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ただ想いのままに生きよ

 後方へ吹っ飛んだ巨人は、背後にあった大木をぶち抜き、倒壊させながら、遥か彼方に消えた。


「こ、これで、終わってなかったら――いや」


 まだ、手段はあるみてぇだ。

 巨人の大地割によって、破壊された地面を見やると、その小さな違いが目に入る。確かに地表は完全に割られ、破壊されていたが、地中の様子は、均一ではなかった。主に、硬質な岩石の見える地層には傷が少なく、大地の力は、あのパワーすらも阻むほどの硬度である事が想起される。


「カッ!」


 そこへ、遠くからこちらへ向けて先ほど飛ばした鉄球が、跳ね返る様に飛んできて、ぶつかる前に、真っ二つに割れ、霧散した。


「は、はは。刀のおかげかも知れねぇが、鉄塊も斬るのか……」


 遠くから、忌々しそうな、今にも発狂しそうな声が響き、その身体が宙を飛び一気に接近してくる。


「貴様ァッ! 貴様ァァァッ! 武士のおもてに斯様な醜い傷をつけたなッ! 許せぬッ! 許せぬぞォォォッ!!」


 狂ったように喚き散らすその声に、答えを返す。


「はっ! ご自慢の顔を傷つけられたのが、そんなに癇に障ったかッ! このナルシスト野郎ッ! 毎朝、起きたら一番に、てめえの顔を鏡に映して、悦に入ってから一日が始まるってかッ!?」


 激昂するのなら、すればいい。怒りを燃やし、理性を火にくべ、全ての判断力を失った、獣に堕ちればいい。今の状況なら、その方が好都合だ。


「貴様ァッ!」


 見ると、その頭部は醜い火傷の痕でただれ、頭髪も全て焼け落ちていた。

 ヒト、相手に、こんな事をしたのかと思うと、背筋に冷たいものが走り、血の気が引く思いがした。だが、命には代えられない。


「ゴフッ!」


 陥没した胴体は、クレーター状のひび割れが出来、巨人は呻き、大量の血を吐き出す。


 こんな状態でも、まだ戦うつもりなのか、こいつ――!


「死ねぇぇぇッ! 死ねぇぇぇッ!!」


 見境なしに飛び掛かる巨人を見て、目の前にあった飛び出した地層にアーグロアをかけ、更に伸ばし、壁にする。だが、それは一振りで簡単に斬りはらわれ、上部がまるで重さがないかの様に、宙を舞う。


「なんて威力だ――」


 こんな斬撃に、カウンター技なんて、出来ないと思ってた。


 今までは――。


 もう、こっちにも動き回れるほどの体力は残っていない。最後の賭けに出るしかない。


 巨人の動きを阻み、地層を隆起させながら、無茶苦茶に破壊された地面の上を移動するが、何度も足を取られそうになる。


「死ねッ!」


 もう少しで刃が届きそうな所に、巨大な石塔を立て阻むが、それも一瞬で斬り払われる。


「うわっ!?」


 そこで、深く口を開いた裂け目に、足を滑らせて落ちてしまった。巨人は笑い。こちらをののしる。


「愚物がッ!」


 だが、それは偶然に見せかけた仕込みだ。

 先ほどから動き回り、地中の様子を見て回っていた。最後の一撃を見舞うに相応しい舞台を探すために――。


 深い割れ目の中で、大地割を受けても、砕けていない固い岩盤層を見つけ、そこから何重にも魔法の岩盤を生み出し、身体を覆っていく。そして、密かに右手を大地へとうずめ、それと一体化していく。


「死ねェェェッ!!」


 上からは、こちらの様子も確認していないだろう、狂気に呑まれた咆哮が聞こえ、直後、あの黒い刀が振り降ろされた!


