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上手にお願い出来るかな?

 先ほどの食材の味を脳内で反芻しながらシチューを食べ終えた余韻にひたる。

 嫌な記憶がちらつく事もあったが、おおむね満足と言えるだろう。でも、この腹具合ならまだまだいけそうだな。一日いじょう絶食していたと思えば、幾らでも食べられる気がした。

 まあ、食べるのが主にあの一つ目の肉なのかと思うと、多少、気は重くなるが、シチューにあれだけ入っていたのだから、可食部の残弾も少なくなっているかも知れない。……いや、あの鉄板の方に置かれている、何か。あれの正体を確認するまで安心は出来ないか。


 前後の脈絡などお構いなしに席を立ち、鉄板を確認したい衝動が湧き上がってきたが、さすがに挙動不審すぎるな。……考えすぎだと思いたい。もしかしたら知らない内に彼女の用意した試練は終わっていた可能性もあるしな。


 そんな事を考えながらアイシャの方に目をやったら彼女も満足そうな顔をしてはいるが、まだこれからという期待感も同時に覗かせていた。それが、また不安感を煽る。あちらにとっての期待がこちらにとっても良いものとは限らないからだ。


 彼女と目が合う。気恥ずかしさから思わず目を逸らしそうになってしまったが、ひとつ確認したい事があったため堪えて見つめ返す。食事前に見せたあの真剣なまなざしに偽装されたもの。

 あれは――、何処かに含み笑いを隠していた。あの表情がふたたび彼女に出ていないかをつぶさに観察する。それはこれからの俺の運命に関係しているかも知れないのだからいい加減に向き合う事はできない。


 んん? 今のところはそんな様子は見えないな……。てか、相変わらず可愛い。いや、美しい。

 シチューを食べ終わっても口元はまったく汚れていないし、急いで食べていた様に見えたが、そのあたりの配慮は十分だったのかも知れない。


 零したりすれば大変なことになるだろうあの部分も綺麗なままだ。少し前の彼女の食事風景を思い返してみる――。テーブルに大胆に乗せられてまるで受け皿の様な状態だったことを思えば、シチューを少しでも散らしたり、零せば、それは即、『豊かな実り』の上に降り注ぎ煽情的なデコレーションを形作ってしまっていただろう。

 小さな染みひとつすら見つからないという事は、彼女のスプーンさばきは達人の域に達していたことを示唆しているのでは!?


 俺は何を考えているんだ。そうならなかったことを残念に思っているのか!? それこそ、ヘンタイだろ! いや、でも、見てみたかった! 素直にそう思う!

 それで、おもむろにハンカチなんかを取り出して、汚れを丁寧にぬぐってあげるのだ! 「あん、ダメぇ、そんなとこぉ。……でもぉ、どうしてもするのなら優しくしてね……」なんて言われたりぃぃぃ! そして二人は怪しい雰囲気に染まっていき……!

 むほぉぉぉ! それ採用! 実にいい! 非の打ち所がない名案だ!


 ひとり、脳内で盛り上がっていたら、アイシャが満足そうに喋りだした。


「ふぅ、美味しかったねぇ。……さっきからなんだか無言で見つめられてる気がするけど、どうかしたの? もしかして美味しくなかった?」


 そんな訳はない。料理の味はこの世界に来てから一番と言えるものだった。実際に初めて食べた料理なのは置いておくにしても、地球に居た時と比較しても大きな満足感を得ているのは確かだった。


 黙り込んでいた理由のもうひとつについては口が裂けても言えないけどな! もう少し妄想を続けていたら口元がにやけて不味いことになっていたかも? 敏感な彼女のことだ、俺が何を考えていたかにすぐさま感づいて、また非難の嵐が始まっていただろう。


「そう? それなら良かったんだけど……。あ、カイト! 口の周りが汚れちゃってるよ!」


 しまった! 人の口元を見てる場合じゃなかった。自分がどんな状態か意識してなかったぞ!

