風雨に負けず育つモノ、血肉の如く息づく力
吹き付ける暴風に動きがあり、その流れが変わったのを感じた。無意識の内に危険を察知し、立っていられない程の風を、すり抜けて躱そうとするが、力が封じられた様にその場から動けない。
「五重影。究極にして最強、そして終の秘術だ。俺の魔力に神薙ぎの刃の力を乗せられる。これから発動する魔法は、貴様を刻み、焼き焦がしながら、同時にその異能を消去する!」
なんと!? 魔法と武器の力の一体化!? 聞いたことのない技術ですな。
西国の文化を映す仮面。ただの土産を好んで着用していた訳ではなく、彼の地の血筋を引いた一族の出身なのか。
書物にて得た情報だが、東にはない様々な特異な技術を多く擁していると言う。ウィルスマイトの西の端の国境地帯。そこに広がる死の海と称される砂漠、その熱砂と魔物に阻まれ、近づく者すらいない。
遥か古代の伝承では、世界の背骨が競り上がり、この地に大瘴域が現れる以前は、自由に行き来が可能であり、交流も絶えなかったと言う。
「は、ははは! 本当に素晴らしい! これ程の優れた力は、百年にひとり、いや、千年かも知れませんな」
それほどの傑物。だが、残念な事に欠けたモノがある。その致命的な瑕疵。それこそが、絶対的な不利を覆す勝機。
「悠長に話している時もない、俺に五重影を使わせた、その事実を誇りとし、潔く果てろ」
肉体の奥深くへ意識を落とし、集中していく。
神薙ぎの刃、異能を裂く剣。だが、その力は、目にも映らぬ極小の世界まで斬れるのか。
一般に広く知られた知識ではないが、遥か古代より、ヒトの身体の中にある、小さき世界を研究する者はいた。彼らによれば、人体とはそれそのものが、数多の星々の輝く宇宙の様な物であると言う。
全てを理解する事は出来なかった。だが、自らの力と向き合い、研鑽を積むほどに、体得した。いや、知覚した! この肉体は、神の被造物。そのどのような言葉を尽くしても語れぬ、精緻の極致であるシステムにアクセスする方法を!
背筋に、まるで落雷を直接うけた様な電流が走り、全身に内在する全ての神経が覚醒する。
拍動は、徐々に、加速し、その唸りが巨獣の咆哮の様に、血管を走り、力に満ちていく。
聞きかじった言葉だが、神経伝達物質と言うらしい。ヒトの感情までもコントロールする。その物質に自らの意志で干渉し、影響度を極限まで高めていく。
ふむ。極まった戦士の中には、バーサークと呼ばれる、戦技を使える者がいるらしいですな。
彼らがその状態になった時、肉体を犠牲に、能力を飛躍的に向上させ、その反動か、敵味方の区別すらつかず、全ての動くモノを破壊しつくすという。故にバーサーカーと呼ばれ、恐れられている。
私は、戦士としては、それほど優れた存在ではありませんが、生まれ持った力と後天的な知識が、それと似た現象を可能にしてくれました。まあ、意識は明瞭なままですがな。
それ故に、肉体が蝕まれる恐怖を、忘れる事は出来ない。理性を保ったまま肉体の限界を越える。それは、死と向き合う儀式でもあった。
「死ね」
眼前で男の冷酷な言葉が響いたが、振り降ろされた刃の先には、既に誰もいなかった。
大地には、強く蹴られた痕跡が残り、吹きすさぶ暴風はにわかに乱れ、通り過ぎた者の異常性を指し示す。
「馬鹿なッ!? 異能は封じたはず! 何故、何故うごけたッ!?」
痛い、今にも全身が張り裂けそうだ。これ程の痛みを感じたのは、何時ぶりだろうか? そして、内部から響く。心の臓が破裂しそうな音。それを感じるだけで、死の恐怖が持ち上がってくるが、呑まれてしまっては、限界を待つまでもなく、終わりを迎えるだろう。
異常な間隔で鳴り響く拍動。それの律動に同期する様に、周囲の壁を跳びまわる。
「何だッ!? ま、全く見えん!? 何が俺の周りを跳ねまわっているッ!?」
自らの動きが速すぎて、その速さに意識が、五感がついて行けなくなる。跳びまわり、徐々に、過去にこの力を振るった時を思い起こし、身体の状態に慣れていく。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、それらを調整し、異常な速さに完全に同化する。
「ガッ――!?」
無影の鎧を纏った男の顔面を、左脚で蹴りつける。その空間を薙ぐ様な一撃に、反動が返るが、それを無視して力を加え続ける。
