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神々のための人形劇

 デルライラムに襲い掛かる巨人を見て、咄嗟に叫ぶ。


「危ないッ! 師匠ッ!」


 だが、それは杞憂だった。眼前にいたはずの、デルライラムの姿は掻き消え、すぐに地面から手が伸び、巨人の太い脚を掴み、岩の身体に指がめり込み、砕いていく。


「ヌガア――!」


 巨人は痛みに耐え、足元を全力で踏みつけたが、デルライラムは、それをもう片方の手で止め、それも掴み、砕いていく。


「ヌ、ヌゴッ!」


 やがて、デルライラムが地中から飛び出し、巨人を両手で掴んだまま、宙を舞い、地面へと叩きつけた。


「ヌグウゥゥゥッ!」


 既に破砕されていた地面が、更に陥没し、衝突の凄まじい威力を表す。


「師匠! そいつの身体は、水と岩の融合体です! 水の部分が緩衝材になって、打撃は通りませんッ!」


 それを聞いていたデルライラムは、巨人の脚を片手で持ったまま、振り回し、何度も何度も地面へ叩きつけた。


「下衆が! 俺の弟子を随分と可愛がってくれたみてぇだな? ああ? てめえの様な武芸者気取りが。大方、あいつの事を誰かに吹き込まれて、簡単に名を揚げられるカモになると踏んだんだろうがよ。そうは問屋が卸さねぇ。落とし前はキッチリつけてもらうぜ!?」


 巨人は水の身体を使って、反撃を試みている様子だが、あまりの速度で連続して叩きつけられるため、狙いが定まらず、手が出せないでいる。その間にも、地面はどんどん抉れていく。


 おかしい……。あの辺りには、大地割でも崩れなかった、堅い岩盤層があったはず。何故、師匠の身体が埋まって行ってる?


 それに思い当たり、ゆっくりと立ち上がって、割れ目を覗き込み、絶句した。


「く、砕けてる――」


 巨人の身体を削岩機さながらに叩きつけ、地中の岩盤を破砕していく。玩具の様に振り回されて、巨人は悲鳴を上げ続けるだけで、もはや何もできないでいた。


 その時、苦痛に呻く巨人と目が合った。


「カッ!」


「うわッ!?」


 巨人は全身を一気に破裂させ、その威力で俺を師匠もろとも吹き飛ばそうとした。だが、あの間欠泉は、届かず、目の前から師と、巨人の姿は消えていた。

 そこで上空から風を切る音が響く。


「しつけえ野郎だな。てめえの身体には、打撃は通らねぇ? ほう、だったら試してみるか――」


「カイト! あぶねえから、そっから離れてろ!」


 その言葉に、冷汗が垂れ、慌てて離れた森の中へと退避する。

 そして、想像通りの出来事が目の前に展開される。


「ヌガァァァッ――!」


 デルライラムは、自らの頭上に直径、十メートルはありそうな巨大な鉄塊を生み出し、地面にも鉄床の様な巨大な鉄塊を設置し、そこへ巨人を挟むように叩きつけた。瞬間、巨人の身体が弾け飛び、周囲に四散する。


「うげぇ……」


 事を終えたデルライラムは、鉄塊ふたつを消し去り、こちらへゆっくりと近づいてきて、首のあたりを指先で触ると、頭を覆っていた兜が、吸い込まれるように、背中側へ消えていく。


「おう、終わったぜ。なに、殺ったのは俺だ。お前は気に病む必要はねえ」


 そ、そんなにあっさり言われても……。

 でも、師匠、とんでもない強さだ。パワーもスピードも桁違いで、防御力もどれだけあるのか想像も出来ない。

 お、奥義を受け継いだら、俺も、ああなれるのか……?


 その時、デルライラムの背後から何かが飛来するのが見えた。


「師匠ッ! 後ろ――!」


 その言葉よりも速く、デルライラムは振り向き、それを片手で受け止め、握りつぶした。


「はっ! まぁだ息があったか。身体だけぁ頑丈だな」


 遠くに見えた巨人は、身体中が粉々に砕けていて、水の身体もそれを維持できないほどに水量が減り、辺りに漏れ出していて、左目が、潰れて血塗れになっていた。


「神殺しと――、その師、銀の騎士ッ!! いつか、必ず貴様ら二人を殺し、その首を祖先の前に捧げてくれるッ! この屈辱、生涯わすれぬッ! 待っておれ! 待っておれよぉぉぉ!!」


 そう叫び終え、巨人は、するりと水が流れる様に、地面の隙間へと消えていった。


「チッ! 厄介な野郎を逃がしちまったか。……あ~あ。俺も詰めがあめぇのは、変わらず。か」


 そして、デルライラムは優しげでいて、何処か誇らしそうな視線をこちらへ向けた。


「バケモン相手に、よく耐えたな……。だが、お前のせいで銀の騎士なんて、妙な名前で覚えられちまったじゃねえか。どうしてくれんだ?」


 え、ええ!?

