに驚いて逃げ出さないか? てか、『青いテントウムシ』だって!? 確かにレアな気がする色合いだな! 日光側に左手をかざし、もう一度その姿をとらえた。上手い具合に影が出来て今度は目潰しを受ける事もなかった。少しの暗さなど問題にせず輝く宝石の様な体に息を呑む。


「うわあ! 確かにこれは見事な青い色だな。思わず見惚れてしまった!」


 その言葉にアイシャは満足気に頷きながら再び繰り返した。


「そうでしょっ! じゃあ、捕まえるからぁ。じっとしてて……ねっ!」


 言い終わるのが先だったのか、行動が先だったのか。アイシャは目にも止まらぬ動きで俺の右手に腕を伸ばしていた――。だが、そのままの速度で衝突した訳ではなく、ぶつかる瞬間に和らげた様だ。ふわっと形容されそうな優しい肌触りで指が包み込まれていた。

 んむぅ? こ、これは、ちょっと興奮を禁じ得ないかも!?

 やがて結果を確かめる様に少しずつ覆っていた手は開かれた――。


「ああっ!」


 その瞬間に空気を震わす小さな羽音と共に青い光が迸り、残像を描きながら空中へと逃れて行った。その姿は一瞬で付近の深い草地へと紛れ込み、見えなくなってしまう。……どうやら逃げられたみたいだな。アイシャの方を見ると、彼女は落胆を隠せない様子だ。先ほどから手を広げた時のポーズで固まって、目はテントウムシの逃げた草むらを見つめていた。


「うううぅぅぅ! あと少しだったのにぃ!」


 今度は頬を膨らませながらこちらを見る。その目には心なしか落胆だけでなく怒りの色も見える様だ。


「もう! 今の絶対カイトのせいだよねっ!? ねっ!? あんなに動かないでって言ったのにぃ!」


 えええ!? そこでこっちに矛先が向くのか!? これはかなり理不尽なものを感じるぞ!?


「い、いや!? 俺は言われた通り「ほとんど」動いてなかったって! 確認する時にもっと慎重さが必要だったんじゃないかな!?」


 アイシャはとても不満そうだ。


「それにやっぱり、希少な虫を捕まえようって言うんだから手ぶらじゃなくて然るべき装備をしないとな! 虫取り網とか!」


 これは非の打ち所のない正論だな!


「そんな虫取り少年みたいな道具の準備なんてないもん! 絶対、絶対! カイトのせいだもん!」


 ここで譲るつもりは毛頭ないらしい。はあ、困ったお姉さんだな……。


「さっきの虫がこの近くに住んでるって分かっただけでも良しとしようぜ? また会えるかも知れないだろ? 捕まえたければ、その時にもう一度チャレンジすればいいさっ!」


 これで治まってくれるといいのだが……。


「カイトはどうあっても責任逃れをするつもりなんだねぇ。お姉さんちょっとがっかりだな! でも今の言葉は前向きに考えてあげるよ」


 うぐぐ、どうあろうと俺の失態にするつもりらしい……。まあいいさ。良く見るともう目は笑ってるし、本気で怒ってる訳じゃないらしい。……俺もまたあの虫を見たくないかと問われれば、間違いなく見たいと答えるけどな。

 自然相手じゃ思った通りには行かないよなぁ。ん? でも捕まえてどうするつもりだったんだろうか? 幸運を呼ぶとか言ってたから飼育するのかな? 真相は知れず、だな。


「なあ? 幸運って言っても運にも色々あるよな? 具体的にはどんなのに期待してたんだ?」


 やはり気になるのでつい口に出してしまった。

 アイシャは少し思案気な様子だったが、考えがまとまった様でおもむろに語りだした。


「それはねぇ。カイトの言った通りで色んな事が上手く行けばいいと思うけどぉ、一番! 気になってるのはねぇ……」


 息を詰めて言葉の続きを待つ。


「ずばり! 結婚運だよ! ふふふ、素敵な男性との良縁を求めるのは女の子の永遠の憧れじゃないかなっ!?」


 その言葉を聞いた瞬間に、天地は鳴動し、視界は揺らぎ、見当識は曖昧になって行く。

 んなぁ!? けけけけ、け、結婚!? 運!? たった三つの文字から成る言葉に意識の全ては暗闇へと落ちていき、様々な想像が駆け巡る。

 まままま、まさか。アイシャには既に想い人がいて、いつもそいつの事を考えてるとか!? い、いや、『結婚を約束した幼馴染』がいるとかフィクションで『お約束』な展開が……!? はたまた自分を迎えに来る白馬の王子様を待ち焦がれているとか!? あがががが、か、考えたくはないが、既に一度、結婚していてバツイチと言う可能性もぉぉぉ!? それなら食卓に椅子が『二つ』あった事も説明がつく!

