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進化する異能、神を嘲笑う力

 態勢を整え、踏み出した右足が床を蹴った瞬間に、身体がまるで瞬間移動の様に前への強烈な推進力を生み、ブレた。


「速すぎて見えねえッ!?」


 そして倒れる前に、左足も踏み出し、蹴り込む。先ほど後ろへと蹴りだした右足は、硬直していて、次の動作には間に合うはずがない。両足がほぼ揃った状態で、後ろへ伸び、幾分バランスの悪い姿勢となる。このまま何も対策を取らなければ前方へ倒れ伏すだろう。


 ここです――!


 この状態では、両足が硬直し、次の動作への命令だけが、伝わり、一回分がキャンセルされてしまう。その硬直を解く時間を稼ぎつつ、更に移動も止めない。そのために取れる手段はひとつしかなかった。


 思えば、こういった移動方じたいは別段、突飛な発想と言う訳でもない。例えば、飛び道具の雨にさらされる様な状況であれば、普通に選択肢に入るだろう。だが、今はこれを肉体の処理の異常な高速化を制御するために使う。


 勢いに乗ったままわざと態勢を崩し、前傾し、そのまま右肩を床へつけ、転がり込む。そして高速の前転によって、移動を止めずに、両足の拮抗筋が自然と動き、再び短縮の可能な状態を作る。次いで左手で床を押し、跳ねる様に立ち上がり、再び足で移動する。視野の外へ一瞬で消えた私を見失った若き似姿は、半狂乱の声をあげた。


「何だよッ!? なん何だよ、その動きはよッ!? ――まるで、まるで! 獣みたいじゃねぇか!?」


 四肢の全てを使い、筋肉の硬直を解きながら、超高速の処理を止めることなく繰り返し、若き似姿の背後へと回り、右拳が後頭部を直線で捉える。


「グアアアッ!」


 先ほど空中へ打ち上げられたまま、床へと落ちる事もなく、逆さになっていた身体が、ガラスのひび割れる音を立て、浮いたまま吹き飛び、奥の壁面へ叩きつけられた。キラキラとした剥片を散らし、ずり落ちる若き似姿を見据え、その耐久力がどの程度のこされているかを推測する。


「クソッ! クソがぁッ! このまま、このまま終わらせはしねぇぞッ!」


 若き似姿は、のろのろと立ち上がり、壁に背を預けながらよろめく。


「そんな、そんな、獣みたいな動きを取ってまで、勝ちたいのかッ!? ヒトとしてのプライドはねえのかよッ!?」


 負け惜しみの様な叫びを上げ、背後の壁にもたれかかりながら、おぼつかない足取りで右手へ移動していく。


 見たところ、損傷はかなり蓄積している。このまま攻め続ければ、終わりは近いか?


 先の言葉へ答えを返す。


「はは。これは、おかしな事を。先ほど貴方は確かに言った。……ヒトは毛の薄くなった猿に過ぎないと。私の歩法が例え獣じみていようと、それは本分に立ち返っただけと言えるのではないですかな? それを、貴方が咎めるのは、いささか滑稽に映りますぞ」


 若き似姿は、大きくよろめき、右側の隅に移り、壁にぶち当たって上体を預ける。


 もはや、姿勢を維持する力もないのか、表面上、判別はつかないが、損傷は深くに及んでいると思われた。


「ふざっけんなよ、お前ぇぇぇ――!」


 最後の時は近く、精一杯の虚勢を張っているのだろうか? 張り上げた声が虚しく響く。若き似姿は、隅で静止し、俯いたまま固まってしまった。


 こちらの時間もそれ程、猶予がある訳ではない。ここで終わらせ、この場からの脱出を考えなければ――。


 だが、ここで、奇妙な胸騒ぎを覚え、本能が警告を発した。


 むう? 先ほどより、隅に固まったまま、既に十秒は経過した。今の状態ならば、問題なく滅ぼせるはず。しかし、この感覚は一体……? 何か、何かを見落としている様な……。思考を巡らせろ。確か、以前にもこんな状況を見た記憶が――。

 そうだ、追い詰めたはずの敵にトドメを刺そうとした瞬間、相手が最後に張った罠が作動し、危うく命を落とす所だった。遥か昔の記憶ではあるが、そんな覚えがある。


 今、攻め込むのはその時と同じ問題を起こす可能性が。完全に滅ぼした事を確認できるまでは、一切の油断は許されない。そう結論付け、慎重に事を運ぼうと、もたれかかる周囲の壁へ視線を走らせた時、心の中で雷の様な警報を聞いたと錯覚する。


 いや――!


 違う! 感じている違和感の正体はそれではない! もっと他の何かが!


