固有精霊からのメッセージ
集中を続け、デルライラムの腕を見ていると、粘糸につながれたそれが、まるで筋肉の様に、収縮した。
「人工筋肉……。そんな概念を、研究している学者がいたな。お前は、聞いた事があるか?」
あ、あると言えば、あるけど。ゲームで。
「こいつぁな。それを魔法で可能にする手段よ」
その間にも、デルライラムの腕に張り付いた鋼は、動き、形を変え、腕全体をカバーする様に、薄く覆っていた。
デルライラムは屈み、地面へ向けて手を伸ばすと、掴み、引き上げた。
「え?」
固くしまった地層が引っ張られたのか、木の根と共に、土の巨大な塊が徐々に引き上げられて露出する。その瞬間、独特な土臭い匂いがした。
「断っておくが、俺の素の筋力じゃ、こんな真似はできねぇ。俺は、武闘家じゃねえからな」
そうか、腕を覆った動く鋼、あれが、腕全体をサポートし、筋力を大幅に跳ね上げたのか。
「大地剛殻の基本は、これよ。薄い人工筋肉を身に纏い、通常じゃあ出せねぇ力を出す。勿論、覆ったのは金属だからな、防御にも使える」
そして、付け加えられる。
「だが、ひとつ問題点があってな。こいつぁな。重てぇんだ。並みの筋力じゃ、パワーを出す以前に、重くて先に素の肉体の方がまいっちまう。まあ、それを克服する方法も、これから話すがよ」
もう、全て話してしまう気でいるのか、大盤振る舞いだ。
「置換魔法と幻体魔法。お前、聞いたことあるか?」
無言で首を振る。
「まずぁ置換魔法だ。例えば、そこに落ちてる石と、あっちに落ちてる石の場所をとっ替えちまう。そんな単純ではあるが、転移魔法の基礎ともされる。見た目に反して、そこそこ習得は難しい部類のやつよ」
デルライラムは言葉を続ける。
「そいつぁな。俺たちの――肉体にも一時的にではあるが、作用させられる。ここまで言えば、何となく想像できねえか?」
い、いや。今回は、何も浮かばない……。
「はは。無理か。……まあ、気に病む必要はねぇ。どうせ、全部せつめいする。……つまりはよ。置き換えちまうのよ。骨や、筋肉を、動きを持たせた鋼とな」
ええ!?
「肉体の内部の構造じたいを、強化された替えの筋肉で、動作させる。そして、表には、外殻となる鋼も纏う。内部と、外部から同時に、強化された肉体。それが、大地剛殻の真髄」
想像もしていなかった答えだった。パワードスーツとか、そんなレベルじゃない。身体じたいが、機械化されたサイボーグが、更にスーツを着て強化される様な物だ。しかも、それを自分の意志で、自由に切り替えられる。魔法だからこそ可能な奥義なのだろう。
「で、置換魔法だけだと、体内の置き換えには、問題が出る。俺たちぁ毒の完全耐性を持っちゃいるが、この場合は関係ねえ。異物に置き換わった肉体は、そのままじゃあ動作しねえ。……そこで、幻体魔法の出番だ。こいつぁ置き換わった異物を、身体には異物ではないと認識させ、問題なく連結させ全体を動作させる。……まあ、突き詰めると硬化魔法の範疇を越えちまうのよ」
ええ!? まだまだ延々と修行の続きそうな壮大な話なんだけど。
それを見透かした様子で、デルライラムは笑った。
「はは。だがな。元々は、外側に纏うだけだった。俺も最初から置換や幻体まで使えた訳じゃねえ。身体の外側に、粘糸を動力とする、動く鋼を纏う。それが、この奥義の基礎となる」
とんでもねえ。奥義にも、段階があって、ひとつずつ修めて行かなきゃ、極める事は出来ないんだ……!
