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限界の超越者、物質透過の真髄

 力による拘束がそれを上回る作用によって解かれ、捻じくれた似姿が、再び襲い来る。


「ふむ。距離はまだある。この速度ならば」


 二度は試行できるだろう。


「ふッ! はッ!」


 一度目は先ほどと同じく空を切り、その動作を終えたタイミングで、近づいて来た似姿に打ち込む。だが、今回は力を使い、透過の準備をする。

 あの衝撃が物理的なものならば、透過で無効に出来るはず。


「ぬあああ!?」


 確かに透過の準備をしていた。何度となく使った作用だ。失敗などあり得ない。だが、右脚の前部、脛あたりに強烈な衝撃を感じ、前のめりに倒れ込んでいく。意図せず似姿との距離が一気に縮まる。


「危ないッ!」


 伸ばしていた右腕が触れ、体重がかかっていくが、そこでまた奇妙な力の流れを感じ、相手の左肩を支点に倒立するように身体が浮き上がっていく。不自然なバランスを正そうと無意識に左手も頭を掴んだが、そこにかかった力は何故か自らの右上腕を締め上げていた。


「これは――」


 訳も分からないまま似姿の後方へと吹き飛んでいた。

 壁面に衝突する瞬間に、反転し事なきを得る。


「透過が働きませんでした! いえ、それだけではなく、先ほどの感触!」


 似姿の頭を掴んだつもりだった。しかし、左手には感触はなく、何も触れていない右上腕に圧力を感じた。そして、肩に手を置いたはずの右手も、まるで空気を掴んだように何も感じず、身体が持ち上げられる強烈なパワーだけが何らかの能力の存在を知覚させた。


「こちらからの働きかけが別の位置に作用している? 鍵となるのは直接ふれる事でしょうか?」


 いや、直接ふれるとは多少の語弊がある。触れたくとも触れられない。接触の瞬間か、それを意識できない程の刹那。時間に表せば一般に使われる単位では足りない一瞬。


 そこで何かが起きている。


 そして、透過すら無視して力が働く。


「透過が効かないのですから、物理的な力ではない? それでは一体」


 魔法? いや、どちらかと言えば何らかの異能か。勿論、抜け出せたか定かではない戦術陣の効力の可能性もある。いずれにせよ、タイミングが一切つかめない。それでは対応のしようがない。


 いや。


「ある――ただひとつだけそれを知覚する方法が――」


 似姿に触れた部位が信号を送り、神経を辿り、脳が感知する。本来ならば何の問題も生じないはずの生得的な仕組み。生物にはそれぞれ定められた知覚かのうな最小単位が存在し、それがその生物特有の時間を築いていく。ヒトは、ヒトのそれを越える一瞬を一瞬としても認識できない。確かに存在するはずなのに、感覚から漏れてしまい、一ともゼロとも呼べない未分類の情報。


「その空白の情報を強制的に一に変える!」


 だが、それには危険を伴う。下手をすれば自身の肉体の情報が欠落し、形を保てなくなるだろう。この似姿はそこまでする程の相手なのだろうか? もっと他に、勝ち筋があるのでは――。


 迷っている間にも、こちらへ向けて剥き出しの殺意が放たれる。


 他の手段を取るならば、考えられる方法は、攻撃をかわし続け、時間を稼ぎ、綻びを見つける事へ注力する。これならば、比較的よういで、体力の消耗も少なく済む。しかし、この状況を打破する何かが見つかる保証はない。もしあるていど消耗しても、鍵が見つからなければ後から戦術を変えざるを得ず、その時は失われた体力の分だけ不利になる。変更した戦術により多くの体力が必要ならば、それを遂行するための最低限の余力を残す、つまり、タイムリミットが生じる。そして、時が経つほど選択の幅が狭まってしまい、後から選びなおす事は出来ない。


 第二に、こちらから積極的に攻め込み、損害を覚悟の上で綻びを探す。打ち込み、相手の力を受けながら、何度も試行し、何らかの突破口がないか探る。これも見つかる保証はなく、肉体的な損傷は免れず、近接する以上、予期せぬ攻撃を受ける可能性すらある。背負うリスクの割りには、あまり有効的でもない。後から戦術の変更は可能だが、体力の消耗も多くなるため消極的な第一案に限られる。


 そして、第三。これこそが、先ほどの閃きに起因する、半ば博打の様な手段。成功と失敗、どちらも起こり得る故に、これには十分な余力が必要になる。失敗した場合、持てる全ての力を動員しても欠落は元に戻せない可能性が高い。

