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走馬燈より連なる神髄への到達

 黒衣の男は下方に視線を走らせ、こちらへの追撃の手が止まった。何を考えているのかが、先ほどの言葉から手に取るように分かる。ヒトの血が鍵となる。その、恐らくは、扱える中での最高の力を、発動しようとしているのだ。


「これで決する――」


 黒衣の男が両手を下方へ伸ばし、床の紋様から力を受け取ろうとしているのか、再び輝き始め、微細に鳴動を始める。


「冥途の土産だ。これから旅立つお前に、最後にトドメを刺す力について教えてやるよ」


 黙して瀕死のフリを続け、言葉を待つ。そして、先ほど用いた重心の移動によって生まれた力を頭の中で何度も思い描いた。繰り返し、イメージし、その運用法を想定し、ある閃きが脳天を撃った。


「最初によ。あのおしゃべり野郎ごと、お前を貫こうとしただろ? あれが、どうやって起きたか分かったか?」


 黒衣の男の身体に、床の紋様から這い上がるように赤黒い波が、まるで植物の蔓の如く巻き付いていく。


「……ありゃあよ。ヒトの身体の内側に存在する骨から刃を直接うんだのさ」


 やはり……。


「だが、発動には条件があり、俺たちの組織で共有する血の魔法の影響下にあるか、もしくは――」


 身体に巻き付いて上部へ向かう蔓が、頭部へと達し、両目の色が、赤黒く変じる。


「この状態だ! ヒトの血を祭壇が受け、俺の神が真髄をもたらす!」


 もし、あれを発動されれば、生命反転なしでは、どう足掻いても敗北は免れない。


「覚悟は出来たか……? 最大の切り札だ。何するか分かんねぇお前に、これで確実にトドメを刺す!」


「回避不能の一撃でなッ――!!」


 黒衣の男は、こちらへ右手を向け、引っ張り込むような動作を取り、勝利への喜びが漏れ出す笑みを浮かべる。


 しかし――。


「あ――?」


 その驚愕に固まり、完全に緩んだ隙に背中の透明の壁を押し、身体を前へと傾ける。


「なんで――なんで何も起きねぇッ!?」


 幻像を現し、額が貫かれたと見せかけた瞬間、目隠しとなる幻の内で失敗を誘発する仕込みを行った。

 先ほど、秘密裡に血の精霊によって回収した相手の血液を、精霊の持つ生体物質のプールへと移していた。それを使い、幻像が致命傷を負って行く様子に合わせ、解き放ち、赤い血を多量に前方へと撒いたのだ。


 困惑に変わり、現状が理解できていない相手へと、一気に跳びだし、肉迫する。


「は――? お前、瀕死だったはずじゃ――さっきの動きが、最後の足掻き――」


 二重の驚愕が、更なる混乱を生み、こちらの行動への反応が、極度に遅くなる。


「ウグッ――」


 右拳が、無防備な男の腹部を捉えた。


「理解が追いついていないようですな。冥途の土産、是非とも私からもお贈りしたい所ですが、不調法者ゆえ、失礼――」


 撒き散らした多量の血液は、全てが相手のモノで、それの幻像を次々と生み出し、複製し、まるでこちらの致命的な損傷によって溢れたように欺いたのだ。だが、先の反応からして、術者の血液そのものは、力の触媒とはならない。実体を適度に織り交ぜた偽装の出血は、床の紋様の溝を満たし、すぐさま力を発動できると錯覚させた。そして、全く関係のない、以前に貯蓄していた獣の血を一滴だけ忍ばせた。祭壇が全く不動ではなく、獣の血に対する働きを示した。だからこそ、この相手は、完全に発動の条件が整ったと思い込んだのだ!


 その隙を突いた――!


 瀕死の敵を前に、そのまま今まで通りの攻撃をしていれば、それで済んだ。その判断を変えてまで、扱おうとした最大の切り札!

