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異能『骨牙の収穫祭』

 自らの力が易々と打ち破られる様を見て、黒衣の男は、わななく。


「厄介な野郎だな。――だがよ、見逃すわけにはいかねえ!」


「見逃す? それは、こちらの台詞ですぞ!」


 間髪を入れずに言葉を返すが、それは応酬には発展せず、無言でお互いが動く。


 む? また指先がこちらへ――。


 前方から伸びるかと思われた刃は、すぐさま動きを止め、床へと落下していき、それに隠されるように別の場所で空気が新たな流れを生む。今のはただの牽制で、直進を妨害しただけの様だ。踏み込もうと前傾した視界の端に、ヒトとは違う生き物の気配を捉えた。


「あれは――」


 ネズミッ!?


 奇妙な白い光を返すネズミが素早く足元へと向かってくるが、その姿は肉体から抜け、剥き出しの骨となり襲い来る。


「死霊術ッ!?」


「外れ――」


 その骨のネズミは、こちらの気を引く囮だった。いつの間にか両手を開き、右手が天井、左手が床を向き、指先から刃が伸びる。

 何が狙いだ――!? それでは、ただぶつかって折れるだけでは――。


 先に床にぶつかった刃がへし折れ、そのままの勢いで周囲へ飛び散る。同時に五本が伸び、折れた先端が、前方の空間の下部を塞ぎ、進行を妨げる。


 五つ同時に軌道を追うのは不可能だ。ならば――。


「させねぇよッ――!」


 再び床を打ち、周囲の全ての刃を弾こうと試みるが、天井へ向かった五本が、上部で弾ける音がし、今度は折れずにほぼ直角に湾曲し、こちらを狙う。


 先に床の刃を折って見せたのは、刃の脆さを印象づけるための罠だったのだ。靭性を遥かに増した天井がわの刃の動きを隠すために――!


 位置が高すぎる、床を打ったのでは、天井からの攻撃を弾けない。


「迷ったな!」


 軌道の予測が不可能な床からの飛散と、こちらを直に狙う天井からの刃に挟みこまれ、動ける範囲が徐々に狭まって行くが、先の手段では、両方を同時に弾く事は出来ない。


 ならば――。


「残念――そっちは、通行止めだ!」


 背後へ飛びのき、大きく回避を試みたのを読まれたか、また見えない山から空気の流れを感じる。


「終わりだッ!」


 このまま別の方向に動いても、恐らくこの相手は対応するだろう。裏をかくには――。


「そのまま下がった!? 正気か――!?」


 後退した身体の中央を次々と刃が貫いて行く。黒衣の男は、驚愕の表情を浮かべたまま、しばしの間、硬直していたが、こちらの生死を確認しようと、部屋の中へ歩みだす。先ほどの奇妙なネズミはまだ部屋の隅にいて、確かに生きている。ヒトの遺体にかじりつき糧とする不吉な適応を遂げた個体なのか、なんにせよ、相手の力は、生きた他者にも作用させられる可能性がある。


 最初に研究者を背後から貫いたと感じた一撃。あれも、殺された男の体内の骨を引き出し刃と変えたのだろうか……? だとすると、私の肉体にも同じ事が可能なのか……? それを即座に察知し、防御するのは困難に思えるが。


 やはり、早急に仕留めねば。


 入口の周囲の壁面が、こちらの側面攻撃を防ぐ遮蔽物として働く、相手が動き、それが崩れる瞬間を待っていた。


「なッ!? 身体が、いや、周囲の景色ごと崩れた――!?」


 黒衣の男が見据えていた幻像が崩れ落ち、驚きから動きが止まる、息をひそめ、視野の範囲外の部屋の角で力を溜めて待ち続けていた。機会の訪れを確かめ、闇の中から一気に側面を狙い躍り出る。


「お前――いつの間にそっちにッ!?」


 出来れば生命反転は発動したくない。短期間での三度目の使用など、未経験だ。今、この局面でそれを試すのは博打にしてもいささか自棄が過ぎる。そのためには、損害を避けて燃え上がる炎の如き激しさで、速やかに決する必要があった。


 右の脇腹を捉え、渾身の力を込めた一撃を突き出す。


 だが――。


「不意を突けば、一撃で終わるとでも思ったか――?」


 先ほどとは打って変わって、至って冷静な声が戦況を俯瞰するように響いた。


「ぬうッ――」


 胴体の周りを覆う様に浮き出した、異様に張り出した肋骨状の防壁が、その曲面で拳を滑らせ、直撃を避けた。


「はッ! 直撃を逸らしたのに、一回で壊れるとは――」


 防壁が瓦解する中、余裕を漂わせる黒衣の男は、「大した威力だ――」と呟き、こちらが突き出した左前腕を右手で掴み、離さないように指の骨を伸ばし、腕の全周を締め上げる。


