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神話はここにあり   作者: ジョアンド
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テレパス

人の心を読めたいと思いますか?

テレパス


心が読める。こんなものは物語の中だけに存在していればいい。


でもそんな能力が不幸にも今の僕に内在する。

相手の両手をギュッと数秒握ると相手の心が脳裏に浮かぶのだ。


すれ違い様に相手とかすったくらいでは感情の断片が伝わってくる程度で、ほとんど読み取ることはできない。あくまで皮膚と皮膚を重ねて集中すると相手の心が浮かび上がってくる。


文字として浮かび上がってくるわけではないけど、相手の考えていることがそれとなく直接伝わってくるとしか言いようがない。


ところが最近この能力に異変が起こった。触らなくてもじっとある人を見つめてると何かが心の中で浮かび上がってくるのだ。色彩のある空気のようなものが脳裏に漂う。それもある特定の人物にだけだ。それがなんなのかは未だに分からない。遠隔でも人の心が読めるようになってしまったのか。


これがどれだけ重大な事か分かってもらえないかもしれない。なら今自分が思っていることが全部相手に筒抜ける事を想像してみて欲しい。あの人が好きなこと、嫌いなこと。授業が眠いこと、腹が減ったこと。場の空気をこわさないための嘘に社交辞令がバレる事。


一時の感情の揚げ足を取ってしまい関係を破壊する可能性だってあるのだ。僕はそんなことをしたくはなかった。


 今までは注意すれば相手の心を全部読み取ってしまうことはなかった。なにしろ誰かの両手をぎゅっと数秒掴むことなんてそうそうない。第一、掴んだとしても自分から意識を探らなければ断片的にしか読めない。こうやってこの吐き気がする能力は封じてきた。


自分が異質だと気づく前。小学校の頃、心を読んだことを伝えた時の相手の表情とその子が持ち続けた僕への怯え。全てが今でも僕を苦しめる。幸いお互いに小さかったし、周りも冗談くらいにしかおもっていなかったから大事にはならなかった。なになに君が私の心の言葉を読んだの!なんて大人は誰も信じるわけではない。


けど僕は確信したんだ。本当に読んでしまうんだって、そしてこれは能力なんかではなく呪いなんだと。この力が無秩序に働くようになってしまっているのなら絶望だ。もし見るだけで読めるようになってしまったらもう普通の人間としては生きていけない。発狂して人里離れた野山にでも埋もれるしかない。


ただ強くなっていると決めつけるのは少し早いのかもしれない。まだ幸い一人だけだし、あの子以外にはそのような現象は起きていない。今の能力のままなら気を付けてさえいれば自分を保ちつつ暮らしていられる。僕だってみんなと一緒に暮らして人として接してもらいながら死んでいきたい。せめて確かめてからにしようと思った。


授業が全部終わり、二人きりになった所で僕は彼女に話しかけた。彼女は少し顔をチラッとこちらに向けただけですぐ読んでいた本に目を戻した。これは彼女との初めてのやり取りだったのかもしれない。


ほとんど喋らない彼女は他の女の子たちと交わることもなく、いつも本を読んでいた。性格はいたって真面目らしく授業前にはいつも黒板を一人で綺麗にしていたし、先生からプリントを集める役割をよく任命されていた。


いつもだったらここで根負けして大人しく席に戻っていたと思う。でも今日はもう人として生きられるかどうかがかかっていたし、いつになくぼくは必死になった。


「今の気持ちを当てて見せようか。」


僕は目の前で彼女の周りに漂う色彩に目を凝らした。彼女一人にならこの呪いを知られたって仕方ない。今は確めることのほうが大事だ。でも彼女から返ってきた答えは予想だにしていないものであった。


「君も心が読めるの?」


衝撃だった。君も、ということなら彼女も読めるのか。今この思いも彼女には筒抜けているのだろうか。

すると彼女は手を差し出した。


「読んでみて私の心を」


僕は言われるがまま彼女の両手を握った。そして意識を飛ばした。でもそこは壁のようなもので囲われていた。それはまるで真っ黒な箱のようだった。彼女から出る感情をまるで一滴も漏らさないように遮る巨大な闇。


ぼくはさらに意識を強めた。心がこんな闇に囲まれて大丈夫なはずがない。それだけは直感的に伝わってくる。早くしないと手遅れになるかもしれない。焦りながらも僕は冷静にどうすればいいのかを考えた。答えは一つしかなかった。


僕の呪いの力を使えばこじ開けられるはずだ。ぼくは初めて呪いの力に頼った。彼女をこの暗い箱から出すために。


少しずつ彼女の手から鼓動が伝わってくる。僕の鼓動も伝わっているのかもしれない。またあの感情の色彩が脳裏に浮かぶ。今ならはっきりと分かる。これが僕自身の感情だということに。そして今まで見てきたものは彼女の気持ちなんかではなく僕の彼女への思いだ。それが闇に跳ね返されて浮かんでいただけなんだ。


本音を言えば彼女には他の人と幸せになってほしくなんてない。僕だけを見て欲しい。でもそんなことはもう気にしない。自分の気持ちが分かっただけで十分だ。彼女の心はこんな所に閉じ込められていてはだめなんだ。


さらに意識を強める。少しずつ闇が分解されていくのを感じる。


…あと少しだ。


闇を払えたら彼女の心が読めてしまうのだろうか。どっちみち読めることがバレてる時点で僕に可能性はない。僕は最後の力を振り絞って力を込める。


そして闇はまばゆい光とともに消え去った。


異変に気がついたのはすぐだった。真っ白い光にあたりが包まれる。そこには彼女の心も僕の心も見当たらない。どういうことなのか理解が追い付かなかった。僕はゆっくりと意識を戻した。


彼女を包む手が少し汗ばんでいた。慌ててその手を離す。結局彼女の心は読めなかった。自分の気持ちを再確認しただけ。そして今はそれすら分からなくなった。


「ダメだ。君の心は読めなかった。」


そこで信じられないことが目の前で起こった。彼女がクスッと笑ったのだ。無表情で学校に居続けていた彼女が、しかも笑うだけでなく初めて僕の前で口を開いた。


「君は本当に面白いな。そうか私の心は読めなかったか」


そして彼女は話し始めた。


「ありがとう。君のおかけで私はまた人として生きられる。人の心を読めるという力に苦しめられ、その力ごと逆に自分に封じ込めたその闇を君は、君の力を使い払ってくれた。」


彼女はぼくの目を見つめたままだった。僕は素直にこの感謝を受け止められなかった。


「この能力は呪いだよ。そしてそれが君にばれた今、もう君はぼくを普通には見れない。」


彼女は首を振る。


「君の力は呪いなんかじゃない。同じ力で苦しみ、追い詰められた私を救うためにあなたに授けられた力だった。そしてそれはもう役目を終えた。ほら。」


彼女は僕の両手を両手で包み込む。


「ねっ?」


意識を飛ばしてもなにも浮かんでこなかった。彼女の柔らかい手の感触が伝わってくるだけ。


「もう二度と人の心は読めないのか…?」


突然の変化への僕のとまどいを感じたのか彼女はまたクスッと笑った。


「本当に今の私の気持ちが読めないか?」


彼女はさらにいたずらっぽく付け加えた。


「よく考えてみてくれ。女の子が両手をある男の手に預けているその意味を。」


それだけ言うと彼女はカバンを持って教室から出て行った。ぽかんとしていた僕はハッとして、荷物をかき集めて慌てて彼女を追いかけた。


おわり


読んでくださりありがとうございます。

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