02
玄関先で雀に見送られながら、柊達は緋野の家を後にする。
「何時もと違う車ですので、問題があるようなら教えて下さいね」
「ん」
「出発進行ーっすねぇ」
「おー?」
車の中では燕が持っていた携帯ゲーム機の話になった。柊がやった事ないと言ったら燕に教わって遊んでみる事になったので、存外楽しい時間となった。
柊達がゲームで盛り上がっている内に、車は目的地のガラス工房に着いた。
杏路の腕時計に表示されている時間は9:40なので、体験教室が開くにはまだ時間がある。
「少し早いですが無理を聞いてもらいましたからね……先に挨拶に伺いましょうか」
「こういうイベント事って言ったら、確か草薙っすよね?」
「えぇ、そうですよ」
杏路は燕の疑問を肯定しながら事務所の扉を開けた。
ざっと中を見渡して杏路が声を掛けたのは、黒いパンツスーツ姿の綺麗な女性だった。
「ご無沙汰しています」
「えぇ、久しぶりね……燕の方も元気だったかしら?」
「お久しぶりっすねー、見ての通り、元気っすよ」
「貴方は相変わらずの様ねぇ」
「本日は無理を聞いて頂いたようで、すみませんでした」
「あら、そんな事気にしないでちょうだい、このくらいなら全然構わなくてよ?」
「ありがとうございます」
「それで?この子が雀が電話で言っていた子かしら?」
「えぇ、柊様です」
「そう。確か貴方とは初めましてよね?私はこの企画の責任者で、草薙 ルナよ」
柊は気持ち隠れていた杏路の足の後ろから出て小さく頭を下げる。
「……初めまして、朽木柊です。よろしくお願いします」
「あぁ、貴方が……(あの子より先に会ったなんて、バレたら恨まれそうだわ……)」
「?」
「ごめんなさい、気にしないでちょうだい。まだ少し早いけど準備は整ってるから、すぐにでも始めて貰って構わないわ。今日は是非、楽しんで行ってちょうだいね」
「はい」
「じゃあ悪いけれど、私はまだ終わっていない仕事があるから失礼させて頂くわ」
「ありがとうございました」
「いいえ、またね」
ルナは最後に軽くウィンクを飛ばしてから、あっという間に事務所の奥へ去って行った。
「ひゃー、相変わらず流石っすねぇ……じゃあ、グラス作りに行きましょうかー」
「ん」
その後は講師の人に優しく丁寧に教わりながら柊はグラスを作って行く。
途中の危ない所だけ講師の人に代わって貰って、柊の最初のグラスが出来上がった。
杏路と燕も手が空いている人に教わりながら楽しそうに自分のグラスを作っているみたいなので、柊はもう1つ作る事にする。
結局二人が1つのグラスを作り上げる頃には、柊は3つの作品を完成させていた。
柊が作り終わったグラスは講師の人が中が見えないように丁寧に新聞紙で包んでくれた。
柊はお礼を言って受け取ると、杏路達と一緒に工房を後にする。
車に戻った柊は、無事に満足いくプレゼントを作る事が出来たので、燕の提案で百貨店へラッピングを探しに行く事になった。ランドセルを買いに来た時のように個室に通してもらい、柊達はカタログからちょうど良さそうな箱とリボンを選んだ。
*
家へ戻って柊がのんびりお昼寝をして起きた時には、思ったよりも時間が経っていた。
柊は綺麗にラッピングした誕生日プレゼントを抱えて車に乗り込む。
今日の誕生日パーティーは「cafe,Lune noire」を貸し切って行われる。夕方から身内だけでお祝いする事になっているので、柊は安心して杏路の運転する車で会場へ向かった。
「お邪魔します」
「おー、来たか」
柊が店の中に入ると、カウンターの上の飾り付けをしていた命が振り返って返事をした。
「何か手伝う事ある?」
「じゃ、柊にはここの飾り付けの続きでもお願いするかな」
「わかった」
柊は命の言葉に頷いて、真剣に飾り付けを始めた。
