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異世界エルフのおもてなし

 不気味な笑い声を響かせていたアイシャは、唐突に笑うのをやめ、目をつむり両手を開き天井に向かって掲げた。そして目を開けて、こちらを向いて一言。


「ご飯の前の儀式だよ。ほら、カイトも私の真似をして続けて」


 言われるままに、真似をしてみるが――。「いてっ!」手を上げる時に、テーブルの端に手の甲あたりをぶつけてしまい、痛みでおもわず声が出る。皮膚の表面を軽く何度も押す様な、脈打つ熱さを感じた。

 アイシャはその醜態を見て、ポーズを維持しつつ、顔は笑っていた。


「もう。ドジなんだからぁ。ちゃんと集中して」


 もういちど今度はぶつけない様に注意しながら、両手を掲げる。するとアイシャは次の動きに移り、両手をおろし地面に向けた様だ。こちらからは見えないため、身体をかがめテーブルの下を覗き込む。自然と下半身が目に入った。膝上まで覆うロングブーツに阻まれてはいるが、そんなことで俺の目は誤魔化せない。躊躇なく凝視するが、両脚はしっかり閉じられており、スカートの隙間は見えない。流石に俺の鑑定眼でも透視は出来ないからな、少し残念だ……。ここはアイシャの下半身の成長ぐあいを確認するだけにとどめておくか。

 うむ、下の方も良く育っているな。重畳、重畳! おっと、あんまり見てると疑われるし興奮してしまうな、このくらいにしておくか……。


 何事もなかったかのように、アイシャの両手の状態を確認し、すぐに模倣する。

 次は、両手を胸の前で円を描くように動かした。それに倣いながら思う。ものすごく……、邪魔そうだな。デカすぎるもんな……。あ、こんなこと考えてるとまた咎められるか。集中だ! 集中!


 良く見るとアイシャは少し腰を反らして、テーブルと接触しないように空間を開けていた、はじめてだった自分の失敗と比較してみれば、違いが良く分かる。日々くり返されている儀式なら、もう慣れきっていて余裕でこなせるのだろう。


 いや、彼女だって初めてやった時は、失敗したんじゃないだろうか? 例えば幼い時とか? ……俺は断じてロリコンではないが、アイシャの子供の頃を想像してみると、脳内に春爛漫な妄想が展開されていく。きっと天使の様な姿だったんだろうな。ぐふふ、そんな天使に「カイトォ、だっこしてぇ」とか言われた日にはロリコンでなかった事を後悔するかもしれないな! ……いや、いや。兄や父親気分というのも悪くないか。

 ふむ。それよりも気になるのは、あの『豊かな実り』が育ってからの失敗経験だろう。いきなり大きくなった訳はないだろうが、成長の途上ではさきほどの自分の様なぶざまな体験をしたに違いない。……その時の彼女の姿を想像すると自然と頬が緩んできた。


「もう。手が止まってるよ? ご飯たべたくないの?」


 急かされて、円を描く動きを慌ててまねる。「あたっ!」空気を震わす低い音とともに、今度は小指側に鈍い痛みを感じていた。むむむ、これはちょっと恥ずかしいぞ。運動音痴だと思われたかな? まあ、さきほどの彼女の言動を思い返せば、飯を食べたいかと問われると微妙な気分になる。この食事には何かが隠されているに違いない。


「天と地の神々と精霊の御名のもとに、今日の糧に感謝を」


 一連の動きを終えたアイシャはそんな言葉を紡ぎ出した。俺もそれを復唱する。

 最後は、両手を胸の前で合わせ、祈る様なポーズを取った。うん、これは避けられるスペースもないし、すごい邪魔だろうな、てか、手と腕ごと食い込んでてすごい重量感だ。押されてはみ出た部分が四方八方に踊ってるし。なんという絶景だろうか。……以前の俺だったら、鼓動は速くなり、鼻血とやつの気配に怯えていただろうな。この短期間でずいぶんと強くなったものだ。ここ最近の怒涛の展開を思い起こし、自分の進歩ぶりにしみじみと感じいった。

 ああ、でも、下の方にはまだ慣れてないから、さっきみたいに見る時は注意しないとな。


「いただきますっ」

「 いただきます」


 少し遅れて続いた声は連なり、重なり合って響いた。ここは普通なんだな。


「はあぁ。じゃあ、食べよっ! まずシチューから! 食べる前にこれを適量ふりかけてね! もっと美味しくなるよっ」


 アイシャは肩の荷が下りたのか、溌剌とした声で楽しそうに何かの小瓶を取り出した。……あれは? 小さなガラス瓶に入ったそれは、何かの調味料だろうか? 