 デルライラムはゆっくりと近づいてきて、鎧をすべて消し去り、俺を抱きしめた。


「ははっ! 冗談だ。お前が生きてれば、それでいい」


 髭が頬にあたり、くすぐったくて、照れくさくて、視線をそらした先に、ジジがいた。


 ええ!? あいつ、なんでこっちを覗き見てんだ!?


「ん? どうした、カイト?」


 慌てて目をそらし、答える。


「な、何でもないです。……でも、俺、確かに、一度あの巨人に負けたんです……。その時に、死にかけてたはずなのに……」


 デルライラムは驚いた様子で、俺の身体を隅々まで確かめた。


「今は、傷ひとつねえ様だな。しかし、お前、俺が来る前から戦ってて、あのバケモンを追い詰めてたみてえだぜ? 本当に、なんも覚えてねえのか?」


 記憶を振り返ってみるが、眠る前の事しか分からなかった。激痛と、だんだん曖昧になる五感、そして、這い寄ってくる死。やがて、痛みすらおぼろげになって、今にもそれに呑まれ様としていた。

 そこで、誰かの声を聞いた。そして、大声で叫んだ気がする。思い出せるのは、それだけだった。


 デルライラムはそれ以上は追求せず、別の話題を振って来た。


「そういや、お前の導管。今は、落ち着いてるみてえだが、さっき崩れる山から助け出した時にぁ。金色に輝いて、凄まじい波動を感じた。……恐らく、霊体に存在する導管の百パーセントちかくが、解放されていたはずだ」


 え? どういう事なんだろう?


「そんなこたぁよ。普通は、あり得ねえ。熟練の魔法使いでも、霊体に内在する未覚醒の導管を五十パーセントも解放できてりゃ、いいとこよ。つまり、残り五十パーセントは、眠ったままってこったな」


 百パーセント近くが、解放? 俺の霊体で……?


「やはり、お前の霊体に眠る導管は、桁違いみてえだな。……カイト。お前、これから毎日、修行のメニューを追加しろ。内容はずばり、導管を解放する訓練よ。前に話したな? 導管の質や量、それらが、マナを使う効率に直結する。毎日うちなる霊体に集中し、その中でまだ眠っている覚醒していねえ部分を探し、そこへ、マナを送り込むんだ」


 デルライラムにしては、珍しく、具体的な内容を指示してくれる。


「それは、どうやって見分けるんですか?」


 右手を突き出し、手のひらをこちらへ向けて見せる。すると、デルライラムの霊体が可視化されていき、指先にまで伸びる細かな導管が見えた。


そこへマナらしき光の筋が、迸り、暗く光を放っていなかった、指先の末端の部分が電気が通った様に明るくなる。


「見えたか? 今のぁ。俺の普段、ほとんど働いていねぇ部分を、無理やり動かした。だが、基本はこれだ。普段、マナの通ってねえ部分に、マナを通す。それだけで、僅かにでもそこの働きは、改善される」


 デルライラムは腕を戻し、続ける。


「これを日課にしろ。お前には、恐らくほぼ全ての導管を解放できる才がある。それを眠らせておく手はねえ。……一日、万分の一でもいいんだ。徐々に徐々に、修練を続け、全てを意識的に解放できる状態を目指せ」