 それへの信頼が、強ければ強いほどに、発動に失敗した時の動揺は大きなモノになる!


 変えずとも勝てるはずの状況で、手を止めてまで、執着した絶対的な自信を宿した力。それの不発による衝撃! 常に冷静沈着であったはずの黒衣の男の精神に、先に負った打撃により、刃を砕いたエネルギーの奔流により! 私への警戒心が、あたかも恐怖のように染み込み、蝕んでいたのだ! 故に確実にトドメを刺せる、最高の手を選んだ。はずだった――。


 それが、一転し、最大の悪手へと堕ちる!


 スローモーションに映る視界の中で、黒衣の男の身体が撓み、折れ曲がり、受けたエネルギーが、私の右腕へ伝い来る。


 ふむ。感じるこの力、ひとつ試してみますかな。


「剛衝二連――!!」


 咄嗟に思いついた名称を叫び、右腕に返ったエネルギーを、そのまま放出し、拳が食い込む部位を再び撃った。


「グアアアッ――!」


 自らの過失により致命打を受けた黒衣の男の身体が、吹き飛び、背面の壁へと叩きつけられ、クレーターのように陥没した中央へ埋まり、流れ出した血液が、壁を伝い、床を這う。

 凍てついた心に、ただ一瞬、勝利への高揚と、力への絶対的な自信、そして、強い警戒心、目まぐるしく変わる戦況の中で、境界を払われ、ないまぜになった感情が、影を落とした。それがなければ、最初に見せたように冷徹に、全ての手段を奪い、ただ私を挟みつぶし、貫かれた屍を冷たく見下ろしていただろう。


「は――ハハハ!」


 唐突に哄笑を上げ始める姿を目にし、嫌な予感が膨れ上がって行く。


 何だ……? 今の一撃で、決するとは思っていなかったが、損害の程度が甚大で、もはや抵抗もままならないはず。この、不気味な笑いは一体……?


「別のを混ぜてやがったな……。気付かねぇ内に。それに、さっきの出血も幻か……どうやってやった、いや、そんな事は問題じゃねぇ」


「今のでよ。体内のあちこちに骨折が多数。それが、血管を傷付け、放っておけば、失血に至るだろう」


 何だ、この冷静さは、死に至る自らを俯瞰するか……!?


 抑えられない不安感が、寒気を帯びて背筋を駆け上る。


「本来なら、肉体には完璧な設計図があり、それを強制的に書き換えるなんて、不可能だ。だがな――」


 血を吐き、俯いた顔があがり、こちらを見据える。


「ありがとよ――この力の極致へ、俺を導いてくれた。お前は、確かに死神の如き強さだ。しかし、俺の肉体は、それをも上回る」


「そして、首筋へ突き付けられた鎌を躱し、逆に相手の喉を裂く!」


 出血がにわかに止まり、黒衣の男の肉体に、体表にも見て取れる変化が生じた。


「な――消え、た……?」


 確かに眼前に捉えたはずの傷ついた身体が、一瞬で視界から掻き消え、空気の流れすらも感じない。


「全くの無音――なおかつ、部屋の気流に変化が」


 いや! 後ろだ!?


「ぬうッ!?」


 振り抜かれたのは、黒衣の男の右腕だった。それは、先ほどの壁面への衝突で、折れ、おびただしい出血を伴い、動くはずがなかった。


 しかし――!