 口周りにシチューが付いていたら簡単に気付きそうなものなのに、満足感からかはたまた不安感からか、まったく知覚していなかった様だ。ううむ、みっともない姿を見せてしまったな。


 上着の袖口で拭うため腕を動かそうとするが、それよりもずっと速くアイシャはハンカチを取り出し、俺の口元に手を伸ばしていた。


「ええ!? い、いいよ! そんなに気をつかわなくても、これくらい自分で拭くから!」


 その答えをまったく意に介さず、行動は続けられ、彼女の指先は俺の口周りに到達してしまった。繊細な花柄の刺繍が施されたそれはこんなことで汚してしまうにはとても惜しい代物に思えた。


「ちょ、ちょっと待った! 水が汚れてて使えないし、今ふいちゃったら、ハンカチの汚れが落とせなくて困るだろ!?」


 内心では嬉しくない訳ではなかったが、子供扱いされているようで、素直に受け入れがたい感情も覚える。

 同時に彼女の美しい指を汚してしまう気がして、例えようのない背徳感に似たものが胸に湧き、余計に拒絶したい気持ちが強まる。


「もう、そんなこと気にしなくていいから。お姉さんに任せなさい! 服の袖で拭いたりしたらそっちの方がお洗濯が大変でしょ!」


 まだ腕は動かしていなかったはずだが、完全に読まれていたようだ。不覚……。結局、頭の中でどんな感情が錯綜しようが、これが純粋な厚意から生まれているのならば受け入れるしかないのか……。


 子供を撫でるような優しい手つきで汚れが拭き取られていく。そのハンカチの柔らかい感触の向こう側には彼女の美しく優雅な指先があり、隔てるものは薄い布だけの状態で、自分の肌をなぞっているのだと思うと、何とも形容しがたい感情が湧き起こった。


 ああ、ダメだ。無理やり口周りを拭われてしまった。今回は思うだけで、ひとつも抵抗出来なかったぜ……。鼓動も少し速くなってるし……。

 当のアイシャは目的を達成できて満足そうだ。


 むむむ、こちらの気持ちなんてお構いなしで……。はっ――!? これってもしかして――庇護欲の対象にされちゃってる!? そうなると『男』としては見られていないかも!? うおおおお! 考えるな! ショックでまた醜態を晒してしまうぞ!?


「どうしたの? もしかして恥ずかしかったの? ふふぅん、やっぱりお姉さんの事を意識しちゃってるのかなぁ?」


 いや、それはそうなんだけど、この状況で言われると何か負けた気がするし! まずい状態でもある、この流れだとまた俺が弄ばれるターンに入る可能性が高い!

 何か、何か違う話題を! そうだ!


「いや、それほどでもないよ!? それよりまだ食事の途中だよな!?」


 俺の言葉を聞いてアイシャは少し残念そうな様子を見せた。

 いや、見せたよな? 錯覚じゃなく! そう思いたい。

 彼女の表情はすぐに明るく変わる。次に食べる予定の物を思い出して、嬉しさがこみ上げてきたのだろうか?


「うん、ちょっと待ってね。次に食べる予定なのはぁ」


 アイシャは一度たちあがり、食器棚の隣あたりの床にしゃがみ込んでしまった。何をしているのだろう? テーブルの下から覗き込んでみる。

 あれ? そこの床に取っ手の付いた扉が見える。この部屋を確認した時にはまったく気付かなかったな。何があるのだろう? 食糧庫でもあるのかな?


 観察を続けていたらある事実から目が離せなくなる。……折り曲げられた上半身と太腿に挟まれた『豊かな実り』は圧迫され、外側にはみ出し思わず手を伸ばしたくなる様な肉感を表していた。

 不味い? ふっ。俺もただ欲望に呑まれ続けていた訳ではないからな! ある程度の耐性が付いた今なら、伸ばしたくはなってもそれを本当に実行するほど愚かではないさ……!

 理性は間違いのない勝利を手にしていた。


 そんなことを考えていると床の扉は開かれ、彼女がこちらを向いた。


「ここに置いてあるからちょっと取ってくるね。すぐに戻るから心配しないで!」


 そう言うと彼女は身体を反転し、足から扉の中に入りやがて全身が視界から消えていった。

 あの扉の下には梯子でもあるのだろうか? どのくらいの深さなんだろう? 響く足音から梯子は金属製なのかも知れないな。何度か小気味よく響いたその音もすぐに聞こえなくなり、しばらくして地下の部屋から微かな明かりが漏れ出した。食事前にかまどに火をつけた時と光の色が似ている気がする。

 地下室にも精霊の力を借りるための何らかの仕掛けが用意されているのかも知れないな。


 椅子に座り直して、彼女を待っている間にまたこの部屋の観察を続けるつもりでいたのだが、地下でなにやら物を漁るような音が聞こえたと思ったら、すぐに静かになり、再び小気味よい金属音が響く。


 またテーブルの下を覗き込み、流れを観察してみる。


 頭を出した彼女は片手を伸ばし、編み籠に入り布で包まれた何かを床に置いた。

 なんだろう? あれが、次に食べるものかな?