 多大なリスクを伴うが、この似姿の力の正体に肉迫する最も有効な手段とも思える。


 襲い来る攻撃を躱しながら、思考を巡らせるが、迷いを断ち切る事が出来ずにいた。


 そうでした――私はつい先ほど、あの力を使わされた。早急にここを脱し、栄養を補給しなければ、回避不能の破滅的な未来が――。


「覚悟を決めねば」


 似姿の突進を躱し、大きく距離を取る。


「内面に集中する時を――」


 物質透過……それは、私の力の一面に過ぎない。敵も味方もこれに引き付けられ、それだけが異能の全容なのだと思い込む。その心理的な側面、そして、単純な利便性。それに何度も助けられてきた。


 しかし、こんな使い方をした事はいままでにない。


 あの風切りの指摘は、ある意味では正解とも言えた。


 透過と一口に言っても、これを問題なく成すには様々な障害がある。


 遥か昔、若き日に、初めてこの反応に気付き、試みた時。


 その時、私は一度、死んでいる。


 それをあの方に救われた。


 私が生来、手にしていた力はふたつあった。


 この異能と、種族に起因する力。


 それの片方をあの方が引き上げて下さった。


 それによって、私の異能も完成された。


 あの方は、私が生を受けた時より抱えていた欠落を埋めて下さったのだ。


 あの時いだいた感情が、恋心であったのか、崇拝であったのか、今はもう分からない。


 ともあれ透過を試みて多少の問題が起きても、それで命が失われる危険性は大きく減じた。


 透過による神経の電気信号の破綻、それに伴う中枢機能の停止、血流の破綻も同じ結果を招く。

 部分透過の習得の過渡期では、何度となく、体内の組織の露出という悲惨な過程をたどった。それでも運が良かったのだ。肉体の形を保てなくなるほどの失敗を経験しなかったのだから。


 だが、今回は……。


「……手が、震えている……恐れているのか、私は」


 部分透過の応用だ。それを神経線維そのものに作用させ、物理的な距離を強制的に縮める。神経を一定かんかくで透過させ、体内で放電かのうな空間を構築、その間を超高速で伝達させる。それによって、知覚の最小単位の下限を突破したレセプターからの情報を、相手の力が発動する前に脳まで届かせる。


 必要なのは、触覚の強化と拡張。これにはそれほど問題はない。だが、神経伝達のショートカット。これには多大な危険が伴う。部分透過の中でもほぼ最小の試み。それを一定かんかく毎に行う。もし、間違えて途中で透過が途切れてしまえば、それだけで破綻する。

 透過した部位の神経は体内で浮動体となる。それが外へ飛び出すのを防ぐには、霊体と肉体の同一性が極限まで保たれている必要性がある。


 魔法や異能による超自然的な作用を司るのは霊体なのだ。


 もし少しでもずれてしまえば、透過を解いた際に非透過ぶいと重なり、情報の上書きが起こってしまう。それは即座に霊体に反映され、二度と戻せない肉体的な障害となるだろう。そうなれば、私は、もう戦えなくなる。

 いや、それどころか、日常生活すらままならなくなる可能性もある。


 肉体の損傷ならば、治癒できる。だが、肉体を構成する情報じたいが書き換えられてしまえば、それは傷ではないため、治す事は出来ない。


 迷いが生じるのは、危険を伴う事のみが理由ではない。恐れているのだ。過去が、ただの足跡になってしまう事を、これから先に出会う全てを変わってしまった自分が見ることを、その変容こそが最も怖い。


 だが、これは天啓かもしれない。壁を越えた先の世界を見るための。


「始めよう」


 全身の触覚を強化し、次いで繋がる神経を一定の間隔で透過していく。


「ふむ。今のところは、伝達に問題はないようですな」


 ゆっくりと掌を開閉し、似姿を見据える。


「しかし、これを維持しなければならない」


 こちらへ飛び出した似姿に合わせるように踏み出し、床を蹴った。


「はッ!」


 展開された似姿の長い腕を躱し、胴体へ肉迫する。


「ここです!」


 曖昧な人型。何処が弱点かは分からない。故に、まずは頭部を狙う。そして、神経を研ぎ澄まし、拳の衝突の瞬間へ備える。


「来たッ!」


 頭部に届いたと思しき瞬間に、稲妻のように体内を電気信号が走り、脳が須臾の接触を感知する。


「ここだッ! 次に別の部位に反応が起きるはず――!」


 瞬きも出来ず全身が硬直していた。あまりに短い時間のため、まるで時が凍結したかの様だった。だが、確かにそれを捉えた。


 左の脇腹に何かが触れた――。


「ぬあああ!」


 それを知覚し、対処法を考える暇もなく、後方へ激しく横転しながら吹き飛ばされ、壁面へ叩きつけられる。


「ぬううう!」


 光の様に速い反応だ! 相手の力が発動してからでは、考える隙すらない。だが――。


「捉えた! ははは! 確かに感じましたぞ!」


 さて、感じる事は出来た。本題はここからだ。この光速の反応にどう対処する?


