導管極限解放・大地の王モード
巨人の振るう刀に、少年が右手をぶつけると、鋭く硬質な音が響き、火花が散った。
「ヌウウ!? 馬鹿なッ!? 何故、斬れぬ――!」
そのまま火花を散らしながら、巨人の絶大な膂力をも上回るパワーが、振り降ろされた刀を両腕ごと押し戻していく。
「ヌウウ――この力、この硬度! 地霊鋼をも上回ると言うのかッ!?」
鋼の数倍の硬度を誇ると言われる地霊鋼の刃が、細かく刃こぼれを起こし、小さなヒビが見え始めていた。
少年の右手と、巨人の刀の間には、何かが見えた。それは、次々と沸き起こり、何度も何度も砕け散り、火花を散らしては、再び伸びて刀身にぶち当たる。
やがて、刀身に巨大な亀裂が入り、爆発する様に、砕けた。
「ヌウウウッ!」
その黒い破片を全身に受けた巨人が呻きを上げるが、それはすぐに笑いに変わる。
「ぬははは! 聞こえておらなんだか? それがしの――岩と水の身体に、斯様な攻撃を試みても、自らに返るだけよッ!」
身体に地霊鋼の破片が食い込んでいた巨人が、気合を入れ叫ぶと、それが弾け飛び、目の前にいた少年へと跳ね返る。
だが、少年の右手は、まるで岩塊を纏った様に巨大化し、その死の礫を全て受け止めた。
「ぬうう!? その手、その手は何だッ!? 地霊鋼の上から魔法を纏うなぞ、出来ぬはずッ!」
一見すると、止まって見える、固形物の様に見える岩の手は、その実、不安定に揺れ動き、何度も崩壊と再生を繰り返していた。
「詠唱の継続。いいえ、間断ない連続詠唱とでも呼べる物なのだわ」
その戦いの様子を、姿の見えない何者かが、見守っていた。
「あの子の固有精霊が、右手と融合し、グノースタイトが魔法を崩壊させるよりも速く、連続でニ人分の詠唱を続けている。……ふふふ。本当に面白いのだわ。遥か古代に滅んだエルフの国に、そんな技術があったのだわ。でも、現代には断絶し、一切つたわっていないはず。それなのに――あの子は、それを無意識の内に成してしまった」
声は感心した様子で、言葉を続ける。
「本来なら、すぐに崩壊するアーグロアが、根元から伸び続け、崩壊を免れ残った先端が、幾重にも重なり、その威力を魔法、十数発分に高めている。あり得ない事なのだわ。どんなに力を磨いても、通常の運用では、魔法の威力には上限がある。けれど、あの子はそれを異端の手段で、取り払ってしまったのだわ」
少年の右手が伸び、周囲の地層から岩盤を呼び込みながら、次々と巨人へ向けて殴打を繰り返す。だが、巨人はそれを涼しい顔をして受け流す。
「ぬははは! 無駄、無駄ァッ! どんなに重かろうと、打撃ではこの身は滅びぬわッ!」
そして、少年の足元へと巨人の身体の一部が、まるで激流の様に伸び、巨人は右手を地面へ叩きつけた。
「逆さ滝ッ!」
地中から爆発する、間欠泉の様な水と、岩の破片の融合体、それが再び少年を砕こうと迫ったが、それは急加速によって難なく回避される。見ると、少年の足元には、巨大な岩塊の塔が斜めに伸びていた。
「ぬう!? アーグロアを自らの足にぶつけ、加速しただとッ!?」
それだけではなかった。少年が降り立つ足元は、粉砕されまともに動ける様な状態ではない。そこへ、平らかな岩盤が伸びだし、問題なく着地させ、駆けだす足元にも次々と平らな地面が形成されていく。
「あ、あり得ぬッ――! その様な速度で、魔法を使い続ければ、すぐに魔力が尽きるッ! 何故――!?」
「ヌガァッ!」
鋭く伸びた一撃が、巨人の頬をとらえ、首を捩じ切り、何周にも及んで回転させる。だが――。
「ぬははは! 無駄ァッ! 我が身は、もはや、常道のヒトに非ず! その骨髄に至るまで、水様の軟体よッ!」
「逆さ滝ッ!」
巨人は首が捻じれたまま、地面を打ち、また間欠泉状のエネルギーの爆発を起こそうと試みるが、それよりも速く、少年も岩塊と化した右手を地面へ叩きつけていた。
地面を通ったエネルギーがぶつかり合い、巨人が押し負け、自らの生んだ爆発に呑まれ上空へと吹き飛んでいく。
「ヌアアアッ!?」
吹き飛ぶ巨人の元へ、次々と大小の岩柱が伸び、階段状に連なっていき、それを少年は駆け登る。
「ば、馬鹿なァッ! まるで、この場の土精霊の全てが、あ奴にかしずき、王として崇めておる様ではないかッ!?」
また姿の見えぬ声が独り言を呟く。
