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二重戦術陣

 物質内を超高速で進んだ爆発的なエネルギーを伴ったまま、若き似姿の顔面を押さえつけ、そのまま天井へと跳び、推進力を回転へ変換し、振り回した身体を叩きつける。


「グアアアッ!」


 激しく内部が砕け散り、身体のつなぎ目が壊れ、瓦解しようとしていた。


「アアアア――」


 手足から力の抜けたまま振り回されていた若き似姿は、空中で拘束されながらも、ヒトではない身体の利点を活かし、抵抗を試みる。


「まだ――終わってねえッ!」


 押さえつけていた頭部が、首との接続を断たれたのか、一回転し、こちらを見据える。


「捉えたッ! ははッ! こっからが、本番だよッ!」


 負け惜しみとは思えない、まだ何かするつもりなのだろう。だが、それを見越した上で、若き似姿の壊れかけた身体へと、ヒビ割れた隙間から力を浸透させていた。


「全部よおッ! ぶっ壊れかけてもよ! 俺はヒトとは違うッ! 壊れた身体が、俺を縛っていた秩序から解き放たれたッ! この一線を越えた時がッ! 俺たちの真骨頂よッ!」


 激しく回転しつつ、相手の力を妨害する一手をうつ。


「そうはさせませんぞ」


 ほぼ全体への浸透を終えたのか、自らの能力を奪われ、叫びを上げる。


「目――いや、鏡の前面が封じられ、何も映らなく――」


 ヒトの視覚とは異なるだろうが、鏡も光がなければ像を結ぶ事は出来ない。先ほど浸透させた力が、光のみを選択的に透過させ、一切の視覚情報を得られない闇へと閉ざした。恐らく鏡としての機能が封じられていれば、他の力も使えないだろう。


「ガアアアッ!」


 天井への衝突によって反転し、もみ合う身体ごと、床へ叩き伏せる。

 悲鳴と共に、砕けた左腕が飛び出し、空中で分解し、ガラスの破片へと姿を変えた。


「まだです! この機を逃すつもりはないッ!」


 若き似姿の倒れた床を透過させ、そのかろうじて繋がった身体を沈めて行き、内部での背面を調整し、上限を越えた密度へ変化させる。


「破片すら残さず打ち砕くッ――!」


 自らも床の内部へと落ち込み、振り上げた右腕を覆う部分を身体の動きに沿わせながら、密度を高め、強烈な圧力で絞り出され、間欠泉の爆発の様に加速した。


「ハ――ガアアアアッ!」


 密度を高めた背面と加速する拳に挟みこまれた身体は、破裂する様に四散し、飛び散った細かな破片までもが、塵に変わる程の衝撃に破砕された。


 だが――。


「むう? 何か……様子がおかしい」


 その時、周囲の透過が急速に消え去り、肉体が物質内に押し込まれようとしていた。


「くっ! 不味い!」


 残った力で、かろうじて自らの体表を透過させながら、上部へと跳び上がる。


「はあ、はあ。……少し遅れれば、床の内部へ取り込まれる所でした……」


 周囲を見回し、先ほどの違和感の正体を探る。だが、若き似姿は見当たらず、砕け散った破片すらも残ってはいない。


「一体、何処へ……? 先の一撃で終わらせるつもりでしたが、もしや――」


 そこで、突如として部屋ぜんたいが大きく縦に揺れた。まるで部屋じたいが跳ね上がったかの様な、強烈な振動に、身体の制御を失い、その場へ屈みこみ、右手をついた。


 そして。


 不可思議な手に、それを掴まれた。


「はは! ハハハ――! そうだよなあ、悪い予感ってのは、いつだって当たるモンだよなあッ!」


 手首を締め上げる力の異常さに、呻きを上げ、苦痛に耐える。


「その、もしや。だよッ! まだ、何も終わっちゃいねえ!」


 部屋がまた轟音を立て、床から足が浮き上がるのを感じ、掴まれた手首を残し、身体も浮遊感に包まれる。


「くっ! これは――空間じたいが、落ちている……? それだけではない!? 上方へ向けての強烈な力を同時に感じるッ!!」


 異様な浮遊感、そのまま天井へと吸い込まれそうになるのを、掴んだ手が留める。身体が裂けそうな力がかかり、手首の骨が軋み、悲鳴を上げる。


「お前ぇ、この部屋に入る前。どう感じた?」


 私の右手首を掴んでいた右手らしきモノの隣に、にやついた頭部が現れこちらへ問いかける。


「戦術陣・無明迷宮。それが、この部屋の周囲を満たす空間そのものよ。……んでさあ。ここは、何だと思う?」


 右腕に今にも千切れそうな力を感じる中、黙してその答えを待つしかなかった。


「この鏡の間。それ自体も異なる戦術陣であり、この場は、ふたつの戦術陣の内側となる。ハハッ! 無明迷宮をよお。抜け出したつもりでいただろう? 思い違いに過ぎねえんだよなあッ! お前は――抜けたつもりで、ここへ誘いこまれたのさ!」


 何と! ふたつの異なる陣を、ひとつを先に展開し、その内に追加で築き、両立させていると――!?

