調査報告書① 開拓村の石の家
「おかえりボウズ。今日はいっぱい狩れたのかい?」
村にある唯一の宿『石の家』
ここの女主人マーサさんは、この村一番の力持ちだ。
かつては名うての冒険者だったと噂されているが、
その話題は彼女の前で絶対的なタブーなのだと、
昨夜、食堂に酒を飲みに来たじいさんたちから聞いた。
その話題に触れて闇に葬り去られた者は数知れずなのだとか。
「ええ、なんとか今日もお世話になれそうです」
食堂のカウンター越しに、今夜の宿代である銅貨3枚を手渡した。
こっちの世界でも商売は貨幣で成り立っている。
物価は一概に比べられないが、
銅貨1枚1000円程度の価値感かな。
僕が滞在している世帯が100くらいの小さな村では、
結構いい値段なのだが、宿泊する商売相手は村以外の人が対象だ。
その分、村人も商売相手となる食堂やパブの値段は格安で提供されている。
この村の情報は、マイクロドローンによる調査が完了しており、
僕の役目は村人との「ファーストコンタクト」と「生き延びる事」。
随分簡単な任務だと思っていたが、
特に後者の方が難易度が高かった。
ドローンの調査範囲が半径1キロ圏内という事もあり、
この世界がどのようなものなのか、
全貌を知る由もないのだが、
簡単に説明すれば、
中世ヨーロッパの農村部をイメージするのが近いだろう。
この村に名前が無いって事は驚きだった。
正確には「地図上の地名がない」ということで、
このような農村は「領主の名前+開拓村」
というような通称で呼ばれているらしい。
現在この村の通称は「モナーク準司祭枢機卿開拓村」
半年前までは「ソゼーティス準司祭枢機卿開拓村」
2年前までは「イーゴル司祭枢機卿開拓村」だ。
つまり、ころころ領主が変わるような事情があり、
地図に乗せるような地名ではないという事なのだろう。
電気やガスもないのだが、
魔獣や鉱山から生み出される魔石を使った、
「生活魔法具」という便利な家電が存在している。
まぁ、家電といっても電気は使用していない。
動力源は魔石の魔力ということになる。
ただ「生活魔法具」は大変高価であり、
なかなか一般家庭まで隅々普及はしていない様子だ。
「ところでなにか思い出したかい?」
「それがちっとも思い出せなくて・・・」
「まったくひどい目にあったねぇ。山賊に身ぐるみはがされた上に記憶までなくしちまうなんて。私がその場にいたら山賊くらい蹴散らしてあげたんだけどね」
マーサさんを騙すというのは気が引けた。
最初は任務だと割り切って、
本部からのファーストコンタクト用のシナリオ通り、
その役を演じていたのだけれど、
異世界と言えど、ここには地球と同じ人の営みがあった。
どこの馬の骨かわからない僕に対しても、
差別なく平等に接してくれる。
それを理解するたびに、
嘘という棘が胸の奥を掻きむしる。
「そうだねぇ。ボウズの名前が思い出せないんなら、司祭さんにみてもらうといい」
「司祭さんって村の中央にある教会のですか?」
「ああ、この国では15才になると教会で洗礼を受けるのさ。見た感じボウズも15くらいに見えるから、洗礼を受けていればよその生まれでも名前と属性が分かるはずだよ」
(マスター警告します。魔素による外部アクセスによりマスターがアバターである情報が見やらぶられる可能性があります)
視界にエミリーからの警告が入る。
この情報は今まで本部でも知りえぬ情報であり、
リスクの計算が出来ないというセキュリティーが働いた。
「生き延びる事」という難易度の高い使命の為、
僕に対しての安全対策はいろいろ配慮されている。
アバターのカラダが大きく損傷する事態となっても、
バイタル的に生きているならば、
エミリーが僕の精神をもとの世界のカラダまで離脱してくれる。
首をもがれるとか、一瞬にして潰されるなどの、
エミリーが事前に対応できない場合の保証は全くないし、
また僕のカラダで人類初の人体実験ってのは止めてほしい。
だが、このカラダひとつ作るのに、
莫大な予算と労力と時間を費やしているのだから、
そう簡単に手放すわけにはいかない。
アバターりパイロットである僕の役目は、
人工知能で判断できないような想定外に対する判断という事になる。
「まだ洗礼を受けていなけりゃ、魔法を使える可能性があるんだけどねぇ。素手よりは効率はよくなるはずだよ」
「・・・魔法?」
「なんだい、そんなことも忘れているのかい。属性の判定のときに魔法スキルがありさえすりゃ、学校で習っていなくても誰だって狩りにつかえるような魔法くらい使えるんだよ」
そういうと、マーサさんが竈に向かって、
手を広げるとなにやら呪文を唱え始める。
「火球」
すると、勢いよく竈に炎が舞い上がった。
「すっ、すごいです。僕、魔法って初めて見ました!」
「はん、そんなに大した魔法じゃないよ。それより高火力の魔石を使った魔法コンロがあればもっと楽に料理が出来るんだけどね。あれは高くってとても手が出やしないよ」
石の家のカウンター越しには、
大きな冷蔵庫のような魔法保管庫があるようだが、
電子レンジや炊飯ジャーのような台所家電などは見かけない。
地球では科学という魔法によって生活に利便性を追求できたけど、
この世界では魔法や魔石がある分、
そういった利便性の追求は遅れているのかもしれない。
どちらが人間にとって有益であるのか。
この世界を調査し続ければ、
いつかその答えにたどり着くことが出来るのだろう。
よし、がんばろう。
【調査報告書 第1号】
この世界では魔法が使えることがわかりました。
引き続き調査を継続いたします!