 その解に辿り着く前に、若き似姿に動きがあり、邪悪な笑みを浮かべ、顔が前を向く。


「ご静観どうも――」


 その視線に注目した時、違和感の正体に辿り着いた。


「ぬうッ!?」


 あのセリフが脳内で反響する。(俺の目は飾りだッ! 前面に捉えてさえいれば、ヒトの視野より広範囲が見えんだよッ!)そうだ! あまりにも、あまりにも自然に隅へと移動し、弱ったフリをしてもたれかかった。だからこそ、全く疑問に感じなかった! だが――、誘導されていたのだ! こちらがどう動いても、部屋の全体を見渡せる位置関係にお互いが留まる様にッ――!


 極度に弱った演技、その姿を見せる事により、私が考えを巡らせ、足を止め、トドメを躊躇する事。それら全てが計算されていて、この状況に持ち込む罠だったのだ!


「はは! 捉えた、これでお前は終わりだッ!」


 考える事は、武器でもあるが、時に考えすぎれば、自らを傷付ける刃ともなる。これまでの私の戦いを焼き付け、その時の言動から脳内での思考までシミュレートされ、心の内まで見透かされたのかッ!


 通常ならば、そこまで考えを読み切るなど不可能だろう。だが、若き似姿には、私の過去の情報が眠っている。先ほどノイズが発し、直近の戦いの記憶が抜け落ちたという発言。それ自体がこの場へつなぐためのブラフであった可能性すらある。


 自らにとっての戦での常道。それを弱点として突かれ、己の首を絞める罠に変貌させた。


 恐るべき智略ッ!!


 狂気の化身の様な言動も、そのための布石であったのかッ!?

 ただ動く事も出来ないまま、虚を突かれ硬直した肉体は、策謀の餌食となる。


「ぬううう!」


 直後、左腕に奇妙な感覚が沸き起こり、袖が弾け飛び、内側へと萎びていき、それが肩へと這い上がり、全身へ広がろうとしていた。


「これは――、一体?」


 萎びているのではない……? いや、確かに変化はある。縮んでいる……? まるで、肉体の一部のみが、若返る様に――。


「ははは! このまま消えちまえよッ!」


 腕を這い上がる感覚の異様さに、恐怖にも似た感情が喚起されるが、微動だに出来なかった。そのまま駆けあがる力が、全身を呑み込もうとしていた。


 その時――。


「は――? 落ち、た……?」


 身体を駆け巡っていた稲妻の閃きが、突如、足元の床を撃った。その強烈な閃光の軌跡を目に焼き付けたまま、真っ暗な空間に落ち込んでいた。


 息が、出来ない。周囲は全くの暗闇で、匂い、音も感じない。だが、奇妙な浮遊感の中、四肢に抵抗もなく、自由に動かせる事に気付いた。

 先ほどの異常を確かめるため、左腕を眼前へ近づけるが、自由に動きはするが、視野に捉える事は出来ない。


 声も発することは出来ず、ある種の不安が沸き起こるが、左腕から這い上がろうとしていた力は感じず。若き似姿の動向も掴めない。


 この空間は……? 先ほど私の足元に、稲妻が走った。それが引き金であったなら……。


 まさか、ここは、踏みしめていた床の、中……?


 どうなっている? 心臓どころか、脳すら完全に埋まっている。自らの肉体を透過したのであれば、既に絶命し、床の冷たい石の中でその一部となり、グロテスクな彫像と化していただろう。


 その答えを示す様に、闇の中に明滅する光が見えた。

 それは、先も見通せない闇を掘り進み、道を指し示す。


 この光は――先ほどまで私の肉体を動かしていた雷そのものなのだろうか? 自動で働き、外の状況まで把握している?

 まるで先導する様に動くそれの後を、無意識に追って闇の中を泳ぎ出した。


 何処へ向かっているのだろうか? 一切の迷いなく示される光の軌跡に従い、進み続けると、突如として、上部へと向きを変え、逆さまに閃く稲妻の様に天を撃った。それを追い、水面へ浮上する不可思議な感覚のままに昇っていく。


 そこで、それまで遮断されていた視覚に情報の洪水が襲い来る。

 映っていたのは、消えた私を探し、焦りを隠せずせわしなく身体を左右に振る若き似姿の背面だった。


 完全にこちらを見失い、必死に探している様子だ。先ほどの移動経路から察するに、床に沈み込んだ後、その中を進み、壁の内部へと移行したのだろう。沈んだ段階では視覚が働かなかったのは、こちらの姿を覆い隠すためか。


 信じられない事だが、私の異能は、物質内に潜り、その中を進む程の高等反応を起こし、なおかつ透過する情報の取捨選択までをも自律的に判断し、処理している様だ。いや、本当に恐ろしいのは、物質内を自由に移動できた所にあるか。

