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聖域の異変、出づるは夢か現か

 明るかった聖域は、完全に闇に包まれ、あちこちで誰かが慌てた様子で叫んでいるのが聞こえた。


「早く――早く交代の人員を――!」


 目の前の暗がりからは、恐慌をきたした聖女の叫びが響いていた。


 先ほど、整列して動かなかった人の内のひとりが突然たおれた。そして、この騒ぎ。……察するに、彼らが祈っている事で、ここの結界が維持されているのか。しかし、ひとり欠けただけでも消失してしまうとは、危うすぎる気がする。システム上の欠陥だろうか。


 そんな事を考えつつ入口の方へ振り向くと、闇の中に兵士たちの輝く槍の穂先が見えた。彼らは緊張しているのか、槍は落ち着きなく揺れている。


「暗いと冷静さも失われるよな……」


 危険な場所ではなおさらだ。自分の経験を思い出し、隣にいるだろうアイシャに声をかける。


「アイシャ? そこにいるんだろ? あの明るくする魔法で照らしてやってくれないか?」


 暗闇から返答が来る。


「いいけど、私は光量の調節が下手くそだから、こんなに広い部屋だと勝手が分からないよっ!」


 そう言いながらも、アイシャは天井へ向けて光球を打ち上げた。眩い光が周囲を照らしていく。その場にいた人々は、光球を見上げ、口々に叫ぶ。


「まぶしい!! 目が潰れそうだ!」

「うお! まぶし!」

「こ、この光は一体!?」


 アイシャは明滅する光の中で、恥ずかしそうに俯いていた。


「ほ、ほら! こうなるでしょっ!」


 やがて、光球が安定し、均一な光を部屋ぜんたいへ注ぎ始める。そこで、入口に向けて並んでいた兵士たちの声が聞こえた。


「な、何だ!? こいつは――」


 そちらを見ると、床に黒い泥の塊の様な物がみっつ蠢いていた。それは生き物の様に蠢動し、徐々に兵士たちに迫る。


「いけません! 今すぐそれから離れてください――!」


 聖女が声を上げたが、既に遅かった。黒い塊は、膨れ上がり、先ほどの悪魔の形を取る。巨大な肉体が現れ周囲の空間を埋めていき、兵士のひとりが巻き込まれ跳ね飛ばされる。


「うがあああ!」


 宙を舞い、床に叩きつけられ、整列する人々の中へと転がっていくのを、驚いた事に、聖女が飛びついて止めていた。重い鎧兜を身に着けた兵士を止めた衝撃で、聖女は怪我をしたのか、口の端から血が滲んでいた。


「ゆ、床の聖印が掠れてしまったら、人員を補充しても、結界は維持できません! ここを守ってください!」


 こちらへ向けた悲愴な視線が、強く訴えかけてくる。


 その間にも、他のふたつの黒い塊が次々と膨れ上がり、巨大な影が空間を占める。それらも先ほど見た悪魔と同じ姿をしていた。


「レッサーデーモン――! それが、三体も!」


 聖女はひきつった叫びを上げ、恐怖の眼差しを悪魔へ向ける。


 ん? ゲームでもよくいる、下位の悪魔って事だよなあ。そんなに強いのか?


 先ほど跳ね飛ばされた兵士は、生きているのかも分からない。そして、目の前の悪魔たちの巨大さは、常人ならば、恐怖で動けなくなるほどの威圧感だろう。


 だが――。


 不思議だ。さっき、大群に追いかけられてる所に、こいつが現れたのには肝を冷やしたけど、たった三体だと大した脅威には思えない。


 あ~あ。あの神のせいで、感覚バグってんのかな……?


「ああ! この聖域は――ここで――!」


 勝手に終わりを予期し、絶望する聖女を見て、随分と身勝手だなと憤りが湧き出してくる。もう、この女を聖女とは思えないかもしれない。救う価値があるかも……。だが、周囲にいる人たちはどうだ? 俺たちと同じ様に、否応なしにこの危険な場へ連れてこられたのかも。そう思うと――。


 いや!


 人の命の重さを、自分の主観で左右するな!


 戦う理由を他人に預けるな!


