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風切りの般若

 男は再びナイフを風の様な速さで飛ばす。それに向けて残りの串を正面から投げつけると、また真ん中で裂けて、根本まで断たれる寸前で、ナイフと共に地面へ落下する。


「残った串は一本」


 男は何処からナイフを取り出しているのだろうか、その手が閃くだけで、飛来する白刃へ再び串を投げつけた。だが、今回はナイフは止まらず、こちらへ届き、それを最小限の動きで躱すと、向こうから悲鳴が聞こえた。


「グアッ!」


 男の右手には、串が深々と刺さり、白い手袋が赤く染まる。


「貴様ッ!」


 忌々しそうな声と共に、串が引き抜かれ、血が空中へ軌跡を描く。


「ははは。油断禁物、ですぞ」


 確かにナイフと正面からぶつかった。なのに何故くしが自分に刺さったのか……。さて、謎かけの時間ですぞ。困惑は大きな隙となります。そして、否が応でも実力を曝け出させる。


「風切りの般若……」


 面の男が、謎の単語を呟く。


「ふむ? ああ! 貴方の通り名ですかな? 裏社会での――」


 はて、風切りとは、いかなる特質を示すモノか。それが暴かれるのが楽しみで待ちきれない!


 男が両手を交差する様に振ると、ナイフの本数が増え、一気に十本が飛来し、こちらの身体を蜂の巣にしようと狙う。


「ふむ。小手調べのつもりですかな? 早く本気を出さないと、手足がなくなりますぞ」


 飛来したナイフをコートの端を掴み、はためかせるだけで、全て弾き落す。


「何だとッ!?」


 驚愕の声を上げる男が次の行動へ移る前に、一気に右側面へ回り込み、再びコートの端を振り上げる。


「グアアアッ!?」


 まるで突風に煽られた様に吹き飛んだ男は、背後にあった家屋の壁へ激突する。その場に小さな陥没が出来、剥片が崩れ落ちた。


「どうしました? 風切り? その異名の真価を見せる前に果てますかな?」


 全身に力を籠め、壁から飛び出した男が吠える。


「ほざけッ!」


 片足で着地した男は、飛び出した勢いに乗って、左脚を振るう。すると、先ほどまでより、遥かに長い刃が閃いた。


「む!」


 咄嗟に距離を取り、それを躱すが、コートの端が切り裂かれていた。


「ほう。実に興味深い力ですな」


 その言葉に男は激昂する。


「品定めをする様な目を止めろッ!」


 腕を振るえば短刀が飛び、脚を振るえば、まるで刀剣の様な長い刃が。一見すると手足の動きに合わせて自由に魔法の刃を生み出す力に思える。だが、それだけでは異名の謎は解けない。


「ひとつ言っておこう……。風切りは、俺じしんが付けた名ではない」


 そう告げた男は、ゆっくりと舞うような動きで両手で円を描く。


「む? その動きは何のつもり――」


 いや――これは!


「地中から何か来る!」


 突如はじけ飛んだ土の中から巨大な鎚状の鉄塊が見え、それに腹部を強打された。


「ぐうッ!」


 この重さ、破壊力! 守りなしに受ければ骨ごと粉砕されますな。

 空中で身を翻し、態勢を整えて着地すると、動きを追うように地面が盛り上がり、次々と鉄塊が飛び出して来る。


 面の男は相変わらず緩慢な動作で腕を回していた。


「成程、風切りとは、貴方の力のうわべだけを見た何者かが付けたモノで、その真髄を表すものではないと――!」


 地中からの攻撃をかわし、跳びまわる頭部へ向かって、鋭いナイフが襲い来る。


「ぬう!」


 それをすんでの所で指で挟み、捕らえる。

 気付けば、男の動きは切り替わり、素早く両腕を振るいながら近づいてくる。


「はは、これは面白い!」


 次々と飛ぶナイフを、コートの端を振るい叩き落し、着地した所へ男が肉薄し、地面を激しく踏みつけた。


 足元が突然、不安定になり、その下から何かが浮き出して来るのを感じ、目を凝らし、集中する。


「槍――!?」


 幾つも時間差で飛び出して来る槍らしき長物が身体を掠めるが、こちらも足元を踏みしめ、その動きを止めた。面の男は驚愕の声を漏らす。


「何だとッ!?」


 危険を感じたのか、それとも遂に本気を出すつもりになったのか、男は距離を取り後ろへ飛びのいた。


「貴様……。俺を嘲り、楽しんでいるのか……!?」


 わざとらしく相手と同じ動きで、相手の技を阻む。された側は、私の能力が自らの上位互換であるかの様に錯覚し、不快感を募らせるだろう。加えて最初の謎も解けてはいない。見えない正体は頭にこびりつき、判断を鈍らせる。