 うおおおお!? 考えるな! 考え続ければ、ショックでこの世から消滅してしまうぞ!?


「あれ? 質問して来たのに急に黙っちゃってどうしたの?」


 問いかけも耳には入らない。


「ああ、そっかぁ。カイトは男の子なんだし結婚に憧れ、とか言われても分からないかな?」


 無だ。今、俺の心は無に……。


「えへへ。でも憧れるだけでちっとも良い話なんてないんだけどねっ。だから運にも頼りたくなっちゃうんだよっ」


 んん!? い、今なんて!? 「憧れるだけでちっとも良い話なんてないんだけどねっ」……な、な、な! ないんだけどねぇぇぇぇ!!


 ああ、光が――。天上よりの救いの光が、今、もたらされた。立ち込める暗雲は瞬く間に振り払われて行く。


 まだ俺にもチャンスがあるって事じゃねぇか!? そうだろ!? そして意識は妄想の世界へと旅立って行った……。「ねえ。私、考え違いをしてたみたい……。運なんかに頼らなくても、私の近くにはずっと欲しかったモノがあったんだね。カイトという素敵なパートナーが居たんだから……。ね? カイト。私と結婚、してくれるかな……?」そう言って彼女は俺の手を取り『豊かな実り』に押し付けた。柔らかな膨らみが全てを包み込んでいく。「ね? 感じるでしょ? 私の胸の高鳴りを……。これこそがどんな言葉でもかなわない証拠なんだよ……?」


 うおおおお!? それ最高! 即採用!


「ねえ? どうしたの? さっきからずっと上の空だよ? もしかして、まだ身体の何処かがおかしいのかな? ……どうしよ! 重傷で目を覚ましたばかりの人をあんな風に扱ってたなんて! わ、私のせいなのかな!? ねえ! カイト! 大丈夫!? 返事をして!?」


「はい」


「ええ!?」


 即答した俺にアイシャは驚いて飛び上がりそうな勢いだ。

 いや、何か盛り上がってるとこに水を差しちゃったけど、これ以上、悪い想像をされても困るしな。早々に訂正しておかなければ! 考えてた事は口が裂けても言えないけどな。


「大丈夫、大丈夫! もう身体は何ともないから! さっきの模擬戦もちょっと怪我したくらいで何の問題もないって!」


 アイシャは取り乱した様子だったが、少しずつ息を整えておずおずと上目遣いで尋ねて来た。


「ほ、ほんとに身体は大丈夫なんだね? ほんとに心配してるんだから。何かあったらすぐに言ってね?」


 ふああああ。て、天使だ。だが、その天使の心に負担をかけているのは紛れもない俺自身だ。な、何か彼女の心を占有してしまったみたいで罪悪感があるな。それと同時にちょっと嬉しいけど……。まあ、これ以上は蛇足ってやつだろう。


「ありがとう。問題があったら隠さずに言うから、ほんとにそんなに心配しなくて大丈夫だぜ? 元気いっぱいだからさっ!」


 その場で何度か飛び跳ねて、元気さをアピールしてみる。打った右膝が少し痛んだが、問題ない範囲だ。


「ほっ。良かった。ほんとに問題ないみたいだね」


 安心してくれたみたいだな。


「ふふふふ、それで、さっきの話の続き何だけどさあ。『俺』だって、『男』なんだぜ?」


 彼女の心を一時的にでも占めていたという事実が、対象も知れぬ優越感を生んでいたのか。自分でも思わぬ事を口に出してしまった。

 だが、アイシャは全く動じない。先ほどまでの様子とは一変し、楽しそうに笑いながらこう告げるのだった。


「もお。カイトったら突然、何いいだすの? 『少年』にはまだ早い話だよっ」


 その言葉が屈辱を煽り闘争心に火を付けた。


「少年じゃなぁぁぁい! 男! 立派な男性!」


 削げた右袖を腕まくりして力こぶで主張してみるが、アイシャは右手を口に当てて笑い続けるばかりだ。

 うぐぐぐぐ。完全に子供扱いだな。確かにこんな筋肉なんて見せかけだけで彼女の細腕にも全くかなわないし、他の部分でも勝てる所なんてほとんどないんだろうけど……。納得いかねぇ!