 アイシャとジジは、既に動き出していて、交戦する兵士たちを助けに向かっていた。


 俺も続くんだ! 二人に並べる様な自分になるために!


 命を懸ける理由は――。


 自分で見つけ出せ!


 あの時の様に、絶望を、希望に変える力を手にするためにッ!!


 その時、あのロドスの言葉が頭の中でちらついた。


 ああ。今回も、エゴかも知んねえ! だが、もうこれ以上だれも傷付けさせない!


「お前の相手は俺だッ!」


 その声に反応した中央の悪魔が、こちらへ猛烈な勢いで手を伸ばす。


 湧き出すこの感情は、怒り? それとも勇気? だけど、今は怖くない。

 アイシャ、ジジ。やれるよ、俺。


 伸びた悪魔の右手を硬化させた左半身で受け流し、相手の力で急加速する右半身ごと右拳を悪魔の手首へ叩きつけ、衝突の瞬間に思い切り引く。


「弾肢神通――火勢急退!」


 破裂音が響き、悪魔の太い手首がへし折れ、内に曲がり、血を噴き出す。


「グオオオ!」


 それを避ける様に、飛び上がり、折れた手首の上で倒立し、反対側へ素早く降り立つ。


「こいつは、デカすぎる! どうせ、頭やその周辺が弱点なんだろ? だったら――」


 奥に見えていた右膝の側面へ向けて、左手から粘糸を伸ばし、真っすぐに思い切り手繰り寄せる。


 この粘糸反応を知った時から、幾つかの戦術を思いついていた。だけど、以前の貧弱な肉体では、耐えられないのは分かっていた。


「けど、今なら出来るッ!」


 粘糸の強力なパワーに引き寄せられ、悪魔の右膝へと高速で突進し、その側面から裏側を削る様に右腕を振り抜く。もちろん火勢急退を使う事も忘れない。悪魔の膝裏の関節の弱点を削ぐと、大量の血が噴き出し、巨大な身体が膝をついた。その振動で、部屋ぜんたいが揺れる。


 悪魔の背後に回り込んで機会を窺っていた兵士は、驚いた様子でこちらを見た。粘糸の勢いに乗って背後へ回り込みながら、彼に声をかける。


「あんたは、聖印を守るのに専念してくれッ! こいつは俺が倒すッ!」


 兵士は反論することもなく、素直に頷いて駆けて行った。だが、悪魔の背に着地して話している時間が、大きな隙となった。悪魔の右の上腕の裏には、赤い目がついていて、こちらを凝視し、へし折ったはずの右手首が修復されて、握り潰そうと迫りくる。


「また再生能力もちか! だが、遅いし、パワーも大した事ねえッ!」


 悪魔の背を駆け、背後に伸びた右腕の肘関節へ内側から強打を加える。


「火勢急退ッ!」


「グオオオ!」


 こちらを掴もうとした腕を再び破壊され、悪魔は忌々しそうに吠えた。すぐ目の前にはあの赤い巨大な瞳が見える。


「信じられない! ヒトが――悪魔と対等に戦えるなんて! いえ、対等じゃない。まるで子ども扱い……!」


 この目――身体のあちこちに分散してついてるみたいだ。何処に移動しても何処かの目に見られているとしたら面倒だな。先に潰しておくか。


 デイ! 天井ふきんへ飛び上がって、こいつの身体の何処に目があるか調べてくれ!

 イシはデイから情報を受け取って、目を見つけたらそこを逐一つぶしていってくれ!


 二人の精霊を実体化させ解き放つと悪魔が、速度で劣るデイを捕まえようと左手を伸ばす。先ほど削いだはずの右膝の負傷も既に治っている様だ。


「させるかよッ!」


 粘糸には、本当に色々な使い方があると思う。これの使い方が破壊の神力を封じられた今の自分には、命綱になるという確信がある。


「あ、あれは――! 固有精霊!? そんな、まさか! 伝説だけの存在だと――!」


 デイに向けて伸びる左腕の関節へ、飛び上がりながら粘糸を何本も飛ばし、床へと縫いつけてやる。だが、それだけではパワー不足で、動きを阻害する程度でそれ以上の効果はない。


「分かってる! こんなデカい奴に、関節技なんてかけられない!」


 だったら――純粋なパワーで破壊するだけだッ!


