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深淵よりの帰還

 弱点を二人に伝えてからは、本当に早かった。アイシャはラブちゃんの力を使って、首の裏を抉りだし、ジジは周囲を飛び回りながら、魔力の波を幾重にも放出し、強引に首を捩じ切った。


「やったよっ! カイト!」

「ふん。急所が分かれば容易いものよな」


 次々と倒れ伏す悪魔の巨体が、部屋に強烈な振動と轟音をもたらしたが、倒れた身体は、しばらくすると黒い煙を吹き出しながら、縮み、消滅していき、その場には何も残らなかった。


「ギャギャ!」


 いつの間にか入口から入り込んできていた大小の魔物は、悪魔が倒された様子を見て、恐れをなして逃げ出していく。そこへ、奥の扉から交代の人員らしき白い服を着た聖職者が駆けこんで来た。倒れた者は運び出され、その場へ新しい者が跪く。


「ふう。ここは何とかなったみたいだな……」


 聖域はいまだ慌ただしい声に包まれ、俺たちの勝利を喜ぶ者は誰もいなかった。アイシャとジジは、逃げた魔物たちを追い、入口の警戒へ向かった様だ。あの二人に任せておけば安心だろう。


「いや、これでいいんだ」


 周囲をざっと見回してみるが、入口ふきんの床や壁に、悪魔との戦闘で壊滅的な破壊の跡が見えたが、怪我人らしき者は、最初に跳ね飛ばされた兵士と聖女だけの様で、他には見当たらなかった。後は、あの兵士が死なない事を祈るだけだ。皆よゆうがないのか、軽傷の聖女の怪我に目を向ける者はいない。


「オリヴィアさま。遂にこの日が来たのですね――私が、深淵に復讐できる日が!」


 聖女は新しい聖職者の隣にしゃがみ込み、会話を交わしていた。


「イレーヌ……。出来れば、こんな日が来て欲しくなかった……」


 跪いた中年の女は、聖女の手を取った。その手が、上から優しく包まれる。


「私は、息子が深淵に奪われた時から、覚悟はできていました。そんなに悲しそうにしないでください。いまさら決心が揺らいでしまいます」


「イレーヌ……」


 見間違いだろうか。話し込む聖女の横顔には、涙が流れた気がした。


「もう、お行き下さい。私は、私の想いと、役目を全うします」


 そう残し、聖職者の女性は、正面を向き祈りのポーズを取った。聖女は離された手を名残惜しそうに見つめ、やがて決心した様子で立ち上がり、呪文を唱える。


「アン・クリプタラ・リヴィル」


 すると、聖職者の女性の周囲が白い光に包まれ、床に印された聖印が再び輝き始める。

 聖女は部屋ぜんたいへ響く明瞭な声で宣言する。


「皆さん! 聖域の危機は去りました! ここにフィフラ・リヴィール神の聖印は、再び力を取り戻し、我らを深淵の脅威からお守りくださるでしょう! 傷つき倒れた者の無念を共有する事は出来ません。しかし、想いを継ぐ事は出来ます! それを胸に、より一層、職務に励んでまいりましょう!」


 そして、最後にこう叫んだ。


「これは――聖戦です! 聖なるフィフラ・リヴィール神のご加護が皆と共にある限り、我らの敗北はありえません!」


 その場にいた者たちは、皆、足を止め、聖女を見つめ喝采を送った。


 へえ。仲間内じゃ、ちゃんと聖女さましてんだな。


 しばらくその様子を見つめていると、聖女と目が合ったが、彼女は頬を赤く染め、目をそらす。


 何だ? 今の反応。


 そこへ、結界が再び機能した事を見届けたアイシャとジジが、戻って来て、ジジは聖女に遠慮なく問いかける。


「聞きたい事がある。……先ほど、そこに並ぶ者の一人が倒れた。すると結界が消失した。聖域とは何を意味する? それは――何によって守られておる?」


 ジジの残酷な問いに、聖女は震えながら、声を絞り出す。


「整列し、祈りを捧げる者たちが、彼らの命が、この聖域を支えています」


 ジジは既に分かっていたという風で、頷きを返す。


「ふむ。やはりのう……」


「彼らはこの場を維持するために、永久に眠り続け、二度と目覚める事はありません。ベッドに眠ったまま、生きるための栄養の補給や、排泄。その他のあらゆる世話を他者が行い。……先ほどの様に、命を全うするまで、尽くし続けます」


 何となく想像はついてたが、何てブラックな環境だよ……。


「それは、誰が望んだ物じゃ?」


 聖女はジジの冷たい瞳を睨みつけた。


「彼ら自身です! ……彼らの多くは、深淵によって、家族を奪われています。そして、この任につく者には、揺るぎない信仰心が必要となる。そのため、自ら志願した者のみで構成されています……」


 こんな酷い任務を、自ら望んだってのか……!