 鋭く高い衝突音が響き、その桁違いのパワーが周りの空間を揺るがし、柔らかな地層を砕き、破裂させ、辺りに剥片を散らす。その中で、伝わる力が、最大に達する瞬間をただ待ち続けた。


 カウンターをぶつける最も適したタイミングは、大地が受けた力が、最大に達した瞬間だ。

 もはや、周りの地層ごと崩壊しそうなエネルギーの奔流を感じるが、目の前の岩盤はびくともせず、その力を最大限まで受けきった!


「来た――今だッ!」


 感じる――まるで、大地が空中に飛び出そうとしているみてえだッ!

 大地に埋めた右手に、最大限までマナを送り込み、絞り出す。


「魔法と――武術の、合わせ技だッ! これで、終わってくれッ!」


「反衝突破――アーグロアッ!」


 目の前の巨人に向けて、右手を覆った大地が動き、その分厚い岩盤が急激に隆起し、岩の拳の形をとり、突き出されたそれに、今までに受け続けたパワーを乗せて、一気に放出する。


「ヌガァァァッ!!」


 巨人の重く巨大な身体は、それを遥かに上回るエネルギーによって上空、十数メートルへ飛び、血が雨の様に降り注ぐ、そして、地面ちかくへ落ちてきた所で、振り上げていた岩の拳を重力に引かれる様に、叩きつけた。


 想像を絶する破壊力が、大地を抉り、中心に巨大なクレーターをつくり出し、そのエネルギーの坩堝の中で、巨人の肉体が叩き潰され、ぴくぴくと痙攣するのを感じた。

 衝撃のピークを越えてもなお、周囲の大地は余波により、地震の様な振動を繰り返している。


 埋まっていた身体を、デイの助けを借りて、浮き上がらせると、そこには、砕け散った大地の真ん中で、血の海に溺れる巨人が見えた。


「はあ、はあ。……今度こそ、やったのか……?」


 いや、待て。何か、何かが伸びてくるッ!?


 その何か――は、割れた大地の上を走り、巨人の身体からまっすぐにこちらの足元へと迫る。


 咄嗟に、それが危険なモノだと察知し、デイを足元に引き寄せ緩衝材とする。


 だが――。


「がッ!!」


 地中より突如はじけた凄まじいエネルギーの奔流。巨大な間欠泉の様な爆発が、デイごと吹き飛ばし、身体を宙に打ち上げた。


「うがあぁぁぁッ!」


 身体は無防備に宙を舞い、その高さは、先ほど巨人を打ち上げた十数メートルより高く見えた。空が見え、続いて木々の上部が、大地が見えるが、身体には力を感じず、そのまま叩きつけられる。


「あがあああッ!」


 背中から叩きつけられ、全身に激痛が走り、身体が動かない。


 こ、骨折か、筋肉の損傷かは、分からねぇ。だが、これは――。


 喉の奥からせり上がる吐き気と共に、動かない身体が苦痛で跳ねた。そのままうつ伏せに倒れ込み、血を吐き出す。


「げぼ――」


 ダ、メだ。これ、は――たぶ、ん。致命――傷、だ。


 目の前が暗くなり、視野が閉ざされそうになる中、アイシャの言葉を思い出しながら、必死に治癒魔法をかけるが、そもそも身体の傷の程度が、もう、確認できる状態ではなかった。そして、おそらく損傷は内部ふかくに及び、その範囲も致命的に広い。

 付け焼き刃の治癒魔法は、もはや何のあてにもならなかった。


 そこで、背後より勝ち誇った巨人の声が聞こえた。


「剣の道を志し、大地を割ってより、更に百年。……それがしは、剣の限界を感じ始めていた。どれほど磨いても、足りず、幼き日、理想とした己には届かず、剣を捨てようかと迷いを抱いた時、ただひとつの問いが、それに否と答えた」


 倒れたこちらを見下ろし、その命が流れ出していくのを、あの邪悪な笑みを浮かべて見守っているのだろうか?