「よく躱したな、野生の勘も超一流ってか?」


 瞬間的に感じ取った背後からの僅かな気圧の違いを察知し、振り向く事もなくすかさず前へ跳び、宙で反転し、その姿を目撃した。


「肉体が、ヒトの形を越え、た……?」


 折れていたはずの骨格が、修正され、動きを取り戻し、出血も見られない。いや、問題はそこではない。


「骨が――追加されている……」


 へし折れ、ほぼ力を失った骨格どうしが、あり得ない形で結合し、そこを覆うように身体じたいが、追加された部位を現す。


 右腕の骨が、前腕から肋骨へと直接、斜めにつながり、それを即席の肉体が覆う。


「なんと、おぞましい……」


 男は、その呟きに応じ、狂おしい陶酔を表す。


「は! そりゃ、ただの誉め言葉だ。どうだ? 不気味だろ? 見るのも嫌になるか……?」


 見せびらかすように両脚の裏側をこちらへ向ける。


「背骨との終端と、踵が……!」


 骨盤が変形し、分離した間に巨大な脊椎らしき、膨らみ、それは確かに何らかの体組織によって覆われているが、明らかな異形で、表層からも見て取れる。頸椎から腰椎の終端までが別の生物に変じたように異様な不気味さと威圧感をもたらし、その末端から両の踵へと追加された関節が、脚じたいを奇怪な三角の隙間を有した一塊の構造へと変貌させる。


 まるで、人工の生物のようだ。その考えに、男が語った御伽噺の一節が、重なる。


(その計画の目指すところは、『人工の神』を生み出す事だった。)


 人工の神。疑念を感じつつも聞き流し、その場では、それ以上の思考を続けなかった、異質な言葉。それが脳内で繰り返し響く。そして、確かに聞いた。生み出されようとしていたのは、『邪神』であったと。目を覆いたくなる変化に、邪悪な神を指す単語が、ちらつき、呼び水となり、幾度もこだまし、嵐の如く心を揺らし、冷静な判断力を削り取って行く。


「どうした? 嫌悪で言葉もねぇか? 残念だな、俺はこれを気に入ってるが……。やっぱり、俺とお前は違ったな?」


 変化した骨格で最も異彩を放つのは、左腕で、折れて砕けた前腕じたいが、複数に分岐し、それが手の形に再構成され、合計で五つの異形の手が、指先を弄び、空を切る。


 おかしい――!


 先ほどから胸を押していた違和感が、その異形の手の滑らかな指先の動きにより、爆ぜるように湧き上がり、自然と言葉になる。


「馬鹿な……! その異形を――」


 不味い――! また、視界から――!


「どうやって動かしているか、か――?」


 上――!?


「ああ、速攻で終わっちまったか。もう少し、賑やかして欲しかったが。まあ、無理なもんは無理だよな」


 頭上に見えた、五つの手の指先から、同時に刃が伸び始め、総数、二十五本もの一斉攻撃に、空間が埋め尽くされていく。

 それが、コマ送りのようにスローモーションで映り、ただ、実感する。


 もはや――回避は不可能だ。


「せ――」


 生命反転を発動しようと、身構え、確かにそれが唇を動かした。だが、死そのものを見る様な異常な光景を眺め、時が止まった中で、電撃の如き閃きが脳内を駆けまわり、野放図な発火が、この戦での、いや――魔都へ潜入してからの、全ての戦いを一瞬で反芻し、バラバラに散らばっていたはずの戦術の記憶が、一気に重なり、まるで始めからそう設計されていたと思わせるほどに、美しく完璧な、判じ物の最後の断片を嵌め込み、完成された力の結晶が、瑕疵なき技の実体が、天啓として、肉体の内より溢れだし、現世の境界を裂いた。