「ふん。どこまでが真か分からぬな。先の儂らを陥れた手管。その方の国には詐術に長けた者がごまんとおるのではないか?」


 それを聞いた聖女は、ジジに怒りをぶつようとするが、隣にいた俺の目を見て押し黙る。


「そんな事――! 貴女に言われる筋合いは――!」


 何だ? この視線……。何か気に障る事したかなあ。あ、いや。したと言えば、したけどさあ。

 その態度をジジは嘲笑う。


「ふん。最後まで吠える事も叶わぬか? 何ともかそけき意力よな」


 おおい。いじめんのもその辺にしてやってくれ。無事に帰れるか心配になって来た。

 ジジは聖女に一通りの悪態をついて、満足したのか、今度は早く帰せとせっつき始める。


「さて、この幽々たるひとやより、儂らを解放してもらおうか」


 聖女は何処かほっとした様子で、振り向き、兵に守られた通路の奥の扉へと先導する。


「ここです。この扉は、夢想者が、深淵に入る前の場所へ自動的につながると言われています。通り抜ければ、貴方がたが元いた場所へと戻れるでしょう」


 その、言われていますってのが気になるんだよなあ……。

 あ、ジジは早く帰りたがってるけど、ひとつ確かめとかないといけない事があった。


 扉の前に立っていた聖女に向き合うと、彼女はまた赤くなり、目をそらした。


 おおい?


「もう、あんたを全うな聖女だとは思えないんで、タメ口きかせてもらうぜ……」


 噛みつかれるかと思ったが、聖女は黙り、目をそらしたまま頷いた。


「最後にひとつ、聞いておきたい事があるんだ」


 消え入りそうな声で、「はい」と返る。


「言ってたよな。俺たちがアビスワームの分身を倒した後に、深淵の落とし子たちが不活発になるって……。それってつまり、分身を討伐すれば、深淵からの人々への被害が少なくなるって事か?」


 聖女は目をそらしたまま答える。


「そうです。より等級の高い分身を討伐するほど、深淵の力は削がれ、結果的に命を落とす者や、廃人になる者の数は少なくなります。……これは、長い歴史の中で証明されていますわ」


 はあ。やっぱそうかあ。……くそ! それを聞いちまうと、助けないとは言えなくなっちまう!

 腰のポーチの中に入れた深淵覗きの鐘も、ここから出た後に、何処かに捨ててしまおうかとも考えていた。


 だが――。


 正義を語る気もない。もてはやされる様な、英雄になりたいとも思わない。けれども、危険に曝されている者がいると知って、それを見殺しにするのは、俺の想うヒーロー像とは違う。

 あ~あ。男がヒーローに憧れるのは、もはや本能みたいなもん何だよなあ!

 ゲームの主人公ってのも、色んな形はあれど大抵がヒーローだもんなあ。


 約束とは別の意味で、幼い頃から刷り込まれてきた想いは、簡単には裏切れねえんだ。


 いつか、こんなに強くてカッコいい男になる!


 幼い日の、無邪気な自身の言葉が、聞こえた気がした。


「分かったよ。あんなアイテム、投げ捨ててやろうかと思ってたけど、協力はしてやる。……だけど、あんたらの事を信じた訳じゃないからな?」


 釘を刺すと、聖女は今にも泣きだしそうな顔をして、唇を噛んだ。


 おおい? だから、何なのその反応――! 俺がそんなにいじめたか? いじめたかァァァッ!?


 扉へ手をかけ別れを告げる。


「じゃ、行くぜ」


 そこで、聖女が服の裾を引っ張り、引き留めた。


「え? 何? まだ何か?」


 振り向くと、恥ずかしそうに頬を染め、俯きながら話しかけてくる。


「あ、あの! も、もう一度。貴方のお名前を、聞かせてください……」


 へ? さっき聞いただろぉ? 仕方ないな……。


「カイトだ。じゃあな」


 聖女は服を握っていた指を離し、小声で告げる。


「カイトさま……。また、お会い出来る日を、楽しみにしています……」


 はあァァァッ!? 嫌味のつもりかァァァ!? ビッグなお世話だぜッ!?