「そうだ。風も斬り、炎も斬った。だが、水だけが斬れなんだ。その心残りはしこりの様に、胸にあり続けた。……それを、忘れて剣を捨てる事は叶わなかった。……そして、その日より、それがしは、思索に耽り続けた。眠る暇も食う暇も惜しみ、滝に打たれ、ただひたすらに、禊に向き合った」


「そうして、また百年の月日が、流れた。もはや眠るのも滝に打たれたまま、身体はやせ細り、雄々しき岩の威容は、見る影もなく、そのまま死する幻を見る様になった。……それから一年。ある日、身体に再び力が戻っているのを感じた。いや、身体の奥底より、飽くなき戦いへの欲求が沸き起こり、咆哮する。それを確かにこの耳で聞いた」


「その時より、それがしの岩の身体は、水と、ひとつとなっていた」


「そして、修羅に身をやつした」


 巨人の言葉が、暗い視界に、子守歌の様に響いていた。だんだんと曖昧になる五感と、身体の芯から全身へと這い出すある感覚。それに恐怖し、逃れようと土をかきむしる。


 それは――死だ。


 このままでは、終われない? 終わりたくない? だが、それに、何故? と誰かの冷酷な問いが、重なった気がした。


 何故――?


 あの日、この世界に来た時に、全ては終わっていたかもしれない。ただ、運が良かった。だから、何度も生き永らえた。


 多くの血肉を犠牲にし、その代償として、自らは生を手にした。それを享受するのが、当然だと、何処か、頭の片隅では感じていた。突然に日常を奪われ、こんな世界に来てしまった不運な自分。そんな自分を何故、こいつらは殺そうとするのだろうか? 湧き出したのは、怒りだったのか、疑問だったのか。今ではもう分からない。


 あの一つ目の獣には、家族や守るべき群れがあったのだろうか。ただの魔物だと、何故いえる? 彼らには、彼らの世界があり、それは誰かに唐突に奪われていいものではないはずだ。帰りを待つ、誰かがいたかもしれない。俺はそれを奪った。


 あの黒衣の戦士たちは、無事に生き延びたのだろうか。生きていればいいな、などと言う願望は、こちらは奇妙な再生能力によって生き延びたから思える事にすぎず、勝者から見た、一方的な視点に過ぎない。彼らは例え生き延びたとしても、あの戦いで負った怪我を元に、今も後遺症に苦しんでいるかもしれない。ヒトであるからこそ、命を奪いたくはないと思った。だが、それもエゴに過ぎなかったのか……? ただ、殺したという事実に、さいなまれたくない、そんな身勝手な理由から湧き出した感情に過ぎないのか。


 あの黒い影は、何者だったのだろうか。今も何も分からない。こちらからは、悪意と狂気だけを持った邪悪な存在に見えた。だが、目的のない者など、この世にいないはずだ。あの怪物にも、何かを望んだり、誰かを幸せにしたいという感情があったのかもしれない。俺はあの時、ただジジへの想いに突き動かされ、戦った。それは、正しかったと言えるのか? 自分の感情を優先し、他者のそれを、毀損する。それは、あのロドスの言った、世界を危険に曝す行為の、源ではないのか?


 あの苦行者であったアムダイは、本当に滅ぼすべき存在だったのか? 奴には奴なりの理想があり、それを成すために力を求めていた。形は違えど、それは、俺と同じではなかったのか。いや、もしかすると、あの神が奴を歪めなければ、奴は救世主にすらなり得たのかもしれない。

 理想とは、毒だ。どこまでも尽きる事なく、欲望し、果てることのない欲求に身を焦がす。俺たちには、身体の奥底にそんな毒が流れてる。強く願えば、願うほど手から零れ落ちる、それを掴みたくて、必死に泥水をすすり、時には自らその苦境を求める。それは、あいつも俺も、変わりなかった。


