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鉄鎖のワルツ

 暗く醜悪な家具で彩られた部屋の中心で、テーブルに置かれた鏡に、白金の髪の女の姿が映り込んでいた。目深なフードとローブで全身を隠した何者かは、それを眺めながら、不気味な痙攣を始める。


「うふふ。うふふふ! 初のアビスツアーは、如何でしたか? 楽しんで頂けましたか?」


 何者かは、再び食い入る様に、鏡を見つめ、そこに映る女を褒めそやす。


「しかし、この聖女! 実にいい! 実にいい働きをしてくれました! まさか、彼らを継続的にアビスへといざなう手はずを整えてくれるとは――。これは、計画にはなかった事ですが、私の手を煩わせる問題がひとつ片付いたのですから、おおいに喜ぶべき事なのでしょうね!」


 そして、ローブの胸の位置へ手を伸ばし、深い皺を寄せ、中身を抉り出しそうな程、強く掴む。


「何故でしょう? 喜びに満たされているはずなのに、何処か虚しく、空虚だ……」


 しばらく静寂が続いたが、再び笑い声が起こる。


「うふふ。本来なら、アビスからの脱出ツアーもお楽しみ頂く予定でしたが、それは丸々つぶされてしまいましたねぇ。うふふふ! 先のひとつを功績とし、プラス五十点。私の計画を潰した咎を責め、マイナス百点んんんッ!! ああ、実に惜しい。合計で、マイナス五十点となってしまいました。……この女も、そのうち消えてもらいましょうかね。しかし、まだ利用価値はあるでしょうし、その間は、泳がせて、精々あがいてもらいましょうか。その間に加点が増えれば、今回の裁定も覆るかも知れませんし……」


