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幻影コンフリクト  作者: 村瀬香
双頭の犬編
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一話 独白

 怖がりで少し内気な少年、岸原慶太は、幼馴染の大澤友樹から「狐男に会うと人生が変わる」という噂を聞く。嫌々ながらも狐男を探すことになった二人は、意外にもあっさりと『狐男』に出会う。そこから、二人の“人生”が終わってしまうとも知らずに……。

「祝ってやれよ、友人。『依人』としての新たな誕生を」



 冬に差し掛かった夜空は、町の明かりすらも吸い込んでいくようにどこまでも黒かった。

 大半の人が寝静まっている深夜。明かりが点いている建物は少なく、ひっそりとした静けさに包まれている。

 ビルの屋上に設置された看板の上に座っていた青年は、すっかり見慣れた風景に深い息を吐いた。吹き抜ける風が、青年の長い金髪を弄ぶ。風を遮る物がない高所では、青年の体に冷たい風が直に吹きつける。しかし、彼は寒さなど感じていないかのように平然としたまま、退屈そうに呟いた。


「あれから一年か……。私は、“また”どれほど待てば君に逢えるのだろうねぇ」


 当然のことながら、他に誰もいないので答えはない。青年も答えを求めていたわけではなく、ただの独り言だ。

 答えの代わりと言わんばかりに、先程より冷えた風が吹いた。それでも彼は顔色一つ変えなかった。

 この寒空の下、青年が纏っているのは、平安時代の貴族が身に付けていたような狩衣だ。現代ではかなり浮いているものの、基本的に人が来ない場所であるため、誰かにおかしく思われることはない。


「やっと逢えたかと思えば、自分の子を第三者に託してさっさと『人間界』から辞退するとは……なかなか冷たいことをしてくれる」


 ゆったりと、誰かに語り聞かせるように言って、青年は自嘲した。

 目を閉じれば浮かぶ光景――雨が降る中、両親が巻き込まれた交通事故現場で立ち尽くす一人の少年の姿に、やるせなさが募る。

 もう一年が経つが、少年の現状は青年的には喜ばしくないものだった。


「まったく……これだから、人間は手の掛かる生き物よ」


 呆れたようにぼやくものの、口元には笑みが浮かんでいた。切れ長の金色の瞳が寂しげに細められ、頭の上では通常の人にはない『狐の耳』が小さく動く。腰の辺りから生えた九本の金色の尾は、力を抜いているせいで髪と同じく風に揺れた。

 青年は人間ではない。

 人間や動植物が住むこの世界とは別世界に棲み、人間界ではもはや一部の者にしか知られていない、『幻妖げんよう』と呼ばれる存在だ。


「しかし、託された第三者の一部としては、『成長の手助け』をしてやらねばな」


 幻妖の中でも力のある彼は、『未来を視る』能力を持つ。また、町の至る所の事柄を視ることも可能だ。この力を使えるのはごく僅かな幻妖のみ。彼自身が把握しているのも、同族を除けば片手で足りる程度だ。

 青年は目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。

 真っ暗だった世界が一変し、前から後ろへと勢いよく幾つもの映像が流れていく。過ぎ去る際に聞こえる声や音が重なり、まるで雑踏の中に放り込まれたような気分だ。


(――これも違う。こやつは……いや、駄目だ)


 目眩さえ覚えそうな移り変わりの中で、彼は早変わりする景色や耳障りな音を物ともせず、一つ一つ音を拾っては必要か不要かを選別する。

 やがて、聞き取った一つの音に、青年はさらに神経を集中させて映像を取り上げた。


「……なるほど。『これ』ならば使えそうだ」


 彼が視たのは、一人の少年の人生だ。生まれてから現在に至るまで、そして、このまま歩んだ場合の未来を。それには周囲の事も含まれている。

 望んでいたものに近く、彼はこみ上げてきた久々の高揚感に、思わず笑みが零れた。


「さて、“あやつ”は視えた『未来』を変えてくれるだろうか?」


 楽しげに呟いた青年は、一瞬で姿を消した。

 時期外れの桜の花びらを舞い散らせて。





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