「粗挽きした黒胡椒だよっ。シチューにかけたらとってもいい匂いで、食欲増進まちがいなしなんだからっ」


 そう言うや否やアイシャは瓶の蓋を取り、一気に胡椒をふりかけていく。量の調整を間違えたのかと錯覚する豪快さだ。こういう所に女の子らしさはないんだな。まあ、それも良い所なのかもな。しかし、そんな感想を抱いている間にも胡椒の煙が起きそうな量が投入されていくのだった。

 いくらなんでも入れすぎじゃないか!? 間違って吸い込んだらくしゃみが止まらなさそうだな……。でも、確かにとてもいい匂いがこちら側まで漂ってくる。これは匂いだけでも食欲をそそられるな。


「はいっ! カイトもどうぞ」


 伸ばされた指先から慎重に胡椒の瓶を受け取るため手を伸ばす。……多少は慣れてきたとはいえ、まだ直接ふれるのは極力さけたいのだ。主に自分の身の安全のために。

 それよりも気になるもうひとつの関心事からはなかなか目は逸らせない。そう、あの暴力的な『豊かな実り』は彼女が動くたびにこちらを刺激してくるのだ。いまなんて、伸ばした腕とテーブルに挟まれてあられもない姿を……! いや、もちろん服は着ている。着ているのだが、その姿形は全裸にも劣らない力を持って迫ってくるのだ! 慣れたというのも錯覚だったのかも知れない……。シチュエーションが違えば、まったく異なる魅力を発見してしまう。恐るべし『豊かな実り』!


 このまま尽きることなく新たな魅力が発掘されていけば、自分の安らかな日常は永久に奪い去られてしまうだろう。だがこればっかりは耐性を身につければ済むという問題ではなかった。

 好きなものは好きなんだから仕方ないよな……。むしろ刺激的な毎日を送れることに喜びを見出すべきなのでは?


 精神が完全にピンク色に染まっていく前に何とか自分を取り戻し、下から掬うように瓶を掴んだが、妙な持ち方をしたせいか、途中で指を滑らして大惨事を引き起こすところだった。この瓶の中身が部屋中に飛散すれば、楽しい食卓の雰囲気は台無し、一転して阿鼻叫喚のくしゃみ地獄となるだろう。今から食べようと思っている物にお互いの飛沫が飛び散れば流石に笑いごとでは済まない。……済まない? もしかして……、もしかすると、ちょっと、ちょっとだけ嬉しかったりするのだろうか? いや、何を考えているんだ。確かにそれは彼女の身体の一部なのかもしれないが、何でもいい訳じゃないぞ? 見境なしではただのヘンタイだろう。

 あれ? そう思うと、今、俺は世界を救ってしまったのか!? ちょっとした英雄きぶんだな。


「もう。気を付けてよね。目を覚ましてからずっと落ち着きがないんだから」


 うう、見逃してはもらえてない。棘のある言葉で釘を刺されてしまった。はい、気を付けます……。アイシャがまた俺が失敗しないか目を光らせてこちらを凝視している気がして、落ち着きなく胡椒をふりかける。ああ、なんか失敗つづきだな。でも致命的なミスは犯していないはずだし、気楽に考えよう。今は楽しい食卓だ。さて、適量を投入するために、慎重に瓶を揺らしていたが、これだけかければ十分だろう。微かな湯気とともに立ちのぼる匂いが鼻腔をくすぐった。準備完了といったところか。


「はいっ。ちゃんと出来たね。さっきは中身を全部まいちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしたんだから。あんまりお姉さんを心配させないでよね」


 うぐっ、また出たよお姉さん風! 反論できない自分が悔しい! 手に持っていた瓶を食器のわきに置こうと思ったが、アイシャが催促しているのでそちらに渡したら手早くしまい込んでしまった。


「はぁ、やっと食べられるね! 誰かさんのせいで思ったより時間がかかっちゃったけどぉ?」


 容赦ない言葉が視線とともに浴びせられる。まだ根に持っていたのか!? そもそもあれは彼女が勘違いしたのが発端で俺はそんなに悪くないはずだ!