「潰れろッ!!」


 再び動き出した世界に、一切の動揺もなく、凪いだ心で、ただ思い描いた技をなぞるように体現する。


「は――? な、に、が――」


 脳天を貫いたと思われた刃の嵐が、次々と弾かれ、軌道を逸らされ、その力に耐えられず破砕していく。


「ふざ、けるな――!」


 床に降り立つ男を紙一重の移動で避け、眼前から続く刃の嵐を更に砕き続ける。


「なんだよッ!? なんなんだよッ!? それは――! お前はッ!」


 ごく僅かな動きを伴うだけで、自らの必殺であったはずの異形の嵐を砕かれ続け、現状を受け止める事を拒絶するかのような叫びが生まれる。


「先の言葉を返しましょう。……ありがとう。この技は、貴方がいなければ、成し得なかった」


「ふざ――けんなッ!」


 男は異形の下肢を使い、不可視の力を蹴り、音もなく視界から消えた。


「いくら刃を防げようが、この極限のスピードにどう対処するッ!?」


 確かに、反応も出来ない速度で隙を突かれれば、防御など不可能だろう。

 男の変形した下肢は、恐らく可動域を極端に制限する代わりに、異常な脚力と速度を得ている。


 今までの私であれば、反応が間に合わず、生命反転と環境統制を融合させた、あの状態でなければ、あえなく、抵抗もままならず、絶命していただろう。


 だが、この技を体現した今、単純な速さなど、問題にならない。


「――死ねぇッ!!」


 見えない位置から男の咆哮があり、肉体へと向かう複数の刃の圧を感じる。


「は――? ま、た――何でッ! 見えてもいねぇのに防げるッ!?」


 常に微細に揺れ動き続ける肉体。瞬間的に全身を同調させ、体表に出る動きはごく僅かだが、同時に身体中の筋肉が収縮し、それによって生まれたエネルギーを外部へ放出する。しかし、それだけでは、あの循環するエネルギーの奔流のように、自動で刃を砕く事は出来ない。

 紙一枚ぶん程度の薄さの全身を覆ったエネルギーの鎧。その内に食い込んだ攻撃を、またごく薄く体表へ作用させた物質透過で、須臾とも言える短時間のみ、受け入れる。そして、それが肉体に損害を与える前に、再び全身を同調させ、弾けるように、ごく短距離の重心の移動を行う。

 その瞬間、身体を覆っていただけのエネルギーの鎧が、食い込んだ刃を、移動に伴う力の偏向により、破砕するのだ。


「そう、これまでの戦の記憶が、これを私に降ろした! 貴方の言う神とは異なりますが、私もまた、神髄へと達したのです」


 男はもう後ろに回ろうとせず、目の前に立ち、異形の右腕を構えた。


「まだだッ! この右の一撃が、お前に見切れるかッ!?」


 伸びる刃と異なり、男の右腕は、大きな質量を伴う。確かに、一見すれば、この技では、回避不能に思える。


「喰らえッ!!」


 空間を薙ぐ、視覚情報として処理できない速すぎる一撃。


「ア、アガ……」


「相手の動きが変われば、それに対応し、こちらも追加的な技を用いればいい」


 衝撃波を伴う一撃が、身体に触れようとした瞬間に、エネルギーの鎧に弾かれた男の右腕がブレ、十分の一秒にも満たない時間の内に、複数の方向へ揺さぶられ、速度を生み出したエネルギーが霧散していき、そこへ追加的な働きかけを行う。

 払うように押し上げた左手が、男の右腕に残った全てのエネルギーを外部へ放出させ、無力化し、逆に外界へと現れた相手が生んだ莫大なエネルギーを捉え、右拳の先端へと集中させた。


「バカな……この俺が、こんな形で、敗れるとは……」


 強化された分厚い骨格に守られた男の心臓の位置を、右拳で強打し、それまでに生まれた、自らと相手のエネルギーを凝集し、内部へと奥深く到達させる。身体ぜんたいが、撓み、受けた力の波動に揺れた。その中で、心臓が破裂する残響が拳ごしに、こちらへと伝わる。


「貴方の心の臓は、今、その動きを止めた」


 それ以上、男の口から言葉が漏れる事はなかった。項垂れ膝をつき、倒れ込む事もなく、その場で時が止まったかのように微動だにしない。確実な絶命を目にし、小さく呟く。


「終わった様ですな」


 思わぬ僥倖とも言える。死の幻像に囚われた精神が生み出した防御の神髄が、生命反転を使うことなく、この戦いに終止符を打った。実験所の奥へ進む決意を、密やかに心の内で確かめながら、先に続く闇を想い、男の遺体と別れを告げ、迷いなく力強い一歩を踏み出した――。

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