「そうです。その苛立ちを、怒りに変え、真の力を表しなさい!」


「さあ――!」


 男は右手を振りかぶり、弧を描く様に大きく振り抜いた。


「ぬかせッ!」


 すると何もない右側面から何かが鋭く伸び、左足首へ巻き付いた。それの動きに伴い破裂音が鳴り、空間を震わせる。


「む! これは――鞭!?」


 しかも悪辣な事に、先端に微細な棘が――! 締め上げるそれが、服を裂き、肉に食い込んでいく。


 男は鞭の柄を握り、足をすくおうと力を込め、同時に、左腕を鋭く真っすぐに突き出した。


「終わりだッ!」


 背後の空間からは、無数の矢らしき飛翔体が迫りくる。


「これは――躱しきれませんな」


 ここで、左腕で心臓の辺りを掴んだ。


「何ッ!?」


 左の足首を縛っていた鞭がするりと抜け、加えられた力によって、後方へ跳ね飛ぶ。そして、無数の矢は身体をすり抜け、通り過ぎて行った。


「物質透過能力かッ!?」


 男は私の力を見て、その対応に思案する様子で、一時うごきが止まる。


「さて、どうでしょうな……?」


 ふふ。当然そう感じるでしょうが、それでは、今までの全ての現象の解とはなりませんぞ? 目を引く特徴は、誘蛾灯。それの眩しさに惑わされるあまり、思考を放棄してしまっては、貴方に勝ち目はありません。……ここで、終わりですかな?


 男に動きがあり、自らの両手の手袋を、片方ずつ脱いでいき、それを地面へ投げ捨てた。その内側がめくれ、怪しげな紋様が目に入る。


「ほう。封魔の術式。遂にやる気になりましたかな」


 男は両の手首をほぐす様に振ってみせ、話し始める。


「物質透過とはな……。貴様に通常の力や速さなど、全く通じぬ訳か。……だが、それも万能ではあるまい。恐らく使えば激しく消耗するのだろう。でなければ、初めから普通に回避や防御などせず、その力だけで済ましていたはずだ!」


 男はこれまでの戦いの経過を振り返り、ひとつの想像をしてみせたが、全くの的外れだった。


 ふむ。やはり、眩しさに目がくらみましたか。答えとしては、ほぼ零点に近い。持久戦に持ち込めば、私を攻略できるとでも思っていそうですな。浅はかですぞ、風切り。

 戦においては、言葉さえもひとつの武装です。何を見せ、何を語るかも、戦術のうち。今の言葉の裏に、別の答えが伏せられていれば良いのですが……。


「外法・影宿し――二重影」


 その呟きと共に、男の身体を怪しげな黒い靄が包み始める。


「ふむ。闇の魔術ですかな? それが、貴方の切り札であると……?」


 男は面の内で、笑ったのだろうか。上体が微かに揺れ、言葉が続く。


「さあ、どうだろうな」


 全て言い終えぬうちに、激しく回転を始め、外側へ突き出された肘の辺りから長い刃が伸びる。それの間合いを測りながら、観察を続ける。


 ふむ。速さは大して変わっていない。先の術名が、こけおどしのはずもない。何か――何かが。


 いや! 今、一瞬、何かが閃いた――。


「ぬあ!」


 回転する男の側から何かが飛来したのか、右頬の側面が刃物で斬られた様に、裂け、血が脈打ち溢れだす。


 全く見えなかった――!


 これ、これは――見えない刃!?


「俺の力、その発現の過程が、お前たちが考える程、単純だと思うなよ」


 そんなはずはない! 透明の刃など! 集中しろ、目を凝らせ、先の一瞬の閃き、その正体を見破るのだ!


「ぐああ!」


 回避も防御も捨て、ただ相手の動きに集中した。その結果、右腕に刃が深々と突き刺さり、苦痛に呻くが、閃きの正体を捉えた。

 こちらが反応できない程の異常な速度で飛来するそれは、確かに以前と同じ短刀だった。

 だが、撃ちだされた部位は、男の身体からではなく、そこから伸び、回転し、空を切る刃の先端!


 そうか――! 回転し、加速する、最も速度のある先端が撃ちだす事によって、直接、手足を振るう場合よりも桁違いの速さを得ているのか!


 間違いない! この男の力には、発現する部位の速度が関係しているのだ。

 素早い腕の振りは、風の如き短刀を生み、脚の振りは、鋭い斬撃となり、緩慢な舞いの様な動作は、重い鉄塊を生み出した。


 い、いや! それではあの槍が説明できない。まだ、まだ秘密があるのか!