「そんなことより、はやく食べようぜ? また腹の虫が鳴かないうちにさ!」


 早口で話題を逸らす。いつまでも小姑のように攻撃されるのも居心地が悪いし、先ほどの不気味な笑いを思い出し、食事への不安感が増大しそうになったのだ。


「仕方ないなぁ。お姉さんが食事を許可してあげましょう」


 そう言って、アイシャは胸を張った。てか、まだそのネタ引っ張るの!? 気を抜くとすぐに素に戻るくせにぃぃぃ! まあいいや。これだけ食欲が刺激されて期待感が高まった状態でおあずけは身体にも悪そうだ。ここは素直になろう。

 

 アイシャは嬉しそうにスプーンを手にする。俺もそれに倣い右手にスプーンを装備し、シチューの入った大皿を覗き込む、もうほとんど湯気は見えないが、顔の辺りに微かな熱気を感じる。ここに至るまでに様々なやりとりがあったが、まだまだ熱く、冷めてはいない様だ。胡椒のさわやかだが、辛みを想起させる、刺激的な匂いがふたたび鼻腔をくすぐる。


「やっぱりいい匂いだな。すごく美味そう」


 目の前を見ると、アイシャはもう食事に夢中な様だ、何日も絶食してた人間かと間違えるほどの勢いで、シチューをかき込んでいる。うん、幻滅ってわけじゃないけど、何かはしたない感じはするな。まあ、好きな子が美味しそうに食べる姿を見るのも楽しみのひとつではあるのか。


「カイト! ちゃんと食べないと、後がつかえてるんだから!」


 その言葉に少しうすら寒いものを感じたが、敢えて意識しないことにした。それよりも食べながら喋るなんて行儀が悪い。わりとはらぺこ系なキャラなのか?

 目の前の彼女のことはひとまず置いておき、食事に集中することにした。慎重にスプーンを動かし、シチューの茶色く輝くみなもから姿を覗かせるある塊を掬いだした。


 これは――? ニンジンか? 乱切りにされたそれを口に入れた。

 噛むほどに強い甘みが口内に広がっていく。うん、美味いな! でもこれ、ニンジン自体の味いがいにも何か感じる……。何処かで食べたような? もしかして満たされているルーの味かな? この世界に来てからの記憶を辿り、手繰り寄せるように思い当たるものを引き当てた。さっそくアイシャに尋ねてみる。


「なあ、このシチューのルーって何か知ってる味がするというか……。その、外れかもしれないけど、赤い木の実とか使ってる?」


 いや、そもそもあの木の実がこの辺りの森でも採取できるのかは全く不明なんだけど。


「ふぅん? カイトって味覚は敏感なのかな?」


 その間に挟まれた「は」が気になるぞ。しかし、この反応だと当たりか? ここら一帯の森でも取れるメジャーな木の実だったりするのか?


「他の地域でも生るところはあるみたいだけどね、私たちの精霊の森で主に採れるから、種族名にちなんで『エルヴンベリー』って呼ばれてるんだよ! すっごく甘くて美味しいの! カイトも食べたことあったなんて意外! 美味しいからそのまま食べてもいいし、色んな料理にも使えるんだよっ! 瘴域の方だとあんまり見ないんだけどね」


 やはりあの木の実が使われているのか。もう二度と食べられないかも知れないと考えていたので、今生の別れと思われた兄弟と再開したような感動を覚える。瘴域ではあまり見ないのなら、俺が食べたものは珍しいのだろうか? 突然変異種だったりして。一時の空腹をあの木の実に救われた結果が、この出会いに結びついたのは事実だし、感謝の念は揺るがない。あそこに木の実がなかったらあの空き地で孤独に衰弱死していたかもな。


 次は、少し煮崩れした感じの白っぽい何かを掬ってみる。

 これは――? タマネギか? 薄切りにされたそれを口に入れた。ふむ、煮崩れしてるかと思ったけど、タマネギらしい歯ごたえは残っているな、それに十分に加熱されているからか辛みがなくなり甘く、胡椒のマイルドな辛さとかみ合って絶妙なハーモニーを奏でていた。一言でいえば、美味い。


 いまのところ変なものには出合っていないな、少し警戒していたが、アイシャは料理上手なのかも知れない。そうするとあの不穏な言葉が意味するものは別にあるのか? 消えない疑いを抱きつつ次は肉らしき何かを掬い上げた――。いや、まだ全容が見えない、想像いじょうに長いそれを引き出しつつ、用意してあった小皿に移し変えた。