初めて魔法の可能性に思い至って、師の家を訪れた、その時の気持ちが、また蘇った気がした。
「まずは、お前の今の筋力でも扱える量を身に纏い、それを動作させる修行から始めな。なあに、右腕だけとか、部分ごとでも構わねえのさ。それを続けている内に、必ず外側だけじゃ、満足できねえ日が来る。……次のステップに進むのは、そっからでも遅くねえ。一番わりぃのは、焦り過ぎて、どれもこれも一気に手を出そうとするこった。心を落ち着けて、ひとつずつ向き合いな」
その言葉は、心の内に染み込む様に、入り込んできた。
確かにその通りだ。早く強くなりたいけど、焦ったって何も得なんてないんだ。ひとつずつ真剣にクリアしないと。
「分かったか? 最初の実物教授こそあれど、それ以降は、言葉で説明するしかねぇ。後の実技はお前しだいってこった。俺が、再び師らしい事をやってやるにしても、置換が必要になる段階まではお預けだ」
最後にデルライラムに尋ねた。
「あの! 師匠! 続けてれば、あの――銀の騎士の姿! いつかあれみたいになれますかッ!?」
デルライラムは頭をかき、気恥ずかしそうに答える。
「おいおい、だから、その銀の騎士ってやめな。こっぱずかしくてよ、身体が痒くなる。……だが、お前なら必ず辿り着けるぜ、いや――恐らく、俺が見出した到達点よりも、更なる上を体得するだろうな……」
その言葉の意味は、まだ分からなかった。
でも、俺にもあんな姿になれる! そのチャンスがあるんだ! くううう! まるで変身ヒーローだぜ、考えるだけで胸が熱くなる!
「ま、そのためにぁ。毎日、地道な基礎の繰り返しよ。あの解剖学書の知識も、必ず要る。よぅく勉強するんだぜ?」
そして、デルライラムは「じゃあな。頑張れよ」と残して、家へと戻っていった。
いつもの様に、その場に残されたが、今回は置いて行かれた気持ちにはならなかった。今、去って行った。あの師の背中に、何時か追いつく。師の後ろ姿には、そんな希望が眩しく輝いていた。
「ふむう。奥義の継承。今ので終わりなのかの?」
余韻をかみしめていると、木々の間からジジが現れて、不思議そうに問いかけてくる。
「はは。お前、ずっと隠れてたのか?」
ジジは不満そうに、腕を組んで見せる。
「うむ。あの老翁、儂には何やら厳しいからのう。出るに出られなんだ」
そして、そこで、心配そうな顔になり、俺の身体を隅々まで見回す。
「おんし、儂のおらぬ間に、また化け物とやり合ったのか? 大事ないのか?」
その真剣な瞳に、何処か恥ずかしくなり、目をそらす。
「あ、ああ。……確かに、死にかけてた記憶があるんだけど、何か治ってた」
ジジは驚き、声を漏らす。
「なんと! しかし、どういう事なのじゃ?」
その問いに、答える事は出来なかった。
「分からないんだよなぁ。いつの間にか、治ってて、師匠の話じゃ、俺。意識のない状態で、戦ってたらしい」
ジジはまた不思議そうに呟く。
「ふむう。何やら判然とせぬが、あの場には、何者かの神気が、隠そうともせずに色濃く残されておった。あの場に何らかの神がおったのは間違いない。……そ奴の思惑は分からぬが、おんしを救ったのも、神かも知れぬな」
へ? 眠る前に聞いた、あの声か? だけど、もう何を話したのかも、思い出せないんだよなぁ……。
その時、イシとデイが、何かを言いたげに、自ら透明化を解いて、俺の周りを飛び回った。固有精霊が自発的に動くなど、今までなかった事だ。
「あれ? どうしたんだ。お前たち?」
ジジは固有精霊たちを見つめ、呟く。
「ふむう? そ奴ら、おんしに、何かを伝えたいのではないか? 何処か、そんな気配を発しておる」
へ?
「いや、でも。二人は話せないからなぁ……。固有精霊とコミュニケーションを取る手段があればいいんだが……。あれ? でも、アイシャはあのナイちゃんと話してなかったっけ?」
ジジは何かを思いついた様子で、こちらへ提案する。
「うむ! 閃いたぞ! 儂が、取り持ってやろう!」
その突飛な言葉に思わず首をかしげる。
「へ? どうすんだ?」
ジジはこちらへウィンクをしてみせる。
「くふふふ。儂も精霊よ。故に、こ奴らの声が聞けるやも知れぬ。……それを、間接的に、おんしに伝えるのじゃ」
それを聞いて、手をたたいた。
「成程な。早速やってみてくれよ」
ジジは固有精霊たちに右手を、俺の額に左手を当てた。その状態で、目を瞑り、集中している様だ。
「む、むむむ」
やがて、何か微かな、雑音の様な、小さな音が聞こえ始める。
「ご――さま」
それは、徐々にノイズを取り払い、音質と音量を高めていく。
「ご主人さま。ぼくたち見た。ご主人さまの右手に、ぼくたちが、融合して、あの、巨人と戦った。その時、アーグロア。凄い威力になってた。ぼくたち、集中して、何も分からなかった、けど、ずっとアーグロアを使ってた。二人で、使い続けてた」
そこで、ジジは荒い息を吐き、態勢を崩す。
「はあ、はあ。これは、中々に堪えるのう……。念話の要領で試みたが。……じゃが、今の話、どういう事じゃ?」
はっきりと聞こえた。イシとデイが、俺の右手に融合し、アーグロアを使い続けてた?