 憤りに任せ、振り向くと頬を紅潮させた聖女と目が合った。彼女は上目遣いでこちらを見つめ、胸には両手が添えられている。その指の傷が気になり、思わず手を取っていた。


「は? え?」


「爪、はがれて酷い状態じゃねえか」


 見回すと他にも幾つも傷を作っている。憎むべき存在のはずなのに、それが、何処か痛ましく思え、考えるよりも先に身体が動いていた。


「アキュラ!」


 包み込んだ手の傷が、治癒魔法によって癒えていき、聖女は呆けた様な声を漏らした。


「あ、ああ」


 お。他人を治療したのは始めてだけど、意外とうまくいったな! これも、アイシャのスパルタのおかげか。


 気が付くと聖女は大粒の涙を流していた。傷が痛んでいるのをずっと我慢していたのだろうか?


「あんた、みんなを助ける聖女さまなんだろ? だったら、いつまでもそんな傷だらけの格好してちゃダメだぜ」


「今度こそ。じゃあな! 出来るだけ次あうまでの時間が空く様に祈ってるぜ」


 そうして、扉を抜けると、意識が曖昧になり始め、視界が揺らいだ。


 近くから、賑やかな鳥のさえずりが聞こえ、温かな日の光を感じる。ゆっくりと目を開けると、そこは家の前の草原だった。


「へ? 帰って、来れた……?」


 身体を起こすと、両隣にはアイシャとジジが倒れていた。しばらくして、二人とも目を覚まし、身体を起こす。


「ううん? あれ? 夢、だったのぉ?」


 寝ぼけた風のアイシャは、伸びをし、ぼんやりしている様子だったが、突然とびおきた。

 そして、井戸へ向かい、覗き込んだと思うと、シルフを呼び出して、飛び降りていった。


 えええ? 帰って来てすぐ、すげえ行動力だな。


 アイシャは直ぐに戻って来て、かかっていた縄梯子を折り畳みながら、話した。


「夢なんかじゃなかったよっ! 井戸の底の洞窟。水量はまだ少ないけど、水質はかなり良くなってるし、泥らしい物も流れてきてない!」


 ジジは気だるそうにそれを聞いていた。


「私たち、確かにあそこに行ってたんだっ!」


 腰のポーチを探り、あの鐘を取り出す。


「ほんとだ。確かに入ってる。あの、証明書もだ……」


 そこで、アイシャはジジの手を引き、俺から離れた位置でひそひそ話を始めた。


 ええ? 帰って早々、仲間外れ?


「ねえ。ジジちゃん。見たよね。あの赤いほっぺたと潤んだ視線。あれって――」


「うむ。見たぞ。どうみてもそうじゃろうなあ」


 ここで、アイシャは怒りの籠った視線を向けてくる。


「もう! カイトのバカ! あんな性格悪い子も引っ掛けちゃうなんて!」


「はあ。しかし、本人は気づいておらなんだ様じゃが」


「またライバルが増えちゃったよっ!? 私との約束どうするつもりなのっ!?」


「む? それならば、儂には大きな貸しがあるぞ? くふふ。約束よりも貸しは重いわ」


「ああ! ジジちゃんまたそういう事いうの!」


 ここで、ジジが鷹揚な態度でこちらを見やり、対照的にアイシャはとげとげしい視線をくれる。


「カイトも、鋭いのか、鈍いのか。まったく本性が見えて来ぬな」


「えっちな事には敏感だけど、それ以外には鈍感なんだよっ! きっと!」


「ふむ? そういえば、あの娘もそれなりに豊かな胸をしておったな」


「そ、そう! それ! 始めて会った時、じっと食い入るように見つめてたんだからっ!」


「まあ、儂らと比べれば、豆粒の様なモノよ。案ずるに及ばず」


「それに、あの裸みたいな服もずるいよねっ! 男の人を誘惑するために着てる様な物だよっ!」


「うむ。そうじゃな。あれこそが、痴女と言うやつよ。全く破廉恥な」


「それに、最後のあの態度なんなの? 気づかずに治癒魔法までかけちゃうカイトもなんなのっ!?」


「うむ。あれには驚いたぞ」


「いつのまに、あんなに上手になってたんだろっ!」


「まあ、カイトの成長が早いのは、今に始まった事ではないがの」


 その会話は、いつまでも終わらない様子で、だんだんと仲間外れにも慣れてきた。


「はあ。ぜんっぜん聞こえねえけど、何か悪口いわれてる気がすんな。まあ、明るい世界へ帰ってこれたんだ。今は、この幸せを噛みしめてるかぁ」


 二人を連れた井戸の探索は、いつの間にか危険な深淵へと通じていたが、そこで得た経験は、確かな手ごたえを残し、早くも意識は飛躍し、師の驚く顔が、頭の中で思い描かれ、何度も何度もちらついた――。


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