 アイシャは少し梯子を上り肩が見えたあたりで、床に置かれた物を手で押して移動させた。……それからほどなくしてある『驚異の光景』が眼前で繰り広げられるのだった。


 これは……! この絶景は……! 生きててよかった!


 そんな感動を覚えてしまうほど、素晴らしいものだったのだ。


 彼女は上半身を折り曲げ『豊かな実り』を床に押し付ける。地上の床側には取っ手の類がないせいか、身体を持ち上げるのにかなり難儀している様だ。何度も床に擦られて衣服が出す音と前後する動きが、その部分をまるで生き物であるかの様に強調していた。


 うわぁ。

 

 重力に引かれて垂れていたと思ったら、押し潰されて、床に上がろうとしては失敗し、身体が引かれたら今度は中空に弾けて踊る。そして再び最初に戻る。……なんという光景だろう……! ずっと眺めていたくなる!


 降りる時にはごく自然に接触を回避されていたせいか気にも留めなかったが、良く考えてみれば、あれは梯子の昇降には相当じゃまになるだろう。それは登り終える時に顕著に表れた。

 床の板張りの隙間に指をかけて必死に身体を持ち上げようとしているけど、あれは無理があるよな。

 入り口の狭さも災いしているのだろう。何度も試行しては失敗している。

 これは……ずっと見ていたいけど、手を貸したほうがいいんじゃないか? 滑り落ちて怪我しないか心配になってきたぞ。


 そう思っていると彼女が困り顔でこちらを向いた。


「ね、ねぇ。カイト。ちょっとだけ助けてくれないかな?」


 来た。これはチャンスじゃないか? そう、反撃の……!


「あれれぇ? 「お姉さん」! なのに、そんなことで「少年」の助けを求めちゃうんだぁ? ふぅん、そっかぁ」


 先ほどの頭に浮かんだ心配などよそに意地悪をしたくなり、わざとらしいセリフで攻め立てると、彼女は困惑した様子で続けた。


「えええ! ここでそんな話を持ち出してくるの!? お、女の子が困ってるのに助けないなんて男の子として失格だよっ!?」


 至極当然な反論が飛んでくるが、簡単には折れてやらない。


「ふふん。もう年齢差を盾にしてお姉さん風を吹かせないのなら、助けてあげてもいいぜ?」


 ここは譲れないところだな。やはり対等な立場の要求は交渉の基本!


「わ、私だって、別に悪気があって言ってた訳じゃないから、ね? カイト。手を貸して?」


 まだ抵抗してくるな。自分の立場が分かっていない様だ。椅子に座ったまま手だけを伸ばしてみせる。


「あれぇ? おかしいな? ここからだと届かないや」


 身体は一切うごかさずに、腕だけを思い切り伸ばすフリをしつつ、挑発する。


「も、もう! そんなイジワルばっかりしてたら、ご飯の続きを食べさせてあげないよっ!」


 効いてる、効いてる! あと一押し!


「ふふん。年上だからって礼儀がなってないなぁ? お願いするならちゃんと敬語で言わないとさあ?」


 まあ、お姉さん風を吹かす事に対して、禁止するつもりは別にないんだが、あれはあれで面白いし。

 でも、チャンスは物にしないと勿体ないからな!


「さあ? どうしたんだ? ちゃんと言わないと伝わらないぜ?」


 アイシャは小刻みに震えながら、こちらを厳しい表情で見つめる。


「カイトがそんなにイジワルだなんて思わなかったよっ……! お姉さんショックだな!」


 なかなか折れないな……と思っていたら、微かに震える唇からその言葉が紡ぎだされた。


「ううう、お願いしますぅ。カイトさん……。一人では上がれないので、手を貸していただけませんか?」


 アイシャは震えながら懇願するようにそう言ったが、顔は俯き紅くなっていた。

 ふむ。ここで、『様』付けを要求してもいいが、流石にそれは外道だな。

 十分たのしんだし、もう許してあげてもいいかな?


「ふふん。仕方ない! まったく情けないお姉さんだな」


 とどめの言葉を投げかけつつ、立ち上がって彼女のそばにしゃがみ込み手を伸ばそうとするが――。

 待てよ!? また手を直接にぎっちゃうじゃんか! いや、さっきも握ったしいいのか!?