「アアッ!?」
密着した左脚との間で、力の連鎖的な爆発が起き、男は竜巻の様に回転しながら吹き飛んでいく。
「ア――アガッ! 馬鹿なァッ! 馬鹿なァァァッ! 鎧の反動を生身で受けながら、何故からだが砕けないッ!?」
男は叫び、炎を宿した右手を振り抜いた。
「塵となれッ!」
その爆炎の投射を、難なく躱し、男を空中へ打ち上げた。
「アガアァァッ!」
無防備に上空へ飛ぶ身体に一瞬で追いつく。
「風切りッ! もし、貴方の剣術が、極限まで磨かれ、異能なしでも大地を断つ様な鋭さであったなら、私は何も出来ずに敗れ去っていたでしょう」
宙で更に追撃を加え、再び打ち上げる。男は風を起こし、それを右手に纏い振り抜くが、身体へ届く前に、右腕を振り、風を完全に散らす。
「な、何故だッ!? 俺の、俺の術がッ! 我が一族が継承せし、最強の力がッ! 何故ッ!?」
男に打撃を加え、叩き上げ、その連打に合わせる様に、自らの激情を解き放つ。
「それです。その最強の力に――貴方の実力が追いついていないのですよッ! 術の補助があっても、剣の振りなど、蠅がとまる程に遅いッ!」
虚を突かれ、不意打ちを受けたが、身のこなし、剣のキレ、どちらも平凡そのものだ。あの程度の力や速さを手にした者など、大陸中に五万といるだろう。三重影だったか、あの段階までは完全に術の力と異能頼みだったため、その欠点に気付けなかったが、神薙ぎの刃を取り出してからは、異能と肉体との不釣り合いさが際立っていた。
「貴方には、肉体を鍛え、武器の技を磨き、己を高める。その大事な部分が欠けているッ!」
そうだ。最強とも呼べる異能、それに不釣り合いな使い手としての未熟さ。
「それは――基礎と呼ばれるモノだッ! 力を己の血の様に通わせる。そのために欠かせぬ過程ッ!」
恐らく、この男は、自らの異能に酔い、その力を磨く事に執着して来たのだろう。そして、術者としての器を磨く事を忘れた。
「例え雨が降ろうと、風が吹こうと、決して欠かさぬ弛まぬ鍛錬。来る日も来る日もただ専心し、自らの器を磨き上げるッ!」
空中で打撃を加え、吹き飛んだ先へ回り込み、再び殴りつける。
「単調で面白くはないかもしれない、心が倦む事もあるだろう。だが、それを越え、肉体を、精神を、鍛え上げるッ!」
男は抵抗しようと、右手を振り抜くが、空中戦など初めてなのだろう。地に足がついていない状態では、身体を上手く制御できず、まともに剣を扱えない。
「その過程を経た時、初めて技は活き、その真価が示されるのだッ!」
身体の中で、ぶちぶちと筋肉が切れ、弾ける音がした。
「それを怠り、強力な異能の上に胡坐をかいた! その醜態は――この敗北はッ!」
男の上に飛び上がり、両手で地面へ向けて叩き落す。
「それが原因だッ!」
「ガアアア――!」
この男が、これまでに奪って来た命の数。それを言葉に出すのは不公平だ。だが、己が異能に酔うのと同じく、血に酔い、殺戮に酔っていたのは、言動の端々から表れていた。その犠牲者たちの魂の安寧を願い、最後の一撃を加えるため、急加速する。
私じしん、正義の味方のつもりなど、微塵もありませんがな。それでも必要なこれは、ひとつのけじめです。
お嬢様の僕として、敵を討つ、しかし、傀儡となり果てた覚えはない。
何よりもそれは、あの方に救われた命に背く行いだ。
(ねえキミ。これからはさ、うんとヒトに優しくするといいよ。闇の力を宿したセイギのミカタとかさあ。震えるくらいカッコイイと思わない? ダークヒーローって奴だよ!)
そう言って、貴女は笑われましたな……。その想いを完全に体現する事は出来ませんでしたが、今も、こうして戦っております。
いつか貴女に再び会えた時、恥じぬ自分であるために――。
ロゼさま――。
「ふざ――けるなッ! アアアアッ!」
下方からは、男の我を忘れた叫びが響いた。
「俺の力は最強だッ! 基礎だとッ!? そんなモノ必要あるかァァァッ! 自分より劣る相手を罵倒し、好き放題に殴りつけるのは、さぞかし気分が良かっただろうなァッ!」
男は喚き散らし、大地へと吸い込まれるように落ちて行く。
「認めんッ! 敗北など、絶対に――! 一族の名に懸けて、受け入れる訳には――」
何だ? 風を上空に投射し、更に加速したッ!? 地上へ全力でぶつかるつもりかッ!?