「だがよ、これで終いだろ?」


 締め上げられた左腕が、片手で上方へと持ち上げられ、下方から不可解な力の流れを感じた。

 全身が捻り上げられ、突進の勢いに乗ったまま、空中で倒立する形となり、その放物線の終点に、指先から鋭い刃を伸ばした左腕が待ち受ける。


 片腕で全身を持ち上げ、突進の軌道を変えるとは――。


「この状態じゃ、躱せねぇだろッ――」


 伸びた刃が、真っすぐに頭部を狙う中、左前腕を拘束する右手を、物質透過ですり抜ける。


「何だとッ!?」


 上昇の途中で拘束が外れたため、跳ね上げられた身体へと、奥の壁に向けて吹き飛ぶ力を感じる。だが、そのまま身を任せず、黒衣の男の左手から伸びた刃の先端を避け、根本を掴み取る。


「無駄だッ!」


 恐らく先ほど見たフェイントと同じ行動を再び取るつもりだろう。この力の発現の原理など分からない。しかし、自らの異能の発現の過程と似た方法であるならば、力を発動する前段階での妨害が可能なはずだ。

 即ち、明確なイメージを描く前に、意識じたいを別の刺激に注視させ、逸らす。そのためには――。


「――左腕に力が入らねぇッ!?」


 強烈な違和感! それが最も有効!

 左前腕の体表に見て取れる筋肉が収縮し、生み出される運動エネルギーそのものを体外へ霧散させ、一時的に動きを止める。

 痺れとも痛みとも異なる、通常の肉体の働きの阻害とは全く異なる感覚での、動かせないという経験が、虚を突き、完全な無防備を作り出した。


「アア――!」


 相手の刃の根元を握ったまま、宙で半回転し、奥の壁へ向かって投げ飛ばし、着地を待たず左腕を隣の壁面に叩きつけ、陥没し、埋まった部分に力をかけ、吹き飛んだ先を追い、飛び出し、右拳を構える。


 狙うは、黒衣の男が壁に激突した瞬間に拳を叩き込む事で引き起こされる、疑似的なカウンター。その状態ならば、先ほどの骨の鎧ていどの強度では、準備が間に合ったとしても、威力が上回るだろう。


 だが、壁面に無防備に衝突したと思われた瞬間に、黒衣の男の身体が壁から押し返されるように、近づいて来るのが見えた。宙で逆さまになったまま、視線がこちらを捉え、動きを見透かしたように、歪んだ笑みが浮かぶ。


「ほぼ――完璧な戦術だったな? 相手が俺じゃなけりゃよッ!」


「むうッ!?」


 壁への衝突を避け、前方に逆さに浮き上がったまま、不可解な動きを取り、こちらのカウンターに合わせるように突進し、揃えられた両手の前に人骨状の防壁が展開される。


「逆さのまま、宙を蹴ったッ――!?」


「この速度で正面からぶつかり合って、何の防御も出来ないお前は、無事で済むかなッ!?」


「ふむ。ひとつ、試してみますかな――」


 お互いの姿が眼前に迫る中、見るからに頑強な防壁との衝突を避け、透過させた右腕を内部へと差し込み、先端の拳のみ透過を解き、防御の内側へと打撃を加える。透過によって伝達を阻害された神経や血管により、前腕が徐々に力を失っていくが、この一撃が通れば何も問題はない。


「グアアアッ――!?」


 む! 何だ、この違和感は――? まるで、空気を打ったような――。


「なんてな、それ、さっき見た。一回できんのが分かったら、対策しない訳ねぇだろ?」


 奇妙な事に、その声は真上の天井から響き、そちらへ視線を送る前に、右腕が膨張する壁に押されるように動きを止め、そのまま突進の勢い自体が完全に殺され、今度はこちらが敵前で無防備を晒す事となる。


「死ねッ――」


 上方を見ると、空中に立っていた黒衣の男が、天井に直接おし飛ばされたように猛烈な勢いで落下してくる。


 なんと――!? 宙に棒立ちも不可解ですが、そのまま天井を押す事もなく加速するとは――。


「ぬう!?」


 まただ! まるで空気そのものに押されたように身体が急上昇していく!?