そして、右手に目をやる。そこには確かにあの手袋が嵌められていて、黒く光を反射して輝いている。
「どういう事だ? 右手には、封印があって、魔法は発動しないはず。俺が、無意識だった時に、何が起きてたんだ……?」
その場では、それ以上の情報は得られず、それは、心の中に疑問を残したまま、未解決となる。
「ふむ? 固有精霊が嘘を言うはずもない。しかし、おんしの肉体と、固有精霊が融合、とはのう? その様な技は、聞いた事もないが……」
そこでジジは何かを思い出したのか、指をはじいた。
「そうじゃ! 精霊同化術! 聞いたことがあるぞ! それならば熟練の精霊使いなら、知っておるはずじゃ! 帰ったらアイシャに尋ねてはどうじゃ?」
へえ。精霊同化術ね。確かに、アイシャなら何か知ってそうと言うか、出来る気がするな。
そこで思い立ち、あのノームを呼び出した。
「何じゃのうむ! 気安く呼び出しよって!」
その小さくでっぷりと腹の出た小人に、問いかける。
「お前、固有精霊と主の肉体を融合させる技とか、聞いた事あるか?」
ノームはすぐさま答えた。
「知らんのうむ! そ、そもそも固有精霊とは、このノームとは、次元の違う存在じゃのうむ。精霊同化術なら、ノームと主もどきでも可能じゃのうむ。しかし、固有精霊には、その属性の神の息吹が――ヒトと融合など出来るとは思えんのうむ!」
そしてノームは、またジジを見て、泡を吹いて気絶する。
「お、おいおい。またそれかよ」
ジジに咎める様な視線を送る。
「おい、ジジ。こいつにとって、お前はどんだけ刺激的な存在なんだよ?」
ジジは不満げに語気を強める。
「知らぬ! 大方、そ奴の様な低位の精霊には、神にも近い儂は、化け物の様に映るのじゃろうて、儂に責任なぞないわ!」
ふむ。大層ご立腹だな。
だが、ひとつだけ進展があった。精霊同化術とやらは、俺とノームでも使えるらしい。それが、どんな技か分からないし、結局アイシャに尋ねる事になるのだろうが。
「まあ、この話は、これくらいにしておいて。まだ夕暮れには時間があるし、修行を始めるか」
待ってましたとばかりに、ジジが興味津々な視線を送ってくる。
「それじゃ! 此度は、奥義の修練じゃろう? どの様な内容じゃ?」
ジジにデルライラムから伝えられた内容を話す。
「こうさ。魔法の内部を見て、動かない火や、動く土を作るらしい。でも、それってどうやるんだ?」
ジジは唇に指先を当て、宙を見つめた。
「ふむ? 動かぬ火、は、分からぬが、動く土ならば可能じゃろう」
「え? ほんとか!」
ジジは地面へ指先を向け、何かを吸い上げて見せる。
「ほれ! これじゃ!」
こちらへ突き出して見せた、黒光りするそれは、ただの泥の様だった。
「はあ。それ、泥じゃんか!」
い、いや。待てよ――泥は、土と水の混じり合った状態……? だったら、泥の内部を覗いて、鉄や鋼でも、似た構造を生み出してやれば……。
「師匠は言ってた。魔法の、励起された精霊素の状態を見て、それがどれだけ動いているか、いないかを見極めろって! 泥は、多分。土だけの力じゃないけど、それを見れば、動く土のヒントがあるかも知れねえ!」
ジジは満足そうに頷く。
「うむ、うむ。そうじゃろう。では、早速ためしてみよっ! 土と水の融合体から、近似値を取り出し、それを土単体へと移すのじゃ」
善は急げだ。早速てのなかに泥を生み出し、目をつむり集中する。だが、それだけでは、内部の精霊素の状態までは分からなかった。
「む、むむ。これじゃ、足りないのか――!」
更に集中を深め、霊体だけでなく、その組成が見える程に、内側へと意識を落としていく。しばらくして、そこに表れたのは――。
これは――黄と、青の二色が、均一に並ぶが、それが、時折、震える様に揺れ動く。
「これ――これが、泥の内部なのか――」
それに集中し、手を動かし、傾きを変えながら、徐々に状態を探って行く――。
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