 伸びた腕は、一瞬おそくなっただけで、すぐにデイを追う。だが、それだけで十分だった。こちらの動きが間に合う隙が生まれれば、それが勝利への布石となる。


「ハキスッ!」


 宙で身体ぜんたいを硬化させ、超重量の塊へと変える。これも、今までの筋力では耐えられない負荷だった。


 予想通りだ。今ならこの負荷にも耐えられる――!


 そして、そのまま右腕に大きく反動をつけ、悪魔の無防備な左の肩甲骨へと向けて、重力に引かれるままに身体ごと落下し、右拳を叩きつけた。


「くらえッ!」


 全身を鋼で覆った超重量の一撃が、肉を抉り、骨を打ち砕く。辺りには骨が破砕される鈍く不気味な音が響き渡り、痛みと重圧に耐えきれなくなった巨大な肉体が、床へと叩き伏せられ、血しぶきと共に、埃の柱が立ち昇る。


「ば、バケモンだ――!」


 気が付けば、悪魔の十数メートルはある巨体を叩き伏せた俺を、戦いを見守っていた人々が、驚愕の眼差しで見つめていた。


 ああ、さっきからなんか、オーバーリアクションな悲鳴が聞こえてた気がした……。強くなれたのは嬉しいけど、一般人から見れば、化け物に見えちまうのかもな……。


 悪魔に大きな隙が出来たので、硬化を解き、いちど周囲の様子を見回してみるが、アイシャとジジは、右と左の悪魔を相手取っていて、やはり、再生能力に苦慮している様だった。誰かが弱点を発見しなければ、こちらの体力が削られるばかりで、徐々に不利になるだろう。


 まあ、その場合も一番にバテるのは俺で、抑えきれなくなったら、こいつが、他の二人や、無力な人々を襲うんだろうな……。


 そんな事態だけは避けなければならない。あの日、神の戦術陣で誓った。未来を守る力を――希望を守る力を手にすると!


 だから――例え化け物だと恐れられようと、俺はもっと強くならなければいけない!


 そして、いつか約束の場所へ辿り着いて、その時こそ彼女に伝えるんだ。本当に言わなきゃいけない事を!


「オオオオッ!」


 倒れ伏していた悪魔が咆哮を上げ、跳ね起きるのにともなって、吹き飛ばされそうになるが、床と粘糸で繋ぎ、ゆっくりと着地する。上を見れば、既にデイは天井ふきんへ浮き上がっていて、そこから観察を始めている様子だ。


「イシ! 頼んだぜ!」


 振り向きながら、身体を捻って勢いに乗った右腕が、こちらへ向けて迫ってくるのを、反対側へ回り込むように躱していく。そして、狙いすましたイシの一撃が、右上腕の裏にあった巨大な目を潰した。悪魔は今までにない悲鳴を上げ、そこから血の雨が降る。


「なるほど、全周に開けた視野を持つだけじゃなく、アレ自体も弱点って訳か!」


 デイは上空をゆらゆらと行き来し、イシに情報を伝達している様だ。イシは高速で飛び回り、悪魔の赤い目を次々と潰していく。


「グオオオッ!」


 血の雨が降る中、あらかた目を潰し終えたイシが、戸惑った様子で、悪魔のうなじ辺りに激突したが、何も起きない。


「何だ……!?」


 固有精霊は、命令を与えれば、決して迷わずそれを遂行する。なら――。


 全身にあった目を全て潰され、大量の血を流し、荒い息を吐き、動きの止まった悪魔の背に飛び乗り、うなじに近づくと、そこには――。


「これ……もしかして、瞼か!?」


 先ほどイシが体当たりしたのは、固く閉じられた瞼の様だった。すぐさまそこへ打撃を加えてみるが、肉体の他の部位とは異なり、凄まじい強度だった。


「いってぇ!」


 グノースタイト製の手袋を嵌めていても、拳に衝撃が返ってくる程の硬度。ここが、弱点なのは間違いない。問題は、どうやってこじ開けるか……。


 悪魔は全身の目を潰されながらも、立ち上がり、再びこちらへ襲い来る。頭部についた三つの目のみが残っているが、そこだけは再生が可能な様だった。こちらの動きを追うために、頭を振るので、それにともなって身体も動き、余計に背後に回りづらくなってしまった。


「くそ! 先に他の目を潰したのは、悪手だったか!?」


 いや! 俺にはイシとデイがいる!