「意識を介さない魔法の発動。それを神の呼吸と呼ぶのだわ。巨人さん。自らの異形の力に呑まれたあなたには、理解が及ばないだろうけど……。それにしても、あの霊体の力は、想像いじょうなのだわ。あれだけの速度で魔法を使い続けても、マナが切れる気配が全くない。研ぎ澄まされた導管の力が、極限まで高められていて、一を、限りなくゼロに近づけているのだわ」
「あの子の好きそうな言葉を当てはめれば、導管極限解放・大地の王モード。なぁんて感じなのだわっ! くすっ!」
「ああん! 私も、あのこ色に染まってきたのだわ! いやぁん! ……でも、あれだけ殴りつけても、びくともしない、土の魔法だけでは、あの巨人さんは、倒せないかもね」
少年は宙を舞う巨人に追いつき、地面へ叩き落とそうと右手を伸ばしたが、巨人は捻じれた首を瞬く間に元に戻し、ニタリと笑った。
「落方」
その呟きと共に、巨人の身体は、分裂し、幾筋もの滝となって、地面へ一瞬で落ちる。そして、地表に形成された滝つぼの中心で、上空を見やり勝ち誇り、咆哮する。
「ぬははは! その状態では、真下からの攻撃は避けられまいッ! 受けよ、我が全霊の逆さ滝をッ――!」
巨人は身体を周囲の直径、十メートルほどに広げ、そこから巨大な間欠泉が真上に向かって吹き出す。
「反律大瀑布ッ!」
地面からせり上がるエネルギーの爆発が、少年を捉えたかにみえた。だが、砕け、押し上げられた岩塊から更に岩柱を伸ばし、それを蹴ってより高く飛んでいた。
「何だとッ!?」
巨人は慄くが、何かに気づいた様子で、ほくそ笑む。
「あの高さでは、もはや我が力も届かぬ……。だがぁ、ここで落ちるのを待っておれば、何も支えのない無防備な身体に、大瀑布を叩きこんでやれるわッ! ぬははは!」
巨人の思惑は虚しく、少年は更なる奇策、いや、常識では到底はかり切れない大技を披露する。
「ぬ! ぬうう!? こ、この地響きは――!」
大地が凄まじい咆哮を上げ、軋み、岩盤が噴水さながらに隆起する。それは高さと裾野の広さを増していき、轟音を立てながら巨大な山となる。巨人はその中心に身体を捉えられ、逃げ出そうともがくが、埋める岩盤に挟まれ、脱出に手間取っていた。
「己……! 岩の身体がつかえて、微動だに出来ぬ!」
その突如として隆起した巨大な山を、その日、森に住む多くの者が目にした。
とある場所、湯けむりが立ち込める温泉で、鼻歌を口ずさんでいた金髪のエルフの少女は、温かな湯につかり弛緩していた身体を強張らせ、遥か遠く、森の木々の頭上に見え始めたそれを驚愕の眼差しで見つめた。
「な、何なのっ! あれ――!?」
その長い耳が、そばだち。異質なそれを凝視する。
「さっきから何か遠くから音が聞こえてた気がしたけど、もしかしてあれのせいだったのっ!?」
また別の場所で、川に潜り魚を追いかけはしゃいでいた銀髪に狐耳の少女は、水面に顔を出した拍子にそれを目にし、驚いた様子で、飛び上がった。その手には、しっかりと一匹の魚が握られている。
「な、何じゃっ! あれは――!?」
「むう。先ほどから何やら騒がしいと思うておったが……。もしや、カイトの身に何か――!?」
また別の場所、家の中で椅子に背を預け、眠りこけていたエルフの老人は、轟く音と振動に目覚め、飛び起きた。
「何だぁ? さっきからよぉ。人の安眠を散々、妨害しやがって」
玄関のドアを勢いよく開け放ち、驚愕の表情を取る。
「誰だ騒いでやがんのは――って、何だぁ、ありゃ。……お、おいおい。まさかぁ、カイトが何かやってやがんのかっ!? 前に聞いた神の使徒の話もある。その可能性がたけぇ――!」
老人は何も持たずに駆けだす。
「待ってろよ! それまで死ぬんじゃねえぞっ!」
そして、多様な動物たち。彼らは音と振動に驚き、逃げ出す者、興味深そうに見つめる者、遠くから見守る者たちは、対応が分かれたが、近くにいた者たちは、例外なく一目散に逃げ出していた。そこには、恐怖を象徴する落し物が散見される。
姿の見えない何者かは、感心した様子で呟く。
「ふうん。ああやって、岩盤に埋めてしまえば、土魔法でもどうにかなるのだわ? でも――こんなに派手に暴れてしまったら、またアミニシアたちが煩くなりそうなのだわ。ちょっと反省、だわ」
続けて何処か残念そうに漏らした。
「でも、あの力を同時に操る姿を見たかったのだわ。……それは、理性が、ブレーキをかけてしまったようね」