 何度も殴りつければ、法則性が見えるかもしれない。しかし、この試行を繰り返す事で、確実に肉体に損傷が蓄積していく。もしも、何ら法則を掴めなければ、いたずらに体力を消耗するだけとなる。


 そして、もうひとつの問題。相手に有効打を加える方法も分からない。


 その時、ある閃きが脳裏を雷光の様に通り過ぎる。


「そうか――力の反応が、光速でも、それが連続で起きるかは分かりません!」


 この知性を持つかも不明な似姿。これが自らの意志で異能を発動しているとは思えない。恐らく反応じたいは自動で起きている。しかし、その力が僅かな隙すらなく連続で起こせるかは分からない。


「その可能性に賭けるしかありませんな」


 素早く接近し、両手を同時に振り抜く構えを取る。


「はあああッ!」


 時間差で打撃を加える。タイミングと距離を調整し、二打目にごく一瞬の遅れを生じさせる。


「ぬッ!?」


 一打目に反応が返り、額に強烈な衝撃を感じるが、それが力の全てを伝える前に、二打目を加えた。


「これは――」


 通常のヒトには知覚する事も出来ない一瞬、視覚は情報の伝達が追いつかず、触覚のみが感知した。


「効いている!?」


 頭を側面から殴りつけた左拳は、似姿の身体に食い込み、首が捩じ切れそうな程に力を加えていく。


「ぬぐぅぅぅッ!」


 遂に打撃が通ったかと思われた瞬間、相手の反応が追いついたのか、額に続き、右胸を強打される感触を覚え、そのまま後方へ弾き飛ばされていた。


「がはッ!」


 相手の力の二回分の衝撃をほぼ同時に受けた。それは想像以上の威力で、叩きつけられた壁面に縫いつけられた様に滞空し、吐血と共に時が再び動き出したかのごとく、床へずり落ちていた。


「くッ!」


 これは、中々に堪えますな。

 しかし、確かな手ごたえもあった。恐らくこれ以上はやく二打目を打ち込む事は不可能だろう。目の前の似姿には先ほどのダメージがあるかも判別はつかない。だが、この方法でしか、打撃を通す手段はない。例え一瞬であっても、小さな損害の積み重ねが撃破の鍵を握るかもしれないのだ。


「残る問題は……」


 返る力への対応策だ。


 連続で受ければ受けるほど、その力は増していき、肉体は確実に破壊されるだろう。通常の状態では何度たえられるか分からない。勿論、身体をその場に固定できなければ、連打じたいが不可能だが、それには比較的よういに対処できる。損害に耐えられさえすれば。


「は、はは。先ほど炎に呑まれた時、力を使ってしまいました。ここで、二度目を発動すれば、意識が保つか分かりませんな……」


 とはいえ、これしか方法はない。もし、意識が途切れれば、それは確実な敗北を意味する。


「また……綱渡りですな」


 今回も誰の助けもない。伸ばした手は空を切り、奈落の底だけが、私を抱擁するだろう。


 似姿は何度目か分からない突進をし、こちらへ腕を伸ばす。


「む――!?」


 動きが変わっている!


 折れ曲がっていた腕は完全に伸ばされ、二リーブもの異様な一撃が予想より早くこちらへ到達する。


「ぬうう!」


 虚を突かれましたな!


 強烈な打撃を額の正面から受け、割れた頭部から血が噴き出す。続いて頭を握りつぶそうとする捻じれた指先を沈み込んで避け、姿勢を低くしたまま、踏み込む。


「今、忘れていたひとつの可能性へ思い至った」


 この似姿の力は、私いがいの物体に触れた場合はどう現れる?


「ふむ。転ばせる方法がない以上、あまり有効とは言えないかもしれませんが、いつも通り風を使いますかな」


 振り抜いた腕が巻き起こす暴風を、似姿の背後へ巻き込んでいき、舞台を整えていく。


「さあ、続けましょうか。これが――最後となるか、否か!」


「その力の真価を見せてもらいましょうッ!!」


 勝機があるかも分からない、絶望的な試行が始まろうとしていた――。

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