「十七歳! 昔だったら。成人だから!」


 以前の経験から年齢を出すのは出来るだけ控えたかったが、ここでは必要な事だろう。


「昔? 地域差もあるかも知れないけど、人間の国ではそのくらいなら成人な所も多いんじゃないかな?」


 しまった。地球での感覚で発言してた。


「じゃあなおさら少年じゃないじゃんか!」


 アイシャは俯き、今度は笑いを押し殺している様だ。


「ふふふ、そういう所が『少年』なんだよぉ? それにぃ。エルフなら十七歳なんてまだまだ子供なんだからぁ」


 頭をハンマーで殴られた様な衝撃を受ける。こ、子供じゃねぇぇぇぇ! く、くくく。こ、ここは決定的な一撃を加えなければならない様だな……。出来ればこの手は使いたくなかったが。


「甘いぜぇ。俺がもう立派な大人だって証拠は君も既に目にしたはずだぜ? くくくく」


 瞬間、アイシャは何かを思い出した様子で俺の身体の『ある部分』を一瞥し、横を向いて赤くなってしまった。く、くくく。効いた様だなぁ。だが、まだだあ、まだ終わらねえ! 男のプライドを傷つけた罪、償ってもらうぜぇぇぇ!


「見ただろうぅぅぅ? 確かに見たよなぁ! あれだけ『元気』なら! 子供だって作れる! どうだぁ! これでもまだ子供扱い出来るかなぁぁぁ!?」


 とどめだぁぁぁ! さあ、どう出る!?

 アイシャは俯き、赤くなりながら細々と言葉を紡ぎ出した。


「ど、どんなに元気で立派な身体になったって、それだけで、大人になれる訳じゃないもん! ちゃんと心が伴わなきゃ! 今のカイトにはそこが欠けてるよ!? いつもえっちなことばっかり考えるんだから!」


 巨大な岩石が頭上より降り注ぎ、その下敷きになり押し潰された精神は、再び虚無の中を漂っていた。は、ははは。負けたぜ。反論の余地もねぇ。お、俺はただの子供だ、こどもなんだ…………。


 ぐふっ。


 そこに救いの手が差し伸べられる。

 両手の指を組み、恥ずかしそうに弄びながら彼女はこちらを見つめた。


「もう。そんなえっちな事ばっかり言って来るからこっちも本気で反撃しなきゃいけなくなるんだからぁ! ……カイトがね。何を思ってるのかは、今は、まだ分からないけど、ちゃんと大人になる努力をするのなら……。いつか、認めてあげてもいいかなぁ?」


 「どうかな?」と言葉が投げかけられる。

 する! するする! 努力しちゃう!


「約束するよ! 俺、いつか全うな大人の男になって君を認めさせるから! そ、それまで待っててくれ!」


 その言葉に驚いたのか、アイシャは再び俯き赤くなってしまった。待っててくれは言い過ぎたか!? 結婚の約束を一方的に求めたみたいじゃないか! は、恥ずかしくなってきたぞ!


 それにアイシャは優しい声音で答えた。


「いいよぉ。待っててあげる。……その代わりに私を唸らせる様な立派な人になってねっ! えへへ、約束だよっ」


 そしてその場はしばしの沈黙に包まれる。


 無だ……。今度は心の底から湧き上がる感動で無になっている。ま、まじで約束しちゃったのか? け、結婚のぉぉぉ!? い、いや、そうじゃないぃぃぃ。落ち着けぇ。まだそんな段階じゃないんだ。俺が! 彼女に相応しい男になる! そういう約束なんだ!


 これは――、この約束は――、絶対に裏切れない。


 この世界に来て初めて交わす人との約束か……。それが初めて好きになった女の子となんてな……。その重みをしっかり受け止めないとな。それに、これは前に踏み出すための原動力にもなってくれるはずだ――。


 しばらくの間、交わした言葉を噛みしめ決意を新たにしていたが、いつまでもそうしている訳にもいかない。


 それじゃあそろそろ気になってた次の目的地へ向かうとするかな。


「じゃあ今度こそ、菜園へ行ってみようぜ?」


 こちらからの二度目の提案、今回は邪魔をするハプニングは起きない様だ。彼女は促されるままについてきたと思ったら、すぐさま前に出て、案内するのは自分だと言いたげだ。目の前を通り過ぎる瞬間に、金色の長く艶やかな髪が光を受けて、宙で踊った。


 俺にとってはこの輝きも宝石みたいなものだし、幸運を呼ぶ力もあったりするのかもな……。恥ずかしくて言葉になんて出来ないけど……。青と金の二つの輝き、そのどちらがより俺の心を震わせるのか、その答えは明白だった――。

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