調査報告書① 僕のアシスタント
『ゲート』の先にある世界に物資を運ぶため、
政府は莫大な予算をつぎ込んでいるらしい。
さすが国家プロジェクト。
高性能の有機生体3Dプリンターを、
この小さな穴を通して送り込むのだから、
莫大な予算と時間をつぎ込んだ政府の本気度がうかがえる。
この世界に精神だけ転移させられた後、
それが人類初の試みだったと聞かされた。
さすがの僕もムカッとくる。
それってつまり人体実験だろ?
結果論だが、一応成功したのだから、
後世に僕の名前が残る可能性があるかもしれない。
「ああ、地球は青かった」的な後世に残る名言を考えておかなければいけないかな。
ということで、まったくもって不条理なこの仕打ちは、
あまり深く考えない事にしたのだ。
けれど、プリンターから生成されたのが、
カラダの他は服だけだったのは痛かった。
安定していた『ゲート』に変動がみられたため、
急遽予定を前倒してバタバタと僕を送り込む羽目となったのだ。
それに調査員が僕でなきゃいけない理由があった。
何故研究者でもない僕なのかは機密事項に該当するので詳しく言うことが出来ない。
まぁ、その原因を作ったのが僕の兄さんであり、
その尻ぬぐいをさせられたとだけは言えるのかな。
「エミリー、腹減ったぁ」
(はいマスター。右手を延ばした先にある野草は食用にしても害はありません)
僕が話しかけているのは、人工知能ナビゲーションシステム。
彼女の音声は女の子に設定してある。
やっぱり選べるのなら、おっさんより可愛い女の子を選ぶのは当たり前だ。
「草はもういいよ。それにその野草が食べられるってデータは、僕がおととい食べてるから判断したんだろう。すっげぇ苦いんだぞ」
(はいマスター。さらなる調査をお願いいたします)
僕の調査をアシスタントする事と、
生命の危険を回避するための安全装置だと聞いていたが、
今のところ積極的にリスクをすすめてくる残念人工知能だ。
いま僕の目の前には黒い立方体のモノリスが見えている。
これは僕の脳内がそう見えるよ様に視覚情報が補正されているから見えるのだが、
他人が見たら、なにもない空間に話しかけている怪しい奴に見えてしまう。
だから人前でエミリーの存在は秘密にしなくてはいけない。
彼女の機能は僕のカラダと同じく、
有機生体3Dプリンターで作られ、
このカラダのどこかに埋め込まれている。
正直、このカラダについては分からない事ばかりだ。
もとの世界では25才だったが、
このアバターのカラダはどうみても15才くらいに見える。
それに顔の形も15才のときの僕にそっくりだ。
まるで兄さんが僕のDNAをもとに作ったとしか考えられない。
機密事項の中にもそのことは触れられていなかったのだが、
もしかして兄さんは初めから僕をこの世界に送り込むつもりではなかったのだろうか。
そう思えるくらいこのカラダは僕とよく似ている。
アバターを作る材料は、
『ゲート』を通じて異世界に物資を運んでいる。
それってとても厄介な事である。
複雑な生体生成には膨大な資材が必要なのだが、
何事も効率よくというのは理解できる。
一回り小さいカラダを作るのであれば、
それに見合う年齢の方がなにかと都合がいいのだろう。
「なぁエミリー。魔獣を倒していけば『ぱぱらぱっぱぱーん』みたいにレベルアップして強くなるなんてことは無いのか?
(はいマスター。ここは異世界ですが現実世界でもあります。レベルを上げて突然強くなるなどという事はございません)
「だよな。金になるなら小動物でもいいんだけどあいつらすばしっこいからな」
この世界には馬や牛や豚・・・に近い動物と、
魔獣と呼ばれる異なる生物が存在している。
その違いはカラダの中に魔石と呼ばれるものがあるのか否かという事だ。
この世界にある未知のエネルギーが結晶化したものなのだろうが、
詳しいことはまだわからない。
便宜上、僕たちはこのエネルギーのことを魔素と呼んでいる。
動物は僕を見ると逃げ出すが、
魔獣の場合向かってくる。
向かってくるというより、
僕を食べようと襲ってくるという表現の方が適切なのかもしれない。
だから、狩りをするのは当然ながら魔獣という事になる。
魔獣を倒しても、魔石を残して灰になるなんてことはなかった。
魔石を取りだしても、魔獣の死骸は残るし皮や肉なんかも売ることが出来る。
だから、宿の1階にある飲み屋を兼ねた食堂で出てくる料理の素材は、
何の肉か怖くて聞くことが出来ない。
出来ないが結構うまいんだよなぁ・・・
見上げる空はどこまでも高い。
いつまでもこうして寝転んでいたいのだが、
今夜の飯にありつくまでにはあと何匹か捕まえなくちゃいけない。
足を垂直に空に伸ばし、思いっきり蹴り上げるように飛び起きた。
「よしエミリー。捕獲調査再開だ!」
(マスター、持病の厨二病の症状がみうけられます)
「・・・うるさい。ちっょと恰好よく起きてみたかっただけだろうが」
僕のアシスタントは、すこぶる毒舌なのだ。