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深淵の落とし子たち

 奥に現れた何かは、全周から伸びる歪な牙を蠢かせ、その中心からもうひとつの芋虫の様な細長い姿が見えた。


「ややこしいな。ここが内臓だとすると、あれは内側についた口……?」


 ジジは異変に気づき、声を荒げる。


「カイトよ! 呑気に分析しておる場合ではない。周囲を見よ!」


 イシとデイが押しとどめたため、壁や天井、床の動きは止まっていたが、棘のついた触腕らしき幾つもの物体が、伸びあがって来ていた。それは、周囲を探り、獲物がかかるのを待つ。


「いや、待ってるだけじゃない! 来るッ!」


 触腕は更に伸び、こちらを捉え、迫ってくる。それの数本をジジが力で絡めとったが、残り二本が俺に向けて伸びてきた。


「カイト! 気をつけよ!」


 分かってる!


 大きく反動をつけた大ぶりな一撃、だが、加速して勢いに乗り触腕の大きさに見合わぬ鋭さ。それが時間差で迫りくるのをしゃがみながら滑り込み、ついで、勢いに乗って立ち上がり、触腕の一部に左手をつき、跳び箱の様に越える。


「何だ――」


 自分でも驚いた。ずっと泥の中にいたため気づかなかったが、身体は軽く、鋭い触腕の一撃が遅く感じてしまう。

 それを見て驚いたジジが問いかけてくる。


「おんし! まさか、力を使っておるのか!?」


「使ってない! でも、身体がとても軽くて、力がみなぎってくるんだ!」


 あれだけ警告を受けた力だ。この場で全滅が見えたなら使うかもしれないが、まだその時じゃない。アイシャはともかく俺もジジもぴんぴんしてる。


 後ろから息を整えたらしいアイシャの声が聞こえた。


「す、すごいねカイト……。前よりずっと速くなってる」


 その声に反応したのか、アイシャへ向けて触腕が向かっていく。


「させるかッ! 火勢急退!」


 松明を左手に持ち替え、大きく反動をつけた右拳を全力で突き出し、そして衝突の瞬間に思い切り引く。あの神との戦いで身に着けた技だ。


「グオオオ!」


 グノースタイト製の手袋に、力と技を乗せた一撃は、触腕を大きくうねらせ、壁面へ叩きつけた。拳の食い込んだ痕には、抉れた傷が出来ている。

 アイシャとジジは驚き、同時に声を上げた。


「な、何なの今の変な名前!」

「き、奇怪な呪文が聞こえたが!?」


 おいおい、俺の大活躍にそれはないだろ。

 触腕は諦めずに、次の一撃を準備し、動けないアイシャを狙う。


「だから――させないって言ってんだろッ! アイシャ! 松明を持っててくれ!」


 松明をアイシャに投げ渡し、触腕へ正面から突進し、衝突の瞬間に両足を踏ん張り腰を落とす。


「ハキスッ!」


 分厚い鋼で硬化させた左半身を前に出し、重い一撃を受け流しながら、その力で鋭く身体を回転させ、前に出た右半身と共に、拳を突き出す。


「弾肢神通!」


 凄まじい破裂音と共に、触腕は側面が抉れ、うねりながら、縮んでいく。だが、それはフェイントだった。すぐ後ろに控えていた新たな触腕が、再び襲い来る。それを今度は、突き出していた右半身にハキスをかけ、受け流し、左拳を鋭く尖らせた鋼で覆い、同じ技を使い、衝突の瞬間に思い切り引く。


「弾肢神通――火勢急退!」


 太い触腕は中央で折れ、その上部がちぎれ吹き飛んで行く。


「グオオオ!」


 それをアイシャとジジは、ぽかんとした表情で見つめていた。


 自分でも信じられない。この感じるパワーは、破壊の神力を全力で使った時には遠く及ばない。だけど、身体の軽さは、あの黒衣の戦士たちとの戦いを想起させる。


「それが、リスクなしで発揮できているのか!」


 いや、いくら動いても身体に異変がないのだ。これは、この身体じたいに常人を越えた力が備わった証左かもしれない。


「カイト! ぼうっとしないで、また来るよ!」


 痺れを切らした本体が、一気に五本もの触腕を上下左右から送り込んでくるが、ジジは前を防ぐのに手一杯な様子だ。


「俺がやるしかない!」


 分かってる。いくらパワーやスピードが上がっても、それだけじゃ対応できる幅は限られている。特に、誰かを守りたいなら、それだけじゃ足りない。


「だからッ! この力があるんだッ!」


 この魔物。あの神ほどの知恵はないな。フェイントを交える程度の事は出来ても、攻撃がワンパターンすぎる。同時に送り込まれた五本の触腕を躱す事は出来ない。先ほど立てた岩柱に意識を向け、そこから巨大な石柱を伸ばし、その先端を硬化させ鋭く尖らせ、末端でへし折り、両腕で抱えて、突進する。


 石柱は、触腕の攻撃を受け止め、今にも砕けそうになっている。


 相手のパワーを利用しろ! 受け止めた力を直接、大地につなぎ、そして、送り返してやるんだ!