 やはり思春期である我が身にとっては、そこは重要な問題だったため思わず手を止めてしまったのだが、アイシャは別の意味に取った様だ。


「まだするの!? もう! カイトのイジワル! ヘンタイ!」


 んな!? またヘンタイだとぉ!? やはり立場が分かっていない様だなあ?


「今だって、ほんとは私の胸を見てひとりで興奮してたんでしょ!? もう、知らない!」


 結果的に焦らしすぎたせいか、攻撃的な言葉を我慢できなくなっている様だ。

 図星ではあるが、今そこを突かれても痛くもかゆくもないな。何故なら優位は少しも揺らがないからだ。

 それに、この状況だと何を言われても可愛く見えてしまう。


「ほほう。この俺に向かってそんなことを言ってもいいのかな? 一生そうしているのがお望みか?」


 彼女はこちらをきつく見据えるが、その瞳は潤んでいて迫力がまったく感じられなかった。


「ううう、さっきの言葉は取り消すから。早く手伝ってよぉ!」


 これ以上いたぶるのも可哀想なので、思い切って手を伸ばす。

 すぐに彼女はこちらの手を握ったので、それを強く握り返し、さじ加減を探りながら力を入れて引っ張った。

 

 うん? 意外と重たいな、あれだけ育っていれば当然かも知れないが……。これ以上なみだたせないためにも今の感想は黙っておこう。


 「んっ……!」


 アイシャも全身に力を込めているのか、声が漏れ出す。

 てか、何処か嫌らしい響きだぞこれ!?

 いや、そういうのやめて、何か意識しちゃうから……!


 手から力が抜けそうになるのを必死に堪えて彼女の身体を引き上げたが、意外な重さのせいか、ただ運が悪かったのか。

 踏ん張って支えにしていた足を滑らせてしまい、後ろに倒れ込んでしまった!


 静かな部屋に派手に尻餅をつく音が響き渡る!


 転んだと同時に下腹部に何か柔らかい感触があったが、突然のことだったので、それを気に留める余裕はなかった。


「痛てて、派手に転んだなぁ……!」


 少し尻から腰あたりが痛いだけで、特に問題もなさそうだな。アイシャは大丈夫だろうか?

 そう思って、天井を見つめるのを止め、上体を起こしたが、眼前には信じられない光景が広がっていた――!


「え!? どうなってんのこれぇ!?」


 なんと彼女は引き上げられた身体を自分の下腹部あたりに重ねるように倒れ込んでいたのだ……! 先ほど感じた柔らかさの正体はこれだったのか!

 ああ! おっ、おっ、おっ、『おっぱ 』が股間に乗っちゃってるぅぅぅ!?

 あまりに慌てていたせいか、心の中で言葉を訂正するのを忘れてしまっていた。


 うぐぅっ! この状況は不味い! 不味いぃぃぃぞ!

 彼女が気付く前にはやく脱しなくては! 俺の人権が失われてしまうぅぅぅ!

 身を左右によじらせながら下敷きになった状態から抜け出そうとするが、まったく上手くいかない。

 てか、そんな動きを取ると擦れて大変なことになるぞ!?


 焦るな! 焦ると余計に上手くいかないぞ!


 そんな努力も虚しく、俯いていた彼女は頭を動かし、両腕で身体を持ち上げてこちらを見た。身体の動きに従って『それ』もわずかに移動するが、元が大きすぎるせいか、いまだ密着状態は維持されていた。


「うぅん……。もうカイトったらほんとにドジなんだからぁ! どうしてそこで倒れるの!?」


 身体を持ち上げた彼女はそこで胸部の違和感に気付いたのか、状況を確認し、硬直する。


 うわぁ、完全に固まってるよ。見事な静止状態……! 表情まで完璧に凍り付いてる!

 もうどうにでもなれ! いや、いっそのこと時よ止まれ!


 やがて彼女の顔は紅潮し、身体が小刻みに震え出す。


「な、何してるの!? どうしてこんな状況なの!?」


 いや、そんな事いわれても、不可抗力としか……。と、心の中で思っておく。現実は非情だ。


 「カイトのバカ! ヘンタイ! えっち! いくらここが好きだからって見境なしはダメだよ! 絶対! そ、それに、そ、そ、そ――! そんな所にくっつけるなんて――!」


 彼女の右手が閃き光速の軌跡を描き、俺の左頬を直撃し、部屋中に乾いた音が響き渡った!


 ああ、本日にかいめの平手いただきました――。


 そうして、再び天井を目にしながら、先ほどの生々しくも瑞々しい感触を脳内で反芻するのだった――。


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