 なんだこれ? ながっ! もっと短くカットしろよ! てか、なんか紐状なんだけど、途中が潰れてたり、でこぼこしているな。

 フォークとナイフを使い、短く切り分けたそれに噛みついたところでアイシャが口を挟んだ。


「あ! それ、カイトが仕留めた獲物のお肉だね! 小腸かな! そっちの方は死体も血塗れだったし、持って帰る時に大変だったんだからね! それに、解体してみたら内臓はぐちゃぐちゃになってたし、いったいどんな風に倒したの?」


 アイシャが遠慮なく色々と想像したくない単語を並べてくれたおかげで、噛みついた肉を吐き出しそうになってしまった。

 これ、あいつの小腸なのか!? どうりで長いはずだ。俺が踏みつけてクッションになった時に、内臓が整地されてない地面みたいになったってことか。うぐ、あの時のことまで思い出して――。


「あ! 吐き出しちゃダメだよっ! 仕留めた獲物のお肉は余すところなくいただくんだから! それがハンターの礼節であって、矜持でもあるんだからね!」


 うぐ、俺はハンターじゃないんだけど……。

 いや、食わず嫌いはいけないな。恐る恐る噛んで、味わってみる。お! 意外といけるじゃないか! 弾力があって、脂身が多いのか、口の中で溶けだして強い甘みを感じた。まあちょっと口に残って食べにくいのが欠点かな。少しずつ噛みながらちぎって飲み込んでいく。次に食べる分は一口サイズに切り分けよう。


「うんうん! ちゃんと食べられたね! 賢いよぉ、少年!」


 むむむ、またお姉さん風吹かしてら。こんなことなら歳なんて聞くんじゃなかったな。まあ、あの時の光景を思い出すと、色々と得をした気分にもなるんだけど。


 心の中で文句を言いつつ、切り分けた小腸を平らげた。見た目はともかく殺した時の記憶がちらつくのは食事の最中にはありがたくなかった。ふむ、命を奪った責任感から食べると言うのも少し違う気がするな。やはり美味しく楽しんで食べられるのが一番だろう。

 次は何がでるかな? シチューを掬うとスプーンに大きめの肉塊が乗っていた。赤身の肉か、これは何処の部位だろう? すかさずアイシャから助言があった。


「それは、太もものお肉だね! 筋張っててかたいから筋切りしてからよおぉく煮込んで食べるんだよっ!」


 筋肉が多い部位ってことかな? 外側の肉は初めてか、一口噛んでみるが、既に柔らかくなっており、簡単に噛みきれた。うん、赤身の味だな。犬や狼の肉なんて食べたことないし比較対象がないけど、しっかり旨みも感じるし、悪くない味だ。それに微かに甘味がある様な? 気のせいか? それに食べる前に気になっていた獣臭さはまったくなかった。どうしてだろう、あの野性味あふれる姿からは酷い匂いが想像できたんだが。よく煮込まれているからか?


「この肉、全然くさみがないんだな。あの姿からは想像できないくらい無臭じゃないか?」


 アイシャはもうほとんどシチューを食べ終わっている様だった。


「うん? キュクロプスのこと? 理由はよく分からないけど、ふだん木の実とかきのこばっかり食べてるからじゃないかなぁ?」


 あいつって雑食だったのか!? 見た目は狼なのにな。てか、きのこってあれのことじゃないだろうな。また嫌な思い出がよみがえってくる、食事中なのに忙しいことだな。


「雑魚だからねぇ。他の魔物に食べられることはあっても、お肉はほとんど口に出来ないはずだよ、そう考えると可哀想な境遇でもあるよねぇ」


 アイシャはあの一つ目の境遇に思いを巡らしているのか。手にしていたスプーンを皿の端に置いて、天井を見つめた。

 俺を見つけた時には、さぞかし嬉しかっただろうな。久しぶりに肉にありつけるかも知れなかったんだから……。まあ、運よく食べられてもその後に、他の魔物の餌食になってれば意味はないか。


 そうこうしているうちに大体めぼしい物は食べ終わってしまった。ふむ、何だろう胸に湧くこの安堵感は……。どの食材も美味かったし、なにも恐ろしい物には遭遇しなかったと思うが、もしかしてさっきの肉から色々と想像させて精神的に攻め立てるつもりだったんだろうか? それは趣味が悪い。いや、そんな様子はなかったな。ただ肉の部位や持ち帰った時の状況の説明があっただけで嫌がらせをしていたとは思えない。それに、会ったばかりだけど、彼女はそんな事はしないだろうという確信があった。


 食事前に感じた不安はいまだその正体を現してはいない。だが、この後、一度あたえられた安堵こそが、更なる苦悶の扉を開くのだと思い知ることとなる――。

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