「受け取れッ! 俺からのプレゼントだッ!」


 石柱の角度を変え、その根本を堅く変質した汚泥の床へ置き、そのままつっかえ棒の様に、触腕からの力を受け続ける。密かに両腕と身体をハキスで硬化させ、石柱と一体化していく。ヒビを入れてわざと脆くした根本が砕け散り、一気に石柱が動き、床へ叩きつけられる。


 その瞬間を狙い、ぶつかった衝撃を感じながら、同時に身体を前へ動かし、大きく踏み込む。


「反衝突破!」


 石柱が受けた相手の力が、床から強烈な反作用を生み、そのエネルギーの奔流へこちらからの踏み込みを加えて、叩きつける。


「グオオオ!」


 石柱は五本の触腕を同時に貫き、その余波でちぎり、跳ね飛ばした。次々に生えてきていた触腕の動きがその一瞬だけ止まった。


 今だ! 今しかない!


 前で触腕を防いでいたジジの更に奥を見据える。そこには、確かに大きな口とその中の小さな虫が見えた。


 今日、ここへ来て感じた事を思い出せ! 力が足りないのなら、環境を利用しろ! 小さくまとまって自分の中だけで完結するな! 長く、遠くへマナを伸ばせ!


 突き出した左手からマナの幾筋もの流れを生み、身体から離れた場所に粘糸反応を利用し、設置していく。そして構築されたバリスタの様な、巨大な発射台を作る。


 狙いを定めろ、決して外すな。


 マナを高速に真っすぐレーザーの様に飛ばし、中央へ見える虫を捉える。


 生み出した鉄球を握る手は、かすかに震えていた。


 このマナの糸を外れず辿れ! そうすれば、必ず届く! 発射台の先端を微修正し、真っすぐに標的へと向ける。


「そうだッ! 俺は魔法使いだッ!!」


 直後、引き絞られた粘糸が切り離され、鉄球が凄まじい速度で飛び、風を巻き起こし、ジジの隣を通り、触腕の間をすり抜け、巨大な口の中心に見えた、小さな虫をぶち抜いていた。


「グオオオッ!?」


 身体が切り離され吹き飛んだ虫が、内側に飛び、天井へ叩きつけられ、血をまき散らしながら床へ落ちる。奥に見えていた巨大な口も、貫通の威力に震え、たわみ、砕けた数本の歯が自らに刺さり、萎れていく。