 あの神は、どこまでも邪悪で、救いようのない存在だと思えた。そして、俺は希望を奪われた。ただ、それを取り戻すためだけに血を吐き、必死に食らいつき、脊髄にまで刷り込まれた絶望を、もう一度、希望に変えたかった。だが、もう一度てにしたはずの希望、それは、本当に希望だったのか? 一度、絶望に呑まれた。想いはその時に変質し、もはや元どおりの純粋さなど保たれていなかったのかもしれない。俺は――今も、あの時の俺のままなのか? アイシャに救われた時の――。


 俺は――生きるため、ただ生きるために、奪って来たのか。


「ふふ。本当に面白いのだわ。簡単な問いかけに、これだけ答えが返ってくるなんて!」


「褒美に、もう一度きいてあげるのだわ」


「だったら、お前は、今、死んでもいいのだわ?」


 誰のものか分からない。その言葉が、脳内に、何度も、何度もこだました。

 それに対して、何か熱い感情が溢れだしてきて、死の淵に瀕していたはずの意識の中で、全力で叫び出していた。


「分からない! そんなことわっかんねぇッ! どんなにこの身体が冒されようと、一度てにした想いは、絶対に捨てられないッ!」


「俺は――俺はッ! 自分が生きてていいんだと! そう言ってくれるヒトが欲しかったのかもしれねぇ!」


「ああ! エゴだよッ! どこまでも純粋で、混じりっけのねぇエゴだよッ!」


「愛も、希望も! 理想もッ! 全部、ぜんぶ! 欲まみれで、穢れ切ってるかもしんねぇ! でも、でも――!」


「生きたいんだッ! また――奪って、また、汚れる事になっても、死にたくなんかねぇ! 俺は――」


「生きたいッ!!」


 その叫びに、そっと優し気な声が重なった。


「いいのだわ。その願い、今だけ聞き届けてあげるのだわ」


 そして、誰かが頬に口づけをした。


「お前は、お前が思っているほど、汚れてなんかいないのだわ。だから、待っている者たちのためにも、自分を貶める様な考えは、ここで全部はきだして、捨ててしまうといいのだわ」


「最後にひとつだけ。おまけを置いて行ってあげるのだわ。……あの堅物の女神の言った七日、まぁだ六日も残っているけれど、頑なに守る必要はないのだわ。月の使徒を破った時の自分を思い出すといいのだわ」


 そこで、声は雰囲気が変わり、何か眩しいモノを見ている様な、そんな声音になった。


「あの時のお前の霊体は――本当に、美しく輝いて、金色の、まるで太陽の様だった。……想いを極限まで高め、全ての邪念を捨て去りなさい。誰かから奪ってでも、生きたいと思う事、それは、恥ずかしい事ではないわ」


「さっきの純粋な叫びを、忘れないでいなさい。そうすれば――お前の霊体は、必ず答えてくれる」


「そんな力に頼らずに、もう一度、愛する者の作ってくれた手袋を嵌めなさい」


「希望は――その中にあるのでしょう?」


 それを最後に、声は聞こえなくなった。


 徐々に、徐々に、意識が戻り始め、また巨人の声が聞こえる。


「ぬははは! 水と融合した岩の肉体――それこそが、瀑剣の由来よ! そして、それがしの真骨頂でもある!」


「貴様が命を賭して相手取った、それは、過去のそれがしの幻影に過ぎぬ。だが、貴様はそこで果て、こちら側には届かなんだ」


「己の底の知れた力を呪い、逝くが良い。……ふむ? 話しておる内に、息絶えるかと思うたが、まだ、息がある様だの。一思いに殺してやっても良いが、顔の傷の礼もある。どれ、ここはひとつ、手足を一本ずつ斬り落として、何処で終わるかを試してみるか」


 身体の中で、金色の光が弾け、それが全身へ、隅々まで広がっていく。


 倒れた身体ごしに見えた視界には、こちらへ迫り、刀を振りかぶる巨人が映っていた。


 それが振り降ろされる瞬間、身体を跳ね起こし、素早く手袋を嵌めた。驚いた巨人が刀を再び振るう、それに向かって、真っすぐに飛び出していた――。

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