杏路と燕にも手伝ってもらいながら柊達がカウンターやテーブルのセッティングをしていると、学校帰りの夏目と茜も合流したので、皆で一緒になって会場の飾り付けをする。
*
約束の時間になって才が到着したようなので、誕生日パーティーを始める事にする。
柊達は才が会場に入って来たタイミングで一斉にクッラッカーを鳴らした。
「「「「お誕生日おめでとう」」」」
大きな音に驚いて目を丸くしている才に笑ってから、命はテーブルに置いてあった飲み物を手渡して乾杯の音頭を取る。
「みんなグラス持ったかー?」
「「「持ったー」」」
「じゃあ、才の誕生日を祝して、乾杯」
「「「乾杯」」」
「ありがとう」
暫くは皆で食事をしたりカラオケで盛り上がったりゲームを楽しんだりして過ごした。
料理もかなり減りゲームも一段落した所で、ようやくプレゼントタイムが始まった。
命から順に才のテーブルに行きプレゼントを渡して行く。
どうやら、柊は最後のようだ。いざプレゼントを渡そうという段階になって、柊は緊張と不安に襲われ出した。果たして本当に喜んで貰えるだろうか?もっと別の物の方が良かったんでは?などと言った言葉が頭の中をグルグルと回り始める。
柊が悩んでいる間に、皆はもうプレゼントを渡し終えてしまったようだ。
人が少なくなったタイミングで、柊は意を決して才のいる場所にそっと近づいて行く。
柊は才の目の前に辿り着くと、腕の中の白い箱を才にそっと差し出す。
「……お誕生日、おめでとう」
「ありがとう。ふふっ、なんだろうね?」
才はそう言って、柊から受け取ったプレゼントの箱を丁寧に開けてゆく。
綺麗な白い箱の中から出て来たのは、柊が一生懸命デザインして作り上げたグラスだ。
才が開けた箱の中には、このカフェの外観を幻想的にアレンジしたデザインの2つのグラスが入っていた。片方は乳白色のガラスに濃い紅の色で描かれており、もう片方は乳白色のガラスに柔らかなグリーンで描かれている対のグラスだ。
柊が才の為にデザインしたのは、柊が初めて才と一緒にこの場所に訪れた時に才だけでなく命からも聞こえた、家族に対する思いと、この場所に対するとても温かで優しい感情を、言葉にしない大人達の代わりにせめて何らかの形に残せないかと思ったからだ。
あの時感じた目に見えるよりも遥かに深くお互いを包み込むような思い達をどうにか伝えられないかと思い、柊はグラスを作るよりも実はデザインを決める方が時間がかかった。
才が柊にプレゼントされたグラスから、何故だか胸を打つような不思議な温もりが伝わって来る。グラスを箱にそっと戻し、才は箱をぎゅっと胸の前で抱き締めて微笑んだ。
その様子から、才の心に触れなくても感動して喜んでいる様子がありありと伝わって来て、柊も釣られるように少し照れくさそうな笑みを浮かべた。
「とても素敵な贈り物をありがとう……大事に使わせてもらうね」
「ん」
才の様子に気になった皆が押し掛けて、箱の中に佇むグラスを見て息をのんだ後、口々に柊をほめてくれる。柊は照れて桜色に染まった頬を隠すように両手を当てると、慌てて才の後ろに回って背中にピッタリと張り付いて隠れてしまった。
*
柊は帰りがけに余った時間で作った自分のグラスを、ここへ来た時に使う為に、命に預ける。乳白色のグラスに濃いブルーで湖と夜空の描かれた、最後に作った作品だ。
このグラスのデザインは前世で好きだったアニメの風景を幻想的にアレンジしたものだ。
今世では作者の存在自体確認できていないので、この風景がアニメの中のものだと気付く人間は同じ転生者でもなければあり得ないだろうと思った柊は、気にせずに使ってみた。
命から「このグラスも綺麗だなぁ」と言われて喜んでいた柊は、だから気付けなかった。
柊の預けたグラスを静かに見つめる瞳があった事に。
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