「やったのか!?」


 気が付くと上下左右から迫って来ていた汚泥の壁は、萎み、引いていく。


「それだけじゃないな」


 しばらくその様子を観察していると、汚泥は完全に消え失せ、元の洞窟の壁面が現れ始めた。


 かにみえた。


「カイト! 後ろを見て! こっちに向かってくるよっ!」


 後ろから聞こえたアイシャの叫びに、身体を反転すると、背後の空間を塞ぐ様に、汚泥の壁が狭まり、完全に閉じてこちらへ迫りつつあった。


「最後に残った力を全部あっちに集めたのか!?」


 アイシャが持っていた二本の松明の片方のみを受け取り、ジジに投げ渡し、もう一方は床に置き、彼女を身体ごと抱きかかえる。


 そのまま振り向いて走り出すと、前方の巨大な口も狭まり、閉じようとしているのが見えた。


「イシ! 頼む!」


 柱になっていたイシを小さくし、弾ける様に加速させ、巨大な口の内側で再び巨大化し無理やりこじ開ける。


「今のうちに通り抜けるぞッ!」


 身体はアイシャを抱きかかえてもなお軽く、風のように疾走する。先に通り抜けたジジが振り向き、こちらへ「急ぐのじゃ!」と声をかけた。


「分かってるッ!」


 汚泥の消えた洞窟の床を、激しい水音を鳴らしながら走り抜け、イシが力に耐えられなくなり縮み始めた瞬間に、思い切り前方へ飛び込み巨大な口を通り抜ける。

 その先は、奇妙な事にとても広い空間の様だった。ジジが掲げた松明の明かりがどこにも届く事なく、周囲の闇に吸い込まれていく。


「どうなってる!? ここは、一体……」


 後ろでは洞窟が崩落し、岩壁の残骸が積もって轟きを起こす。小さな隙間から這い出てきたイシとデイを迎え、透明化させてポケットに入れる。


「カイト……。もう、私の事、こんなに軽々と持ち上げられちゃうんだ……」


 腕の中で小さくなっていたアイシャが、呆けた様子で言葉を漏らす。


 ジジはこちらを振り向き、警戒を促す。


「ここは、何処かおかしな気配が蠢いておる。注意せよ」


 アイシャは恥ずかしそうにそっと呟いた。


「も、もう。大丈夫だから、下ろしていいよ……」


 彼女の恥ずかしそうな小声に、こちらも意識してしまい、顔が熱くなるのを感じる。柔らかな太ももや腰に指が食い込んでいた。


「う、うわあ。ごめん!」


 さっきまで助けるのに必死で、全然いしきしていなかったけど、この密着じょうたいはまずい! こんな所でやつが暴れだしてしまっては、流石に見境がなさすぎる。


「こほん。おんしら、注意せよと言ったはずじゃが……?」


 前からはジジのとげとげしい視線が注がれる。それに気づかないフリをして、話を戻す。


「そ、それにしても、この空間。どうなってるんだ? さっきまで浅い地下洞窟にいたんだよな? それが、天井も見えない程の広大な空間に……?」


 明らかにおかしい。井戸の底の洞窟とでは高さのスケールが合わない。果ての見えない上を見ると、何もない空間に風の音が響いているのが聞こえた。いや、それは下からも同じだった。俺たちが立っている場所は、細い橋の様な形で、切れた先は下側に何も見えない空間が広がっている。


「ホントだね。上も下も左右も! なんにもなくて、凄く広いみたい。……以前、討伐を依頼したギルドの人たちは、この洞窟にこんな場所があるなんて一言も言ってなかったよ……」


 地面に下り立ったアイシャは、岩の橋を恐る恐る進み、その下を覗き見た。


「きゃっ!」


「何だッ!?」


 その悲鳴にただならぬ気配を感じ、慌てて近寄ると、アイシャが手を伸ばし、服の裾を握りしめてきた。


「今……。下に何か赤いのが幾つも見えたよ! 生き物の目みたいだった!」


 服を握る手は、かすかに震えている様だ。あの気丈なアイシャが恐れるなんて、おばけや幽霊くらいだと思っていた。いや、この空間は何処かおかしい、立っているだけで、心の奥底にある恐怖心を喚起する様な。そんな気配がある。


 ジジも浮遊しながら底の見えない谷を見下ろした。


「ふむ。今は何も見えぬ様じゃが、どちらにせよ、退路は断たれた。進むしかあるまいな」


 後は、この橋が途中で切れていない事を祈るしかない。

 またジジが前に出てゆっくりと進み始めたが、そこで周囲の空間に不思議な声が響いた。


「夢想者よ……。お気を付け下さい。貴方がたはアビスワームの一角を崩したのです。深淵を蠢く者どもが、貴方がたの動向を窺っています。油断すれば、その餌食となるでしょう」


 何だ? この声は――!?


「何奴!? 姿を見せぬか!」


 ジジが張り上げた声に、答えが返る。


「私のいる聖域へと続く道しるべを残します。……急いでください。時間が経てば移ろう深淵の力に呑まれ、しるべは消えてしまいます」


 そして、白く温かな光が、ぽつぽつと道を示す様に、幾つも奥へと灯っていく。それは謎の声の言った通り、何処かへいざなっているのか。


「この光! 悪い感じはしねぇけど、信じていいのか!?」


 アイシャとジジに尋ねるが、二人とも押し黙り、ゆっくりと首を振る。


「判断の材料がない。じゃが、この闇の中じゃ、光を追うのは闇雲に進むよりは楽じゃろう」


 ジジにしては珍しく不審な声に対して態度が柔らかい。先ほどの声に何か安心させる様な響きがあったのは何となく実感している。信じて進んでいいのだろうか?


 だが、それ以上の判断の猶予はなかった。


 目の前の地面に、突然なにかが落ちてきた。


「何だ!?」


 光る石で照らすと、それは身体に微細な棘が生えそろった芋虫だった。それが、次々とその場に落ちてきて、俺たちは光を追って走り出していた。


 視界の端に何かが映った気がして目を向けると、赤く光る禍々しい無数の瞳がこちらを見つめていた。


「そこら中、妙な奴らに囲まれてるみたいだ!」


 ジジは前を急ぎながら、上から降ってくる何かに対して魔力の波を張り、防壁とする。


「急げ! 長くは持たぬぞ!」


 一、二、三。見える光は後みっつ! もう少しだ!


 しかし、驚いた事に、目の前に見えていた橋が突然かたちを変え、床へ吸い込まれる様に、下へと曲がっていってしまう。


「何だこれ――進めなくなっちまったッ!」


 後ろから飛び出したアイシャが、俺の手を引き、叫ぶ。


「カイト! 一緒に飛ぼっ! 今の貴方なら届くよっ!」


 対岸までの距離は十メートルはある。先に渡ったジジは、そちら側から襲い来る得体の知れない連中をせき止めていた。


 意を決して、アイシャの手を強く握り返し、全速力で踏み切り、宙へと飛び出していた――。

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