巨人は山の頂き、その中心で動けないまま叫びを上げるが、その隣に飛び上がっていた少年が降り立った。
「き、貴様ァッ! またしてもそれがしを愚弄するかッ!」
返事がないのを見て、更に激昂する。
「答えよッ!」
巨人の岩盤に埋まった身体の水の部分が、蠢き破裂する。
「逆さ滝ッ!」
噴き出した間欠泉が、少年の胴体にぶつかり巨人は歓声を上げた。
「ぬははは! 砕け散れいッ! い、いや――」
だが、少年はびくともせず、身体には傷ひとつ見えない。
「ふふ。気づいていないのね。今、右手に融合していた固有精霊の一体が、身体に融合して、全身を守っているのだわ。拘束されて、威力の落ちた攻撃など、問題にならないのだわ。……それにしても、ここからどうするのだわ?」
聳え立つ巨大な山の中心に、動きがあった。断続的な振動が起こり、徐々にそれが、地中から頂きへと登ってくる。巨人はそれを感じ、本能的な恐怖を隠せず喚きだす。
「何だ? この――揺れは、地響きは――! あ、熱いッ! おい、止めろッ! 止めぬかッ!」
巨人の身体から多量の水蒸気が上がり、頂きに出来た窪みには赤く燃え上がる溶岩が流れ出していた。
「ヌガァァァッ――!」
頂きは一瞬で地獄と化し、巨人の悲鳴が響き続ける。動けないまま熱せられる巨人は、赤子の様に泣き叫び、許しを請うていた。その姿には、それまでの高慢な態度の片鱗すら見えず、憐れにすら思える。
「あらあら。なのだわ。これは刺激的すぎて青少年にはとても見せられないのだわ。……まあ、冗談はさておき、溶岩を生み出すには、大地の力だけじゃ足りないのだわ。火の力の精緻なコントロールも必要なはず。何処でそれを……あら? でも、もう、時間切れみたいなのだわ」
巨人の水の身体が、高音で蒸発し、岩のみが残り、それも焼けただれていくが、唐突に少年が膝をつき、巨大な山は、音を立てて崩れ落ちていく。火の力の霧散と共に、溶岩も消え失せていた。
膝をつき崩落に呑まれていく少年を、銀色に光る何者かが風の如き速さで助けだし、地面へと運び、ゆっくりと下ろした。少年は意識が朦朧としているのか、座り込んだまま動かない。
「はあ。カイトよ。まったく、随分と派手にやってんじゃねぇか。だが――助けは必要なかったか? いや――」
※ ※ ※
意識が朦朧とする中で、誰かの声が聞こえた気がした。何度も耳にした、表向きは冷たく聞こえるが、とても温かみのある声。その声に、名前を呼ばれていた。
「ヌガァァァッ――!」
そして、それに被さる狂気をはらむ咆哮。ゆっくりと目を開くと、あの巨人が、こちらへ向けて狂った様な双眸を光らせ、飛び掛かって来ていた。
だが――。
その姿は、一瞬で掻き消え、何者かが目の前を横切った事を、遅れた風で知る。続く炸裂音。咄嗟に目をやると、巨人の巨大な岩の胴体に、大穴が空き、銀に光る甲冑らしき物に、全身を覆われた誰かが、その腕でもって貫通させていた。
「ヌグッ! ヌガァ……!」
何が起きているのか分からない。今まで意識がなかったが、眠りにつく直前まで、誰かが話しかけて来ていた気がする。
何故、あの巨人は、腹を貫かれている? あれは――、誰だ?
その銀色の誰かは、おもむろに首を捻りこちらを向いた。
「よう。カイト――危険な相手が現れたら、俺を頼れと言っただろう? まあ、大方すんじまってたみてぇだが、まったく、わけぇもんは詰めがあめぇ」
し、師匠――?
デルライラムらしき銀の男は、腕を引き抜き、こちらへ振り向く。その瞬間、あまりの荘厳な立ち姿に息をのみ、目を奪われた。
全身を覆う、鈍く光る銀色で、複雑に重なり合い、関節の弱点すら全てカバーした完璧な鎧。普段のデルライラムよりも、スマートで背がより高く見えるが、頭部の兜には、確かに耳を覆う特別な構造が存在した。
その姿に思わず唸り、ある言葉を呟いていた。
「銀の騎士……」
それを聞きつけたデルライラムが、大声で笑う。
「は、ははは。カイト! 起きてすぐそれはねぇ! この姿を、銀の騎士たぁよっ!」
間違いない、ほんとに、師匠だ。う、嘘だろ? 何なんだあの姿? ほんとは騎士だったりするのか――!?
だが、巨人はまだ倒れてはいなかった。精彩を欠く胴間声を上げ、立ち上がり、背後からデルライラムへ襲い掛かる――。
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