そんな事をすれば、あの鎧を纏っていてもただでは済まない。一体なにを考えている?
「まだ、全ての力を見せた訳ではないッ! だが、こんな情けない形で使う事になるとはな――」
男は異常な速度で地上へ激突し、その瞬間、右手を突き出し、それに左手を重ねる様に叩くのが見えた。
「ぬ!? ぬおおおおッ――!?」
地上からは壮絶な力の爆発が起き、上空、百リーブあまりに飛び上がっていた私までもが、その波に呑まれた。
「くッ! 神薙ぎの刃の力が乗った衝撃波かッ!?」
空中での身体の制御に使っていた力を阻害され、何もできずに吹き飛ばされる。
持続時間が限界に達し、肉体を覆っていた力が霧散していき、視界が激しく回転する。
しばらく宙で回転し、波が消えた所で態勢を立て直し、地上へ目を向けるが、既に男はいなかった。
「は、ははは! まんまと逃げおおせた様ですな。――これは、一生の不覚ですな」
身体を制御し、爆心地へ降り立つ。周囲の半径、数十リーブが破壊され、塵となったのか、家屋の列ははるか遠くに見えた。
「はっ! しまった! 戦いに夢中で、周囲への被害を考えていませんでした!」
この辺りは、ほとんどが、無人の廃屋である事は、人の気配の無さから察していたが、これ程の規模となると、無関係な人命が失われた可能性がある。
「心配しなくても大丈夫だよう。向こうで騒ぎを起こして、近隣の人々を移動させたからねぇ。ああでも、帰ってきたら家が無くなってたら、どんな顔するかなあ。くくく」
何だ? 背後から、突然こえがッ!
慌てて振り返るが、そこには誰もおらず、また後ろから声が聞こえる。
「それにしてもさあ。本当に強いんだねぇ。……お面君がさ、あんなに頑張ってるの、初めて見たけど、それでも敵わないなんてねぇ」
「くっ! 何者ですかな? 姿を見せなさい!」
周囲の全方位に素早く目を向けるが、声は常に背後から響いて来る。
「それにさあ。……まだ、力を隠しているんでしょ? あ~あ。君みたいなのを送って来るなんて、相当にお冠なんだろうなあ。ここの施設も、今日で終わりかなあ」
謎の声は、そこで沈黙し、それ以降なにも聞こえず、遠くからは声の言った通りなのか、戻ってきた人々の叫びが響いた。
「一体なに者……。気配すらなく、声だけが響くとは……」
ふむ。しかし、ここの施設と言う表現からみて、旧都に拠点など、何らかの魔人信奉者に関する場があるのが窺えますな。
「まさか、今のがレバン……?」
まるでお嬢様を知っている様な口ぶりだった。あの方のお力ならば、私の助けなど不要でしょうが、何処か薄気味悪いですな……。
「ふむ。いつまでもここにいては、この破壊の元凶と疑われますな」
気配を消し、爆心地から離れ、驚愕の声や悲鳴を上げる人々の間をすり抜け、更に旧都の奥へと進む。通り過ぎる瞬間、心の中で謝罪をし、祈りの言葉を唱える。
「大分、血を流してしまいました。回復を兼ねて、再び情報収集に励みますかな」
本来ならば、あの風切りを生かしたまま捕らえ、尋問を行うつもりだったが、あれほど鮮やかに逃げられたのでは、どうしようもない。
歩きながら、自らの服装を見回す。
「新品どうぜんだったコートが、ズタボロに……。これでは、人々に警戒されてしまいますかな……?」
傷はともかく、血の染みは不味い。
「ふむ。魔法はそれほど得意ではありませんが、こうして――」
僅かな魔力の作用によって血の精霊を呼び、その小さな力を高め、汚れを取り去る。
「ふう。では、気を取り直して」
そこで、何処か不安を煽る。不気味な声が聞こえた。
「あ、ああ。ああああ――」
そちらへ目を向けると、家屋の壁に寄りかかり、ふらつく老人が、足元もおぼつかない様子で、奇声を上げていた。
周囲へ注意を向けると、あちこちに人々が倒れ、眠っているのが見えた。
「ふむ? 何やらただならぬ有様ですな。外で眠るのが心地よい気温ではありません」
新たに踏み込んだ場は、旧都の闇のひとつを表すのか。その謎は深まるばかりだ――。
評価・ブックマーク・レビュー・感想などいただけると励みになります。