 それに、粘糸を使って、うなじの強固な防壁を突破する方法を思いついた。

 天井にいたデイを手元に来る様に呼ぶ。時間がかかるので、先を見越して動かす必要があった。


「とにかく、今は動きを止めなきゃ何も出来ねえッ!」


 左腕を悪魔に向け、マナバーストの構えを取り、薄目になって集中する。眼前からは、凄まじい咆哮と地面を震わす振動が伝わってくる。


 惑わされるな……。集中を維持しろ。


 瞳の奥に、火の精霊の姿が見え、巨大な炎の柱が燃え上がり、爆ぜた。


「同時に投射しろ――剣神増幅陣、展開!」


 空間に、魔方陣の形に炎が灯っていく。


「マナバースト・フロア!」


 瞬間、爆発にも似た強烈な炎の柱が六点どうじに吹きあがり、それが一つになり、悪魔の頭部を残して全身を覆う。炎の赤い明滅が、部屋を照らし、悲鳴が空間を震わしていく。


「グオオオ!」


 動きは止まったな……。後は――。


 イシ! お前に粘糸を結びつける。その状態で、悪魔の首の周りを瞼だけを避けて何重にも飛び回ってくれ!


 イシは高速で時計周りに悪魔の首を粘糸で締め上げていく。こちらは粘糸が切れない様に、マナの放出量を操り絶やさずつなぎ続ける。


 十分な量の粘糸が首を巻いた所で、イシを天井へ向けて斜めに飛ばし、最後の粘糸は太く、強靭に練り上げていき、天井の梁へ繋ぐ。


「一気に上に跳ぶには、ジャンプ力が足りない。だけど!」


 デイがいれば別だ!


 デイの軟体を弾ませ、極限までへこませた所で、その上に乗り、一気に天井へ向けて斜めに、イシとは逆方向へ跳び上がり、悪魔の首に巻かれた粘糸と手元の粘糸を繋ぎ合わせ、三十メートルほど上にあった半球状の天井の梁へつなぐ。


 そして、粘糸を一気に巻き上げた。


「グ、オ、オ」


 悪魔の首が、軋み、強靭な粘糸の力で締め上げられ、巨体が徐々に吊り上げられていく。


「ば、バカな……こんな事が……!?」


 しばらく首を吊った状態で、浮き上がっていた悪魔のうなじに動きがあった。強烈な圧力で締め上げられた瞼の内側から、目玉が飛び出し始めている。


「これだけ露出すれば、十分だ――!」


 新たな粘糸をその場に広げる様に数本を展開し、それを胴体と肩につなぎ、天井を蹴り、真っすぐに、悪魔の最後の目へと向かい、同時に悪魔を吊り上げていた粘糸を切り離すと、力を失った巨体が、前方へ崩れ落ちる。


 風を切りながら、二十メートルちかい距離を一気に落下し、鋭く長く尖らせた鋼で固めた左拳を、うなじの眼球へ突き立てた! 重力に乗って加速した一撃は、部分的に露出していた鋼鉄の様な眼球の内側まで拳を貫通させ、首の前面までぶち抜いた。血しぶきが床へと飛び散る中で、悪魔の断末魔の悲鳴が響き、巨体は床へと再び叩き伏せられたが、もう二度と立ち上がる事はないだろう。


「アガアアアッ!」


 地表へ激突する寸前で、張り巡らせた粘糸の力で身体を引き、勢いを止めたが、あまりの力に身体がちぎれそうになった。


「は、ははは。あぶねっ。もう少しで、俺もいちごジャムになるとこだった……」


「ゆ、勇者さま……」


 ん? 今なんか、聞こえたか……?


「まあいい! アイシャ! ジジ! こいつらの弱点は、首の後ろにある目だ! 何とかしてそこを潰してくれッ!」


「分かったよっ!」

「心得た!」


 両側から、二人の力強い声が届き、その場での勝利を確信した――。

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