 それを可能にするには、透過した物質の透過の程度を肉体の動きに合わせて調整する必要がある。全てが同じ濃度で透過されていれば、手足を動かしても、水中の様に泳ぐことは出来ず空を切るだけか、身じろぎも出来ないかのどちらかとなる。程よい推進力を生むため、高密度の物質の内部を、まるで水であるかのように抵抗を調整し、問題なく進ませたのだ。その間も、敵の位置を捕捉し、隠蔽を続けながら……。


 自らの力に、恐怖すら覚える。それが、いつの日か己の手を離れ、反旗を翻し、自身を滅ぼす引き金となるのではないか、と。


 今は……。そんな感情にとらわれている場合ではありませんな。

 いかに強力に進化しても、有限の反応なのは変わらない。今は、目の前の敵を滅ぼす事に集中しなければ。


 ふむ。物質を完全に透過し、動き回れる程の空間を生み、通る情報の選択まで出来る……。となれば、ひとつ試してみたい事が。上手く行けば、それで終わらせられるかもしれませんな。


 こちらを探し、せわしなく動く背中へと壁の中から両腕を伸ばし、羽交い絞めにする。


「は――? 何だ、この手――どこから」


「ガアアアッ!」


 両腕で締め上げられ、壁面へ押し付けられた若き似姿は、身体のヒビを圧力で広げられているのか、苦痛に呻き叫びだす。


「お前ッ! 突然きえたと思ったら、まさかッ! 壁、壁の中にいたってのかッ!?」


 締め上げ、壁面と挟みこんだ部位から砕ける様な振動が伝わり、腕が身体へとめり込んでいく。


「クソッ! こんな――こんな事が、あって、たまるかよッ!」


 若き似姿はそのまま砕け散るかと思われたが、力を込めていた左腕に違和感を覚え、そのまま萎える様に、圧力が緩んでいく。


「ハッ――! 俺たちは、お前らみてえな雑種とは違うッ!! こんな――こんな形での敗北など、絶対に、許されないッ!!」


 力なく垂れ下がった左腕を壁の中から見つめると、細く、まるで子供の腕のように未発達な姿となっていた。持続的な筋力を発揮できなかった原因は、そのためだろう。

 限界を越えたらしいやせ細った左腕は、肩の少し下までが同じ有様で、その部分にまったく力を感じなくなっていた。

 今まで通り盛り上がった肩の筋肉とのアンバランスさが異様な感覚を生む。


 むう。何が起きているのかは分かりません。しかし、この左腕は、もう使えそうにありませんな。他の手段を講じなければ。


 拘束を振りほどいた若き似姿は、喚きながら壁から離れ、こちらへ振り向こうとするが、その動きは精彩を欠き、上体は激しく揺らめき、膝はガクガクと震え、今にも倒れ伏しそうになっていた。その間にも、細かに煌めく剥片が、飛び散り、周囲にまき散らされて行く。


「こんな事――! あっていいはずがないッ! 雑種ごときが、こんな、こんなッ! 神を嘲笑う様な力を――」


 完全にこちらを捉えた瞳が憎悪に燃える。


「消えろッ!」


 何を仕掛けて来ているのかは分からない。だが、その瞬間に、再び壁面の内部へ潜み、外部と遮断する。


「クソがッ! バケモンみてえな力だッ! ありえねえ! 俺たちを越える力など――」


 壁の内部で、沈み込み、密やかに上部からの光のみを迎え入れ、外の様子を窺う。


 ふむ。このまま足元まで一気に進み、背面から飛び出し、再び拘束を試みますかな。しかし、次こそは逃しませんぞ。


 試さずとも分かり切っていた事だった。これまで大気や、水、炎、そういった物に対して、何度も使って来た反応だ。しかし、大地のみは例外で、表面だけに働きかけたのでは、この反応は得られない。けれども、物質内に潜れる今、不可能を越え、それ自体に作用させられる。その確信のもとに、背後の物質へ力を及ばせる。


 密度を調整し、本来の上限を越える。


 そうする事で、従来の物理法則どおりでは、あり得ない現象が引き起こされる。


 伝わった力への反作用じたいの強化。かけられた力よりも遥かに強い力が返り、それが、爆発的な推進力を生む。


 半ば闇に閉ざされた中で、上部の隙間を見据え、進む位置に目星を付ける。


 そして、軽く跳び上がり、背後に一気に両足を付け、全力で蹴りだした!


 まったく抵抗のない物質内を超高速で通り抜け、狙いをつけたポイントで、足を踏みしめ、上部へと躍り出る。


「は――ま、た――」


 不意を突かれた若き似姿が、驚きの声を上げる間も与えず、右腕を背中越しに脇の下から回し、顔面を全力で掴んだ。


「グアアア――」


 この拘束を通じ、最後の対抗手段を打つ。それが破られた時、私は敗れるだろう――。

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