 ヒトひとりの命を、玩具か何かの様に、軽口を叩きながらその軽重を決めていく。狂気をはらんだ声は、その奥に、発言とは裏腹な、氷の様な冷たさを秘めていた。


「今回は、ここまでです。しかし、次回はもっと楽しんで頂ける様に、全力を尽くしてまいる所存です」


「うふふ。うふふふ!」




※ ※ ※ 




 怪我をした聖女が、一時的に現実へと帰り、ウィルスマイトの聖域には、代理の高位神官である補佐官が司令塔として来ていた。

 その場に居並んだ傭兵か、冒険者風の者たちが、先ほどの一件について、議論を交わしていた。察するに、彼らも夢想者なのだろう。


「何なんだ? あいつら、いきなり現れたと思ったら、俺たちが何年も追い続けて届かなかった一級にあっさりなりやがって! アア、マジムカつくぜ!」


 額に斜めの大きな傷のある男が、苛立たしそうに吐き捨てる。


「んふふふぅ。仕方ないよぉ。……ハイルはぁ、あんな風にぃ、レッサーデーモンと一対一で戦って勝てるぅ?」


 隣にいた軽装で、大きな斧を背負った赤髪で褐色の少女が、何処か間延びしたふわふわと風にでも飛ばされそうな調子で問いかける。


「うるせっ! バカッタ! おめえは黙ってろッ!」


 少女はそれに、怒りを露にするが、何処か気の抜けそうな雰囲気が漂う。


「ああ、またバカッタって言ったねぇ! ハイルのバカ! バカって言った方が、バカなんだよぅ」


 男は額に手を当て、ため息を吐く。


「はあ。イラついてる時に、これだぜ。こんの脳筋斧バカ娘が……」


「あたしぃは、ベネッタ! バカッタぁじゃ、なぁい!」


 そこへ、隣で小さな双眼鏡の様な道具を弄っていた、背の低いヘルメットとゴーグルの少年が、会話に割って入る。


「ハイルゼート。ベネッタをすぐバカ呼ばわりするのは、君の悪い癖だよ。僕たちは仲間なんだ。そのくらいの配慮は、あって然るべきだよ」


 その言葉の意味を理解していないベネッタは、少年に後ろから絡みつく。


「んふふふぅ。チトもぉ。ベネの事。バカって言ったぁ? ……くすぐっちゃおうかなぁ?」


 チトと呼ばれた少年は、慌てた様子で身をよじる。


「ああ! 君、言葉の意味を全く理解していないね!? 僕はバカだなんて一言も言ってないだろッ!」


 ベネッタは不思議そうに指を唇に当てた。


「え? 今、言ったよぅ?」


「だ・か・ら! 君に対しては言ってないだろう!?」


 ハイルゼートはその様子を見て、頭を左右に振る。


「はあ。ダメだ。言語能力が壊滅的だ……。まともなコミュニケーションなんて取れやしねぇ」


 三人の後ろで、読書をしていた黒い長髪の、大きなつばの広い三角帽子を被った男が、独り言の様に呟いた。


「それより、いいのかい? 他の二級夢想者のパーティーは、ここを機と見て、血気盛んに深淵へ出かけて行ったよ?」


 ハイルゼートはそれに面白そうに答える。


「いい。ウィルスマイトの二級で、最強は俺たち『鉄鎖のワルツ』よ。あいつらは、精々、堤下を崩すのにあがけばいいさ。後のオイシイ所は、俺たちの入れ食いよ」


 後ろの男は、感心なさそうに呟く。


「そう上手く行くかな?」


 ハイルゼートは男の肩を叩こうと手を伸ばすが、それは無駄のない動きでするりと紙一重で躱され、よろめいた。


「チッ! ラーゼ! お情けでおめえを俺様のパーティーに入れてやってんのを、忘れるんじゃねぇぞ!?」


 ラーゼと呼ばれた魔法使い風の男は、それを無言で受け流す。


「ねえええ? ベネはぁ? あたしぃは? 真の仲間ぁ?」


 それを聞いたベネッタが、嬉しそうにハイルゼートに問いかける。


「チッ! どいつもこいつも!」


 先ほどからずっと道具を弄っていたチトが、顔を上げ、手持ちの情報をひとつ提供する。


「あの右端にいた、エルフの男だけど、何らかの認識阻害の魔法を使ってる形跡があったよ。戦闘になってからは、とても調べてる暇なんてなかったけどさ」


 ハイルゼートはそれを聞いて、チトの肩を思い切り掴んだ。


「マジか!? 一体なんだ?」


 チトは、掴まれた肩を動かし、振り払う。


「痛いなぁ。君。力加減が分かってない。それは、スキンシップとは言えない」


 ハイルゼートはその言葉を無視し、語気を強める。


「んなこたいい! 教えろ! 何だ?」


 チトはゴーグルに左手を添え、勿体ぶって話しを続ける。


「僕のエレスキュラスでも、全体を漠然と見てちゃ、全く反応が掴めなかった。でも、顔の辺りを覗き見てた時に、僅かな反応があってね。おかしいと思って、感度を最大にまで上げて、頭部を細部まで満遍なく見てみた」


 聞き入っていたハイルゼートが、ごくりと唾を呑み込んだ。


「すると――、頭部に何らかの魔法の反応を検知した。それでさっきから解析してたんだけど、間違いなく、認識阻害の魔法だね。頭部にかかってるって事は、顔を変えたり、種族を偽ってみたり、何らかの詐称の匂いがするよ。まあ、僕の魔道具じゃなければ見逃していたけどね」


 最後まで聞き終えたハイルゼートは、拳を握りしめ、鬼の首を取ったように囃し立て、近くを通った補佐官に問いかける。


「補佐官殿! ウィルスマイトじゃあ、種族の詐称は、重罪じゃありませんでしたかねぇ? さっき、そこから出て行った、一級野郎が、頭部に認識阻害の魔法をかけてたらしいですぜ!」


 後ろで黙して成り行きを見守っていたラーゼが、面白そうに呟く。


「ふん。最初から罪の重い、種族詐称と決めつけるか……。あんたらしいよ」


 補佐官はいきなり話を振られて、戸惑った様子で返す。


「ああ。先ほど新たな一級夢想者のパーティーが誕生したらしいな。だが、種族詐称ねぇ……。言っておくが、ここはウィルスマイトの管理下ではあるが、ウィルスマイトではない。よって、我が国の法・秩序は適応されない。こう言うと言葉は悪いが、一種の無法地帯だ。ここでの秩序とは個々人の努力によって形成されている。……そして、その場には、オリヴィアさまがいらしたのだろう? あの方が、問題ないと判断しているのなら、私に出来る事など、何もないよ」


 それを聞いたハイルゼートは、額に青筋を浮かせて唇を噛みしめた。


「クソッ! あんの野郎。いつか吠え面かかせてやんぜぇ!」


 補佐官は笑い。職務に戻る。


「ははは。穏やかじゃあないな。……しかし、いいのかい? 今日、この場に集っていたのは、一級の分身の討伐が、目的だったのだろう? 他の二級夢想者のパーティーは、もう出たんじゃないのか? 君たちはどうしたんだ? 私も我が国の出身者からの初の一級の誕生を、心待ちにしているんだ。励みたまえよ」


 ハイルゼートは、歪んだ笑みを作り、忌々しそうに吐き捨てた。


「クソ! クソッ! その対象を、野郎のパーティーが、倒しちまったんだよぉ。クソが! 奴の居場所を掴むのに、俺たちがどれだけ血を吐いたか……! それをよお。掠め取りやがって!」