 にわかには信じがたい言葉に、困惑が表情に出たのか、若き似姿は、目を細めて笑った。


「二重戦術陣。お前ら雑種にぁ、絶体に不可能な神の御業――」


 先より、自らが神であるかの様な言動が表れるが、それがただの不遜なのか、事実なのかは、まったく判断がつかなかった。しかし、戦術陣の内に同時に異なる陣を張る。二重戦術陣。そんな術を見聞きした事は、今までに一度たりともなかった。


「無明迷宮の力は、相手の力じたいの模倣と、恐怖に基づく記憶の物質化。なおかつ、その術者が自らの異能に強い執着を持つほどに、陣の特性は強化される」


 成程……。先に感じた通り、私の環境統制が模倣され、それが自身を襲っていたのか。……あまり信じたくはないが、僅かな距離を飛んだだけで、発火を招いた。あのいささか過剰に見える現象が、私じしんの心の驕りより生み出されていたのだとしたら……。


 そこで手は離され、落下する部屋の中で浮き上がり、天井へ叩きつけられる。


「ぬあああッ!」


 苦痛に顔を歪めながら、力を振り絞り若き似姿を見据える。


「へえ。まだそんな目をするのか。もう、何処にも勝機なんて転がってねえのによ」


 邪悪な笑みが、こちらを嘲笑する形へ変わる。


「さっきの続き。ならよ、無明迷宮の内にある。この鏡の間の力は――何だと思う?」


 つり上がった右の口角が、醜く歪んだ笑みを強調する。


「それは――映し込んだモノの力を再現する事。ああ、まあな。それだけじゃあ、特に意味はねえ。なんせ、中には俺たちがいるし、この陣の周囲は閉じられてる。……本来ならな、俺たちが侵入者を処理し、それだけで事は終わる。だが、今回の様な場合は……」


「喜べよ。お前は、数少ない例外のひとつとなったんだ――」


 その言葉を終えると共に、部屋の様相が変じ、周囲の壁が透けて、向こう側に広がる無限の暗闇が見え始めた。


「鏡の間は、無明迷宮の内にあり、その力を映し込む事によって完成される」


 そして、信じられない光景が眼前で展開する。

 砕け散ったはずの若き似姿の身体が再構成されて行き、それが、二人に分かれた。


「はは! 最終決戦としゃれこもうか!」


 同時に聞こえる声が耳に届いたと思われた瞬間に、ふたつに裂けた。


 そして、両側の壁に沿うように、こちらへと挟撃を仕掛ける。


 無限の闇の中を落ち続け、身体の自由を奪う重圧に抵抗し、力の限り天井を殴りつけた。すると、浮いた部屋が内より加えられた力により、傾き、いままで壁であった場所が、新たな天井となり、そちらへ飛ばされていき、挟撃を躱し、足をつけ身構える。


「へえ、新たな環境に適応している。咄嗟にそんな事を思いつく奴はそうそういないぜ?」


 躱しはしたが、こちらの生命反転の持続はとうに切れている、このままでは先の雷による光速の肉体の処理も不可能であり、致命的な損害を受ければ、取り返しはつかない。


 確実に敗北へと近づきつつあった。


 この二重戦術陣の内。この場で私が異能なしに能動的に操作できるモノ、それは落下するこの部屋の角度のみ。だが、これが決定打となるとは思えない。

 部屋が落ちる方向は一定に思えるが、落下とは真逆の上方への力を感じる、天井へ押し付けられるのはそれが原因の様だ。異能も消耗し、使える量は限られている。この状態で道を切り開く手段があるとするならば……。


