渚にて
日常が無事に過ごせるという事は幸せなことといえる。でも、その日常が無限にループしていたら、それを何というだろうか? それは見解が人によって違うだろう。でも複数の人が存在すればである。
どこの時代、どこの世界なのか分からない、名前すら忘れられた場所があった。そこは目の前には真っ青な海が広がっていて、海と陸を隔てるようにコンクリートで出来た防潮堤が続いていた。しかし、その防潮堤は風化が進行し、作られた時の状態を保っているところを探すのが難しかった。
また真っ青な海には錆びて崩れ果てた塊が波間から姿を見せていた。この錆の塊はかつて存在した文明社会の名残といえるもので、それで海を漕ぎだしていっていたのか、または潜っていたのか見当つかなかった。その場所で動く者といえば空を舞う鳥と、海を泳ぐ魚、そして陸地にいる獣たちしか存在しなかった。獣たちは小さなものから大きなものまで数多くいたが、理性を持った者はいなかった。ひとつを除いて。
雨が降らない昼下がりの午後、そこに理性を持った者がやってきていた。でも、理性を持ってはいても言葉は一切話すことは無かった。話す相手がいないからだ。その者は規則正しく行動しており、空の真上にお日様がやって来てから陽が沈むまで、崩壊した防潮堤を歩いていった先にある岩の上で釣りをしていた。そして釣った魚は全て周囲にやってくる猫にあげていた。
岩の上で釣りをする者・・・ボロボロになった服を纏っていて、その服の襟もとからは表面が酷く錆びた金属板を垣間見えていた。全身が金属で覆われたこの者は一種の機械生命体であった。でも、その者を創造した存在はこの世界から消え去っていた。消え去ってから幾年月経過したかは機械生命体すら忘却していた。それでもなお活動している理由すら本人にも分からなくなっていた。
その者の胸はドーム状になっていて、ウエストはくびれヒップは大きかった。もし人間がいれば女性型と認識される形状だったが、そう思う人間はここにいなかった。胸にはかすれた文字で名前が刻まれていたが、もう名前を読める者も存在しなかった。でも、彼女を目当てにやってくるのは猫しかいなかった。
猫たちは生きていくための糧を与えてくれる、ありがたい存在としてみていた。でも猫たちは彼女の事はただ”ニャオ”としか呼んでいなかった。ニャオとしか言えなかった。彼女も風音のような笛の音のような音を出すことはあっても、言葉を発することはなかった。でも猫たちはそれで充分だった。
日没が近づき、猫たちは何処かへと去っていった。ニャオの釣りが終わるからだ。ではニャオが帰る場所は・・・存在しなかった。存在しないのでこの近くの金属製の球体の中に戻っていった。その球体の中で活動を停止し夜が明け昼間天気が良ければ釣りに行くために起動する・・・そんな日課だった。だから嵐が来たり長雨が続けば球体から出る事なく閉じこもってしまう。それが彼女の行動の全てだ。
彼女がそんな無為といえる行動を続けるようになったのは何故か? その理由を語ることにしよう。