 怒り狂うハイルゼートの隣で、気にする素振りも見せずベネッタが頭に疑問符をうず巻かせる。


「そういえばぁ、聖女さまの様子ぅ、おかしかったねぇ?」


 それにハイルゼートが、さらに怒りを爆発させる。


「あんの野郎! 現れていきなり、たらし込んで行きやがった! クソがあ!」


 その発狂ぶりを見て、チトがたしなめる。


「まあ、落ち着きなよ。熱くなりすぎだ」


 だが、後ろにいたラーゼは、躊躇なく火に油を注いだ。


「彼。他の二人のメンバーも、女神の様に美しい女性だったねえ。思わず見惚れてしまったよ。……強いだけでなく、女性にも魅力的に映るんだろうねぇ」


 ベネッタは元気よく手を挙げる。


「うん! ベネもね! レッサーデーモンとぉ戦ってるの見てたらぁ、キュンとしちゃった! キャッ!」


 ひとりで興奮するベネッタを無視して、ハイルゼートは後ろを振り向き、ラーゼを睨む。


「ラーゼェェェ、おめえ……! 俺に喧嘩うってんのかぁ!?」


 ラーゼは、わざとらしく肩をすくめて見せる。


「まさか、我らのパーティーリーダーさまに、喧嘩を売るだなんて、そんなつもりは、毛頭ないよ」


 だが、憤りを抑えながら振り向いたハイルゼートの背に、さらに言葉を投げかける。


「固有精霊……。神域にて、神に出会った者のみが、扱えると言われる、人間の間じゃあ、ほとんど伝説の存在さ。……彼らエルフの内じゃあ、ありふれてたりするのかね?」


 ハイルゼートは唇が切れそうな程に強く噛みしめた。ベネッタは元気よく手を挙げ、固有精霊の存在意義を勝手に想像し、妄想を垂れ流すがそれは無視された。


「はい、はぁい! ベネはねぇ。お肉の精霊がいいなぁ。そしたらぁ、毎日ぃお肉たべるんだぁ」


「それだけじゃないよ。……あの右手。解析した所、グノースタイト製の手袋だった。あの男。格闘を主体にしている様に見えるけど、その実。魔法が主力の魔法使いの線が濃厚さ。それが、精霊素の励起を妨害する、魔法を使うには、不向きな手袋を嵌めている。……おかしいと思わないかい?」


 チトはゴーグルをハンカチで拭いながら、新たな火種を投げ入れる。ハイルゼートはそれに乱暴に返す。


「それが何だってんだ!?」


 ベネッタはまた元気よく手を挙げた。


「はい、はぁい! 武器じゃあないかな? グノースタイトでぇ。殴ると、素手よりもずぅっと痛い、よお?」


 チトはその答えをすぐに否定する。


「確かに武器にもなるだろうさ。でも、その線はないかな。あの男は、硬化魔法を巧みに操ってた。その気になれば、相手を殴り殺せるグローブ替わりくらい簡単に生み出せるだろう。最後に見せたみたいに、ね」


 後ろで黙って聞いていたラーゼが、自らの考えを述べる。


「封印……じゃないかな? 突拍子もなく聞こえるかもしれないが、今日みたモノが、実力の全てとは思えない。――まだ、何か奥の手を幾つも隠し持っている……」


 ハイルゼートが、歯ぎしりし、周囲に気味の悪い音が響いた。


「はは。考えすぎかな? しかし、レッサーデーモンを一対一で、無傷で倒す程だからねえ。疑りたくもなるさ」


 チトはその考えに同意する。


「僕も封印だと思うよ。何か、とてつもない、聖なるモノか。それとも邪悪なモノか。そんな、危険な力を、周囲から隠すための偽装。まあ、右手にだけ手袋だから、少し鋭ければ、誰でも気づくだろうけど」


 ハイルゼートはその場に膝をつき、怒りに任せ、床を何度も叩いた。その様子を近くにいた神官たちが、気味悪そうに見つめ、ひそひそと話、眉をひそめる。


「君。戦闘でもないのに、血圧あげすぎだよ。さっきから。ちょっとは落ち着きなよ」


 チトが後ろから声をかけるが、ハイルゼートは悔しそうに床を叩き続ける。


「深淵を、あんな普段着みてぇな格好で、生き抜いただとッ!? あんなもん裸と同じだぞ! しかも、たった三人で、一級の分身を討伐し、平然と――現実に戻りやがった! ありえねえ、ありえねえッ!! 何か、何か裏があるに決まってる! クソがあ! 暴いてやる、いつか暴いてやるぞ! カイトッ!!」


 ハイルゼートは少年の名を叫び、呪いの様な呻きを上げた。それを後ろで見ていたラーゼが、憐みの視線を向ける。


「そうやって最初から決めつけて、脇目も振らず突き進む。それは、ある意味では美徳でもあるさ。リーダー殿。しかし、相手はよく考えなきゃいけないね……。ククク。でなけりゃ、美徳は簡単に悪徳にすり変わるよ」


 その呟きと漏れ出す笑いは、ハイルゼートを落ち着かせようと、周りを囲んだ他のメンバーには聞こえていない様だった。

 底の見えない雰囲気を纏った男は、暗い笑みを浮かべ、嫉妬に狂う、憐れな背中を見つめていた――。

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