「やっぱよお、お前を殺すには、もっと面白えやり方じゃねえとダメだな」


「心の奥底に、絶望を刷り込んでやらねえと」


 二人に分化した若き似姿の片方が、驚いたことに、砕け散り、四散したまま宙を漂い始める。


「はは! 外から流れ込んでくるこの力、お前のだろ? まったく便利な力だよなあ!」


 身体を保ったままの若き似姿が、崩れた方を無茶苦茶に繋ぎ合わせ両手で握りしめる。


「なんという、おぞましさ――」


 頭部が先端を象り、幾つかに分かれた胴体、ねじ曲がった腕、それらがまるで巨大な戦槌の様な形を取り、片脚が持ち手となり、それを振るいながら襲い来る。


「おぞましい!? はは、実に残念だな! 俺たちとお前の美的センスは、致命的なまでに噛み合わないらしいッ!」


 部屋にかかる力に妨害され、回避が間に合わない。


「ぐうう!」


 大きくバックスイングを取った一撃を、右拳で側面を弾き、受け流そうと試みるが、力を加えた手首を戦槌の一部である手が掴み、その勢いで振り回される。


「そらよ!」


 唐突に手が離され、勢いに乗ったまま、壁面へ叩きつけられ、内側から突きあげる激痛に呻きを上げる。


「ぬぐううう!」


 生命反転の使用により、生命力を上限まで回復していなければ、今の一撃で死んでいたかもしれない。


「ん? 思ったよりも頑丈だなぁ。もうさ、あのクソ生意気な不死の力とやらは、消えちまったんだろ? はは! 言わなくても見りゃ分かるッ!」


 再び振りかぶった醜悪な戦槌が襲い来る。それを受け流そうとした時、奇妙な事が起きた。


「ぬう!? すり抜けた――!?」


 側面を打とうした右拳は空を切り、腹部の前面で実体化した戦槌に、強打され、跳ね飛ばされて天井へ衝突する。


「ぬあああッ!」


 骨肉が軋み、駆け上った濁流が、口から吐き出される。


「んん? きったねえなあ。雑種の血がかかったじゃねえか。……俺たちからすりゃ、こっちの方がよっぽどおぞましいぜ?」


 まさか、透過を模倣されたのか……。

 相手は鏡の化身であり、ヒトの様な弱点となる臓器もない、全身を透過しようが、まったくノーリスクであり、使えば使う程、有利になるだろう。


「お前の力なんて、もう筒抜けなんだ。……諦めの悪い身体には、教訓を与えてやらねえとな! 骨の髄まで染み込むまでよ!」


 「それを土産に地獄に行きなよ!」そう叫び突進する若き似姿を見据え、極限まで集中する。

 透過が自由に操れるのであれば、打撃を通すには、虚を突く必要がある。そのためには――。


「終わりだッ――」


 天井を背に、頭を潰そうと叩きつけられた一撃が、こちらへ届こうとする瞬間、全力で力を解き放ち、部屋ぜんたいにかかる重力加速度とその真逆の力、両者を限界まで高め、自身は力の影響を弱め、落下し、床へ高速で降り立つ。上部からは突然、身体の制御を奪われ天井に叩きつけられた若き似姿の呻きが聞こえ、剥片が舞い散る。


「あ――何だ、これは――」


 この瞬間しかない! これからの数舜で、再びあの身体を粉砕するッ!!


 全力で床を蹴り、弱めていた加速度の影響を戻し、超高速で天井へ張り付いた身体へと迫り、右腕を振りかぶる。


「クソがッ! 身体を透かして――」


「遅いッ!!」


 激突の瞬間、落ち続けていた部屋の重力を反転し、無限の闇を裂き、異常な加速を伴った部屋が対称の力とぶつかり合い、その衝撃が、天地を貫き、雷鳴の如き響きを轟かせ、跳ね上がった。


「何だとッ――!?」


 二度、虚を突かれた若き似姿は、完全に硬直し、大地震の如き力のうねりに呑まれ、こちらの拳に吸い込まれる様に急速に近づく。それを足元から立ち上がる、密度を極限まで高めた大気の壁の圧力で迎え撃つ。


 下方へと跳ね飛ぶ身体に、跳び上がり、圧力を受け、押される拳とがぶつかり、ふたつの破壊的な力に挟みこまれた空間が鳴動する。


「透過は間に合わねぇッ! だが――」


 垂直に身体の側面に沿う、醜悪な戦槌の頭部が突き出され、拳の先端へ割り来み、粉砕される。そして、残りを砕きながら根本へと押し込んでいく。


「逃しませんぞ――」


 戦槌を粉々に砕いた一撃は、握りしめていた両手を破砕し、一切の威力の衰えを見せず、身体の中心を捉えた!


「グアアアアッ――」


 再び鏡の身体は、粉砕され、四散し、その飛び散った破片の全てが塵へと変わっていく。

 だが、ここで奇妙な現象が起きる。


「血が……?」


 鏡の化身であったはずの身体が砕けた。その血肉を伴わないモノから、大量の出血があり、噴き出し、周囲へ飛散し、落ち始めた部屋の中を浮遊した。鼻につく不快な臭気を漂わせながら。

 右の指に絡みつき、股を伝い、皺に沿って流れていくそれを呆然と眺める。


「ぬがあああ――」


 突如として、何の気配もなく、腰背部が破裂し、苦痛と共に頭から天井へ打ち付けられ、そのまま宙を転がる様に、反転し、縫い留められた視界が、信じがたい光景を見る。


「数が……先とは、桁違いに……」


 そこに広がっていたのは、粉々に四散した身体から血液を滴らせながら浮遊する、若き似姿の大群だった――。

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