 そして、付け足す。


「まあ、極度の集中が必要になるからなぁ。周囲の安全を確認してからやるんだぜ?」


 話が終わった所で、こちらからの用件を告げる。


「その修行は日課にします。……それでですね。硬化魔法の修行の進捗なんですが……」


 デルライラムは全てを察している様子だ。


「ああ、分かってる。俺のとこへ向かってる途中で、あの巨人に襲われたんだろ? 来たってこたぁ。出来た? そうだろ?」


 力強く頷き、師の目を見据えた。


「ははっ。いい目してるぜ。カイトよ」


 そこで、デルライラムは振り返り、崩壊して広場になってしまった。森の破壊の跡を見やった。


「はあ。しかし、これだけ壊れてると、大地の状態も、俺の力でも直すのはてぇへんだぜ。ま、俺もちょいと加担しちまったが。ははっ」


「木々への被害も、甚大だなぁ。森の主が怒らねぇといいが……」


 独り言の様に呟いた後、デルライラムは先に家への道へと歩き出し、こちらへ声をかける。


「じゃあ、早速みせてもらうとするか、行くぜ」


 視線を動かすと、ジジはまだ樹間に隠れて、こちらを窺っていた。

 あいつ、もしかして俺を助けに来てくれてたのか? でも、師匠が先にいたから出るに出られなくなった、ってとこか。悪い。今はこっちを優先したい。

 心の中でジジに謝りながら、デルライラムの背を追った。




※ ※ ※ 




 局地的な大地震で破壊されたかの様な、酷い傷跡が見える広場を、遠く、大木の樹上より、太い枝に腰掛けた女が見ていた。その膝には小さな黒い猫が丸くなっている。


「あらあら。もう少しで、本当の所が見えそうだったのに、邪魔が入ってしまったわね……」


 膝上の猫は、小さく欠伸をし、謎の声が聞こえる。


「本当の所も何もないのじゃ。あのまま放っておけば、あの人間は、確実に死んでおったのじゃ」


 優しく猫を撫でていた手が、おもむろに止まり、忌々し気に震える。


「……ルール違反ではないかしら? あんな風に、直接たすけてしまうだなんて……」


 猫は素知らぬふりでまた欠伸をした。


「死がもたらされ、あの子はそれに抗えなかった。……それも、立派な結果のひとつに過ぎないわ。ヒトの運命に、神が直接、手を差し伸べてしまうだなんて、なんて傲慢なのかしら」


 猫は前足を舐め、毛繕いを始める。


「ふん。我らの母上は、ぬしらの決めた方針に、全面的に賛成なぞしていなかったのじゃ。あの様に、実力のかけ離れた相手をぶつける。普通にやれば、何も出来ずに敗れるが必定なのじゃ! しかし、あの人間は、ただの一日で、相手の真の力を使わせる程に進化しておったのじゃ。……母上は、それにとても、とても、喜ばれておるのじゃ」


 女は忌々し気に声を荒げた。


「だから――、死もひとつの結果に過ぎないと言ったでしょう? それが、運命であった。そういう話にしかならないのよ!」


「ふん。であれば、刺客を差し向ける様な真似をするのは、運命への干渉ではないのか? 都合よく話の本質を捻じ曲げる。ヒトの良く使う手口なのじゃ」


「クトークさまは、どんな結果でも容認するとおっしゃった! けれど、これで満足なさるとは到底おもえないわ!」


「ふん。お互いに運命へ干渉した。それだけの話なのじゃ。ぬしの神は、あの人間を消したいのやも知れぬが、我らの母上は、そう望んではおらぬのじゃ」


「あら。そちらの都合の良い時には、すり寄ってくるのに、用済みになれば、冷たいのね」


「ふん。それはお互いさまなのじゃ。……さて、これ以上はなしておっても、平行線なのじゃ。我らの母上は、満足なされたのじゃ。であれば、この件からは手を引かせてもらうのじゃ」


 猫は毛繕いをやめ、尻尾を乱暴に振った。


「最後にひとつだけ言わせてもらうのじゃ。……誰もが、ぬしの様に、ヒトの不幸を望んでおる訳ではないのじゃ。のう? 千年樹よ」


「あら。随分と古臭い名前で呼ぶのね。……まあいいわ。私たちは、決定的に袂を分かつ事になるかもしれないわ。でも、それでも良いという事よね……?」


 猫は大きく伸びをし、女の膝上から飛び降り、目にも止まらない素早さで木を駆け下りて行った。残された女は、怒りのこもった声音で呟く。


「せっかく面白い相手を用意したのに、あの神と、あの子のお師匠さまのおかげで、水の泡ね……! そういう意味では、運だけは良いのかしら? 運も実力のうちなどとヒトは言うけれど、それは弱者の戯言に過ぎないわ。だって、誰も死という運命には逆らえないのだもの。運が良ければ、死なずに済む? そんな事はあり得ないわ! 四畝波海兎!」


 そこで、打って変わって楽しそうに言葉が紡がれる。


「次の相手と早く会いたいでしょうけど、我慢しなさい。焦らなくても、時間は必ず貴方に新たな死を連れて来る! その訪れに、抗えるかしら!」


 そして、女は自らの口元を押さえ、不気味に上半身を震わせた。しばらくして、笑い飽きたのか、唐突に冷たい声に戻る。


「……明日こそ、運命をねじ伏せる力を見せなさい。でなければ、貴方は確実に死ぬわ。うふふふ!」


 女は再び破壊の跡を見回し、暗く怒りに満ちた呻きを上げた。


「……それにしても、今回の事で失われた同胞の生命、誰に償ってもらおうかしら……? その対象も探しておかなければいけないわね」


 大木の樹上で、枝に腰掛けた女の手は、強く握られ、怒りに任せるままに震えていた――。

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