孤独
ニャオの身体は金属に覆われていた。そして中身は・・・機械と生物が奇妙な融合をした構造であった。彼女が動けるのは内臓された超小型核融合炉の一種である ”永遠の生命炉” が生み出すエネルギーのおかげであった。そのテクノロジーを生み出した文明は愚かな最期を迎えて途絶えて久しかった。
この世界がある地球という惑星にはもはや文明社会は存在しないようであった。少なくともミャオが存在する周辺は。ニャオが誕生したのは、その文明社会の終末期であった。彼女は人間の少女を生贄として生み出された悪魔の存在だった。そして何をしたのか? 彼女はその記憶を封印しているので分からない。
この世界には四季が存在しているが、冬は温暖で夏はそれほど暑くならない穏やかな海洋性気候であり、四季の移ろいもゆっくりである。そして植物も常緑のものが多くを占め、とてもよく成長していった。その結果として、文明社会の痕跡は恐ろしい速さで消失していった。
かつて文明社会が生み出した機械類は腐食し形を失い、建築物は崩壊しその上に数多くの植物が繁茂し根の下へと消えていった。そんな中で形を失っていないのがチャオが活動を停止している間過ごす球体だ。
球体があるのは恐ろしく大きな岩の中にある洞窟で、強固な岩に繁茂する植物がないから守られているのに過ぎなかった。そこでミャオはずっと一人で過ごしていた、何百年もしくは何千年もの間。
そんな長い時の中でニャオの精神状態が保たれているのは、思考の演算能力を大部分停止しているからに他ならない。もし演算能力が通常のままであったら、この無為で単調な日常の繰り返しに耐えきれないはずだ。孤独、そして絶望に・・・
そのような演算能力の制限をしたのは、彼女自身なのか元々のプログラミングによるものかは分からない。でも、その代償として理性的で規則正しい行動を繰り返すものの、ほとんど創造的な思考をほぼ放棄していた。そして唯一の行動は魚を釣って猫たちが飢えないようにしてやる事だ。そんなことをしている理由は彼女すら忘れていた。やっていれば、何かが起きるという期待しかなかったし、その期待がなにかすら分からなかった。海辺で猫たちと待っているわけだ、その期待とやらを。
球体の中で過ごしているニャオは全く動かなくなっている。動いているのは必要最小限の再起動に必要な機能、すなわち機械に巻き込まれた人間だった痕跡器官の保存機能だ。この機能がなければ機械生命体として生きていく事が出来なかった。彼女は機械でも生命でもない存在であった。