 この男の力の正体を読み解こうと、私じしんが謎かけの餌食となっているのだ。自分が張り巡らせたはずの罠を、相手も使っていた。気付かぬうちに。それが、その事実が、言い知れぬ高揚を呼び、思わず笑いが漏れ出す。


「ふふ。ふふふ」


 その笑いに、男が問いかける。


「どうした? 右腕を貫かれ、気でも触れたか? 反応できない速度には、限定的な物質透過など、何の役にも立つまい」


 それに挑発、もとい、本心を返す。


「実に面白い! これをこそ、私は待っていたのですよ! 風切りッ!」


「貴様ッ!」


 男は激昂し、次々と刃を飛ばすが、それは虚しく身体をすり抜け、背後の空間へ消えていく。


「持久戦と言う訳か? どちらが、先に力尽きるか」


「いえ、そんな事にはなりませんぞ」


 地面へ右足を叩きつけ、表層を抉り、多量の土を宙へ飛ばす。


「何だとッ!?」


 その土煙に飛来するナイフは、蜘蛛の巣にかかった蝶の様に、力なく捕らえられる。


「バカなッ! そんな土煙ごときで!」


 止められるはずはありませんか――?


 次いで、身体ごと回転し、コートを激しくはためかせ、風を生む。それが瞬く間に暴風となり、土煙が男に襲い掛かり、吹き飛ばし、背面の壁へと打ち付けた。


「グアアアッ!」


 男は壁に埋まり、ゆっくりと揺らぎ、地面へ落下する。膝をついた面の内から鮮やかな血が流れ出すのが見えた。


「く、貴様に、この程度の術など通じぬか。いいだろう……」


 男は揺らめきながら立ち上がり、面の内の血を洗い流す様に、叫んだ。


「外法・影宿し弐式――三重影」


 そして、右腕を素早く振るう。


「む! この気配は――」


 腕が振り降ろされ、空気の弾ける音が鳴り、次いで地面を強打する乾いた音、そして、そこから三本に枝分かれした何かが、地面に三列の深い亀裂を真っすぐに刻んでいた。


 またしても――全く見えなかった!

 背後にちらりと視線を送り、割れた地面を見やる。


 もし、力を使っていなければ、左腕は根元から断たれ、おびただしい血を振りまきながら宙を飛んでいただろう。


「俺の力、その異能の名は、『武器庫の番人』。数多の武器を操り、特定の術式によって、現世へと呼び出す」


 武器庫の番人!?


「はっ!」


 掛け声と共に、両腕が胸の前で小さく動くが、また空気の弾ける音、そして、背後から重い何かが崩れ落ちる音が響いた。振り返ると、家屋が真ん中から両断され、砕け散りながら崩れていく。


「しかし、貴様の透過能力。埒が明かんな」


 速度や威力だけではない、射程距離も桁違いに伸びている。最も驚嘆すべきは、本体の動きの小ささだ。一クラウンにも満たない様な、僅かな距離の腕の移動が、遥か後方の家屋を一瞬で破壊した。

 あれほど僅かな動きなら、隙にすらならない。そして、通常ならば、近づく事も出来ずに五体は弾け飛び、絶命するだろう。


「ふふ。成程、ここからが本当の所……ですかな?」


 男はこちらの手の内が見えたといったばかりに、勝ち誇る。


「貴様、透過を使っている時は、全く動きがないな。まさか、静止時にしか使えないのか?」


「さあ、どうでしょうな。ひとつ、試してみては?」


「戯言を!」


 動き出した男は、その長い射程を活かすためか、小刻みなステップで、間合いを測り、距離を取りながら腕を使う。


 成程、こちらが近づくのを妨害すれば、圧倒的な射程の差で、何もさせないで勝てるでしょう。

 背後の建物が軋み、両断された切り口の上を滑りながら崩れ落ちていく。


 ふむ。これは、使えますな。何、まだ手はいくらでもあるのですが、見物人がいる中で、全て見せてしまうのも惜しい。

 観客には精々、物質透過を印象付けてお帰り頂きましょう。


 背後で崩れ落ちた壁の後ろへ一瞬で回り、その陰へ潜む。


「臆したかッ! その程度の覆いなど、何の防御にもならないのが、まだ分からないのか!?」


 男が腕を動かすと、私を隠していた崩れた壁が、建物の残骸ごと切り払われ、宙へ飛び出す。


 ふふ。姿が見えなければ、その背後で何が行われているのかなど、想像するしかないでしょう。本当に、私はそこにいると思いますかな?


 切り払われた建物の陰から、一瞬で隣の家屋が落とす濃い影の中へ移動していた。もうもうと立ち昇る埃と暗さが、スムーズな移動を支援してくれる。


 男はまだ私がその裏にいると思い込み、攻撃を続けていた。


 やはり……。いかな強力な術も、術者の五感を越えて敵を討つ事はない。基礎的な索敵の技をもっと磨いておくべきでしたな。


 陰に潜み、男を見据え、最後の一撃を加える準備を進める――。

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