 下で待ち受ける私の身体も謎の力に押し上げられ、こちらを向いて倒れ込んで来た胴体から、肋骨の上端から下端までの、二十四本の刃が同時に伸びた。


「これだけ同時でも、さっきので透かせるかよッ!?」


 伸びて展開された刃は、頭から下腹部あたりまで全体を貫くように襲い掛かる。頭部が狙われている時点で、生命反転の力がない状態では、透過による防御は不可能だ。なおかつ、先ほど右腕を押し込んだ骨の防壁の残骸が、纏わりついたままだ、このままでは、異物の重さで右腕はまともに動かせない。


 ならば――。


「は――? 何する気だ――」


 左指を揃え、頭部を狙う刃の先端を避け、僅かに奥の側面を打ち、そこから生じたエネルギーを大気中に放出し、偏向させ、下方に並んだ刃も全てへし折っていく。


「まだ半分つぶしただけだッ――!」


「いえ、半分で十分たりますぞ」


「負け惜しみを――! 両腕が動かねぇ状態でどう止めるッ!?」


 確かに、既に刃を砕くために伸び、硬直していた左手は、このままでは動かせない。右腕も重く、垂れ下がったままだ。これで防御する事は不可能だろう。だが、まったく動かない訳ではない。


「ここまで老いて、更に様々な戦術を見出すとは――長く生きるのも悪くはありませんな!」


 右の上腕に力を籠め、大きく下方へ突き出す。異物の重量で制限された状態では、振り上げるには速度が足りない。


 しかし――。


「は――?」


 下方へ突き出した腕で生じたエネルギーを大気中に放出し、その前方に伸びた左腕を置き、弾く力と共に固まったまま顔面を狙って押し込む。


「くそッ! この態勢じゃ躱せねぇッ!?」


「ぬう!? また――」


 何もないはずの空間から、奇妙な力を感じ、ぶつかり合う形で、向き合っていた両者の身体は、まるで川の流れが、途中で分岐し、ふたつに分かれたかのように、すれ違い、弾き飛ばされていた。


「……不可解な力ですな」


 そのまま後方の床へと態勢を整えて着地する。そこで右腕にまとわりついた骨の防壁も崩れ落ちた。

 自由になった右前腕の感触が戻って行くのを確かめながら、力の正体を探る。唐突に崩れるとは、持続時間があるのか、それとも――。


「空間支配は、俺の得意分野だ。だが、お前の力には、単純な攻めじゃ、通じないみてぇだな」


 空間支配……? 不可解な透明の力に囲まれている……?


「支配と呼ぶには、いささか不格好に見えますな」


「はは! 挑発のつもりか? 好きにほざけ」


 ふむ。この男、最初の驚きようから比べれば、まるで別人。至って冷静で、自らの勝ちにも、負けにも特段の拘りを持たない。そう錯覚するほどに冷たい声が、揺さぶりの通用しない相手だと訴えかけてくる。


「外敵の排除にしか、興味がないのですかな?」


 お互いに動きが止まった。その寸時の隙を有効活用しない手はない。


「は? 何故そう思った?」


 乗って来たのだろうか……? その返答に再び問う。


「貴方の冷めきった声には、勝利への執念も、敗北への恐怖も感じられません。――如何なる精神性を持てば、その境地へ至れるのかと」


 目を細め、薄く笑い、犬歯が覗く。


「今度は褒めて油断させようってか? それとも命乞いの前振りか?」


「口調こそ激しさを見せる時もあるが、それも――心理戦の一環なのでしょう? 心の内の凍てつき、全く隠せてはいませんぞ?」


 呆れた様子で、天井を仰ぎ、こちらに宣告する。


「そんな――つまんねぇ疑問を、辞世の句にするつもりか――?」


 その言葉と共に、周囲の床が全て赤黒く変じ始める。


「む――この、変化は一体――!?」


 黒衣の男の身体は、また何もない場所で浮き上がり始めた。


「買いかぶり過ぎたか? べらべらとだべって、あわよくばこっちの情報を引き出そうってか? 最後にそんな醜態を晒して散って行く。ハナからその程度の相手だったって事か――」


 む? 右手の山のうちより、複数のネズミが這い出した――!?


 独特な高音の鳴き声が、周囲の壁に反響し、まるで歌声のようにこだまする。


「祭壇の完成だ……。だがよ、さっきから、全く血を捧げてねぇからよ。神さんが、へそ曲げちまってら」


 神だと!?


「ああ、思い出したぜ。お前、眼からの報告にあった奴だな……。不完全な物質透過を主体に、多少の不可解な動きが見られるが、風切りとやって勝ち残る可能性はほぼないって――う~ん。あいつの異能も節穴だったのかもな?」


 監視の目がある事には気づいていたが、私が全力を出す前に、興味を失って立ち去った。あの気配の主は、やはりこの組織の一員であったか。物質透過を印象付けるため、特徴的な動きを交え、発動のサインも丸わかりの見え透いた力として記憶させる。その思惑じたいは上手く行ったのだろうか?


「まあいい。どうせやる事は変わんねぇ。俺が――いや、俺の神がお前を裁く」


 一面が赤黒く変じた床。そして、『俺の神』なる謎の言。攻略法どころか、力の全容すら見えぬまま、時だけが無為に過ぎていく――。


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